河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(一)鰑の說(その2) / 本ブログの二十年の記事中、最大の日数を費やした誰にも負けない労作注である!!!
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事を参照されたい。
底本はここから。注を多量に附さねばならない関係上、本文の改段落の箇所で分割して示す。
なお、以下の本文では、かなりルビが振られているが、若い読者が躓く可能性があるもの、「ぶれ」があるため、私が必要と感じたもののみとした。書名は明確にするために鍵括弧を添えた。また、引用部と判断される部分は二重鍵括弧を添えた(引用内の引用は二重鍵括弧を使用した)。前回述べた通り、濁音であるものを清音にしてある箇所は、私の判断で濁点を附し、そこは太字とした。また、句点はなく、読点は極めて少ないが、読んでいて躓く箇所については、最小限、必要と断じた箇所に入れてある。それは煩鎻に過ぎるので、特に太字などにしていない。各段落冒頭の一字下げがないのは、ママである。既に、先行電子化で注した書名注は、繰り返さない。
最後に――私は、貝類・軟体動物等を「命(いのち)」として海産無脊椎動物を中心にした――キョウレツな――フリークである(学術的な海岸動物関係の図鑑等だけでも五万円の本格物を筆頭に、有に三十冊以上を所持している)から、本電子化のオリジナル注にはマイ・フィールドとして拘りがあるので、くだくだしくなるのは、諦めて戴きたい。悪しからず。]
鰑に製すべき烏賊の種類は古書に載する所一樣ならず。「和漢三才圖會」「庶物類纂」「本朝食鑑」「大和本草」「本草綱目啓蒙」「物品識名」「魚鑑(うをかゞみ)」「日東魚譜」「隨觀寫眞」「水族志」「海產魚譜」「南海魚譜」「相海(さうかい)魚譜」等を始め其他古人の著書に載するもの皆(みな)漢土の書を引用し、傍ら一家の說を加(くわふ[やぶちゃん注:ママ。])るも、或は漢名なく或は方言に漢字を付するも各(かく)異(ことな)れり。而して烏賊(うぞく)、柔魚(じうぎよ)に屬する名を擧(あぐ)れば【一物數名のものもあり】[やぶちゃん注:以下の羅列されたイカの和名・漢名の読み方の歴史的仮名遣の誤り、或いは、疑問がある箇所は後注で示す。]、「まいか」「かふいか」「はりいか」「しりやけいか」一名「しりくさり」【但し、二番鰑《にばんするめ》の「しりくされ」とは異《ことな》る】「ほしいか」「しゝいか」「かみながいか」一名「こうながいか」「すじいか」「きんこういか」「し﹅ぽいか」「こぶしめ」「あふりいか」「みづいか」「よしみづいか」「もいか」「おほいか」「ごいか」「たついか」「するめいか」「せんどういか」「さすいか」「たちいか」「すぢいか」【烏賊の「すぢいか」と異る】「めいか」「しやくはちいか」【「やりいか」にも此名あり)】「つ﹅いか」「き﹅やういか」「さどいか」「さるいか」「おにいか」「あかいか」「やりいか」「しやくはちいか」[やぶちゃん注:ママ。ダブり。]「まるいか」「なついか」「ふゆいか」「あきいか」「ぶといか」一名「ぶどういか」「とつぽいか」「ごとういか」「ずんどういか」「さばいか」「さ﹅いか」「ばしやういか」「まついか」「とんきう」「うしとんきう」「ひいか」「べにいか」「ちつこいか」「べいか」「べか」「み﹅いか」【或は之を「みみだこ」とも云ふ】等なり。又「本草綱目」其他數部の本草書、及び、府縣志、物產書等(とう)漢書(かんしよ)に載する所の烏賊(うぞく)に係(かゝ)る異名(いみやう)凡(およそ)十八あり。則(すなはち)、烏鰂、烏則、墨魚、黑魚、䌫魚、廿盤校尉(かんばんこうい)、愈黝(ゆよう)、河伯、白事、小史、河伯從事、海若白事小史、小史魚、銀甁魚(ぎんへいぎよ)、螵蛸魚(ひやうほうぎよ)、算袋魚(さんたいぎよ)、花枝(くわし)、𩶋魚(ぼぎよ)、とす。又、柔魚(じゆうぎよ)、鎻管(さくわん)、一名、靜斑(せいはん)、猴染(こうせん)、墨斗、なるものあり。其稱の因(よつ)て起(おこ)る所、各(かく)、緣由(ゑんゆう)ありと雖ども、今(いま)茲に之を畧せり。元來、「本草綱目」は、「烏賊魚(うぞくぎよ)」の外、一種、「柔魚(じうぎよ)」あり。『烏賊に似て、骨、無く、爾越(じえつ)[やぶちゃん注:「越」の誤り。後注参照。]の人、之(これ)を重(おもんず)。』とあるのみ。「閩書(びんしよ[やぶちゃん注:前にも出たが、原本は『みんしよ』であるが、訂した。])」は、『烏賊の大(だいなる)者(ものを)、花枝(くわし)と名(なづ)け、柔魚は、烏賊に似て長く、色、紫(むらさき)して、漳人(しやうじん)、晒乾(さいかん)して、之を食す。其味ひ、甘美(かんみ)なり。鎻管(さくわん)、或は云ふ、柔魚やや﹅小のみ。又、猴斗(こうと)有り。鎻管に似て、小(しやう)、亦、能(よ)く墨(すみ)を吐(はく)。又、猴染(こうせん)、有り、墨斗(ぼくと)より、大にして鎻管より小なり。』とあり。「漳州府志」には、『柔魚は烏鰂に似て、小なり。曝乾(ばうかん)して、之を食す。味ひ、甘(かん)、甚(はなはだ)珍なり。鎻管[やぶちゃん注:船舶用語で「錨の鎖」の意だが、福建語で「小さなイカ」或いは「スルメイカ」を意味する語。]は、其身、圓直(ゑんちよく)にして、鎻管狀(さくわんぜう)の如く、首に、薄骨(はくこつ)、有り。管中(かんちう[やぶちゃん注:ママ。「中」の歴史的仮名遣は「ちゆう」が正しいが、「ちう」とするケースが戦前の有名作家の作品でも多く見られる。この注は向後は附さない。])に插入(さしい)る鎻鬚(さしゆ)の如し。其味(あじはひ)、甘脆(かんぎ/うまし[やぶちゃん注:右左(当該順)にルビ。左は意味ルビ。この後にも出る。以降、この注は附さない。])なり。猴染(こうぜん)は、狀(かた)ち、鎻管の如くにして、味、及ばず。』とす。
[やぶちゃん注:「庶物類纂」江戸中期の稲生若水(いのうじゃくすい 明暦元(一六五五)年~正徳五(一七一五)年:淀藩の御典医稲生恒軒(本名は稲生正治)の子として江戸の淀藩屋敷で生まれた)著の三百六十二巻に、弟子の丹羽正伯らが増補した六百九十二巻が加わった、実に千五十四巻から成る本邦の博物学史上、画期的な本草書で、延享四(一七四七)年完成。漢籍類などから、動・植・鉱物の記事を集成・分類し、実物によって検証したもの。
「本草綱目啓蒙」本草家小野蘭山(享保一四(一七二九)年~文化七(一八一〇)年:二十五歳で京都丸太町に私塾衆芳軒を開塾、多くの門人を教え、七十一歳にして幕命により江戸に移って医学校教授方となった)が、享和元(一八〇一)年~文化二(一八〇五) 年にかけて、諸国を巡って植物採集を行い、享和三(一八〇三)年七十五歳の時に自己の研究を纏めた「本草綱目啓蒙」を脱稿した。本草一八八二種を掲げた大著で三年かけて全四十八巻を刊行、日本最大の本草学書になった。衰退していた医学館薬品会を再興、栗本丹洲とともにその鑑定役ともなっており、親しい間柄であった。後にこの本を入手したシーボルトは、蘭山を『東洋のリンネ』と賞讃した(ウィキの「小野蘭山」に拠る)。
「物品識名」岡林清達(きよたつ)稿・水谷豊文補編の本草書。文化六(一八〇九)年跋。
「魚鑑(うをかゞみ)」江戸後期の外科医武井周作の著書。天保二(一八三一)刊。絵入り本。挿絵の画力は絶品である。
「日東魚譜」全八巻。本邦(「日東」とは日本の別称)最古の魚譜とされるもので、魚介類の形状・方言・気味・良毒・主治・効能などを解説する。序文には「享保丙辰歲二月上旬」とある(享保二一(一七三六)年。この年に元文に改元)。但し、幾つかの版や写本があって内容も若干異なっており、最古は享保九(一七一九)年で、一般に知られる版は享保一六(一七三一)年に書かれたものである。私はブログ・カテゴリ『神田玄泉「日東魚譜」』を作ってあるが、挿絵のレベルが、ちょっと食指が動かないことから、四記事でペンディングしたまま、放置プレイである。
「隨觀寫眞」私の『海産生物古記録集■4 後藤梨春「随観写真」に表われたるボウズボヤ及びホヤ類の記載』を見られたい。
「水族志」私はブログ・カテゴリ『畔田翠山「水族志」』を作っている。その初回、『カテゴリ 畔田翠山「水族志」 創始 / (二四六) クラゲ 《リロード》』を見られたい。原文を活字化するのが、手作業であるため、この二年程、御無沙汰しているが、そろそろ再起動しないといけない、とは思っている。その底本の「イカ」は、ここ以下である。そこに同プロジェクトが進むのは、かなり先になる。
「海產魚譜」不詳。所持する複数の博物学書籍を見たが、見当たらない。ネット検索でも掛かってこない。
「南海魚譜」これは、恐らく、江戸中・後期の本草家小原桃洞(おはらとうどう 延享三(一七四六)年~文政八(一八二五)年:紀伊和歌山出身。名は良貴。医学を吉益(よします)東洞に、本草学を小野蘭山に学んだ。熊野などの動植物を調査し、和歌山藩医となり、医学館本草局を主宰した。著作に「熊野採藥巡覽記」が知られる)の作とされる、「小原氏南海魚譜」のことであろう。写本だが、「国書データベース」のここで、画像を見ることが出来る。
「相海(さうかい)魚譜」「海產魚譜」と全く同前。
「烏賊(うぞく)」既にさんざん出ているが、ここで、所持する荒俣宏氏の「世界第博物図鑑」の別巻2の「水生無脊椎動物」(一九九四年平凡社刊)の「イカ」の項の「名の由来」から引用する。
《引用開始》
沈懐遠《南越志》によれば,中国名の鳥賊魚は,〈カラスを賊害する魚〉の意.イカはカラスが大好物で,いつも水上に死んだように浮かんで,それを見て襲いかかってきたカラスを触腕でからめとり,水に潜って食うということからついた名だという.またべつに,鳥賊は〈黒い賊〉という意味ともされる.この動物が,小魚を捕えるさい,腹の中から墨を出して,水を真っ黒にし,困った小魚が勤けなくなったところを襲って食べるためについたよび名だというのである.ちなみに小野蘭山《本草紀聞》(1791)によると,日本ではイカの2本の長い触腕を称して〈イカの隠し足〉といった.イカはいつもはこれを隠していて,カラスなどを捕えようというときに,この長い足で巻きとるのだそうだ.
