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2025/08/08

和漢三才圖會卷第九十一 水果類 目録・蓮

[やぶちゃん注:以下の「目録」(表記はママ)は、上方の項目の読みは、そのままに示した(清音の箇所は濁音化していない)。下方の附属項のルビのカタカナ表記はそのままで丸括弧で示した。]

 

  卷之第九十一

   水果類

(はちす)

蓮肉(れんにく)

(はすのね) 𦾖(わかね)

荷葉(かえふ)

蓮花(れんけ) 蓮蕋(レンスイ)

(ひし)

[やぶちゃん注:「芰」は「菱」を示す別字。異体字ではない。

(みつふき)

烏芋(くろくわゐ)

慈姑(しろくわゐ)

 

 

 

和漢三才圖會卷第九十一

      攝陽 城醫法橋寺島良安尚順

  水果類

 

Hasu

 

はちす  蓮【和名波知須】

 

     【蓮房似蜂巢

      故名之

      又畧曰波須】

唐音

レン

 

本綱蓮以子種者生遲藕芽種者最昜發其芽穿泥成白

蒻卽蔤也長者至𠀋餘五六月嫩時没水取之可作疏茹

[やぶちゃん字注:「蔤」の原文は「グリフウィキ」のこれに最も近いが、表示出来ないので、「蔤」とした。]

俗呼藕絲菜節生二莖一爲藕荷其葉貼水其下旁行生

藕也一爲芰荷其葉出水其旁莖生花也其葉清明後生

六七月開花花有紅白粉紅三色其花未𤼵爲菡萏已𤼵

[やぶちゃん字注:「𤼵」は「發」の異体字。]

