和漢三才圖會卷第八十九 味果類 醋林子
さくりんし
醋林子
ツヲヽ リン ツウ
本綱醋林子生四川卭川山野林菁中木髙𠀋餘枝葉繁
茂三月開白花四出九十月子熟纍纍數十枚成朶生青
熟赤畧類櫻桃而蔕短熟時采之隂乾連核用以鹽醋收
藏𭀚果食其葉味酸入鹽和魚䰼食云勝用醋也
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さくりんし
醋林子
ツヲヽ リン ツウ
「本綱」に曰はく、醋林子は四川≪の≫卭川《きやうせん》の山野・林菁《りんせい》[やぶちゃん注:林や竹藪。]の中に生ず。木の髙さ、𠀋餘。枝・葉、繁茂す。三月に白≪き≫花を開く。四出《しゆつ》≪す≫[やぶちゃん注:花弁の枚数であろう。]。九、十月に、子《み》、熟す。纍纍《るいるい》として、數《す》十枚、朶《ふさ》を成《なす》。生《わかき》は青く、熟≪せば≫、赤し。畧《ちと》、櫻桃(ゆすら)に類《るゐ》して、蔕《へた》、短し。熟する時、之≪れを≫采《とり》て、隂乾《かげぼし》にして、核《さね》を連《つらね》て、用《もちひ》て。鹽醋《しほす》を以《もつて》、收藏≪し≫、果《くわ》に𭀚《あ》て、食ふ。其《その》葉、味、酸《すつぱ》く、鹽を入《いれ》、魚-䰼(すし)に和して、食ふ。云《いは》く、醋を用るに勝れりとなり。
[やぶちゃん注:これは、日中ともに、基本的な種は、
双子葉植物綱バラ亜綱バラ目バラ科ナシ亜科カナメモチ(要黐)属カナメモチ Photinia glabra
である。「維基百科」の同種は「光叶石楠」で、この「醋林子」の異名は載らないものの、「百度百科」で調べたところ、「醋林子」で立項されて、上記カナメモチの学名を掲げてある。但し、後で引用するが、カナメモチ属は日中、及び、東アジア暖帯・亜熱帯を中心に六十種ほどの異種がある。本邦のウィキを引く(注記号はカットした)。『カナメモチという和名の由来は、扇の要(かなめ)に使い、モチノキ』黐の木(バラ亜綱ニシキギ目モチノキ科モチノキ属モチノキ Ilex integra )『に似るためとされる。別名は、アカメモチ、カナメガシ、カナメノキ、アカメノキ、ソバノキ(花序がソバに似るためといわれる)などがある』。『カナメモチに初めて学名が与えられたのは』一七八四『年のことであり、それはツンベルクによる Crataegus glabra というもので、サンザシ属』(現行ではバラ科サクラ亜科サンザシ属 Crataegus )『に置かれた。これが後の』一八七三『年に別属 Photinia に組み替えられ』て『 Photinia glabra とされることとなるのであるが、この命名を行った人物はロシアのマクシモービチか、フランスのアドリアン・ルネ・フランシェおよびポール=アメデー=ルドビク・サバチエの両者によるものかで見解が分かれている。まず』、『マキシモービチが命名したという見方は』「日本の野生植物 木本1」(平凡社・一九八九年)『などが採用しており』、‘ Bulletin de l’Académie impériale des sciences de Saint-Pétersbourg ’第』十九『巻所収の "Diagnoses plantarum novarum Japoniae et Mandshuriae"〈日本および満州の新たな植物の記相〉』の百七十八『頁で記載が行われたと見做すものである。一方のフランシェおよびサバチエによる共同命名とは』「日本の野生植物目録」(‘ Enumeratio Plantarum in Japonia Sponte Crescentium ’)第一巻百四十一『頁での言及のことを指している。International Plant Names Index(IPNI)はマキシモービチによる言及が発表されたのが』一八七三年十一月三十『日で、一方のフランシェとサバチエによる言及がそれよりも』二十六『日早い』一八七三年十一月四『日に発表されたということで』、『後者を正式な学名、前者を isonym として扱うという立場を取っている』(AIによれば、「isonym」と「synonym」は、孰れも学名に関する言葉であるが、「isonym」は、ギリシャ語で「同じ名前」を意味し、一方、「synonym」は「同義語」・「類義語」を意味し、同じ意味を持つ別の言葉を指す。