和漢三才圖會卷第八十八 夷果類 枳椇
けんぽのなし 𮔉𣖌𣕌 木𮔉
𮔉屈律 木餳
枳椇
木珊瑚 鷄距子
鷄爪子
【俗云介牟保乃奈之】
ツウ キユイ
本綱枳椇其木名白石木【一名金鈎木一名枅栱一名交加枝】生南地木髙
三四𠀋葉圓大如桑柘夏月開花枝頭結實如雞爪形長
寸許紐曲開作二三岐儼若雞之足距嫩時青色經霜乃
黃嚼之味甘如𮔉毎開岐盡𠙚結一二小子狀如蔓荆子
內有扁核赤色如酸棗仁飛鳥喜巢其上
實【甘平】止渴除煩去膈上熱潤五臟利大小便功用同蜂
𮔉【枝葉煎膏亦同】能解酒毒
若以其木爲柱則屋中之酒皆薄用此木誤落一片入
酒甕中酒化爲水也
△按白石木今𠙚𠙚人家亦希有之相傳云小兒噉之能
免痘疹然未知其驗本草及證治準繩等亦謂解酒毒
不載免痘之功
*
けんぽのなし 𮔉𣖌𣕌《みつしく》 木𮔉《もくみつ》
𮔉屈律《みつくつりつ》 木餳《もくやう》
枳椇
木珊瑚《もくさんご》 鷄距子《けいきよし》
鷄爪子《けいさうし》
【俗、云ふ、「介牟保乃奈之《けんぽなし》」。】
ツウ キユイ
「本綱」に曰はく、『枳椇は、其の木を「白石木《はくせきぼく》」と名づく【一名「金鈎木《きんこうぼく》」、一名「枅栱《けんきよう》」、一名「交加枝《かうかし》」。】。南地に生ず。木の髙さ、三、四𠀋。葉、圓大にして「桑柘(まくわ[やぶちゃん注:ママ。])」のごとし。夏月、花を開《ひらき》、花の枝≪の≫頭《かしら》に實を結ぶ。雞《にはとり》の爪の形のごとく、長さ、寸許《ばかり》。紐(むす)び曲(まが)りて、開《ひらき》て、二、三岐(また)を作《な》し、儼《げん》として[やぶちゃん注:まことに。]雞の足距《けづめ》のごとし。嫩《わかき》なる時、青色。霜を經て、乃《すなはち》、黃。之れを嚼《か》むに、味、甘《あまく》して、𮔉のごとし。毎《いづれも》、開≪ける≫岐《また》≪の≫盡《つく》る𠙚に、一、二≪の≫小《ちさき》子《み》を結ぶ。狀《かたち》、「蔓荆子《まんけいし》」のごとく、內に扁(ひらた)き核(さね)、有り。赤色≪にして≫「酸棗《サンサウ/さねぶとなつめ[やぶちゃん注:後者は東洋文庫訳にあるのを採用した。]》」≪の≫仁《にん》のごとし。飛鳥、喜んで、其の上に巢(すく)ふ。』≪と≫。
『實【甘、平。】渴《かはき》を止《とめ、》煩《はん》[やぶちゃん注:東洋文庫訳の割注に『(心臓部熱気のある感じがとれず苦しい症状)』とある。]を除き、膈上《かくじやう》の熱を去り、五臟を潤《うるほ》し、大小便を利す。功用、蜂𮔉に同じ【枝葉を煎じたる膏《あぶら》も亦、同じ。】能く酒毒を解す。』≪と≫。
『若《も》し、其の木を以《もつて》、柱と爲《なせば》、則《すなはち》、屋中の酒、皆、薄し。此の木を用《もちひ》て、誤《あやまり》て、一片を落して、酒甕(《さけ》つぼ)の中に入≪るれば≫、酒、化《け》して水と爲るなり。』≪と≫
△按ずるに、白石木、今、𠙚𠙚《ところどころ》≪の≫人家にも亦、希《まれ》に、之れ、有り。相傳《あひつたへ》て、云《いふ》、「小兒、之れを噉《く》へば、能《よく》、痘疹《とうしん》[やぶちゃん注:天然痘。]を免《まぬか》る。」と。然《しかれ》ども、未だ、其の驗《しるし》を知らず。「本草≪綱目≫」及び「證治準繩《しようぢじゆんじやう》」等にも亦、酒毒を解すと謂《いひ》て≪あれども≫、免痘の功、載せず。
[やぶちゃん注:これは、日中ともに、
双子葉植物綱バラ目クロウメモドキ(黒梅擬)科ケンポナシ(玄圃梨)属ケンポナシ Hovenia dulcis