爲芙蕖【芙蓉水𬜻】花心有黃鬚蕋長寸餘鬚內卽蓮也花褪連

房成菂【蓮實也】菂在房如蜂子在窠之狀六七月采嫩者生

食脆美至秋房枯子黒其堅如石八九月收之斫去黒殻

謂之蓮肉冬月至春掘藕【根也】食之

大抵野生及紅花者蓮多藕劣種植及白花者蓮少藕佳

也其花白者香紅者艷千葉者不結實也其莖爲荷莖乃

負葉者取負荷之義菂中青心二三分爲苦薏

 荷梗塞穴䑕自去煎湯洗鏤垢自新物性然也

蓮産于淤泥而不爲泥染居于水中而不爲水没根莖花

 實凡品難同清淨𭳯用羣美兼得自蒻蔤自節節生莖

 生葉生花生藕由菡萏而生蕋生蓮生菂生薏其蓮菂

 則始而黃黃而青青而綠綠而黒中含白肉內隱青心

 石蓮子堅剛可歷永久薏藏生意藕復萠芽展轉生生

 造化不息故釋氏用譬妙理具存矣

  古今はちすはの濁りにしまぬ心もて何かは露を玉と 遍照

                       あさむく

有合歡並頭者 有夜舒荷夜布晝卷 𪾶蓮花夜入水

 金蓮花黃色 碧蓮花碧色 繡蓮花如繡皆是異種

古今醫統云蓮萠投浄瓮中經年移種則發花碧色芙蓉

 先一夕以靛水調以紙蘸花蕋上用紙褁之來日開花

 亦成碧色

△按蓮生於泥而清浄性忌糞溺油膩物周茂叔之云菊

 花之隱逸者也牡丹花之富貴者也蓮花之君子者也

 且諸佛喜以蓮華爲座亦取清浄之義耳

 有倭蓮唐蓮二種倭蓮子如小榧唐蓮子稍小團二月

 斫去頭尾尖用小噐盛水投之中日則五七日生白髭

 根候葉生移栽於瓮其葉花小艷美可愛有白紅粉紅

 口紅之數品一池中不可襍栽變成其多者色

金𮈔蓮 紅花有金黃色理文最爲珍

大紅蓮 花淡赤色形似芭蕉花而從下開上凋落亦然

 五六寸爲臺梢成岐有花不實

[やぶちゃん字注:「梢」は原本では「稍」であるが、読みが、「コスヘニ」(ママ)とあるので、誤刻と断じて、特異的に訂した。

天竺蓮 花紅千葉而一列開凡蓮日午以後萎翌朝得

 日光唯天竺蓮晝夜不萎經五六日悉落焉

 山海經所謂太𬜻山【五嶽之一在陝西】髙五千仭廣十里山頂

 有池池中千葉蓮華服之羽化者亦此類乎


れんにく  菂 澤芝 薂 石蓮子 水芝

蓮肉   中心の青者名苦薏【一名蓮薏】

本綱蓮實至秋黑堅如石刴去黑殻謂之蓮肉以水浸去

赤皮青心生食甚佳入藥須蒸熟或晒或焙乾用之

氣味【甘温濇】 止脾泄久痢赤白濁脾之果補中養神益氣

 力除百疾【得茯苓白朮良大便燥濇者不可食】用之不去苦薏令人作吐

[やぶちゃん字注:「朮」は原文では「术」の字であるが、紛らわしいので「朮」とした。以下同じ。]


はすのね 藕【波知須乃祢】 蔤【和名波衣俗云嫩根】 一名藕絲菜

 

本綱蓮根五六月嫩時名蔤如竹之行鞭者節生二莖一

爲葉一爲花盡處老則爲藕花葉常偶生不偶不生故曰

藕凡白花藕大而孔扁生食之味甘煮食不美紅花及野

藕生食味澀煮蒸則佳冬春掘之食皆白色有孔有𮈔大

者如肱臂長六七尺凡五六節【以鹽水供食則不損口油煠麪米果食則無渣】

[やぶちゃん字注:「肱」は底本では、(つくり)が「玄」であるが、このような字は存在しない。国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂でも当該部は「肱」らしき字で起こしており、東洋文庫訳では「肱」であるので、「肱」とした。「煠」は原文では、「つくり」の上に「云」があるのだが、このような漢字はない。引用元の「本草綱目」の「蓮藕」を、「漢籍リポジトリ」卷三十三」の「果之五【蓏類九種内附一種】」で確認したところ(ガイド・ナンバー[081-21b]の二行目から三行目)、「煠」であったので、特異的に訂した。

藕【甘】 散留血生肌止怒解酒毒及病後乾渴【煑忌鐵噐】

藕節【澀平】 治吐䘐欬血及血痢

 凡產後忌生冷物獨藕不同生冷者爲能破瘀血故藕

 亦節有治產後血悶口乾腹痛之功

△按藕有二節蔤出於其末節七八月採蔤生食之煮亦

 佳得酸愈良至冬孔中絲多甚稠煮之亦不絕如蜘絲

 冬春掘藕煠充果食俗云食藕則三年以前古疵再發

 也此大齟齬于本草之說


かえふ 蕸【荷同】 藕荷【俗云浮葉】 芰荷【俗云立葉】

荷葉

本綱嫩者名荷錢【象形】貼水者名藕荷【生藕】出水者芰荷

【生花者】止渴落胞破血治產後口乾心肺噪煩

△按蓮凡四月生浮葉五月生立葉六月別生一莖莖頂

 生菡萏也今人用荷葉裹飯及未醬當暑不餧

 潔古張先生製枳朮丸方枳實白朮【二味】用荷葉燒飯

 爲丸荷葉生于水土之下汚穢之中挺然獨立其色青

 其形仰其中空象震卦之體用此爲引可謂遠識合道

 矣更以燒飯和藥與白朮協力滋養補令胃厚不致內

 傷其利廣矣時珍曰伹以新荷葉煑湯入粳米造飯氣

 味亦全也


はすのはな 芙蓉 芙蕖 水𬜻

蓮花

れんすい

蓮蕋  佛座鬚

[やぶちゃん注:後者の「蓮蕋」「佛座鬚」は前の二行の下方に配されてあるが、ブラウザの不具合を考えて、改行した。]

