阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四上」「古墳靈驗」
[やぶちゃん注:底本はここ。]
「古墳靈驗」 有渡郡聖一色村《うどのこほりいつしきむら》にあり。傳云《つたへいふ》。當村靈光院屋敷と云所の傍に、五輪の古墓《ふるばか》あり。其左右にも、小五輪巨多《きよた》なり。土俗是を足利尊氏公の墓とす。非也《ひなり》。嫡子竹若の墓也。瘧《おこり》を煩ふ者、此塚に祈る、必《かならず》愈ゆ。柳を以て太刀を造り、賽《さい》す。云云。按《あんず》るに、竹若は北條高時の爲に討たる。何の故に瘧を祈れば驗《しるし》あるか、詳《つまびらか》ならず。里人《さとびと》云《いはく》、竹若は元弘三年五月、伊豆の御山を出《いで》て、伯父宰相法印良遍《りやうべん》、同宿十三人、山伏の姿に成《なり》て、潛《ひそか》に上洛す。鎌倉の使《つかひ》、長崎勘解由《かげゆ》左衞門入道・諏訪杢左衞門《もくざゑもん》入道が爲に、浮島《うきしま》か[やぶちゃん注:ママ。]原にて害せらる。後、爰《ここ》に葬《はふ》る成《なる》べし。云云。又云。慶安年中[やぶちゃん注:一六四八年~一六五二年。]、由井正雪、謀《はかりごと》を以て楠正成の料《れう》と號し、菊水の紋付たる旗を、五輪の塔の傍《かたはら》なる大松二本のもとに埋置《うめおき》、僞《いつはり》て後に堀[やぶちゃん注:ママ。]得たるは、卽《すなはち》此所也。近歲《きんさい/ちかごろ》、此松大風に倒《たふれ》たり。
[やぶちゃん注:「聖一色村」平凡社「日本歴史地名大系」に、『静岡県』『静岡市旧有渡郡・庵原郡地区聖一色村』は、『現在地名』は『静岡市聖一色・古庄(ふるしょう)一丁目・栗原(くりはら)・国吉田(くによしだ)四丁目』とし、『有度山(うどさん)丘陵北西麓に位置し、南は池田(いけだ)村。応永五』(一三九八)年『六月の』「密嚴院領關東知行地注文案」『(醍醐寺文書)に「聖一色」がみえ、伊豆走湯山(伊豆山神社)密厳(みつごん)院領と判明する。永禄一二』(一五六九)年『四月』十五『日の武田信玄判物(臨済寺文書)で林際寺(臨済寺)に寄進された』「栗原一色兩鄕」百『貫文の一色は、栗原と隣接する聖一色と推測される』とある。現在の冒頭のそれは、静岡県静岡市駿河区聖一色。「ひなたGPS」の戦前の地図を参照されたい。
「靈光院屋敷」不詳。
「五輪の古墓あり」不詳。
「巨多」多くあること。
「嫡子竹若」足利竹若丸(たけわかまる 正中元(一三二四)年~元弘三/正慶二(一三三三)年五月二日)。鎌倉末期の足利氏の棟梁で、室町幕府初代将軍足利尊氏の庶長子。当該ウィキによれば、『母は足利氏の一族の加古基氏の娘』。『基氏は尊氏の曾祖父である足利頼氏の庶弟にあたるため、尊氏にとって竹若丸の母である基氏の娘は「祖父の従姉妹」という関係だが、世代的にはほとんど同じだったとみられる。後に』「太平記」にれば、『竹若丸は尊氏の男子の中で長男とされ、伊豆走湯山の伊豆山神社に居住した』。元弘三/正慶二(一三三三)年五月、父の尊氏が鎌倉幕府に対して謀反を起こし』、『六波羅探題を攻撃したため、走湯山密巌院』(そうとうざんみつごんいん)『別当であった覚遍(母の兄)に伴われて』、『山伏姿で密かに上洛しようとしたが、駿河浮嶋が原(現在の静岡県沼津市』及び富士市)(ここ)『で幕府・北条氏の刺客』長崎為基・諏訪宗経『によって刺殺された』(同ウィキの生年が正しければ、僅か享年数え十歳であった)。『山伏姿で上洛しようとしたことから元服前、少なくとも他の史料で庶長子とされる直冬』(嘉暦二(一三二七)年生まれか)『より年長者と推測され、尊氏は後年に竹若丸と覚遍の後世』(ごぜ)『供養を行っている』とある(現在の供養塔(非常に新しいもの)はさいたま市西区指扇(さしおうぎ)の清河寺(せいがんじ:グーグル・マップ・データ)にある)。Santalab氏のブログ「Santa Lab's Blog」の『「太平記」千寿王殿被落大蔵谷事(その2)』(新字正仮名)を見られたい。
「瘧」熱性マラリア。
「慶安年中」一六四八年から一六五二年であるが、「慶安の変」は、慶安四(一六五一)年四月に徳川家光が病死し、後を十一歳の徳川家綱が継ぐこととなったのを契機として、幕府の転覆と浪人の救済を掲げて行動を開始したが、一味の奥村八左衛門の密告により、計画は事前に露見、慶安四年七月二十三日に、別働隊の主犯丸橋忠弥が江戸で捕縛された。その前日、既に正雪は江戸を出発し、計画の露見を知らぬまま、七月二十五日、駿府に到着、駿府梅屋町の町年寄梅屋太郎右衛門方に宿泊したが、翌二十六日早朝、駿府町奉行所の捕り方に宿を囲まれ、自決した(以上はウィキの「慶安の変」に拠った)。]
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