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2025/07/22

和漢三才圖會卷第九十 菰果類 紫餹

 

Satou

 

[やぶちゃん字注:キャプションが三個ある。一番上の図に「紫餹」、中央やや下方の右手の図に「餹霜」、左下方の図(左が切れている)に「氷餹」とある。]

 

くろさたう   【煎𬞈汁成】

 

紫餹

       【稀者爲紫餹

        乾者爲沙餹

        毬者爲毬餹

        餠者爲餹餠

ツウ タン      明白者爲餹霜】

 

本綱沙餹法出西域唐太宗始遣人傳其法入中國笮甘

𬞈汁過樟木槽取而煎成

紫餹【一名𬞈餹】 初煎成清者紫黑色【俗云黒沙餹】復可煎化卽成

 鳥獸果物之狀以𭀚席獻今之貨者又多雜以米𩛿諸

 物不可不知

氣味【甘温】潤心肺治口乾渴多食則令人心痛生長蟲

 【與棗同食病齲與鯽魚同食成疳蟲與笋同食不消成癥身重不能行也】


こおりさたう しろさたう  同

氷餹  餹霜  石𮔉

石𮔉則白沙餹也凝結作餠塊如石○餹霜輕白如霜

氷餹堅白如氷○饗餹以白餹煎化模印成人物獅象之

 形也【一名猊餹】○餹纏以石𮔉和諸果仁及橙橘皮及縮砂薄

 荷類作成餠塊者也皆一物有精粗之異也

氣味【甘寒冷利】 生津潤心肺燥熱消口乾渴明目治嗽消痰

解酒助脾氣緩肝氣

 石𮔉餹霜氷餹之三品比之紫沙餹性稍平功用相同

 入藥勝之【若久食則助熱損齒生蟲之害同也】

 今人毎用爲調和徒取其適口而不言陰受其害也

古者惟飮𬞈漿其後煎爲𬞈𩛿又曝爲石𮔉唐初以𬞈爲

酒而餹霜自大暦年閒有鄒和尙者來住蜀之遂寧繖山

始傳造氷餹法起焉

△按沙餹有氷餹餹霜紫餹三品【石𮔉亦白沙餹之塊者今別不稱之】本是

 一物猶生鐵熟鐵鋼鐵之異本朝雖移種之不茂盛也

 餈餠之佐必用之食品也自異國所來大𢷽記于左

[やぶちゃん注:「𢷽」は「槪」の異体字。]

 白沙糖者凡二百五十万斤【一芚百七十五斤於長﨑分爲二櫃有八十六斤半】

[やぶちゃん字注:「万」は「グリフウィキ」のこの異体字だが、表示出来ないので、通常字とした。以下も同じ。

 なお、以下の本項目の最後の部分は、御覧の通り、本項目の全体が凡そ一字下げになっているのは、ママである。早稲田大学図書館「古典総合データベース」の私の原本と同じものの当該部画像を示しておく。恐らくは、前の「白沙糖」を独立改行するのを誤った(良安か、誤刻かは、判然としない)ものと思われる。訓読では、「白沙糖」以降を、少し、位置を原文からは、変化させて判り易く整序しておいた。

  自諸國來潔白而不濕者佳其中有大塊如圓扁餠

  者呼曰盞盆碎之甚白凡太寃爲極上交趾次之南

  京福建寧波等又次之咬𠺕吧阿蘭陀【稱出島】爲下

 氷沙糖 凡二十万斤余

  玲瓏如琥珀者佳是亦自𠙚𠙚來太寃爲上

 黒沙糖 凡七八十万斤 【要經年不敗少和石灰用時煎之宜漉去石灰】

  交趾爲上太寃福州暹羅次之柬埔寨爲下此外自

  琉球亦七八十万斤來最下【伹琉球未精白氷製法乎唯黒沙糖而已】

 

   *

 

くろさたう   【𬞈汁《しよじる》を煎《いり》して成《せいす》。】

 