本綱蓮花【苦甘温】 鎭心益色駐顔輕身難產催生蓮花一

 葉書人字吞之卽昜產【忌地黃葱蒜】

蓮蕋【甘濇温】 清心通腎固精氣烏鬚髮悅顏色益血止血

 崩吐血【忌同前】

 

   *

 

[やぶちゃん注:以下、一部をブラウザの不具合を考えて、改行した箇所がある。]

 

はちす  蓮【和名、「波知須」。】

 

     【蓮房《はちすのふさ》、

      蜂の巢に似る。故、之を

      名づく。

      又、畧して、「波須」と

唐音    曰《いふ》。】

レン

 

「本綱」に曰はく、『蓮《はす》、子《み》を以《もつて》種《うう》る者は、生ずること、遲く、藕(はすのね[やぶちゃん注:「蓮の根」。])・芽(はすのめ)≪を≫種る者は、最《もつとも》發《はつ》し昜《やす》し。其《その》芽(め)、泥を穿《うが》ち、「白蒻《はくじやく》[やぶちゃん注:この場合の「蒻」は「蓮の茎の水面下の泥の中にある茎の部分」を指す。]」を成す。卽ち、「蔤(わかね)」なり。長き者、𠀋餘に至る。五、六月、嫩《わか》き時、水に没して[やぶちゃん注:(人が)潜って。]、之を取り、疏《そ》と作《な》して茹(くら)ふべし。俗に「藕絲菜《ぐうしさい》」と呼ぶ。節《ふし》に二莖《にけい》を生ず。一つは、藕荷《グウカ/ねくき[やぶちゃん注:「根莖」。]》と爲《なり》、其葉、水に貼(つ)く。其《その》下≪に≫旁行《はうかう》して[やぶちゃん注:横に這って。]、藕(ね)を生じ、一つは、芰荷《シカ/はすくき》と爲り、其葉、水に出《いで》て、其《その》旁(そば)の莖は、花を生ず。其葉、清明《せいめい》の後《のち》に生《しやう》ず。六、七月、花を開く。花、紅・白・粉紅《フンコウ/うすべに》の三色、有り。其花、未だ𤼵(ひら)かざるを「菡萏(《カンタン/はすのつぼみ》)」と爲《なし》、已に𤼵《はつ》するを「芙蕖《フキヨ/はすのはな》」【芙蓉《ふよう》・水𬜻《すいくわ》】と爲《なす》。花の心《しん》[やぶちゃん注:「芯」。]に黃≪の≫鬚《ひげ》有り、蕋(しべ)の長さ、寸餘り。鬚の內、卽ち、「蓮」なり。花、褪(ほころ)びて、房《ふさ》を連《つらね》、「菂(はすのみ)」を成《なす》【蓮の實なり】。菂、房《ふさ》に在りて、「蜂の子(こ)」の窠《す》に在るの狀《かたち》のごとし。六、七月、嫩(わか)き者を采《とり》て、生《なま》にて食へば、脆(もろ)く、美なり。秋に至り、房、枯《かる》る。子《み》、黒《くろく》して、其堅《かたき》こと、石のごとし。八、九月、之《れを》收《をさめ》、黒≪き≫殻を斫(はつ)り去る。之を「蓮肉《れんにく》」と謂ふ。冬月より、春に至《いたり》て、藕(はちすのこ)【根なり。】を掘《ほり》、之≪を≫食ふ。』≪と≫。