《引用終了》
無論、こんな習性はイカには、全く、ない。昔、授業でこの話をすると、真に受ける教え子が多かったのには、吃驚であった。
「柔魚(じうぎよ)」同前に『中国では一般に,墨魚という名をコウイカ類ないし丸型のイカの総称に用い,柔魚という名をヤリイカ類や形の長いイカの総称とする.ただしこの使いわけは,かならずしも厳密なものではない.また鳥賊は,イカ類・全体の総祢とされるほか,とくにコウイカ類を指すこともある(《中国食物事典》).』とあり、別に『ヤリイカを示す柔魚は,骨がなくて柔らかい魚』ともある。
「まいか」小学館「日本国語大辞典」では、「真烏賊」とし、『①「しりやけいか(尻焼烏賊)」の異名。』とする一方で、『② 「するめいか(鯣烏賊)」または「けんさきいか(剣先烏賊)」の異名。』とする。①は、
軟体動物門頭足綱鞘形亜綱十腕形上目コウイカ目コウイカ科Sepiella属シリヤケイカ Sepia japonica
で、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のこれである。
②の「するめいか(鯣烏賊)」は、
十腕形上目ツツイカ(筒烏賊)目開眼亜目アカイカ(赤烏賊)科スルメイカ亜科スルメイカ属スルメイカ Todarodes pacificus
で、同前で、ここ。而して、②の「けんさきいか(剣先烏賊)」は、
閉眼亜目ヤリイカ(槍烏賊)科ケンサキイカ属ケンサキイカ Uroteuthis ( Photololigo ) edulis
であるが、同種には、見た目の形状が有意に異なる二型があり、
メヒカリイカ型(「目灯烏賊」・「目燈烏賊」・「目光烏賊」か?)
ゴトウイカ型(恐らく「五島烏賊」である。ケンサキイカは、本邦では九州では「ゴトウイカ」と俗称されるが、本州中部以南・東南アジア一帯に分布し、特に五島列島周辺で多く漁獲されるからである)
が存在する。ずっと昔から私が最も信頼している、奥谷喬司先生(今年の一月に九十三歳で白玉楼中の人となられた。ここに心からお悔やみを申し上げます)が監修された「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』の、二型の画像附きの記載(PDF)を見られたい。
★なお、所持する「虫の名、貝の名、魚(さかな)の名 和名にまつわる貝類」(青木淳一・奥谷喬司・松浦啓一著/二〇〇二年東海大学出版会刊)の奥谷先生の執筆になる「貝の部 5章 イカの方言行脚――和名、地方名、市場名の混迷」の冒頭「イカの和名」の「方言名の種類」の冒頭で『市場で「まいか」と呼ばれるものに困らされる』と語り始められ、『「真の」意味であるから、その土地でもっともポピュラーか、もっとも珍重される意味であろう。それゆえ、北海道や日本海側では、これがスルメイカであることはうなずける。しかし、関西にかけても「まいか」はコウイカ[やぶちゃん注:「コウイカ」の学名は次の「かふいか」の私の注を参照のこと。]のことで、この方を珍重していたのだろうか。ケンサキイカやシリヤケイカ[やぶちゃん注:「シリヤケイカ」の学名は次の次の『「しりやけいか」一名「しりくさり」【但し、二番鰑《にばんするめ》の「しりくされ」とは異《ことな》る】』の私の注を参照のこと。]をコウイカと混同され、釣り人はともに「すみいか」とごっちゃにしているぐらいであるが、関西には、こちらを「ほんいか」と呼ぶところがあると聞いている』と述べておられるのである。
※ここで言っておくと、異名・地方名・流通名については、総てを挙げていると、エンドレスになるので、一部をチョイスするに留める。
「かふいか」これは、「かういか」の誤記か誤植であろう。「甲烏賊」で、
十腕形上目コウイカ目コウイカ科Acanthosepion属コウイカ Acanthosepion esculentum
で、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のこれである。なお、属名の頭の“Acantho”はギリシャ語で「針・棘・とげ」の意で、“sepion”はラテン語で「烏賊」の単数形である。
「はりいか」前掲のコウイカ Acanthosepion esculentum の異名で、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の当該種にページの「地方名・市場名」に、『ハリイカ[針いか]』(針烏賊)とあり、呼称地域は『大阪府、兵庫県、岡山県など西日本各地』とし、『貝殻(甲)の後端(普通』、『一番上と思われる部分)に針状の突起があり、それが身体の後部から飛び出しているため』とある。そこでもその後に指示されておられる通り、私のサイト版「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「烏賊」の良安の評言の中で、『漁人、銅を以つて、烏賊の形(なり)に作り、其の鬚を皆、鈎(つりばり)と爲す。真の烏賊、之れを見て、自〔(おのづか)〕ら來り、則ち、鈎に罹(かゝ)る。蓋し、此れ、己が輩〔(うから)〕を見て、慕(した)ふか、嫉〔(そね)〕むか。』と述べ、次の、「柔魚」の項でも、良安は、『針(はり)烏賊 「真烏賊」に似て、骨の耑〔=端〕に尻を顯はし、手に碑〔(たつ)〕る針鋒〔(しんぽう)=針先〕のごとし。故に、名づく。』と記している。
『「しりやけいか」一名「しりくさり」【但し、二番鰑《にばんするめ》の「しりくされ」とは異《ことな》る】』これは、「尻焼烏賊」で、
コウイカ目コウイカ科 Sepiella 属シリヤケイカ Sepia japonika
である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の当該種のページの「由来・語源」に、『山陽地方の呼び名で、佐々木望』(ささきまどか 明治一六(一八八三)年~昭和二(一九二七)年:動物学者・分類学者。世界的な頭足類の研究者として知られている。男性である。四十四歳の若さで、国費留学先のハンガリーの首都ブダペストにて客死(病死)した。詳しくは当該ウィキを見られたい)『が和名を決めた。貝殻に棘がなく、尻(外套膜後部)から粘液を出し、尻が焼けて(下痢をして)見えるイカの意味。』とある。『二番鰑《にばんするめ》の「しりくされ」』は、後に出る(ここの「十」ページの十一行目)鯣の『販賣上の名』の一つである。図も示される(ここの左丁の冒頭のキャプション「乾烏賊」が、それ)。本種には「ハリナシコウイカ」の別名もある。
「ほしいか」小学館「日本国語大辞典」では、「干烏賊」「乾烏賊」で立項するが、種を示していない。しかし、その場合は、圧倒的に前掲のスルメイカではあろうと私は思った。また、「星烏賊」で当たって見たが、ネット上でも全くヒットしなかった。個人的には音声の類似と、本文でも次に出ている「ししいか」が怪しい気がしては、いる。
「しゝいか」「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)に、
コウイカ目コウイカ科コウイカ属Doratosepion亜属シシイカ Doratosepion peterseni
とあった。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「漢字・学名由来」には、『漢字/不明』とあり、『由来・語源/佐々木望の命名。意味は不明だが、獅子としか考えられない。ライオンという意味ではなく、第Ⅱ腕が極端に長いところから歌舞伎連獅子で長い髪を振り回して踊る様に見立てたのではないか』と鋭いディグをされている。私も無条件で「獅子」説に賛同するものである。なお、『別名、カミナガイカ』ともあって、「髪長烏賊」であり、これが有力な傍証と言える。なお。以下の考証で必要となったので、前者の解説を引用すると、生息域は『日本近海』で、外套長は十二センチメートルとあり、
*
外套膜は細長く,幅は長さの35~40%.背側は暗褐色.鰭後端は雄では尖るが,雌では穏やか.雄のII腕は著るしく延長し,外套長の4倍近くにもなる.中ほどまでは通常の吸盤があるが,それ以遠はフリルのついた保護膜が癒着し合いテープ状となる.触腕掌部は小さく半月型で,90~110個の吸盤が8列に並び,中央の数個がやや大きい.貝殻は細いDoratosepion 型で幅は長さの1/6.最大幅は前方の1/4あたりにある.相模湾~九州,朝鮮半島,水深20~100m.
