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2025/07/25

阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「怪男」

[やぶちゃん注:底本はここ。段落を成形し、記号・句読点を変更・追加した。一部に助詞を添えた。]

 

 「怪男《あやしき をとこ》」 安倍郡府中、御在城の時に、あり。

 「東部談叢」云《いはく》、

『慶長十四年四月四日[やぶちゃん注:江戸幕府開府の六年後。]、駿府御殿の庭に、人、あり。四肢に、指、なし。弊衣《へいい》を着《き》、亂髮《らんぱつ》にして、靑蛙《せいあ》を食ふ者、何方《いづかた》より共《とも》なく、來《きた》る。其《その》者に其居所《きよしよ》を問求《とひもとむ》れば、手を以て、天を指し、

「天《てん》より、來《きた》る。」

と云《いふ》。

 左右《さいう》、殺さんとす。

 公、仰《おほせ》に、

「殺す事、なかれ。」

との御事《おんこと》故《ゆゑ》、御城外に放つ。

 其行方《ゆくへ》を知らず。云云《うんぬん》。』。

 「一宵話《ひとよばなし》」云《いはく》、

『慶長十四年四月四日朝、神君、駿河にゐませし御時、御庭に、形は、小兒の如くにして、「肉人《にくじん》」ともいふべく、手はありながら、指は、なく、指なき手をもて、上をさして立《たち》たるものあり。

 見る人、驚き、

「變化《へんげ》の物ならん。」

と立《たち》さはげども、いかにも得《え》とりいろはで[やぶちゃん注:この「得」は当て字で、呼応の副詞「え」に当て字したもの。「いろは」は「いろふ」(綺ふ)で、「関わる・口出しする・干渉する」の意。「何んとも扱いかねて、どうしようもなく」の意。]、御庭の、さうざう敷《しく》なりしから、後《のち》には、御耳へ入《いら》れ、

「いかゞ取《とり》はからひ申《まう》さん。」

と伺ふに、

「人の見ぬ所へ逐出《おひだ》しやれ。」

と命ぜらる。

 やがて、御城遠き小山の方《かた》へ、おひやれり。

 或人、云《いはく》、

「是は、『封(ほう)[やぶちゃん注:底本のルビ。]』といふもの也。」

と。又、云、

「此怪物《くわいぶつ》は切支丹《きりしたん》[やぶちゃん注:この場合は、特殊な、辞書には通常は載らない用法で、「本邦のものではない外来の異教由来の邪悪な存在」という意であると思われる。後でリンクさせるネット上の本話の訳などには、「不思議な何かを」持った「外国人」とするものがあるが、それでは、家康が、ただ「追い出せ」と命ずるというのは、この当時では、絶対に、あり得ない。]也《なり》。「封」とは、形《かたち》、異《ことな》也《なり》。』云云。」。

 

[やぶちゃん注:「東部談叢」「東武談叢」の誤記であろう。「国立公文書館」公式サイト内の「徳川家康 将軍家蔵書からみるその生涯」の「三方原の戦い」の「東武談叢(とうぶだんそう)」に拠れば、『全』五十『冊。昌平坂学問所旧蔵。』とあるのみである。

「慶長十四年四月四日」グレゴリオ暦一六〇九年五月七日。

「一宵話」江戸後期の漢学者秦鼎(はたかなえ 宝暦一一(一七六一)年~天保二(一八三一)年:美濃出身で、尾張藩藩校「明倫堂」の教授として活躍したが、驕慢で失脚したという。「一宵話」は三巻三冊から成る彼の随筆。以上は同書の「卷之二」にある「異人」の抜粋である。国立国会図書館デジタルコレクションの『日本随筆大成』の「卷十」(日本随筆大成刊行会・昭和三(一九二八)年刊)の当該部を所持する吉川弘文館随筆大成版を参考に、改行・段落を成形し、読点・記号等を増やして電子化した。〔 〕は割注、【 】は頭書(かしらがき)。読みの内、丸括弧は原本(カタカナ表記)、《 》は私が推定で施したもの。一部で記号の変更・追加を行った。「※」は形態図。吉川弘文館随筆大成版のものをトリミングして途中に配しておいた。踊り字「〱」「〲」は正字化した。

   *

   ○異 人〔慶長十四年四月四日に出《いで》し事は、舊記に見ゆ。今此《ここ》にあげしは、或《ある》雜書の說なり。〕

 神祖、駿河にゐませし御時、或日の朝、御庭に、形は小兒の如くにして、肉人《にくじん》ともいふべく、手はありながら、指はなく、指なき手をもて、上をさして立《たち》たるもの、あり。見る人、驚き、變化の物ならんと立《たち》さわげども、いかにとも、得《え》とりいろはで、御庭のさうざう敷なりしから、後には御耳へ入《いら》れ、