紫餹

       【稀《うすき》者、「紫餹《したう》」と爲《なし》、

        乾く者、「沙餹《さたう》」と爲《なし》、

        毬(まり)なる者、「毬餹《きうたう》」と爲《なし》、

        餠のごとくなる者、「餹餠《たうへい》」と爲《なし》、

ツウ タン      明白なる者、「餹霜《たうさう》」と爲《なす》。】

 

「本綱」に曰はく、『沙餹の法、西域に出づ。唐の太宗[やぶちゃん注:「貞観(じょうがん)の治」で知られる第二代皇帝。在位は六二六年から六四九年。]、始《はじめ》て、人をして、其《その》法を傳《つたへ》て中國に入らしむ。甘𬞈《かんしよ》の汁を笮(しぼ)りえ、樟木(くすの《き》)の槽(ふね)に過《すぐし》、取《とり》て、煎じ成《せい》す。』≪と≫。

[やぶちゃん注:「樟木(くすの《き》)」まず、「卷第八十二 木部 香木類 樟」見られたい。そこで良安は項目の「樟」に、和名で「たぶ」と振ってしまっている。そこで、私は、これが誤りであることを注で解説した。さて、東洋文庫訳では、不思議なことに、ここの「樟」には『たぶ』と振ってしまっており、ここでの良安の「くす」のルビを、何故か、採用していないのだ。タブはクスノキ科タブノキ属タブノキ Machilus thunbergii で、中国での「樟」は、本邦のクスノキ科ニッケイ(肉桂)属クスノキ Cinnamomum camphora である。「たぶ」だったら、「卷第八十二 木部 香木類 樟」の轍を踏んだことになるが、しかし、ここでは、良安は正しく「たぶ」と振っているのだ! 東洋文庫訳は先の誤りを、そのまま、ここで安易に振ってしまって、鬼の首を、二度、獲った気になっているのではないか? 頗る不審である!

『紫餹【一名、「𬞈餹《しよたう》」。】』『初《はじめ》、煎成《いりなし》、清《きよ》める者、紫黑色【俗、云ふ、「黒沙餹《くろさたう》」。】。復た、煎化《せんくわ》して、卽《すなはち》、鳥獸・果物の狀《かたち》を成《なし》、以《もつて》、席獻《せきこん》[やぶちゃん注:客席の御もてなし料理。]に𭀚《あ》つ。今の貨-者(あきびと)[やぶちゃん注:商人の売る物。]、又、多《おほく》≪は≫、雜(まじたし)に、米𩛿《ぢわうせん》を以《もつて》す。諸物《しよぶつ》、知らざらんはあるべからず。』≪と≫。

[やぶちゃん注:「米𩛿《ぢわうせん》」先行する「卷第八十二 木部 香木類 安息香」の「餳(ぢわうせん)」の私の注を参照されたい。]

『氣味』『【甘、温。】』『心肺を潤《うるほし》』、『口≪の≫乾-渴《かはき》を治す』。≪而れども、≫『多食すれば、則《すなはち》、人をして心痛《しんつう》せしめ、長蟲《ながむし》[やぶちゃん注:扁形動物門条虫綱 Cestodaサナダムシ(条虫)の類い。]を生《しやう》ぜしむ。』≪と≫。

[やぶちゃん注:この「氣味」のパートは、「本草綱目」を見るに、バラバラに書かれてあるものを、かなり無理をして、恣意的に操作して繋げてあるものであることが判ったので、特異的に二重鍵括弧を添えておいた。但し、他の部分も、いちいち、同様に検証したわけではないことは予め言っておく

 【棗《なつめ》と同《おなじ》く食へば、齲《むしば》を病《やむ》。鯽-魚《ふな》と同く食へば、疳の蟲を成《な》す。笋《たけのこ》と同く食へば、消《せう》ぜずして[やぶちゃん注:消化が正常に機能せずして。]、「癥《ちやう》」[やぶちゃん注:東洋文庫訳の割注に『(腹中にかたまりのできる病)』とある。]と成り、身、重く[やぶちゃん注:ここは、原文では「身ㇾ重」となっているが、訓読出来ないので、レ点を無視した。]、能《よく》行《ゆ》かざるなり[やぶちゃん注:歩行困難になってしまう。]。】