*
とあった。
『「かみながいか」一名「こうながいか」』前注の同種と感ずる。前者は、まず、「髪長烏賊」であろうし、「こうながいか」の方は、直接に採取した別名を、発音をそのままに記したものと推定され、「甲長烏賊」で、歴史的仮名遣では「かうながいか」が正しいと思われる。同前の「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のシシイカの「生物写真一覧」の一番右の写真を見れば、一目瞭然で、長いからである。因みに、「烏賊の甲」とは、英語で“sepion”、或いは、“cuttlebone”で、頭足類、特にコウイカ目 Sepiidaの類が持つ、外套膜背面の内部にある内在性の殻であり、日本語では「殻」とも「貝殻」(shell)とも呼ばれる。参照した当該ウィキによれば、『動物の餌などでは』、『英語読みのカトルボーン(カットルボーン)とも呼ばれる』とあった。
「すじいか」ママ。これは、「筯烏賊」であるから、「すぢいか」が正しい。これは、
ツツイカ目開眼亜目アカイカ科アカイカ亜科スジイカ属スジイカ Eucleoteuthis luminosa
である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「漢字・学名由来」に『筋烏賊』とあり、『腹側(色素が薄く白っぽく見える)に二本の白い筋があるイカの意味』とある。」「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)によれば、市場名は『ヘイチョウイカ(漁夫)』、外套長は二十二センチメートルとあり、
*
体はスルメイカ型であるがよく緊って細身.外套膜は赤味が強く背中線上は特に色が濃い.鰭は大きく,後方細まっている.外套膜腹面の両側にすじ状の明らかな発光器がある.漏斗軟骨器の一方又は両方の軟骨器は外套膜と癒着していて簡単にはずれない.(本種およびトビイカのみの特徴で他のスルメイカ類は皆この部分は容易にはずれる).頭部の眼の前方及びIV腕表皮下に大きい発光器がある.腕の大吸盤の角質環には9~12個の鋭歯がある.触腕掌部吸盤角質環には小鋭歯のほか1つの特大の歯がある.世界の温帯域.
*
とする。添えられた画像を見れば、一目瞭然で「スジイカ」がしっくりくることが判る。但し、再度出る「すぢいか」【烏賊の「すぢいか」と異る】の後注で示すが、これは、実は、流通価値が低い。
「きんこういか」ママ。「金甲烏賊」であるから、「きんかういか」が正しい。但し、現行の正しい和名は「カミナリイカ」で、漢字表記は「雷烏賊」、一般人は「モウゴウイカ」(紋甲烏賊)と呼んでいるところの、
コウイカ目コウイカ科Acanthosepion属カミナリイカ Acanthosepion lycidas
である。「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)に、棲息域を『日本近海』とし、『市場名』として『モンゴウイカ』・『コブイカ』・『ギッチョイカ』・『マルイチ』を挙げ、外套長は三十八センチメートル、体重は五キログラムとあり、
《引用開始》
大型のコウイカ類で,外套膜背面に特徴的な眼状紋がある.雌にも雄同様の眼状紋があるがやや不明瞭.触腕の吸盤は8列,小型で同大,200個以上ある.触腕の泳膜は短い.貝殻は卵形,棘は鋭い.内円錐は深く凹みU字型.ここにトラフコウイカのような滑層を担うことはない.館山湾以南から東・南シナ海,タイ湾.分布域の大部分はトラフコウイカやコウイカと重なり合っているが,特異な斑紋のため他種と紛れることはない.南西日本で少量の漁獲があり,本種がもともと“モンゴウイカ”と呼ばれていた種であるが,現在はその名はむしろヨーロッパコウイカ[やぶちゃん注:コウイカ属 Sepia 亜属ヨーロッパコウイカ Sepia ( Sepia ) officinalis 。]等の海外大型種に汎用されている.
《引用終了》
とある。
「し﹅ぽいか」先のシシイカの異名のように思われたが、気になって調べた結果、国立国会図書館デジタルコレクションの「本草綱目啓蒙」第四・重訂版(正宗敦夫編纂・昭和四(一九二九)年日本古典全集刊行會刊)の「烏賊魚」の項のここに(九一八ページ九行目)、
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一種シ﹅ボイカ攝州ハ常ノイカノ形ニシテ小ク身淡黄赤色ニシテ靑黑斑アリ足ハ紅黑色ナリ大サ五六分ヨリ一寸四五分ニイタル二三月ニアリ他月ニハナシ
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とあった。なお、私は同国立国会図書館デジタルコレクションにて――シシポイカ――で検索して発見したものの、不審があったので、拡大して見るに、「ポ」(半濁音)ではなく、「ボ」(濁音)であると判断した。さて、ここで、先に引用したシシイカの記載と、この内容を比較するに、どうも同一のイカの様態とは、かなり違うように私には感ぜられるので、不詳としておく。種の正式名が、お判りになる方は、御教授を願うものである。
「こぶしめ」これは、文字通り、
コウイカ目コウイカ科Ascarosepion属コブシメ Ascarosepion latimanus
である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「由来・語源」に、『沖縄での呼び名「クブシミ」からきたもの』とされ、『私見』と断りを入れた上で、『「くぶ」は「クフィ」で「とても大きい」という意味合い。「しみ」は「墨」のことで、大きくて墨がたくさんとれるイカという意味合い』とされ、さらに、『姿が拳(沖縄で「くぶし」)に』似『ているから?』と添えられてある。なお、属名の“Ascaro” は、「ピクシブ百科事典」の「コブシメ」に拠れば、スワヒリ語由来のアラビア語で「偉大な戦士」の意であるとある。
「あふりいか」これは、
ヤリイカ科アオリイカ属アオリイカ(シロイカ)Sepioteuthis lessoniana
である。「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)に、棲息域を『日本近海』とし、『市場名』として『モイカ』・『バショウイカ』・『クツイカ』・『ミズイカ』・『イズイカ(地方名)』(「伊豆烏賊」と思われる)を挙げ、外套長は三十五センチメートル、体重は一・八キログラムとあり、
《引用開始》
鰭が大きく,外套長の90%以上に及び,卵円形の外形であるため,コウイカ類と見誤まられるが,石灰質の貝殻はなく,幅の広い軟甲をもち,ヤリイカ科に属する.外套膜背面から鰭基部にかけて断続的な淡色横縞がある.腕吸盤は2列でその角質環には20本内外の三角形の歯がある.雄の左IV腕は交接腕化し,先端の25%ぐらいは吸盤がなく円錐の肉嘴が2列に並ぶ.触腕の吸盤には14~23の鋭歯がある.卵嚢には通常5個の卵が入っている.南西日本~東南アジア・インド洋.
