和漢三才圖會卷第八十八 夷果類 桄榔子
たかやさん 木名姑榔子木
麪木 董椶
䥫木
桄榔子
俗云太加也左牟
クハン ラン ツウ
[やぶちゃん字注:「䥫木」は、「本草綱目」原本も、国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版も、『鐵木』となっている。誤記か誤刻と思ったが、この「䥫」は「テツ」で「かね」の意であるから、同義語と考え、そのままとした。]
本綱桄榔子嶺南二廣州皆有之人家亦植之庭院閒其
木如棕櫚椰子檳榔無漏子而稍異大者四五圍髙五六
𠀋拱直無旁枝有節如竹紫黒色類花梨而多紋最堅重
刪利如鐵用作釤鋤代鎗鋒中濕更利惟中焦則易敗【物之
[やぶちゃん字注:「刪利」は意味に不審があったので、事前に「本草綱目」を見たところ、「剛利」の誤りであることが判明した。訓読文では訂した。]
相伏如此】皮中有白粉似米粉及麥麪而赤黃色味甘大者至
數石彼土少穀常以牛酪食之其皮至柔堅靱可以作綆
其木巓頂生葉數十枚似棕櫚葉開花成穗結子綠色葉
下有鬚如粗馬尾采之以織巾子得鹹水浸卽粗脹而靭
人以縛海舶不用釘線
△按桄榔卽鐵樹也其橒色類花梨而堅以作噐或爲三
絃棹及胴人以貴重之
畫譜有鐵樹者其形狀與桄杭榔大異【出于喬木類】
*
たがやさん 木を「姑榔子木《こらうしぼく》」と
名づく。
麪木《めんぼく》 董椶《とうそう》
䥫木《てつぼく》
桄榔子
俗、云ふ、「太加也左牟《たがやさん》」。
クハン ラン ツウ
「本綱」に曰はく、『桄榔子《くわうらうし》は嶺南≪の≫二廣州[やぶちゃん注:現在の広東・広西省。]に、皆、之れ、有り。人家にも亦、之れを庭院《ていゐん》の閒に植《うう》。其の木、棕櫚《しゆろ》・椰子(やしほ)・檳榔《びんらう》・無漏子《むろし》のごとくして、稍《やや》異《こと》なり。大なる者、四、五圍《まはり》、髙さ、五、六𠀋。≪手を≫拱《こまねく》≪きたる如く≫直《ちよく》にして、旁枝《ばうし》[やぶちゃん注:横に張り出す枝。]無く、節、有《あり》て、竹のごとし。紫黒色。花梨(くわりん)に類《るゐ》して[やぶちゃん注:似ていて。]、紋、多く、最も堅重≪にして≫、剛利《がうり》なること、鐵のごとし。用《もちひ》て、釤《サン/セン》[やぶちゃん注:長い柄の大きな鎌。]・鋤《シヨ/ジヨ/すき》を作り、鎗《やり》の鋒(ほさき)に代《か》ふ。濕《しつ》に中《あた》れば[やぶちゃん注:湿気を受けると。]、更に利(と)し。惟《ただし》、焦《しやう》[やぶちゃん注:火の気(け)。熱気。]に中《あた》れば、則《すなはち》、敗《くさり》易し【物の相伏《あひぶくすること》[やぶちゃん注:五行説に於ける相関関係を言う。]、此くのごとし。】。皮の中に、白≪き≫粉《こ》、有り。米の粉、及《および》、麥麪(むぎのこ)に似て、赤黃色。味、甘く、大なる者、數石《すこく》[やぶちゃん注:容積なら二百リットル。重量なら七十・八キロ。]に至る。彼《か》の土《ど》に、穀《こく》、少《すくな》し。常に牛酪《ぎうらく》を以《もつて》、之れを、食ふ。其の皮、至《いたつ》て柔《やはらか》なり。≪又、皮の質は≫堅く、靱《しなやか》≪に≫て、以《もつて》、綆《つるべなは》を作るべし。其の木の巓-頂(いたゞき)に、葉を生ず。數十枚。棕櫚《しゆろ》の葉に似て、花を開き、穗を成し、子《み》を結ぶ。綠色≪の≫葉の下に、鬚《ひげ》、有り、粗(ふと)き馬の尾《を》に《✕→の》ごとし。之れを采《とり》て、以《もつて》、巾-子《ぬの》を織《お》る。鹹水《えんすい》を得て、浸(ひた)せば、卽《すなはち》、粗《ふとく》、脹(ふく)れて、靭(しな)へる。人、以《もつて》、海舶《かいはく》を縛(くゝ)りて、釘-線(かすがい)を用い[やぶちゃん注:ママ。]ず。』≪と≫。
△按ずるに、桄榔は、卽ち、鐵樹《てつじゆ》なり。其の橒(もく《め》)・色、「花梨(くはりん)」に類《るゐ》して、堅《かたく》、以《もつて》、噐《うつは》を作《つくり》、或《あるい》は、三絃(さみせん)の棹、及《および》、胴と爲《なす》。人、以《もつて》、之れを貴重す。
「畫譜」に『鐵樹』と云ふ[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]者、有り。其の形狀、桄榔と大《おほい》に異なれり【「喬木類」に出づ。】。
[やぶちゃん注:これは、