[やぶちゃん注:「鯽-魚《ふな》」コイ目コイ科コイ亜科フナ属 Carassius 。私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「鮒」の項を見られたい。]


こおりざたう しろざたう   同

氷餹  餹霜  石𮔉

『「石𮔉」は、則《すなはち》、白沙餹なり。凝結≪して≫餠-塊(かたまり)を作《なし》、石のごとし。』≪と≫。○『「餹霜《たうさう》」は、輕《かるく》、白《しろ》なること、霜のごとし。』。○[やぶちゃん注:この丸印は私が補った。]『「氷餹《ひやうたう》」は、堅く、白きこと、氷《こほり》のごとし』。○『「饗餹《きやうたう》」は、白餹を以《もつ》て、煎《いり》、化《くわ》して、模(かた)に印(い)れて、人物・獅《しし》・象《ざう》の形《かたち》を成すなり【一名、「猊餹《げいたう》」。】』。○『餹纏《たうてん》は、石𮔉(しろざたう)を以《もつて》、諸果の仁《にん》、及《および》、橙(だいだい)・橘(みかん)の皮、及《および》、縮砂《しゆくさ》・薄荷《はつか》の類《たぐひ》を和して、餠《もち》≪の≫塊《かたまり》に作成《つくりな》す者なり。皆、一物≪にして≫、精粗の異、有るのみなり。』≪と≫。

[やぶちゃん注:「橙(だいだい)」これは、本邦の双子葉植物綱バラ亜綱ムクロジ目ミカン科ミカン亜科ミカン連ミカン亜連ミカン属ダイダイ Citrus aurantium と日中同一であるので、ルビは問題ない。先行する「第八十七 山果類 橙」を見よ。

「橘(みかん)」この良安のルビ「みかん」は、極めてよろしい。広義のミカン属 Citrus となるからである。先行する「第八十七 山果類 橘」を見よ。

「縮砂」単子葉植物 植物綱ショウガ目ショウガ科アモムム属ヨウシュンシャ(陽春砂) Amomum villosum (亜種二種がある)の、狭義には、その草体の総てが基原となる、漢方生薬名であるが、中国料理に於いて、風味付けのためにも使われる(味は甘・酸・苦・塩味、及びピリッとした辣味を持つ)。漢名は中国の広東省陽春市(グーグル・マップ・データ)に産することに由来する。詳しくは、参考にした当該ウィキを見られたい。

「薄荷《はつか》」シソ目シソ科ハッカ属 Mentha の類。種は多い。当該ウィキ「ミント」を見られたい。]

『氣味【甘、寒。冷利。】』『津《しん》[やぶちゃん注:体液。]を生《しやう》じ、心肺の燥熱を潤《うるほ》し、口の乾-渴《かはき》を消し、目を明《あきらか》にし、嗽《せき》を治し、痰を消《けし》、酒≪毒≫を解し、脾氣《ひき》を助け、肝氣を緩《ゆるく》す。』≪と≫。

『「石𮔉」・「餹霜」・「氷餹」の三品、之《これ》を「紫沙餹(くろざたう)」に比(くら)ぶれば、性、稍《やや》、平にして、功用、相《あひ》同じ。藥に入《いる》るに、之れ[やぶちゃん注:この「之」は前の三品を指すので、注意されたい。]を勝《まさ》れりとす【若《も》し、久《ひさし》く食へば、則《すなはち》、熱を助け、齒を損し、蟲を生《しやう》ずるの害、同じなり。】。』≪と≫。

『今の人、毎《つね》に用《もちひ》て、「調和。」[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、『味をを和(なご)める』と訳している。]と爲して、徒《いたづら》に、其《その》、「口に適(かな)ふ」ことを≪のみ≫取《とり》て、陰《ひそ》かに其《その》害を受《うく》ることを言はざるなり。』≪と≫。