《引用終了》
とある。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「漢字・学名由来」に、『漢字 障泥烏賊(白障泥烏賊) Aoriika』とし、「由来・語源」の項に、「和漢三才圖會」の記載を訳されて、『〈真烏賊より大きくて四周に肉鰭がある。状(かたち)は障泥(あおり)に似ている。これをするめにすると佳い〉とある。そして、『〈障泥というのは馬具のひとつ。鞍の下に敷く泥よけで皮革で作られる。トラ、クマなど素材によって等級がある〉』とし、『この障泥に形が似ているところから』として「大言海」を添える。前者は、私の「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「たちいか するめいか 柔魚」の項の記載で、原本の訓読文を示すと、
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障泥烏賊(あをりいか[やぶちゃん注:ママ。]) 「真烏賊」より、大にして、四周に、肉〔の〕緣〔(ふち)〕、有り。狀〔(かた)〕ち、障-泥(あをり)に似たり【「阿乎里以加」。】。是れも亦、鮝(するめ)と爲〔して〕佳し。
*
である。「大言海」の原文主文は(私は「言海」しか所持しないので、国立国会図書館デジタルコレクションの「大言海」第一巻(昭和七(一九三二)年刊)の当該項を視認した。記号の一部はカットした)、
*
あふり(アフリ)(名)〔足觸(あふ)るノ名詞形、(足蹈(シブミ)、鐙(アブミ)障泥(シヤウデイ)トハ、泥ヲ障(ササ)フル義、泥障トモ書ケルアルハ、どろささへノ意ナルカ〕馬具ノ名。下鞍(シタグラ)ヨリ、鐙ノ內ニテ、馬ノ兩脇ニ垂ルルモノ。本ハ、雨天ニ、泥ノ、衣服ニハネアガルヲ防グ用ナルニ、後ニハ、晴天ニモ、飾トシテツクルヤウニナリ、毛皮ニテ作ルヲ本トス、用アル時ハ、敷皮トモス、虎皮、熊皮等、階級アリ、後世ハ、多ク塗革ニテ作ル、後ノ製ノモノハ、長サ、二尺八寸、幅、上部一尺五寸、下部に釋一寸ヲ制トスチ云フ。
*
私が、わざわざ引用したのは、本辞書が、私の偏愛する芥川龍之介の愛読書であったからである。
「みづいか」ここでは、順列から、前に掲げた通り、アオリイカの市場名であろう。「水烏賊」で、このPDFのアオリイカの解説の「名前の由来」には、『体色を迅速に多彩に変化することが得意で、海水に溶け込む程』、『透明になれることから。』とある。
「よしみづいか」漢字表記不詳だが、前後の配置から、やはり、アオリイカの地方名であろうと推定される。
「もいか」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のアオリイカのページの「地方名・市場名」の中に、『モイカ』を挙げられて、『場所』を『愛知県南知多(三谷)、三重県東紀州、高知県室戸市・宿毛市田ノ浦すくも湾漁協』とされる。また、漢字表記は「藻烏賊」である。「坐来大分・銀座おおいた情報館」発行のサイト「OITA SHOKU」の「佐伯市(さいきし) 豊後水道の幸、伊勢海老とモイカ」に、『秋も深まる』十一『月、大分県南部の沿岸地域では、「モイカ」と呼ばれる美味しいイカが捕れ始めます。モイカとはアオリイカのことで、産卵のために藻場にやってくることからついた名前だと言われています。』とあるからである。
「おほいか」「大烏賊」と推定されるから、外套長・重量が有意にある種と考えてよく、一般に知られた大型の烏賊は、まず、
ソデイカ科ソデイカ属ソデイカ Thysanoteuthis rhombus
であろう。漢字表記「袖烏賊」。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを見られたい。成個体の画像があり、キャプションには、外套長一メートル、重量は二十キログラム『を超える。非常に大型』とある。なお、属名は、ギリシャ語由来のラテン文字転写で、“thysanos”は「房飾り・タッセル(英語:Tassel:布の終りの部分に取り付けられる装飾)」を意味し、“teuthis”は「イカ」の意。
「ごいか」「Instagram」の「#山奥の漁師が営むさかな屋さん@yama.sakanaya」氏の、この商品記事に、『・コウイカ(ゴイカ/お刺身・炒め用/地物)』とあった。三重県の方なので、確認のために調べると、「三重県水産研究所」公式サイト内の「旬のおさかな情報インデックス」の二〇一九年二月四日発行の「105」号の記事に、「画像3」に『2019/1/30撮影 波切 コウイカ』『波切市場に水揚げされたコウイカです。三重県では「ゴイカ」と呼ばれます。もっちりした食感が特長で刺身やソテーがおすすめです。』とあったので、確定である。
「たついか」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」では、
ツツイカ目開眼亜目アカイカ(赤烏賊)科アカイカ属アカイカ Ommastrephes bartramii
で、同種のページの、「地方名・市場名」の筆頭に『タルイカ』とされ、採集地を『愛知県蒲郡市西浦』とされる。なお、このアカイカは北太平洋を広く回遊する種であって、「虫の名、貝の名、魚の名 和名にまつわる貝類」の奥谷先生執筆部分では、『アカイカ(「むらさきいか」のような純外洋種』(☜)と表現されている。
「するめいか」先行する「まいか」で既注。なお、スルメイカ=「鯣(するめ)」という短絡誤認は今も蔓延っており、先に出した「虫の名、貝の名、魚の名 和名にまつわる貝類」の奥谷先生執筆部分の「方言は難しい」の中で、『イカの乾製品をすべて「するめいか」というのだと思って、これが特定の一種 Todarodes pacificus (古い文献には、Ommastrephes sloanii pacificus の学名が頻繁に知られている)の標準和名と知らない人もいる。』『そういう人には烏賊の一種、イカの干物は「するめ」ですという。笹鯣(するめ)はヤリイカの、白鯣はケンサキイカの、甲付鯣はシリサケイカの乾製品だと例をあげれば納得してもらえる』とある。
「せんどういか」こちらの「かがわ 里海(さとうみ)の幸(さち) ~春~ 烏賊 イカ」(PDF)の、香川県三豊(みとよ)市の仁尾町(におちょう)漁業組合代表理事組合長小山雅司(こやままさし)氏へのインタビュー記事「イカの魅力、教えて下さい!」の冒頭の「香川でとれる主なイカの種類と名前」の表に、標準和名「カミナリイカ」の「地方名」として『モンゴウイカ、センドウイカ』とある(この表は香川県ホームページを元に小山氏からの追加を加えたもの)。「カミナリイカ」は「きんこういか」で既注済み。問題は漢字表記だが、「船頭烏賊」を考えたが、どうもしっくりこない。思うに、同種の内在する「甲」が鋭く尖っているから、「尖頭烏賊」「先頭烏賊」ではなかろうか? 識者の御教授を乞うものである。なお、「せんどういか」(ひらがな)でネット検索を掛けると、「船凍イカ」(せんとういか)が掛かってくるが、これは現代の話であって、ここでは、あり得ない。
「さすいか」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」で検索すると、
ヤリイカ科ヤリイカ属ヤリイカ Heterololigo bleekeri
の同種のページの「地方名・市場名」に、『サスイカ』として、『兵庫県但馬地方』での呼称として掲げられている。調べると、『兵庫県若手水産職研修JF兵庫漁連 SEAT-CLUB』発行の「但馬の美味しいお魚図鑑」(Ver.2)(PDF)の「ヤリイカ」の項に、別称に『サスイカ』・『テナシ』・『ケンサキ』と並ぶ。ヤリイカ(槍烏賊・鑓柔魚)から考えれば、「刺烏賊(さすいか)」かとも思われるが、ネットでは見出せない。
「たちいか」前掲したアオリイカの異名。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「地方名・市場名」の最後に『文献より。』とのみある。所持する「本朝食鑑」の「烏賊魚」の「鰑」の「集解」の冒頭に、本種を用いるとして、漢字名を『太刀烏賊』とする。
『「すぢいか」【烏賊の「すぢいか」と異る】』この割注を、わざわざ附したのは、割注のそれが、種としての狭義の、先に注したスジイカ属スジイカ Eucleoteuthis luminosa の意と採っておく。「腹側に二本の白い筋(当該部分の色素が薄く白っぽく見える)があるイカ」の意味。しかし、前の「筯烏賊」をスジイカ属 Eucleoteuthis に属する複数の種群を指しているとするのは、おかしい。何故なら、「BISMaL」で検索しても、Eucleoteuthis に属すする種としての「スジイカ」でない種は載らないからである。いや! そもそも、刊行時期、及び、本書の著者の経歴と書き方から見て、生物学上の属と種を区別している可能性はゼロと踏めるからである。而して、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページにも、『太平洋側で普通に見られるイカだが、濃い群れを作らないために』、『まとまってとれない』上に、『皮が柔らかく、水分が多いなどで』、『生鮮品としての価値が低い』。『比較的』、『太平洋沿岸のローカルなイカといえるもの』で、『一般に流通することも、小売り店で見かけることも非常に少ないもの』とあるのだ。さらに、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の「寿司図鑑」の「筋烏賊/スジイカ」のコメント冒頭には、『この平凡なスルメイカに似ている小振りのイカをご存じだろうか? 沼津では漁師から「こんなのどうしようもねー」と』、『けられ、鹿島灘では釣り師に外道とされている。まことに評価の低いイカなのである』。『どうして評価が低いのかというと、釣り師にとっては「型(大きさ)」が小さいから。漁師にとってはまとまってとれないただそれだけの理由である。』と記されていることからも、そもそも、底本で扱うに足る種ではないということになろう。ということは、実は、割注は、真正のスジイカの流通価値が低いことを指すものであり、別に「筯烏賊」という異名で流通するイカがいる、と言っていると、逆に採るべきであろう。しかし、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の検索で、「スジイカ」を検索しても、スジイカ以外に、別なイカの種が出てこないし、先に出した「虫の名、貝の名、魚の名 和名にまつわる貝類」の索引にも載らない。