〇単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科クロツグ(中文名:桄榔・桄榔子)属サトウヤシ Arenga pinnata (シノニム:Arenga saccharifera )
である。和名に「たがやさん」としてあるが、良安が指摘している通り、
✕双子葉植物綱マメ目マメ科ジャケツイバラ(蛇結茨)亜科センナ属タガヤサン Senna siamea
とは、全く異なる別種である。良安が指示する通り、既に先行する『「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 鐵刀木』に出ているのが、真正の「タガヤサン」である。
ウィキの「サトウヤシ」を引く(注記号はカットした)。『サトウヤシ』『は、インド東部からマレーシア、インドネシア、フィリピン東部までの熱帯アジアを原産地とするヤシ科クロツグ属のヤシで、経済的に重要な作物となっている。サトウヤシのほかアレン・パーム、カオン・パームなどとも呼ばれる』(同英文ウィキには、“sugar palm, areng palm (also aren palm or arengga palm), black sugar palm, and kaong palm,”とある)。『中型のヤシで、樹高は』二十『メートルほどになる。幹は古い葉の葉柄で覆われる。葉は長さ』六~十二『メートル、幅』一・五『メートルの羽状葉で、羽片は』一~六『列で長さ』四十~七十『センチメートル、幅』五『センチメートルほどである。果実は類球形で直径』七『センチメートルほど。未熟果では緑色だが、熟すにつれて』、『黒となる』。『絶滅危惧種にはなっていないが、分布域の一部ではまれにしか見られなくなっているところもある。クモネズミ』(齧歯(ネズミ)目ネズミ亜目ネズミ下目ネズミ上科ネズミ科ネズミ亜科ネズミ亜族PhloeomyiniにBatomys ・Carpomys ・Crateromys ・Musseromys ・Phloeomys の五属があり、種数は二十一種。総てフィリピンの雲霧林帯に固有の種群で、樹上性・夜行性の草食齧歯動物群である。ここは英文の当該族の解説“Cloud rat”に拠った)『など、絶滅危惧種となっている動物の中にはサトウヤシを主な食餌としているものもある』。『東南アジアでは砂糖を得るために商業的に栽培され、サトウヤシから作った砂糖はインドではグル (gur)、インドネシアではグラ・アレン (gula aren) と呼ばれる。インドネシアでは樹液を使ったラハン』(lahang)『という冷たい甘味飲料が飲まれている他、樹液を発酵させて酢(フィリピンのスカン・カオン』(sukang kaong)『)やヤシ酒(フィリピンのトゥバ』(tubâ)『、マレーシアおよびインドネシアのトゥアク』(tuak)『)を作る』。『新鮮な樹液から砂糖(赤糖)を取る際には、発酵を防ぐために砕いた唐辛子あるいはショウガを採集容器に入れる。採集した樹液を煮詰めて濃厚なシロップを作り、乾燥して黒糖を得る。タラバヤシ』(或いは「グバンヤシ」で、ヤシ科 コリファ(コーリバヤシ)属 Corypha utan )『など他のヤシからも同じ方法で砂糖が得られる』。『生の果汁と果肉には腐食性がある。樹液に糖分が豊富な一方、地中深くに根を張るため急斜面にも植えることができるうえ干ばつにも耐え、肥料も不要なことから、樹液をバイオエタノールの原料とすることで森林保護と燃料生産を両立できる作物として有望視されている』。『未熟な果物はフィリピンやインドネシアで食用とされ、それぞれカオン(kaong)およびブア・コラン・カリン(buah kolang-kaling)またはブア・タップ (buah tap)と呼ばれる。砂糖シロップで煮たものを缶詰とする』。『黒っぽい繊維質の樹皮はインドでドー(doh)、インドネシアでイジュク(ijuk)、フィリピンでユモット(yumot)あるいはカボ・ネグロ(Cabo negro)と呼ばれ、紐にしたり』、『ブラシやほうきを作るほか、屋根葺き材などにする』。『ボロブドゥールなどのジャワ地方の古い寺院のレリーフに関する研究から、古代ジャワの土着建築では屋根をサトウヤシの樹皮で葺いていたことが分かっている。