『古-者(いにしへ)は、惟《ただ》、𬞈の漿(しる)を飮む≪ばかりなるも≫、其後《そののち》、煎じて、𬞈𩛿(くろざとう)と爲《なし》、又、曝《さら》して、「石𮔉」と爲《なす》。唐の初めに、𬞈を以《もつて》、酒と爲《なす》。而≪して≫、「餹霜」は、大暦年閒[やぶちゃん注:第十一代皇帝代宗の治世。六六年から七七九年までで、中唐の開始時期に当たる。]に、鄒(すう)和尙と云《いふ》者[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]、有り、來《きたり》て、蜀の遂寧の繖山《さんざん》に住《ぢゆう》し、始《はじめ》て、氷餹を造る法を傳ふより、起れり。』≪と≫。

△按ずるに、沙餹、「氷餹(こほりざとう)」・「餹霜(しろざたう)」・「紫餹(くろざたう)」の三品、有《あり》【「石𮔉《せきみつ》」は亦、「白沙餹」の塊《かたまり》の者≪なり≫。今、別に、之れを稱せず。】。本《も》と、是れ、一物≪にして≫、猶を[やぶちゃん注:ママ。]、「生鐵(ぞく)」・「熟鐵(くろがね)」・「鋼鐵(はがね)」の異(ことな)るがごとし。本朝に之≪を≫移し種《うう》ると雖《いへども》、茂盛《もせい》せざるなり。「餈餠(もちだんご)」の佐《たすけ》[やぶちゃん注:東洋文庫訳は『味付け』とする。]の必用の食品なり。異國より來《きた》る所の大𢷽《たいがい》を左に記す。

 

「白沙糖」は、凡そ、二百五十万斤(きん)【一芚《とん》は百七十五斤。長﨑に於《おい》て、分《わけ》て、二櫃《ふたびつ》と爲し、八十六斤半、有り。】諸國より來《きた》る。潔白にして、濕(しめ)らざる者、佳《よし》。其の中に、大《おほき》なる塊(かたまり)、有り、圓《まろ》く、扁《ひらた》き餠《もち》のごとくなる者を、呼んで、「盞盆(さんぼん)」と曰《いふ》。之を碎《くだ》けば、甚だ、白し。凡(すべ)て、太寃(タイワン)[やぶちゃん注:「臺灣」に同じ。]≪の者≫、極上と爲《なす》。交趾(カウチ)、之に次ぐ。南京・福建(ホウケン)・寧波(ミンハウ)等、又、之≪に≫次ぐ。咬𠺕吧(ヂヤガタラ)・阿蘭陀《オランダ》【「出島《でじま》」と稱す。】、下と爲《なす》。

[やぶちゃん注:ここに出た重量を示す「芚」とは、現在の「頓(トン)」と同義である(因みに、この「芚」という漢語には「トン」の意味はなく(「廣漢和辭典」には、「野菜の名」、「草木は初めて生ずる形容」、「愚かな・無知の・混沌として区別がつかない・厚いの形容」とある)、字音を借りたものに過ぎない。「トン」は十五世紀後半(本邦では室町中期から戦国時代相当、中国は明の中期相当)に使用され始めた。この名称は、古英語の“tunne”(音写は「トゥーン」)、更には古フランス語の“tonne”(音写は「トォヌ」)が語源で、これらは、本来は「樽」という意味である(以上はウィキの「トン」を一部で参考にした)。なお、換算が現代のトンと全く変わらないことは、松浦章氏の論文「江戸時代唐船による砂糖輸入と国内消費の展開」(『東アジア文化交渉研究』 第三号・二〇一〇年三月発行:ネット上でPDFで入手可能)に、まさに、この部分を東洋文庫訳を引用され、解説されていることから、明らかである。不審に思われる方もあるやに思われるので、以下に「4  日本における砂糖の消費状況」の章の冒頭部にある『日本が唐船から輸入した砂糖はどのように消費されていたのであろうか。この問題について検討してみたい。』とされ、「1 )日本における舶来砂糖」から引用させて戴く(字下げ部分はブラウザの不具合を起こすので、再現していない。注記号は省略した)。