△そこで、ネットで調べてみると、「スジイカ・ヤセトビイカの幼仔の形態について」という論文の予報記載を見つけた。読んでみると、この二種は属は異なるものの、スルメイカ型で似ているものでは? と思われた。ヤセトビイカに就いては、「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)によれば、インド・太平洋に分布し、日本の西・南日本にも分布していることが判った。学名は、
アカイカ科アカイカ亜科 Ornithoteuthis 属ヤセトビイカ Ornithoteuthis volatilis
である。しかし、スジイカは「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)を見るに、「筋」が見えないので、アウト(✕)だろう。
さらに種々の画像を見た。すると、かの「空飛ぶイカ」として知られる
『「飛烏賊」は「筯」があるゾッツ!』
と気づいたのであった。
アカイカ科 Sthenoteuthis属トビイカ Sthenoteuthis oualaniensis
である。同種は、スジイカと同じく、外套膜と一方、又は、両方の漏斗軟骨器が癒着していて簡単にはずれず、胴の背に黒い筋があり、驚いて漏斗から勢いよく海水を噴出させて飛行する際には(飛距離は五十メートルとも百メートルともされる)、背全体が、エメラルド・グリーンの「筯」のようにも見えるのだ。このトビイカを最候補としたいと私は思うのである。同種は相模湾(二〇〇五年前後から目撃されている)以南に分布する。
「めいか」これは、ヤリイカ科ヤリイカ属ヤリイカ Heterololigo bleeker の♀の異名「女烏賊」である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの、「地方名・市場名」に『メイカ』とし、『山形県酒田市』とし、『雄と比べると』、『小さい雌のこと』とある。
『「しやくはちいか」(「やりいか」にも此名あり)』「尺八烏賊」は、現行では、ヤリイカ科 Heterololigo属ヤリイカ Heterololigo bleekeri の異名として知られ、私は他の種の異名としては知らない。或いは、ヤリイカと誤って、よく似ている別属の、ヤリイカ科ケンサキイカ属ケンサキイカ Uroteuthis ( Photololigo ) edulis をそう呼称している、或いは、していた地方があっても、おかしくはないとは思う。なお、この後に別に全く同じ「しやくはちいか」が出るが、メンドクサいので、こちらに集約しておく。
「つ﹅いか」「筒烏賊」で、現行では、頭足綱鞘形(二鰓)亜綱十腕形上目ツツイカ目 Teuthidaに属する種群を指す。当該ウィキによれば、『胴部(外套膜)が円筒形(円錐型・卵円形袋状)で、背側にキチン質の軟甲(なんこう、gladius)を持つ』。『外洋域に生息する種は形態の多様性が非常に高い』。『肉鰭は多くは体後位にあって菱形状になるが、一部の種では外套膜側縁に亘っている』。四『対の腕と』一『対の触腕を持ち、吸盤には柄とキチン質の角質環を持つ』。既出の『スルメイカやヤリイカに代表される』とある。
「き﹅やういか」「桔梗烏賊」。調べた限りでは、西日本(山口・北九州)でのカミナリイカの地方名である。理由は私の思いつきであるが、双子葉植物綱キク目キキョウ科キキョウ亜科キキョウ属キキョウ Platycodon grandifloras の葉の形に擬えたものかも知れない。但し、先に出したアカイカは、流通名で「ムラサキイカ」(紫烏賊)と呼ばれ(アカイカの生体色は赤紫である)ので、そちらのキキョウの花の色に擬えた異名かも知れない。
「さどいか」これは「佐渡烏賊」。佐渡は好きで、三度、渡島しており、実見しており、豊富に獲れるスルメイカのこと。「冬烏賊」とも言う。沖漬けが旨いが、アニサキス(線形動物門双腺綱回虫目回虫上科アニサキス科アニサキス亜科アニサキス属 Anisakis )に要注意である。私は、大学一年の時に、友人を訪ねた熊谷で、生きのいいスルメイカの生焼きを食い、見事にやられ、強烈な胃痛で七転八倒した。対馬の知人が、正に釣りで沖漬けにしたものを、帰港に前の船上で食べ、何んと! 極めて珍しく口蓋垂を貫通し、某大学病院で、何人もの医師の見学(症例として稀有であった)の中、引き抜くことが出来ないため、レーザーで、アニサキスの前後を切断をするキテレツな処置を受けた一部始終を聴いたことがある。
「さるいか」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のスルメイカの地方名に、「サルイカ」として、採集地を『島根県、山口県仙崎』とある。私は当初、新鮮な個体は、濃い赤茶色をしているので、「猿の尻」から「猿烏賊」であろうと思ったが、ネット上には、確定的記載はない。一方、ある釣り師の記載には、人でない「猿」の意で、漁師は獲れても、捨てるという意味で、「さるいか」と呼ぶとあり、ある種のスレッドの記載では、差別的な意味で、「ヒト以下の人間」という意味で「猿烏賊」という語が載っていた。何んとも厭な使い方であるが、前の漁師のそれも、同義であろう。
「おにいか」同前でスルメイカの地方名で、『山口県宇部市・下関』とあり、『聞取』とある。やはり、赤鬼で「鬼烏賊」と私は思う。
「あかいか」正式和名の前掲のアカイカがしっくりくるものの、実は「アカイカ」という流通名は、ネットの複数の記載を見るに、前掲のソデイカ・ケンサキイカのそれとしても、極めて広範によく使われるので、特定は出来ない。それ以外にも、「虫の名、貝の名、魚(さかな)の名 和名にまつわる貝類」で奥谷先生が纏められた『表 ヤリイカとスルメイカの地区別方言名』(132ページ)に拠れば、ヤリイカを「アカイカ」と呼ぶケースとして「笠沙」(かささ:現在の鹿児島県南さつま市笠沙町(かささちょう)片浦(かたうら)、及び、赤生木(あこうぎ)。ここ。グーグル・マップ・データ、以下、無指示は同じ)・「野間池」(前の片浦地区の内)・「秋目」(前の片浦地区の南東に繋がる片浦坊津町秋目(ぼうのつちょうあきめ))を挙げてある。
「やりいか」まあ、これも標準和名のヤリイカとしておくが、私は内心、『ヤリイカ科Loliginidaeのイカには、九種が生息しているからなぁ……』と危ぶんだのだが、奥谷先生は、「虫の名、貝の名、魚(さかな)の名 和名にまつわる貝類」の中で、特異的に前注の「あかいか」という地方名表を受けつつ、『「あかいか」』は、それなりに他のイカから他のイカから識別されているものと思って差し支えないであろう。』と結論されているので、私のは、杞憂に過ぎないことが判明した。頭がこんがらがっておられる方のために言い添えておくと、「ひらがな」で「あかいか」であることに注意されたいのだが、奥谷先生は――「あかいか」のアカイカでないヤリイカの地方名例を示しつつも――その他の同名異名イカ名の中では比較的に異種混淆のヒドい傾向はない――とおっしゃっているのである。
「まるいか」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の検索では、ケンサキイカの地方名(『相模湾、東京湾の沿岸』とある)と、ジンドウイカ(ヤリイカ科ジンドウイカ(神頭烏賊・磁頭烏賊)属ジンドウイカ Loliolus ( Nipponololigo ) japonica )の地方名(『神奈川県相模湾周辺』とある)とする。
「なついか」「夏烏賊」。前の前で出した奥谷先生の『表 ヤリイカとスルメイカの地区別方言名』(132ページ)に拠れば、ヤリイカを「ナツイカ」と呼ぶケースとして「坊泊」と「枕崎」を挙げておられる。「坊泊」は「ぼうとまり」で現在の鹿児島県南さつま市坊津町(ぼうのつちょう)泊(とまり)である。枕崎は同地図の東の同県枕崎市である。因みに、この二箇所、梅崎春生の、偏愛する最後の作「幻化」のロケーションの肝の場所である。私のブログ・カテゴリ『梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】』、或いは、サイト版「幻化 附やぶちゃん注 (PDF縦書決定版)」を、どうぞ! なお、ヤリイカの成体の漁獲期は春であるので、不審に思ったのだが、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「生態」の項に、『12月中旬から5月にかけて産卵』。『孵化して夏から秋には小ヤリイカが漁獲される。初物はなかなか高価である』(☜)。『これが冬には成体(大きく)となり』、『所謂ヤリイカとして流通』するとあったので、ナットク!