これは現在でもバリの寺院やミナンカバウ人の伝統家屋であるルマ・ガダン、あるいはパガルユン宮殿にみられるゴンジョン』『という水牛の角を模した尖塔をもつ建物にみられる』。『葉や中肋は編籠などを作るのに使われる他、家具類の寄木細工にも用いられる』。『インドネシアではサトウヤシからデンプンを取り、米粉の代わりとして麺類やケーキなどの料理に用いる』。『フィリピンのカヴィテ州インダンは同国屈指のサトウヤシの産地で、サトウヤシ酢やトゥバの主産地になっており、毎年イロック祭を行っている。このイロック(Irok)とは、フィリピン北西部でサトウヤシを指す言葉である』。『スンダ列島の伝承によれば、サトウヤシにはウェウェ・ゴンベル(Wewe Gombel)という妖精がおり、そこでさらってきた子供たちを養っているのだという』とあった。こういった最後の民俗伝承の記載は、非常に大切である。
なお、引用は「漢籍リポジトリ」の「本草綱目」の「漢籍リポジトリ」の「卷三十一」の「果之三」「夷果類」の「桄榔子」([077-24b]以下)のパッチワークである。
「棕櫚《しゆろ》」先行する「卷第八十三 喬木類 椶櫚」を参照されたい。
「椰子(やしほ)」先行する「卷第八十八 夷果類 椰子」を参照されたい。
「檳榔《びんらう》」先行する「第八十八 夷果類 檳榔子」を参照されたい。
「無漏子《むろし》」先行する「卷第八十八 夷果類 無漏子」を参照されたい。
「桄榔は、卽ち、鐵樹《てつじゆ》なり」良安が、サトウヤシを知っていたとは、到底、思われない。異名に「䥫木」=「鐵木」があるから、良安は本邦で「鐵」の字がつく「樹」である「鉄楓」を、それと同種であると勘違いしたのではないか?
バラ亜綱ムクロジ目ムクロジ科カエデ属テツカエデ Acer nipponicum
で、小学館「日本国語大辞典」の「てつかえで【鉄楓】」によれば、『カエデ科の落葉高木。本州の東北地方、四国・九州の山地に生える。高さ約五メートル。若枝には赤褐色の細毛がある。葉は太い柄を』持ち、『対生する。葉身は』、『ほぼ五角形で幅約』十五『センチメートル。浅く五裂し、重鋸歯』『があり、基部は心臓形。六~七月、枝先に長さ』十『センチメートルぐらいの細い円錐花序を直立し、径三~四ミリメートルの黄白色の五弁花を密につける。果実の翼は』、『ほぼ直角に開く。材は黒みを帯び』、『家具・細工物に利用。てつのき。』とある。当該ウィキによれば、『日本固有種』で、『本州の岩手県・秋田県以南、四国および九州に分布し、寒冷な山地の沢沿いから山地中腹に生育する』。『珍しいカエデで、雪が多い地方に生える』とある。但し、『三絃(さみせん)の棹、及、胴と爲。人、以、之れを貴重す』という用法は、ネット上では全く見当たらないので、これだとすると、その情報が現在の記事にないというのは、甚だ不審で、テツカエデであるとは、断定出来ない。しかし、黒みを帯びているというのは、三味線に使いたくなるものでは、あるな。
「花梨(くはりん)」これは――バラ目バラ科シモツケ亜科ナシ連ナシ亜連カリン属カリン Pseudocydonia sinensis ではない――ので、注意! 「どうして?」ってか? 良安はね、『世間が言っている「花梨」を「くはりん」(かりん)と読むのは誤りだ!』と言っているからなのである! 「どこでよ? じゃあ、何よ?」ってか? エラく困らせられた「卷第八十三 喬木類 華櫚木」を見て貰おうじゃねえか! これは――双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科ツルサイカチ連インドカリン属ビルマカリン Pterocarpus macrocarpus ――なんだよ! ここでは成樹ではなく、木目と色のみを言っているのは、当時、中国経由で輸入された木材を彼が管見していることを意味するんだよ!
『「畫譜」に『鐵樹』と云ふ者、有り。其の形狀、桄榔と大に異なれり【「喬木類」に出づ。】』「畫譜」は東洋文庫の巻末の「書名注」によれば、『七巻。撰者不詳。内容は『唐六如画譜』『五言唐詩画譜』『六言唐詩画譜』『七言唐詩画譜』『木本花譜』『草木花譜』『扇譜』それぞれ各一巻より成っている』とある。原画を見ることが出来ないので、何んとも言えない。]
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