「如何《いかが》取《とり》はからひ申《まう》さん。」

と伺ふに、

「人の見ぬ所へ、逐出《おひだ》しやれ。」

と命ぜらる。

 やがて、御城遠き小山の方《かた》へ、おひやれり、とぞ。

 或人、これを聞《きき》て、

「扨《さて》も扨も、をしき事かな。左右の人達の不學から、かゝる仙藥を、君《くん》には奉らざりし。此《これ》は「白澤圖(ハクタクヅ)」に出《いで》たる、『封(ホウ)』といふものなり。此を食すれば、多力になり、武勇もすぐるゝよし、見えつるを、縱(ヨシ)、君には奉らずとも、公達、又、群臣迄も、たべさせ度《たき》ものを。かへすがへすも、其時、ものしり人《びと》のなかりしから、なり。」

【頭書:此怪物は、「切支丹」なり。『逐《おひ》やれ』と仰《おほせら》れしといふにて、「封」とは「形」、ことなり。「封」はツトヘビ[やぶちゃん注:「苞蛇」。奥三河等に伝わる幻しの異形蛇で、知られる未確認生物「ツチノコ」の古形の呼称である。私の『早川孝太郞「三州橫山話」 蛇の話 「引越して行つた蛇」・「群をした蛇」・「ヒバカリの塊り」・「烏蛇の恨」・「ツト蛇」・「人の血を吸ふ蛇」』の「ツト蛇」の本文と、私の注を参照のこと。]・ソウタ[やぶちゃん注:不詳。「ソウダ」で「走蛇」かとも思ったが、幻しの怪蛇としてはインパクトがない。或いは、実在する二重体の畸形個体「双頭蛇」のことか? これは、私の記事でも腐るほどあるが、最新の『柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「双頭蛇」』で、それらの目ぼしい物をリンクしてあるので見られたい。]の類《たぐひ》ならん。「封」は、※の形なり。】

[やぶちゃん注:以下、※の箇所の図。]

Hunikuji

と、をしがれど、此は譬(タト)へば、生質(セイシツ)、虛弱(キヨジヤク)なる人は、「養生(やうじやう)食《グヒ》」といふ事をし、常々、持藥《じやく》に、「八味地黃劑(ハチミヂワウザイ)」など、たえず、服する事なり。又、强健《キヤウケン》の人になりては、八十餘まで服藥せし事も、又、背(セナカ)に灸の痕(アト)てもなきがごとく、神祖の御代の人達は、自然に多力武勇、飽(アク)まであれば、藥食《くすりぐひ》など、このむ事、なし。君も臣も、「封」の事は、よく、しろし召されつれど、『穢《けがら》はしき物を、くひ、多力武勇にならんとは、武士の本意にあらず。いと卑怯(ヒケウ)なる事なり。』と、捨《すて》させ給ひつらめ。徼幸(ゲウカウ)の福を志ざす人等《など》、淫祠(インシ)を崇《あが》め祭るも、大かたは、此に似たる事なり。

   *

ここは、変則的に以上の「東部談叢」及び「一宵話」の原本文を合わせて考証する。まず、「肉人」という表現だが、ネット上では、驚くべきことに、平然と、「肉の塊」のような異常な妖怪・異生物、ひいては、宇宙人であるとし、ウィキの「ぬっぺふほふ」(「ぬっぺっぽう」=「のっぺらぼう」)には、この話を紹介している為体(ていたらく)である! しかし、両文をフラットに読み解くなら、この異常な生命体は、

   *

★児童に似たヒト型生物である。

★「肉人《にくじん》」=大まかな体の体制はヒト型ではあるが(両手以外に、さらに「立たるもの、あり」とあるのだから両足も、ある。でなくては、そもそも冒頭に「小兒の如くにして」とは絶対に表現しないからであり、猥雑なこの生物を「肉人」と、「人」とは絶対に附さない)、衣服を着ておらず、四肢はあるのだが、全体に內骨格の雰囲気が見て採れず、謂わば、「肉の塊のようなヒト型生物」である。

★手はあるのだが、指はない。しかし、掌(てのひら)はあるのである。でなくして、スリコギ棒のようなものあったら、「指なき手をもて、上をさして」いるようだと、家臣らが認識出来たはずが、ない。

★口があり、言葉を発することが出来、しかも、それは確かな日本語であって、「天《てん》より、來《きた》る。」と確かに述べたことが、衆人、或いは、その一部の者に正確に聴取されたという事実から、完全な非人間的異生物ではないことは明白である。

   *

と総括出来るのである。

 さても。「肉人」や「白澤」や「對」に就いては、ここにリンクしたい私の関連記事は、ワンサかあるのだが、エンドレスになるので、

「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 白澤(はくたく) (仮想聖獣)」

の一つだけを掲げておく。ネットで、参考になるのは、

ウィキの「白沢(瑞獣)」

「ピクシブ百科事典」の「太歳」(「肉人」は「視肉」とも言う。これは、「維基百科」の「肉灵芝」に出ているが、このピグシブ版には、私が初めて「視肉」を知ったのは、そこに書いてある、諸星大二郎の私が偏愛する「孔子暗黒伝」でで、あった)

雑学メディア「草の実堂」の『家康が遭遇した『肉人』とは? 駿府城に突然現れた化け物「宇宙人か妖怪か?」(本篇を訳して紹介してある)

である。たかが、これだけの分量の怪奇談だが、どうも、この手の注には、コダワリを感じてしまうので、二日も無駄に掛かってしまったわい。]

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