「ふゆいか」「冬烏賊」。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のヤリイカのページの「地方名・市場名」に『フユイカ[冬イカ]』とし、「場所」を『京都府伊根町、兵庫県西脇市(スーパー)』とあり、「備考」に『スルメイカを夏イカというのに対して「フユイカ(冬イカ)」とされる』とある。別に、一般社団法人京都府北部地域連携都市圏振興社(通称:海の京都DMO)のこのページの「ヤリイカ」に、『真冬に獲れるヤリイカ。名前のとおり槍のように細く長く尖った形をしています。冬イカと呼ぶ人もいます。身が透き通った大変綺麗なイカです』。『アオリイカや白イカと比べて肉厚は無く、味は比較的あっさりしており、水揚げ量にもよりますが、競り値も比較的安くなります。雄は雌より大きくなり一目で見分けがつきます。食べ方はお刺身が美味です。身は薄いですがコリコリした食感とあっさりした旨みが口に広がります。数は少なくなりますが』二『月までは港で見かけます』とあるのを確認した。
「あきいか」「秋烏賊」。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」では、アオリイカのページの「地方名・市場名」に、『アキイカ[秋いか]』、「場所」を『京都府舞鶴市、宮津市、伊根町』とあり、『サイズ/時期秋にとれる小型』とする。前項と同じ「海の京都」に、『春夏秋冬、再会できる喜び。旬の時期になると海沿い周辺のスーパーや鮮魚店には沢山のイカが並び、それを見て地元の人々は「そろそろ秋やね~」と季節を感じるわけです。特に秋イカとも呼ばれる「アオリイカ」はこの話の象徴的なイカと言えます』とし、さらに、『「イカの王様」と呼ばれ、イカの中で最高峰の味わいです。秋イカとも呼ばれています』。『旬は一般的に秋~春(春は親イカ)とされていますが、丹後地方では』九『月後半』から十二『月前半が最盛期。春は産卵の時期でペアの大型アオリイカが沿岸部に集まります。ただ、頻繁に港へ行きますが』、『年々』、『水揚げ量が減っている印象があります。獲れ始める』九『月頃は手のひらサイズ(』百グラム『程)で晩秋には』三百から五百グラム『程に成長していきます。適度に小さい方が』、『身が柔らかく食感が程よいです。お刺身で食されることが多いですが、地元では一夜干しと言われる生に近い状態の干物をサッと炙って食べるスタイルも好まれています』とあるのを確認した。
『「ぶといか」一名「ぶどういか」』「太烏賊」。後者の「ぶどういか」は、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の「ブドウイカ」(異名。以下の引用で正式和名は「ケンサキイカ(ブドウイカ型)」で、Uroteuthis ( Photololigo ) edulis である)によれば、「ぶどういか」は「葡萄烏賊」ではなく、やはり「太烏賊」で、「漢字・学名由来」に『漢字/太烏賊』とし、『山陰島根県などの「ぶといか」が変化して「ぶどういか」になったものと思われる。「ぶと」=「太」でケンサキイカよりも外套長が短く太って見えるため。』とあった。「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のここ(PDF)に、『ケンサキイカ(ブドウイカ型) Uroteuthis ( Photololigo ) edulis ( Hoyle, 1885)[ budo-ika]/ヤリイカ科 Loliginidae』とし、棲息域は『日本近海』、『市場名』として『シロイカ』(「白烏賊」と思われる)を挙げ、外套長は四十センチメートルとあり、
《引用開始》
日本海西部に分布するケンサキイカの季節型でLoligo budo Wakiya & Ishikawa, 1921 の名が与えられた.鰭の長さは外套長の65%ぐらい.腕の吸盤角質環の特徴はケンサキイカの他型と同様截断状の歯が数個あるが,触腕掌部がそれらに比し広く大きく,ここの吸盤はIII腕の吸盤より大きい.外套膜は外見ケンサキイカのゴトウイカ型などより太目で(外套幅は長さの30%),腹中線の肉畝は殆ど見られない.「白ずるめ」の材料は本種.付記:Sasaki (1929)が Loligo edulis forma grandipes とした型で,秋冬期のみ日本海西部にあらわれ,幼期はケンサキイカの他型と区別できない.
《引用終了》
とある。
「とつぽいか」この異名・地方名はネットでは確認は出来ないのだが、「とっぽいいか」の縮約ではないかと考える。但し、悩ましいのは、「とっぽい」という語が、小学館「日本国語大辞典」で、『① 頓智があり』、『利を見るに敏』(びん)『だ、抜け目がない、ずるいなどの意でいう、盗人・』テキヤ『仲間の隠語』とし、『② すばやい、大きい、生意気だなどの意でいう、不良仲間の隠語』とする一方、私が使用する意味で、①・②と正反対の『③ まがぬけている、にぶいなどの意でいう俗語』の意があるからであったが、①・②の本来の意味で、取り敢えず採用したものの、イカ釣りは私は全くしたことがないので、運動性能を調べたところ、これを順列から前項のケンサキイカに仮に比定してみた。拠りどころは、宮城県の釣り人の「Anglershighごめのブログ」の「ケンサキ攻略」で、そこに『ヤリイカより活動的なイカで集魚灯下でも上から下まで活発に動き回って小魚を追い回します』とあり、さらに『過去に福井の三国海域 シーライオンさんに釣行した際も船下に取り付いたイワシの群れを集団で追い回す様はまるで海の中でオーロラが波打つような光景でした』とされ、『スルメイカよりも大人しい感じ』ながら、しかし、『さらに好奇心旺盛なイカがケンサキイカってイメージです』とあるので、ケンサキイカと決した。
「ごとういか」「まいか」で注したが、所持する平凡社「世界大百科事典」の奥谷先生執筆になる「ケンサキイカ」の項に、『相模湾以西の本州太平洋岸と,日本海西部に分布し,とくに日本海西部に分布する型は太短く,触腕も太くブドウイカと呼ばれる地方的亜種である。主産地は九州西方,五島列島付近なので,九州では本種をゴトウイカといい,地方によってはシロイカ(おもにブドウイカのこと),メヒカリイカ,マワシッコ(幼若体)といい,地方的形態変化が激しい。日本以外には東南アジアからオーストラリア北部まで分布する。外套の肉は厚く美味で,生食するほか,するめにするが,〈一番するめ〉とか〈五島するめ〉といい最上品とされる。』とあった。
「ずんどういか」確認出来ないが、「まるいか」で比定したヤリイカ科ジンドウイカ(神頭烏賊・磁頭烏賊)属ジンドウイカ Loliolus ( Nipponololigo ) japonica の地方名ではなかろうか? 当初、私は「ずんどう」は、てっきり、「寸胴」で、小学館「日本国語大辞典」の当該項に、『髄胴(ずいどう)」の変化したものか。「髄」は胴中・まん中の意。「寸胴」はあて字か』とし、『腹から腰にかけての太さが同じで、ウエストがくびれていないこと。また、上から下までが同じ太さであること。また、そのさま。ずんど。』の意かと思っていたのだが、豈図らんや! 「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「漢字・学名由来」には、同種の絵の初出を、「和漢三才圖會」の「卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」(リンクは私のサイト版)「いか 烏賊魚」が初出とされており、その解説に、『佐々木 望(マドカ)博士は日本産頭足類を精査されたが、和名を与えることは極めて少なく、各地呼称を記した程度だった。同氏は』 Loligo japonica 『に対してジンドウイカの和名を与えられたが、何処の方言かは、私は知らない。 “ジンドウ”を辞書で見ると』、『結局、寺島良安の』「和漢三才圖會」『の項を写したものと見える。“細かい竹を編み、河の中に立てゝ魚を追い入れて捕らえるもの”と』、『あって』、 Loligo 『の外套の形が之に似ているから起こったものであろうかと想像する』とされ、『じんどう』というのは、『矢の先の部分、鏃(やじり)の形のひとつ、「神頭」に似ているからではないか? 「神頭」は木で作られて平たい』と述べておられる。因みに、“,”の引用は、私も所持する本邦初の本格的貝類図鑑「原色日本貝類圖鑑」の著者であった吉良哲明氏が昭和二一(一九四六)年から十四年間に渡って謄写版で編集・発行した貝類研究誌『夢蛤(ゆめはまぐり)』からである。
「さばいか」ネットで調べると、魚のサバ(鯖)漁の時期に、同時期に採れるヤリイカをカップリングした名称として「サバイカ」が検索に掛ってくるのだが、どうも、これではないと思われる。私は、寧ろ、
★直前の「すんどういか」を受けた、同義的か、或いは、その差別化(ケンサキイカは「細い」とは――私は――言えないと思うので)の呼称であって――「狹幅」――さば――「はばせま」「はばぜま」(=幅が普通より狭いこと。また、そのさまやそのもの。小学館「日本国語大辞典」に拠る)――「幅狹」=「スリム」――ではないか?
と考えた。根拠も何もない、ただの思い付きではある。ただ、とすれば、可能性としては、「ずんどういか」と同じジンドウカ、或いは、それよりも、もっとスリムなヤリイカ等の烏賊の誰彼か? となるか? 識者の御叱正を乞うものである。
「さ﹅いか」「笹烏賊」。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」によれば、二種がヒットし、一つは、やはり、
ケンサキイカ
で、今一つは、
ヤリイカ
であった。
「ばしやういか」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の「アオリイカ」のページの「地方名・市場名」に、『バショウイカ[芭蕉烏賊]』とあり、「場所」を『静岡県沼津市』とあって「備考」に『これは形がバショウの葉に』似『ているため。』とあった。
「まついか」マツイカは、以前は、十腕形上目ツツイカ(筒烏賊)目開眼亜目アカイカ(赤烏賊)科Ommastrephidaeの異名であったようだが、小学館の「日本大百科全書」には(奥谷先生の記載)、『アカイカ科に属するスルメイカTodarodes pacificusの関西方面の俗称。しかし最近では、遠洋イカ釣り漁業で漁獲されているカナダイレックスIllex illecebrosusやニュージーランドスルメイカNototodarus sloaniなどの市場名に流用されている。』とあった。また、荒俣宏氏の「世界第博物図鑑」の別巻2の「水生無脊椎動物」(一九九四年平凡社刊)の「イカ」の項の「名の由来」の最後に『富山ではホタルイカのことをマツイカとよぶが,山口県の周防では,これはスルメイカの一名となっている.』ともあったので、添えておく。
「とんきう」これは現代仮名遣「とんきゅう」で、
以前に出した奥谷先生の『表 ヤリイカとスルメイカの地区別方言名』(132ページ)に拠れば、
ヤリイカを「トンキュウ」と呼ぶケースとして「笠沙」「野間池」「秋目」「久志」(鹿児島県南さつま市坊津町久志(ぼうのつちょうくし)。グーグル・マップ・データ)を、
スルメリカを「トンキュウ」と呼ぶケースとして「坊泊」と「枕崎」を、
挙げておられる。この「トンキュウ」は、南九州の漁業関係の公的記載や、料理人及び釣り人の記載にも頻繁に見受けられるものの、語源を記したものがない。私の全くの思い付きであるが、これは、イカの尖がった胴の体勢から、比喩として「豚爪」(とんきゅう)、又は、「鈍爪」と当てたものではなかろうか? 識者の御教授を乞うものである。
「うしとんきう」「鹿児島県水産技術開発センター」の海産物の地方名リストのここ(PDF)の176ページに『ウシドンキュウ』を見出せる。私の前注の推理に合わせるなら、「牛豚爪」或いは「牛鈍爪」ではなかろうか?