例えば、「大きい」と「偉大」は synonym の関係にある。つまり、isonym は「同じ名前」を指すのに対し、synonym は「同じ意味を持つ別の名前」を指すという点で異なる、とあった)。『イギリスのジョン・リンドリーにより』一八二一『年に Crataegus glabra に代わるものとして記載された学名 Photinia serrulata は』「国際藻類・菌類・植物命名規約(ICN)」の条件を満たさず』、『非合法名(nomen illegitimum)とされているシノニムであるが、先述の『日本の野生植物 木本1』では同属の別種オオカナメモチ( Photinia serratifolia (Desf.) Kalkman)のシノニムとされている。そのほか』、一七九八『年にラマルクの』「植物百科事典」(‘ Encyclopédie méthodique. Botanique ’) 第四巻四百四十六『頁でジャン=ルイ=マリー・ポワレ(Jean Louis Marie Poiret)により記載された組み替え名 Mespilus glabra 』、二〇一八『年にマイケル・フランシス・フェイ(Michael Francis Fay)およびマールテン・クリステンフスの共同で提唱された新名』 Pyrus thunbergii 『は』「キュー植物園系データベース Plants of the World Online」『ではいずれも正式な学名としては扱われていない』。『またドイツの植物学者・造園家のカミロ・カール・シュナイダー(Camillo Karl Schneider)が中国(当時は清王朝)の雲南』の蒙自『の森林で採取された標本に基づき』、一九〇六『年に』‘ Illustriertes Handbuch der Laubholzkunde ’(「図解広葉樹学便覧」第一巻七百七)『頁で記載した Photinia beckii 』、及び、『その組み替え名としてフェイとクリステンフスの両名により提唱された Pyrus beckii も Photinia glabra のシノニムと判定されている。
以下、「分布・生育地」の項。『日本の本州東海地方以西、四国、九州に分布する。暖地の山地に自生する。照葉樹林の低木である。日本以外では中華人民共和国(南東部、南中央部)、タイ、ビルマに自生し、朝鮮やアメリカ合衆国(ルイジアナ州)に見られるのは持ち込まれたものである』。
以下、「特徴」の項。『常緑広葉樹の小高木で、樹高は』三~七『メートル』で、『よく枝分かれし、葉を密につける。葉は互生する。葉身の形状は両端のとがった長さ』五~十『センチメートル』『の長楕円形で、革質でつやがあり、葉縁に細かい鋸歯がある。葉柄は短い。若葉は紅色を帯び美しい』。『開花時期は』五~六月頃で、『枝先に径約』十センチメートルの『半球状の集散花序を出し、小さな白色の』五『弁花を多数つける。果実は球状で、先端が黒紫色で紅色に熟す』。『庭木、特に生垣によく用いる。また、幹は硬く、器具の柄として利用される』。
以下、「カナメモチ属」の項。『東アジア暖帯・亜熱帯を中心に』六十『種ほどある』。
オオカナメモチ Photinia serratifolia (『中国本土・台湾から東南アジアにかけて分布する。日本では岡山県・愛媛県・南西諸島にかけて、点在的に分布記録があるが、このうち本土の記録は栽培個体の逸出だと思われ、南西諸島では自生が確認されているのは徳之島のみで、他の記録ははっきりしないとされる。中国では墓樹に利用されるなど栽培もされる。葉は長さ』十~二十センチメートル『の長楕円形でカナメモチよりも大きく、古い葉は紅葉して落葉する。花に強い芳香がある』)