   《引用開始》

寺島良安の『和漢三才図会』巻九十、甘蔗の条に、寺島の按語を記して、

思うに、沙餹には氷餹(こおりざとう)・餹霜(しろざとう)・紫餹(くろざとう)の三品がある。もとはこれらは同一物で、ちょうど生鉄(ずく)・熟鉄(くろがね)・鋼鉄(はがね)のちがいのようなものである。わが国に甘蔗を移し種えても繁茂しない。餈餅(もちだんご)の味付けとして沙糖は必用の食品とされる。次に異国から来るものの大体を左に記す。

白沙糖はおよそ二百五十万斤〔一芚(とん)は百七十五斤。長崎で二櫃(はこ)に分け、一櫃(はこ)に八十六斤半が入っている〕が諸外国から来るが、潔白で湿っていないものが佳い。その中に円く扁く餅状になった大塊がある。これを盞盆という。砕くと大へん白い。すべて太寃(たいわん)(台湾)のものを極上とし、交趾のものはこれに次ぐ。南京・福建・寧波などはまたその次である。咬留巴・阿蘭陀〔出島と称する〕のものは下等品である。

とある。『和漢三才図会』のまとめられた18世紀の初めには、年間250万斤、約1500トンの砂糖が輸入されていたことになる。これには中国船のみならす、オランダ船がもたらしたものも含まれている。

 18世紀初めに日本では、砂糖には大別して氷砂糖、白砂糖、黒砂糖の三品があった。これらはいずれも甘蔗から製造されたが、当時の日本では繁茂していなかった。そのため海外から長崎にもたらされたのである。輸入される白砂糖は250万斤とされ、台湾産のものが極上で、ベトナムの交趾のものがこれに次ぎ、南京・福建・寧波などはそれに次ぎ、インドネシア産のものはオランダからもたらされ、そのオランダ人の長崎での居留地となった出島から出島白と呼称されたが、下等品であったようである。

 『和漢三才図会』には砂糖を使った食品について、「沙糖漬の菓子」が見える。

思うに、蜜柑・佛手柑・天門冬・生薑・冬瓜の類は、みな沙糖に漬けて菓子にする。しかし数ヶ月間、腐らないようにするためには、一夜、石灰水に漬けて洒ぎ[やぶちゃん注:「そそぎ」。]浄めてから沙糖につける。……

とあり、砂糖が果実漬けの重要な加工食品を製するために必要なものとなっていた。

   《引用終了》]

 

「氷沙糖」 凡《およそ》二十万斤余

  玲瓏(すきとをり[やぶちゃん注:ママ。])、琥珀《こはく》のごとき者、佳し。是も亦、𠙚𠙚《しよしよ》より、來《きた》る。太寃《タイワン》を上と爲《なす》。

 

「黒沙糖」 凡七八十万斤 【年を經《へ》、敗《はい》せざることを要して、少《すこし》、石灰を和《わ》す。用ひる時、之れを煎じ、宜しく、石灰を漉去《すきさる》べし。】

  交趾《カウチ》を上と爲《なす》。太寃《タイワン》・福州・暹羅(シヤム)、之≪に≫次ぐ。柬埔寨(カボヂヤ)、下と爲《なす》。此外《このほか》、琉球より、亦、七、八十万斤、來《きた》る。最《もつとも》、下なり【伹《ただ》し、琉球には、未だ、「白」・「氷」の製法に精(くは)しからざるか。唯《ただ》、黒沙糖のみ。】。

 

[やぶちゃん注:ここの「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十三」の「果之五【蓏類九種内附一種】」の「沙餹」([081-14a]以下)の、かなり無茶なグチャグチャなパッチワークである。本来の原記載の一部が、継ぎ接ぎの結果、結果して誤ってしまっている箇所さえある。

 さて、前の「甘𬞈」で、当該植物種であるサトウキビについては、述べたし、ウィキの「砂糖」の日中の近世以前に関わる一部分も、前回と大差ないので、リンクを示すに留める。また、割注で、かなり細かに述べたので、ここでは、特に追加はしないことにした。]

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