[やぶちゃん注:「清明」二十四節気の一つ。本来は、太陰太陽暦の三月節(=三月前半)のことを指し、太陽の黄経が十五度に達した日(太陽暦で四月五日か六日)に始まり,穀雨(黄経三十度:同前で四月二十日か 二十一日)の前日までの約 十五日間を指す。中国では、その頃に清々(すがすが)しい南東の風が吹くことから「淸明」と名づけられた。現行暦では、この期間の第一日目を指す。昔、中国では、これを、さらに五日分を「一候」とする「三候」(「桐始華」・「田鼠化爲」・「虹始見」) に区分した。それは、「桐の花が咲き始め」、田鼠(モグラ)が家鳩(かじょ:鶉・ウズラ)に化け、虹が見え始める時期の意味である(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」の主文に手を加えた)。]

『大抵、野生、及《および》、紅花なる者は、蓮、多く、藕《ね》、劣れり。種植《たてうゑ》、及《および》、白花の者は蓮、少《すくな》く、藕、佳なり。其《その》花、白き者は、香《かんば》し。紅《くれなゐ》の者。艷(みごと)なり。千葉《やへ》の者は、實を結ばざるなり。其《その》莖を、荷《か》と爲《なす》。莖は、乃《すなはち》、葉を負ふ者≪なれば≫、「負荷《フカ/にをおふ》」の義を取る。菂《はすのみ》≪の≫中の青き心、二、三分を「苦薏《クイ》」と爲《なす》。』≪と≫。

『荷梗(はすのくき)にて、穴を塞《ふさ》≪げば≫、䑕《ねずみ》、自《おのづから》去る。煎《せん》≪じた≫湯にて、鏤《すず》[やぶちゃん注:「錫」。また、「鉛との合金・はんだ」の意。「はんだ」は既に紀元前三〇〇〇年頃には存在したと考えられている。]≪の≫垢《あか》を洗へば、自《おのづから》、新《あらた》なり。物性、然《しか》しむなり。』≪と≫。

『蓮は、淤泥(どろ)より産して、而《しかも》、泥の爲めに染まらず。水中に居て、而《しかも》、水に爲めに没さず。根・莖・花・實、凡《すべて》、品《ひん》、同じ難《がた》し[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、ここを『根・茎・花・実、すべて凡百の植物と同日に論ずべきものではない。』とある。やや敷衍的ではあるが、理解し易い訳である。]。清淨・𭳯用《さいよう》[やぶちゃん注:ここは「有用」の意であろう。]・羣美《ぐんび》[やぶちゃん注:現代中国語では「品格・格調」の意。]、兼得《けんとく》≪し≫、「蒻蔤(わかね)」より、節節《ふしぶし》に莖を生《しやう》じ、葉を生じ、花を生じ、藕《ね》を生ず。菡萏《つぼみ》に由《より》て、蕋《しべ》を生じ、蓮を生じ、菂(み)を生じ、薏《しん》を生ず。其《その》蓮の菂《み》は、則《すなはち》、始《はじめ》て黃に、黃にして而《しかも》、青く、青《あをく》して而《しかも》、綠なり。綠にして而《しかも》、黒し。中《なか》に、白≪き≫肉を含(ふく)み、≪その≫內《うち》に青≪き≫心《しん》を隱す。≪その≫石蓮子《せきれんし》[やぶちゃん注:ハスの成熟果実の漢方名。]≪は≫、堅剛にして、永久を歷《ふ》べし。「薏《しん》」は生意《せいい》[やぶちゃん注:広義の時空を越えた神秘的な「生気」を指す。]を藏《ざう》す。藕《ね》、復た、萠-芽(めをいだ)す。展轉生生、造化《ざうか》、息《や》まず。故に、釋氏[やぶちゃん注:釈迦。]、用《もちひ》て、妙理《めうり》、具《とも》に存するに譬《たと》ふ。』≪と≫。

 [やぶちゃん注:時珍は「石蓮子」を永久保存出来るとしているが、現行の実際のハスの種(たね)の一般的な保存は一~五年とする。但し、漢方薬剤ではないが、御存知の方も多いであろうが、古代ハスの出芽ケースでは、実に約二千年に亙って地中で眠っていた種が発芽している事実がある。