シマカナメモチ Photinia wrightiana ((島要黐:『小笠原諸島・琉球列島に分布する。小笠原諸島では比較的よくみられるが、琉球列島では数が少ない』)
ベニカナメモチ Photinia glabra f. benikaname(『紅要黐』:『別名ベニカナメともよばれるカナメモチの変種。新芽や若葉は赤く、セイヨウカナメモチ』( Photinia × fraseri :シノニム: Photinia glabra × Photinia serratifolia )『(レッドロビン)』(英語:Red Robin:『ベニカナメモチとオオカナメモチとの交雑の園芸種。萌芽力が強く、若葉は鮮やかな濃い紅色で、生け垣によく使われる。カナメモチやベニカナメモチに比べて葉が大きく、枝の茂り方はやや粗いが耐病性に優れる。花期は』五『月。カナメモチとよく似ているが、カナメモチの葉柄には鋸歯の痕跡(茶色の点に見える)が残るが、レッドロビンには無いことで区別できる』)『によく似ている。東北南部から沖縄にかけて、生け垣や園芸樹に利用される。葉は黄緑色で光沢のある皮質、若葉は紅色となり』、『若葉以外の葉も赤味を残す。葉身は長さ』六~十二センチメートル『の長楕円形で互生する。葉身は先端が尖り、基部は楔形、葉縁に細かい鋸歯がある。カナメモチより枝の伸びは弱く葉も小型。花期は』五『月で、枝先の散房状花序に白い小花を多数つける』とある。実は、私の自宅にも、この木、新築の際に植えられてあるのだが、連れ合いともに、それを二人とも「あかめがしわ」(赤芽槲・赤芽柏)と呼んでいた。しかし、今日、この注を附すうち、真の「アカメガシワ」は、草本の、キントラノオ目トウダイグサ(燈台草)科エノキグサ(榎草)亜エノキグサ連アカメガシワ属アカメガシワ Mallotus japonicus で、全く異なる種であった。夫婦揃って、情けない!)
最後に、「跡見群芳譜」の「樹木譜」の「かなめもち(要黐)」にある、中国産の種を掲げておく。冒頭に、『カナメモチ属』Photinia『(石楠 shínán 屬)には、東・東南アジア・ヒマラヤ及び中米に約』四十~五十『種がある』とされる。
Photinia benthamiana (『閩粤石楠』)
Photinia crassifolia(『厚葉石楠』)
Photinia davidsoniana(『欏木石楠・欏木』)
Photinia glomerata(『球花石楠』)
Photinia hirsuta(『褐毛石楠』)
Photinia impressivena(『陷脈石楠・靑鑿木』)
Photinia integrifolia(『全緣石楠・藍靛樹』)
Photinia lasiogyna(『倒卵葉石楠』)
Photinia parvifolia(『小葉石楠・牛筋木・牛李子・山紅子』)
Photinia prinophylla(『刺葉石楠』)
Photinia prunifolia(『桃葉石楠・李葉石楠・石斑木』)
Photinia schneideriana(『絨毛石楠』)
以下の二種は先のオオカナメモチ(そちらでは『ナガバカナメモチ』の異名を掲げておられ、また、シノニムとしてPhotinia serrulata を添えておられる)の変種である。以下の二種の中文名として『石楠・寛葉石楠・扇骨木・千年紅』が添えられてある。
Photinia serratifolia var. daphniphylloides
Photinia serrulata var. daphniphylloides
マンリョウカマツカ Photinia serratifolia var. ardisiifolia(シノニム:P.serrulata var.ardisiifolia:『紫金牛葉石楠』)
ケバナカナメモチ Photinia var. lasiopetala(シノニム:P.serrulata var. lasiopetala:『毛瓣石楠』)