「ひいか」これは、まず、基本、ジンドウイカの広範な異名である。但し、株式会社安岐水産公式サイト「あき水産活魚部」内の「【いか情報】小さいけれど旨味は抜群!ヒイカ(ジンドウイカ)」の、「ヒイカの名前の由来」の項に、『ヒイカは漢字で「火烏賊」と記し、灯の明かりに寄ってくる習性に由来します』。『また、ヒイカは市場に流通する小型のジンドウイカ類の地方名だそう』。『ヒイカには、標準和名のジンドウイカ、ヒメジンドウイカ、ベイカ』(ヤリイカ科ベイカ Loliolus ( Nipponololigo ) beka )、『ケンサキイカ、ヤリイカなどの胴長約』十五センチメートル『以下の小型のジンドウイカ類が複数種含まれているようです』(☜要注意!)。『ジンドウイカの名前の由来は、弓矢のヤジリの一種「神頭(じんどう)」に似ていることが名前の由来と言われているそうです』。『「神頭」とは先が平らになった的矢や鏃のことを意味し、ジンドウイカの胴体とみみ(鰭)を合わせた形が「神頭」に似ていると思われます』とあり、「ヒイカの生息域」の項に、『ヒイカは北海道から九州までの日本各地に分布しており、水深50メートルまでの浅い内湾で生息しています』。『また、水深』一『メートルから』十『メートルくらいの内湾で春から夏に産卵します』。『ヒイカは昼間に海底直上を遊泳していることから、主に底引き網で漁獲されます』とある。異名の由来と対照種群を、ここまで、しっかりと記されたものは、ネットでは稀有である。
「べにいか」「紅烏賊」。アカイカ Ommastrephes bartramii の地方名・流通名。鳥取県境港市の「からの鮮魚店」公式サイト内の「紅イカ ( ソデイカ ) 1杯 KG~ / 境港産」に、『境港では「 紅イカ(ベニイカとかアカイカ) 」と呼ばれています』。『境港で水揚げされているイカの中では一番大きなイカで、加工食品でも多く利用されています』。『見た目から固い身を想像しますが、とても柔らかくお年寄りでも嚙み切れるイカです』とある。
「ちつこいか」一応、ネット検索と国立国会図書館デジタルコレクション検索を掛けたが、これらは「チッコいイカ」で、どれを見ても、異名ではなく、釣果として恥ずかしいイカ類の小型個体を言っているものと思われた。しかし、次の「べいか」を調べた後、「地方名・市場名」に『チイチイイカ』を挙げてあり、その採取地は『広島県福山市』及び『文献より』とあるのを見出した。とすれば、以下のベイカである可能性が、俄然、浮上してくる。「全国いか加工業協同組合」の『新編・世界イカ類図鑑』のベイカの記載(PDF)を見るに、外套長は♀は八・七、♂が六・六センチメートル(性的二形)とあり、如何にも「チッコい」ぞッツ!
「べいか」歴(れっき)とした正式和名である。ヤリイカ科ジンドウイカ属ベイカ Loliolus ( Nipponololig ) beka 。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページに拠れば、「漢字」に『米烏賊、紅烏賊』とあり、「由来・語源」『初夏に米粒のような卵をもっているため。紅烏賊は色合いから。』とあった。
「べか」同前。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「地方名・市場名」に「ベカ」とあり、「場所」は『岡山県岡山市』とある。
『「み﹅いか」【或は之を「みみだこ」とも云ふ】』「日本大百科全書」から引く(奥谷先生の記載)。「耳烏賊」で、コウイカ目ダンゴイカ科ミミイカEuprymna morsei (英名:bobtail cuttlefish:“bobtail”は「切り尾の馬・犬/切り尾・短い尾」の意)。『北海道南部以南から日本全国を経て、台湾、フィリピンにまで分布する。外套長は』五十『ミリメートル、幅』三十『ミリメートルぐらいに達する。ひれは丸く、胴の中ほどについていて「耳」のようである。腕は外套長よりやや長く、吸盤は』四『列に並んでいる。触腕の吸盤は顕微鏡的で無数にある。外套腔の中の墨汁嚢の上には鞍形をした発光器があり、その中に発光バクテリアが共生していて発光する。沿岸近くにすんでいて、他の雑魚(ざこ)といっしょに漁獲されるが、商業価値は低い』とある。学名のグーグル画像検索を添えておく。
「烏鰂」さんざん出てきている漢語だが、ここで、注しておく。「烏」は既に述べた意味で、「鰂」は「鯽」と同義。「鯽」は第一義は淡水魚のフナ類を指すが、別に「イカ」をも指す。
「烏則」現行の中文サイトでも見当たらない。恐らくは、「鰂」の「魚」を略しただけの漢語であると思われる。因みに「則」は、現在では国際音声字母(記号)である。
「墨魚」言わずもがなだが、前掲の荒俣宏氏の「世界第博物図鑑」の別巻2の「水生無脊椎動物」(一九九四年平凡社刊)の「イカ」の項の「名の由来」に、『墨魚は,〈墨を出す魚〉の意.』とある。
「黑魚」「墨魚」の略字であろう。なお、現行では、条鰭綱スズキ目タイワンドジョウ亜目タイワンドジョウ科タイワンドジョウ属カムルチー Channa argus argus を指す漢名(正式には「烏鱧」の異名の一つ。「維基百科」の同種を見よ)であるので注意されたい。
「䌫魚」「䌫」は「漁具の艫綱(ともづな)」を指す。現行の中国語では使われないが、イカの絡んだ長い一対の長い脚からは、納得出来るが、荒俣氏の前掲書に『纜魚は,風や波に遭遇すると,両脚(2本の長い触腕のこと)を䌫(ともづな)ようにして石に体を固着させるという俗信による.』とある。
「廿盤校尉(かんばんこうい)」検索では掛かってこないが、「廿盤」というのは、イカの十脚に、多数、装備されている吸盤を指していよう(なお、タコとイカの吸盤構造は、その決定的な違いがあることを知っている方は、そう多くないので、ウィキの「触腕」を見られたい)。「校尉」は漢代に宮城の防衛や西域鎮撫などに当たった武官。後に武将の栄名となり、さらには将軍の次の位となった。謂わば、イカのみが持つ腕の中の最も腕らしい触腕を兵隊を動かす軍扇に見立てたものであろう。なお、調べてみたところ、この前後の漢名異名は、その殆んどが、著者が漢籍から拾ったものではなく、小野蘭山述の「本草綱目啓蒙」の「烏賊魚」の項に載ったものを、転載したものであることが判明した。国立国会図書館デジタルコレクションのここ以下を見られたい。そちらで、当該引用書も、確認出来る。
「愈黝(ゆよう)」ネット検索では掛かってこないが、そのまま読むなら、「いよいよ、青みがかった黒い色」で、イカの墨を以って代えた烏賊の別名と採れる。
「河伯」これは、元来、中国の神話にみえる北方系の水神の名である。「山經(せんがいきやう)」の「大荒東經」に、殷の祖神である王亥(おうがい)が、北狄(ほくてき)の有易氏に身を寄せたものの殺されてしまい、河伯も牛を奪われたが、殷の上甲微が、河伯の軍を借りて、滅ぼした。その一件は「楚辭」の「天問篇」にも見えており、殷と北狄との闘争に、河伯が殷に味方したことを示すとされる。卜辞(ぼくじ:殷代の卜占の記録の総体を言う)には、河の祭祀を示すものが多く、五十の牛を犠牲として沈めることがあり、水神と牛との関係が注意される。「楚辭」の「九歌」の「河伯」は、その祭祀歌である。なお、日本では「河童(かっぱ)」の別称として,使われることがある(ここまでは、主文として平凡社「世界大百科事典」の「河伯」の記載を用いた)が、基本的には全く縁がない。一部の九州の河童の先祖を「河伯」とする伝承があるが、私はずっと後のコジツケとして認めない。前掲の荒俣氏の記載に、イカの漢語の一つである『河伯度事は、〈黄河の水神(河伯)〉と〈属吏(度事)〉を合わせたもの.小史魚も,<属吏の魚〉の意.』とあった。 以下に続く「白事」・「小史」・「河伯從事」(これについては、三つ後の「螵蛸魚(ひやうほうぎよ)」を見られたい)・「海若白事小史」・「小史魚」というのも、化体(けたい)のイカに与えた架空の下級官吏風の名である。
「銀甁魚(ぎんへいぎよ)」明の方以智撰の「通雅」に、『墨魚烏鰂也』で始まり、『鰂足生口傍兩須如纜諺曰烏鰂噀墨八足在口又名墨魚』(中略)『魚冥脯圖經云烏𪇰所化其云秦王東遊棄算袋化爲此形則誣矣禹時貢烏鰂之醬蒙筌言其墨作劵隔年而字滅張氏曰不驗其無骨者名柔魚又更有章舉石距二物與此相類而差大味更珍好小者曰鎖管見泉州志今曰銀瓶魚臨海志言其懷版含墨故號小史魚』(太字は私が附した)とあった。
「螵蛸魚(ひやうほうぎよ)」「螵蛸」というのは、この場合、「イカの甲」を意味する漢語である。
「算袋魚(さんたいぎよ)」この「算袋」とは、古く中国に於いて、官吏が、筆・硯などを入れて携帯した袋を指す。中文サイト「紀妖」の「乌鰂(河伯度事小吏)」に絵入りで載る。そこに唐代の段成式による随筆「酉陽雑俎」(ゆうようざっそ)を引いている。独自に全文を示すと、同書の「卷十七」の以下である。
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烏賊、舊說名河伯度一曰從事小吏、遇大魚輒放墨、方數尺、以混其身。江東人或取墨書契、以脫人財物、書跡如淡墨、逾年字消,唯空紙耳。海人言、昔秦皇東遊、棄算袋於海、化爲此魚、形如算袋、兩帶極長。一說烏賊有碇、遇風則蚪前一鬚下碇。
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所持する「東洋文庫」版の今村与志雄氏の訳(一九八一年刊)を引用しておく。
《引用開始》
鳥賊(いか)。
古来の説では、河伯度事と名づく。小役人で、大きな魚に遇うと、すぐさま墨(すみ)を数尺四方に放射して、その身をまぎらわしくする。長江下流の人々は、あるいは、その墨を取って、証文に書き、人の財や品物を失敬することがある。書跡は薄墨のようであるが、年がたつと、文字は消え、なにも書いていない紙だけになるからだ。[やぶちゃん注:この消えるイカ墨の話は、今も信じている人が有意におり、往年の少年雑誌の巻頭記事にあったのを覚えており、都市伝説として今も生きているが、ンな話、あるわけないダロが!]