「展轉生生」仏教用語「生生流轉」と同義。「万物が限りなく生まれ変わり、死に変わって、何時までも変化し続けること」を指す。]

 「古今」

 はちすはの

    濁りにしまぬ

   心もて

  何かは露を

     玉とあざむく

           遍照

[やぶちゃん注:「古今和歌集」の「卷第三 夏歌」の相僧遍昭(「遍照」とも表記する)の歌(一六五番。「新日本古典文学大系」版(小島憲之・新井栄蔵校注・一九八九年刊)を使用した)、

      *

   蓮(はちす)の露(つゆ)を見て、よめる

 はちす葉の

    にごりに染(し)まぬ

   心もて

  なにかはつるを

     珠(たま)とあざむく

      *

底本の訳を示すと、『蓮葉が、泥水で育ちつつもその濁りに染まらない心をもちながら、どうして露を玉ではないか思いしらせるのか。』とある。評には、『蓮の葉の上の露の美しさを賞美することに主意がある。』とするが、当該ウィキにある通り、『天台宗の僧侶となり僧正の職にまで昇ったこと、また、歌僧の先駆の一人であることなど、遍昭は説話の主人公として恰好の性格を備えた人物で』、『在俗時代の色好みの逸話や、出家に際しその意志を妻にも告げなかった話』などが、「大和物語」・「今昔物語集」・「寶物集」・「十訓抄」『などに見え、霊験あらたかな僧であった話も』知られる人物であったが故に、悟り切れない自身への懴悔(さんげ)の背景も見逃すべきではあるまい。]

『「合歡並頭《がうくわんへいとう》」[やぶちゃん注:二重の花弁を持つものを言うか。]の者、有り』。『有「夜舒荷《やじよか》」≪てふ≫、夜《よ》、布《ひら》き、晝、卷く、有り』。『「𪾶蓮花《すいれんくわ》」は、夜、水に入る』。『「金蓮花《きんれんくわ》」は黃色』。『「碧蓮花《へきれんくわ》」は碧色《みどりいろ》』。『「繡蓮花《しゆくれんくわ》」は繡[やぶちゃん注:「刺繡」(ししゅう)のこと。]のごとく、皆、是れ、異種なり』≪と≫。

[やぶちゃん注:「𪾶蓮花《すいれんくわ》」は「蓮」=双子葉植物綱ヤマモガシ(山茂樫)目ハス科 Nelumbonaceaeハス属ハス Nelumbo nucifera とは、全く異なるスイレン目スイレン科スイレン属 Nymphaea に属する。後注参照。

「古今醫統」に云はく、『蓮≪の≫萠《めばえ》≪を≫、浄《きよら》≪なる≫瓮《かめ》の中に投《とう》≪じ≫、年を經て、移し種《うう》る時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則《すなはち》、花を發《ひら》くなり。碧色、芙蓉は、先づ、一夕《いつせき》、靛《あい》[やぶちゃん注:ここは広義の濃青色の天然染料の「藍」。後注参照。]を以《もつて》、水に調へ、紙を以《もつて》、花・蕋を蘸(ひた)し≪た≫上、紙を用《もちひ》て、之を褁《つつ》めば、來日《らいじつ》[やぶちゃん注:次の日。]、花を開く。亦、碧色を成す』≪と≫。

△按ずるに、蓮は、泥より生《しやう》じて、而《しか》も、清浄にして、性、糞溺《ふんでき》[やぶちゃん注:大小便。]・油--物《あぶら》を忌む。周茂叔《しうもしゆく》云《いはく》、『菊花の隱逸なる者なり。牡丹花の富貴《ふうき》なる者なり。蓮は、花の君子なる者なり。』≪と≫。且つ、諸佛、喜《よろこび》て、蓮華を以《もつ》て、座と爲《す》。るも亦、「清浄」の義を取るのみ。

[やぶちゃん注:「周茂叔」東洋文庫訳の後注に、『周敦頤(とんい)。茂叔は字。北宋の学者。宋学の体系化に寄与した。宋学の開祖。』とある。]