なお、更に、幾つかの興味深い解説があるので拾っておく。まず、「牧野日本植物図鑑」からの引用で、『和名赤芽もちハ其嫩葉特赤色ナルヨリ云ヒ、之レヲ誤リテ要もちト呼ビ其材ニテ扇ノ要ヲ造ルト云フハ妄ナリ、蕎麥の木ハ其白花滿開ノ狀蕎麥花ニ似タルヨリ云フ、そばヲ稜角ノ意トスルハ否ナリ』とあり、「倭名類聚鈔」に『柧稜に「和名曽波乃木」と』と載ること、また、『漢名の石楠(セキナン』:『shínán』)『は、Photinia の通称、狭義にはオオカナメモチ。日本で』、『この字をシャクナゲに当てるのは誤り』であるとある。更に、『属名は、ギリシア語 』ラテン文字転写『photeinos(耀く)に由来』し、『艶のある葉の様子から』とある。『中国では、オオカナメモチ P. serratifolia(P. serrulata 』:『石楠)の葉を石楠葉と呼び』、『薬用にする』とされ、『日本で、古代にソバノキ・タチソバなどと呼ばれた木がある』とある。そして、「古事記」の「中つ卷」(「日本書紀」にも重出する)『に載る神武天皇「来目の歌」に』、
こなみ(前妻)が
な(肴)こ(乞)はさば
た(立)ちそば(柧棱)の
み(實)のな(無)けくを
こ(扱)きしひゑね
うはなり(後妻)が
な(肴)こ(乞)はさば
いちさかき(柃)
み(實)のおお(多)けくを
こきだ(許多)ひゑね
『とある「たちそば」は、「そばのき」と呼ばれた木』で、本種であることを示唆されておられ、更に、『清少納言』の「枕草子」第四十段の「花の木ならぬは」『には、「そばの木、しなな(品無)き心地すれど、花の木どもち(散)りはてて、おしなべてみどりになりたるなかに、時もわかず、こきもみぢのつやめきて、思ひもかけぬ」靑『葉の中よりさし出でたる、めづらし。」と。』
と引用され、『この「そばの木」には、旧来』、『ブナ・カナメモチ・ニシキギなどの説があるが』、「枕草子」『の叙述には、カナメモチがすっきりと当てはまる』と、添えておられる。流石は、私が最も信頼するサイトで、痒い所に手が届くの思いを満喫させて戴いた。
なお、以上の引用本文は、「本草綱目」の「漢籍リポジトリ」の「卷三十二」の「果之四」「味類一十三種内附四種」の「醋林子」(ガイド・ナンバー[079-24a] 以下)の記載のパッチワークである。短いので、全文を手を加えて以下に示す。
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醋林子【圖經】 校正【自外類移入此】
釋名【時珍曰以味得名】
集解【頌曰醋林子生四川卭州山野林箐中木高丈餘枝葉繁茂三月開白花四出九月十月子熟纍纍數十枚成朶生靑熟赤畧類櫻桃而蔕短熟時采之隂乾連核用土人以鹽醋收藏充果食其葉味醋夷獠人采得入鹽和魚䰼食云勝用醋也】
實氣味酸溫無毒主治久痢不瘥及痔漏下血蚘咬心痛小兒疳蚘心痛脹滿黃瘦下寸白蟲單搗爲末酒服一錢匕甚效鹽醋藏者食之生津液醒酒止渴多食令人口舌粗拆也【蘇頌】
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「四川≪の≫卭川《きやうせん》」不詳。ネットでは「邛峡山」という山名があるが、特定出来ない。四川省成都市に邛崃(キョウライ)市(グーグル・マップ・データ)があるが、ここかどうかも不明である。識者の御教授乞うものである。
「櫻桃(ゆすら)」何度も言っているので、繰り返さないが、この良安命の「ゆすら」=「ゆすらうめ」はアウトである! 「卷第八十七 山果類 櫻桃」を見られたい。
「魚-䰼(すし)」無論、この読みは良安が勝手に振ったもの。この「䰼」は音「キン」で、「魚を塩・醤・麹などに漬けたもの」を指す。所謂、「熟(な)れ鮓(ずし)」の意味である。]
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なお、次は本巻の最後から二つ目なのだが、膨大な「茗」(「茶」である)で、見た私の眼球が、どどめ色に変じ、正直、やる前から、意気が激しく削がれている……
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