漁師の話によると、むかし、秦王〔秦の始皇帝〕が、東方に旅行をし、算袋を海に棄てた。それが変化してこの魚になったという。形は、算袋に似ていて、両方の帯がきわめて長い。一説では、鳥賊には、矴(いかり)【碇】がある。風にあうと、蚪(と)の前の一本の鬚(ひげ)から矴をおろすという。
《引用終了》
今村氏の注に、「蚪」は『蝌蚪(かと)、オタマジャクシのこと。この場合は、イカの足十本のうち、触手のはたらきをする一対の二本』(触腕のこと)『をさすのであろう』と添えておられる。
「花枝(くわし)」現行でもコウイカ類を指す中国語として生きている。
「𩶋魚(ぼぎよ)」「中國哲學書電子化計劃」のここに、「廣東通志」の「卷五十二」を引き、『柔魚類墨魚而長無螵蛸骨、故名柔魚、墨、魚、海豐名𩶋魚、較他產脆美、大約鱆魚、柔魚、墨魚、一類也「雜記」』とある。
「柔魚(じゆうぎよ)」既注。
『鎻管(さくわん)、一名、靜斑(せいはん)』最後に近づいて、とんでもない記事を見つけた! ブログ「ニーハオTaiwan」の「ややこしすぎる!中国語のイカの分類」で、多くのイカを表現する現代の中国語の熟語を、多数、纏めて日本語で当該種類まで記した、本邦の日本語のイカ種名・異名データでも全く存在しないレベルの、チョー優れものだ! 筆者は台湾人と結婚された日本人女性である。以下、引用させて戴く。
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『コウイカ目―花枝・墨魚・烏賊
ツツイカ目
閉眼目(ヤリイカ目)
ヤリイカ―鎖管・小巻・中巻・透抽・槍烏賊
アオリイカ―軟絲
開眼目(スルメイカ目)
スルメイカ―魷魚』
『コウイカのことを「花枝 huā zhī フゥァズー」と言います。その他、「墨魚 mò yú モーユー」、「烏賊 wū zéi ウーゼイ)」とも呼ばれます』。『台湾ではスーパーなどではあまり見かけませんが、魚市場などではよく売っています。身が固めで歯ごたえがあり、「花枝丸」としてイカ団子などに加工されています』。
『ヤリイカのことを中国語では「鎖管 suǒ guǎn スゥオ グゥァン」と呼びます』。『体調が15㎝以下のものを「小巻(小卷)xiǎo juǎn シァオジュエン」「小管 xiǎo guǎn シャオグゥァン」、15㎝以上のものを「中巻(中卷)zhōng juǎn ゾンジュエン」または「透抽 tòu chōu トウチョウ」、「槍烏賊 qiāng wū zéi チャンウーゼィ」とも呼びます』。『台湾の人は小巻を塩ゆでして刺身感覚で食べたり、「三杯」という醤油やゴマ油、しょうが、にんにくなどと炒めた「三杯小巻」、「三杯中巻」という料理を好んで食べます』。
『「軟絲 ruǎn sī ルゥァンスー」はアオリイカのことを指します。「擬烏賊 nǐ wū zéi ニーウーゼイ」とも呼ばれるそうです』。
『台湾で最も多く調理されているのはこの「魷魚 yóu yú ヨウユー」かと思います』。『 魷魚はスルメイカのことです』。『 日本でいうところのスルメのことを「魷魚干」と言います。生のスルメイカのことも魷魚といいますが、スルメを水で戻したものも「魷魚」といいます。水で戻した魷魚はシャキシャキとした歯ごたえがあり、生のイカとは違った食感でおいしいです』。
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残念ながら、別名「靜斑」は、ネットでも探し得なかった。
「猴染(こうせん)」検索したら、アラ、ま、私の「本朝食鑑 鱗介部之三 烏賊魚」が最初に出たわい。私の「猴染」の注は『閉眼目 Myopsida ソデイカ科 Thysanoteuthidae ソデイカ属 Thysanoteuthisソデイカ Thysanoteuthis rhombus の別名。但し、南方種で外洋性の大型種であって「小烏賊」ではない。そもそも「猴染」というのは明らかに中国本草好みの命名で、猿猴類の赤みを帯びた肌に似たド派手な色に由来すると考えてよい』と始めて考証が続くので、見られたい(十年前の仕儀で、もうすっかり忘れてたワイ)。
「墨斗」同前の記事の私の注で、『・「一墨斗」「墨斗」は大工道具の墨壺のことを指す。墨壺は中国・朝鮮・日本などの東アジアに特徴的に見られる道具で、中国では紀元前から線引きに使われる「墨繩」という漢字が使われていたが、現在のような工具としての墨壺を意味する漢字である「墨斗」という語の出現は唐代以降のことと、有限会社スズキ金物店公式サイトの『(一)「墨斗」の語源について』にあった。確かに、墨とあの形はイカにピッタリだ。本種はただ瑣管より小さく、よく墨を吐くとしか出ないので同定は私には出来ない。』とある。
『「本草綱目」は烏賊魚(うぞくぎよ)の外、一種、柔魚(じうぎよ)あり。烏賊に似て、骨、無く、爾越(じえつ)の人、之(これ)を重(おもんず)とあるのみ』と言っても、それは、時珍は、「烏賊魚」の項では、ガッツり記載がある。単に最後に添えた『【附錄】柔魚 頌曰、一種柔魚、與烏賊相似、但無骨爾。越人重之。』(「漢籍リポジトリ」が、また、接続できなくなっているので、「維基文庫」の同項をリンクさせておく)を指しているだけで、しかも、作者は「爾」(のみ)を、「爾越」と言う国の名前と勘違いしている為体だ!
『「閩書(びんしよ)」は、烏賊の大(だいなる)者(ものを)、花枝(くわし)と名(なづ)け、柔魚は、烏賊に似て長く、色、紫(むらさき)して、漳人(しやうじん)、晒乾(さいかん)して、之を食す。其味ひ、甘美(かんみ)なり。鎻管(さくわん)、或は云ふ、柔魚やや﹅小のみ。又、猴斗(こうと)有り。鎻管に似て、小(しやう)、亦、能(よ)く墨(すみ)を吐(はく)。又、猴染(こうせん)、有り、墨斗(ぼくと)より、大にして鎻管より小なり、とあり』「閩書南產志」。明の何喬遠撰になる福建省の地誌。「中國哲學書電子化計劃」の「石介屬判」の「1」を見よ。
『「漳州府志」には、柔魚は烏鰂に似て、小なり。曝乾(ばうかん)して、之を食す。味ひ、甘(かん)、甚(はなはだ)珍なり。鎻管は、其身、圓直(ゑんちよく)にして、鎻管狀(さくわんぜう)の如く、首に、薄骨(はくこつ)、有り。管中(かんちう)に插入(さしい)る鎻鬚(さしゆ)の如し。其味(あじはひ)、甘脆(かんぎ/うまし)なり。猴染(こうぜん)は、狀(かた)ち、鎻管の如くにして、味、及ばず、とす。』「漳州府志」原型は明代の文人で福建省漳州府龍渓県(現在の福建省竜海市)出身の張燮(ちょうしょう 一五七四年~一六四〇年)が著したものであるが、その後、各時代に改稿され、ここのそれは清乾隆帝の代に成立した現在の福建省南東部に位置する漳州市一帯の地誌を指すものと思われる。同書の「介之屬」に『蝦姑【如蜈蚣而大。能食蝦、謂之蝦姑。】』とある。以上は、「中國哲學書電子化計劃」の「漳州府志卷之六」の「物產」のここの下から五行目の「柔魚」を見よ。]
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