 「倭蓮」・「唐蓮」の二種、有り。「倭蓮」の子《み》は小《ちさ》き榧《かや》のごとし。「唐蓮」の子は、稍《やや》小く、團《まろ》し。二月、頭尾の尖(《とが》り)を斫(はつ)り去《さり》、小≪さき≫噐《うつは》を用て、水を盛《もり》、之を投じて、日《ひ》に中(あ)つれば、則《すなはち》、五七日《ごひちにち》[やぶちゃん注:三十五日の後。]、白髭《しらひげ》の根を生じて、葉、生ずるを候《うかがひ》て、瓮《かめ》に、移し栽《う》ふ。其《その》葉・花、小≪くして≫、艷美《えんび》≪なり≫。愛ずしすべし。「白」・「紅《くれなゐ》」・「粉紅《うすべに》」・「口紅《くちべに》」の數品《すひん》、有り。一≪とつの≫池の中≪に≫襍-栽《まぜう》ふ[やぶちゃん注:ママ。]べからず。變じて、其《その》多き者の色に成る≪故なり≫。

「金𮈔蓮」は、紅《くれなゐ》≪の≫花≪に≫、金黃色《きんわうしよく》の理文(すぢ《もん》)有り。最《もつとも》珍と爲《なす》。

「大紅蓮」は、花、淡(うす)赤色。形、芭蕉の花に似て、下より、開上《ひらきのぼ》り、凋(しぼ)み落《お》つるも亦、然《しか》り。五、六寸。臺《うてな》を爲《なす》。梢(こずへ[やぶちゃん注:ママ。])に岐《また》を成し、花、有りて《✕→りても》、實(みの)らず。

「天竺蓮」≪は≫、花、紅《くれなゐ》。千葉《やへ》。而《しかして》、一列に開く。凡《およそ》、蓮は、日-午(ひる)より以後、萎(しぼ)み、翌朝《よくてう》、日の光《ひかり》を得≪て≫、《開く》[やぶちゃん注:脱字、或いは、誤刻であろう。或いは、前の一文の終りが「開」であるため、良安自身が、錯覚して書き忘れた可能性が高い気もする。]。≪而れども、≫唯、「天竺蓮」は、晝夜、萎(しぼ)まず。五、六日を經て、悉《ことごと》く、落つ。

「山海經《せんがいきやう》」に、所謂《いはゆ》る、『太𬜻山《たいくわさん》【「五嶽」の一《ひとつ》。陝西に在り。】、髙さ五千仭、廣さ、十里。山頂に、池、有り。池の中に千葉《やへ》の蓮華あり。之を服すれば、羽化《うか》[やぶちゃん注:羽化登仙を指す。]す。』と云《いふ》[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]。亦、此《この》類《たぐひ》か。

[やぶちゃん注:「山海經」私は馴染みなので、注も附さなかったが、ここで、入れておく。中国古代の幻想地理書。戦国時代から秦・漢(紀元前四世紀~ 紀元後三世紀頃)にかけて、徐々に付加・執筆されて成立したものと考えられている現存最古の地理書とされる。

「太𬜻山【「五嶽」の一。陝西に在り。】」現在の陝西省華陰市にある「中国五名山」の一つとして、「西岳」とも呼ばれ、道教の修行地として知られる。最高峰は南峰で二千百五十四メートル。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「五千仭」周尺(一尺は二十二・五センチメートル)では、一仭は八尺、或いは、七尺であるから、九千から七千八百七十五メートルだ! 中国の誇張表現で話にならない。

「十里」戦国時代の一里は四百五メートルしかないので、四・〇五キロメートル。]