である(「維基百科」の同種の「北枳椇」を見よ)。本邦の当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。『ケンポナシ』は『昔の日本ではテンボノナシと呼び、肥前ではケンポコナシと呼んでいたが、シーボルトは、計無保乃梨(ケンポノナシ)、別名を漢名「シグ」とした。転訛して、ケンポナシとなった。別名「ヒロハケンポナシ」ともよばれる。中国名は「北枳椇」』。『日本、朝鮮半島、中国の東アジア温帯一帯に分布し、日本では北海道の奥尻島、本州、四国、九州まで分布する。山地の渓流沿いの斜面に自生する。植栽として、庭などに植えられる。果実の見かけは枝つき干し葡萄のようなので、英語では』“Japanese raisin tree” (ジャパニーズ・レーズン・トゥリー)『という』。『落葉広葉樹の高木。樹皮は暗灰色で、成木では縦に浅く裂けて、やがて短冊状に剥がれ、老木では縦の網目状になる。樹皮がよく剥がれたものはアサダ』(ブナ目カバノキ科アサダ(浅田)属アサダ Ostrya japonica )『の樹皮に似ている。若木の樹皮は縦に筋が入る。一年枝は暗紫色でつやがあり、皮目が多い。葉は葉縁が』、『やや内巻で波打ち、鋸歯がある』。『花期は初夏』六~七月で、『淡黄緑色の小型の花が集散花序になって咲く』。『秋に直径』〇・七~一センチメートル『の球形の果実が黒紫色に熟す。同時にその根元の黒っぽい果柄部が同じくらいの太さにふくらんで、ナシ(梨)のように甘くなり食べられ、野生動物にも好まれる』。『被食型散布樹種であり』、『ハクビシンやタヌキに食べられることで、分布範囲を拡大し』、『種子の発芽率が上昇する』。『冬芽は卵形や球形をした鱗芽で』、二~五『枚の芽鱗に包まれており、内側の芽鱗は毛が密生する。枝先に仮頂芽をつけ、側芽は互生し』、『葉痕に』一『個おきに』、『つく。ときに、葉痕の上に円い果軸の落ちた跡がある。葉痕はV字形で、維管束痕は』三『個つく』。『庭木にされる。太った果柄は食用となり、ナシのような甘さと歯触りがある』。『実は民間では二日酔いに効くともいわれる。この効用はジヒドロミリセチン』(Dihydromyricetin:DHM)『と呼ばれる化合物に由来するという研究が発表されている』(本文の記載に一致する)。『葉や樹皮を煎じて茶のように飲むこともある。葉に含まれる配糖体ホズルシン』(Hodulcine)『には甘味を感じなくさせる性質がある。ケンポナシ抽出物にはアルコール臭の抑制効果があるという報告もあり』(同前)、『ケンポナシ抽出物はチューイングガムなどに利用される』。『ケンポナシ属』は『東アジア温帯に数種ある』として、以下の二種が挙げられてある。
ケケンポナシ Hovenia trichocarpa(『本州・四国にはよく似たケンポナシよりも多く生えている。これは葉裏・花序・果実に毛があることと葉の形(厚く、鋸歯が鈍い)とでケンポナシと区別されるが、同じように利用される』)
シナケンポナシ Hovenia acerba
なお、以上の本文は、「漢籍リポジトリ」の「本草綱目」の「漢籍リポジトリ」の「卷三十一」の「果之三」「夷果類」の「都念子」([077-32b] 以下)からの抄録である。
「桑柘(まくわ)」この語は、特にバラ目クワ科クワ属ヤマグワ Morus australis を指す。詳しくは、先行する「卷第八十四 灌木類 目録・桑」の私の注を見られたい。
「蔓荆子」ちょっと問題があるもので、先行する「卷第八十四 灌木類 牡荊」の私の注を見られたい。
「酸棗《サンサウ/さねぶとなつめ》」≪の≫仁《にん》」成り行き上、かく訓読したが、実際には三文字には「-」が附されており、「酸棗仁」で「さんさうにん」と読む生薬名である。詳しくは、「卷第八十六 果部 五果類 棗」の冒頭の私の注を見られたい。バラ目クロウメモドキ科ナツメ属サネブトナツメ Ziziphus jujuba var. spinosa の仁を基原とするそれである。
「證治準繩」明の王肯堂によって編纂された私撰医学全書の一つとされるもの。「六科準繩」の別称があり、これは、内容が「證治準繩」・「傷寒證治準繩」・「幼科證治準繩」・「女科證治準繩」・「瘍科證治準繩」・「雜病證治類方」の六種の医書から成っていることに拠る。]