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« 葛デブリ掃討最終決戦を本日午前中独りで二時間決行! | トップページ | 和漢三才圖會卷第八十九 味果類 柚山椒 »

2025/06/17

和漢三才圖會卷第八十九 味果類 冬山椒

 

Huzansyou

 

ふゆさんしやう 俗稱

 

冬山椒

 

 

本草蘇頌曰秦椒初秋生花秋末結實九月十月采之

△按有冬山椒者其葉大而冬實熟者此秦椒之別種也

 人以爲珍然不如夏山椒氣味佳者時珍未見之乎𧁨

 頌之說以爲不然者非也

 

   *

 

ふゆざんしやう 俗稱

 

冬山椒

 

 

「本草」に曰はく、『蘇頌が曰《いは》く、「秦椒、初秋、花を生じ、秋の末、實を結ぶ。九月、十月に、之≪を≫、采《とる》。」と云《いふ》[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]。

△按ずるに、「冬山椒」と云《いふ》[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]者、有り。其《その》葉、大にして、冬、實、熟する者、此れ、「秦椒」の別種なり。人、以《もつて》、珍と爲《なす》。然れども、「夏山椒」の氣味、佳なる者には、如《し》かず。時珍、未だ、之《これ》を見ざるや。𧁨頌《そしよう》の說を以《もつて》、「然《しか》らず」と爲《なす》は、非なり。

 

[やぶちゃん注:これは、良安にして珍しく(皮肉ではない。鎖国時代の彼にして、正しい種を、たまたま来訪した中国人の漢方に関わる又聞きででも基原植物について多少は聞いたものであったとしても、机上で中国の本草書の各種資料を基に、推理して現代の種名の正解を言い当てるのは、かなり難しいことだと言ってよい。しかも以下の引用を見るに、本邦で漢方生剤としてよく用いられてはいなかったようであるから、なおさらである)、正しい推定が図に当たったもので、日中共通種である、既出のカホクザンショウの変種である、

サンショウ属カホクザンショウ変種フユザンショウ(冬山椒) Zanthoxylum armatum var. subtrifoliatum

である。当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。『名前の由来は冬でも葉を落とさないサンショウという意味』原種の『学名の』種小名“ armatum ”『は、「刺のある」の意味。冬でもわずかに葉を残す』。『中国、台湾、朝鮮半島、日本に分布する』。『日本では本州(関東地方以西)、四国、九州、沖縄の丘陵帯に分布する』。『暖地の山地に生える』『常緑広葉樹の低木』で、『樹高は』二~三『メートル』『ほど』(原種と同じ)。『雌雄異株だが』、『日本では雌株だけしか存在しない』(原種は雌雄ともに日本に植生する)。『樹皮は灰黒色で筋があり、こぶ状の大きなトゲの名残がある。若い幹の樹皮は皮目が多い。一年枝は赤褐色で、無毛または毛が残り、枝や葉柄の基部には対生するトゲがある。若い枝やトゲは同じ色合いで、白い葉痕が目立つ。葉は奇数羽状複葉で互生する。葉柄には翼がある。小葉は』三~七枚『の長楕円形。頂小葉が一番大きい。葉縁には鋸歯がつく』(原種の「サンショウ」のウィキには、『葉柄の基部に鋭い棘が』二『本ずつ対生してつくが、ときに単生するものや』、『突然変異で棘の無い株(実生苗)も稀に発生し得る』。『棘の無い「実山椒(雌木)」としては但馬国の朝倉谷(兵庫県養父市八鹿町朝倉地区)原産の「朝倉山椒」』(前項参照)『が特に有名であるものの』、それに限らず、『日本各地で棘の無いサンショウの栽培が見られる』とある)。『花期は』四~五『月ごろ。葉腋に』二~三『センチメートル』『の花序を出し、淡黄緑色の小さな花をつける。雌株だけで実をつける単為生殖で増える。果期は』八『月で』、十~十一『月には果実は赤く熟し』、二『つに分かれる。種子は黒色で直径約』五『ミリメートル』『ある』。『冬芽は裸芽で、幼い葉が小さく集まり、側芽は枝に互生する。葉痕には維管束痕が』三『個つく』。本邦では、『葉や実には芳香性が無いので、サンショウのように食用にはならないが、サンショウの接ぎ木の台木としては用いられる』とある。

 以上の引用本文は、「本草綱目」の「漢籍リポジトリ」の「卷三十の「果之四」「味類一十三種内附四種」の冒頭の「秦椒」の「集解」の一部である。既に当該項の全文を先行する「秦椒」の注で「本草綱目」の「秦椒」の項の全文を掲げてあるが、当該部は、

   *

頌曰今秦鳳明越金商州皆有之初秋生花秋末結實九月十月采之

   *

の抄録である。蘇頌(そしょう 一〇二〇年~一一〇一年)は北宋の科学者で宰相。「本草圖經」等の本草書があった。原本は散佚したが、「證類本草」に引用されたものを元にして作られた輯逸本が残る。時珍は彼の記載を「本草綱目」で、かなり引用している。而して、良安が引いているのは、「集解」の終りの時珍の記載の最終部で、

   *

蘇頌謂其秋初生花蓋不然也

   *

である。但し、軽々には、ここで蘇頌が言っているのが「冬山椒」であり、時珍が蘇頌が指示しているものが、「冬山椒」であり、良安がまた、同じく「冬山椒」と判断し、蘇頌が誤記している、と認めることは、そもそもが、「本草小目」の「秦椒」と「蜀椒」が、現代の研究に基づくと、複数の同一種の混淆記載であることが指摘されている以上、到底、不可能であることに注意されたい。

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