れんにく  菂《てき》 澤芝《たくし》

      薂《げき》 石蓮子 水芝《すいし》

蓮肉   中の心の青き者を「苦薏《くい》」と名づく【一名、「蓮薏」。】。

「本綱」に曰はく、『蓮≪の≫實、秋に至《いたり》て、黑く、堅く、石のごとし。黑≪き≫殻を刴(はつ)り去り、之を「蓮肉」と謂ふ。以《もつて》、水に浸し、赤き皮、青き心を去り、生《なま》にて食ふ。甚だ、佳なり。藥に入るゝには、須らく、蒸し熟ずべし。或《あるい》は、晒《さらし》、或は、焙乾《あぶりほし》、之≪を≫用ふ。』≪と≫。

『氣味【甘、温。濇《しぶし》。】 脾泄久痢《ひせつきうり》[やぶちゃん注:東洋文庫割注に『(脾臓障害からくる慢性下痢)』とある。]・赤白濁《せきしよくだく》[やぶちゃん注:同前で『(小便が白く濁ったり赤く濁ったりするもの)』とある。]を止む。脾の果《くわ》[やぶちゃん注:「果実」の意。]≪にして≫、中《ちゆう》[やぶちゃん注:同前で『(脾・胃)』とある。]を補し、神《しん》を養《やしなひ》、氣力を益し、百疾を除く【茯苓《ぶくりやう》・白朮《びやくじゆつ》を得て、良し。大便に燥濇《さうしよく》の者[やぶちゃん注:東洋文庫訳で「燥濇」にルビして、『はげしくしぶる』とある。]、食ふべからず。】。之を用るに、「苦薏」を去らざれば、人をして、吐《はく》を作《な》さしむ。』≪と≫。


はすのね 藕【「波知須乃祢《はちすのね》」。】

   蔤(わかね)

      【和名、「波衣《はえ》」。

       俗、云ふ、「嫩根《わかね》」。】

     一名、「藕絲菜《ぐうしさい》」。

 

「本綱」に曰はく、『蓮根、五、六月、嫩《わか》き時、「蔤(わかね)」と名づく。竹の行鞭《ぎやうべん》[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、『竹の行鞭(さお)』とするが、どうもしっくりこない。これは「竹製の鞭(むち)」の意ではなかろうか?]のごとくなる者≪にて≫、節《ふし》ごとに、二莖を生ず。一《いつ》は、葉と爲り、一は、花と爲る。盡《つく》る處、老(ひね)て、則《すなはち》、藕(はすのね)と爲り、花・葉、常に偶生《ぐうせい》す。偶《とも》せずんば、生ぜず。故《ゆゑ》、「藕《ぐう》」と曰ふ。凡そ、白≪き≫花の藕《ね》は、大にして、孔、扁《ひら》たし。生《なま》にて、之を食へば、味、甘く、煮て食へば、美ならず。紅《くれなゐ》≪の≫花、及《および》、野藕(のはす)は、生にて食へば、味、澀(しぶ)し。煮蒸《にむ》せば、則《すなはち》、佳なり。冬・春、之≪を≫掘《ほり》て、食ふ。皆、白色。孔《あな》、有り、𮈔《いと》、有り。大なる者、肱-臂《ひぢ》のごとく、長さ、六、七尺。凡そ、五、六節【鹽水《しほみづ》を以つて、食に供《きやう》すれば、則ち、口を損ぜず。油にて、麪《こむぎ》・米《こめ》・果《くわ》と煠《あげ》、食せば、則ち、渣《おり》、無し。】。』≪と≫。

『藕《はすのね》【甘。】』『留血を散じ、肌を生《しやう》し、怒(いかり)を止め、酒毒、及《および》、病後≪の≫乾渴《かんけつ/かはき》を解す【煑るに、鐵噐を忌む。】』≪と≫。

『藕の節《ふし》【澀《じゆう》、平。】』『吐䘐・欬血、及《および》、血痢を治す。』≪と≫。

『凡《およそ》、產後には、生《せい/なま》・冷《れい》の物を忌む。≪然れども、≫獨り、藕は、生《せい》・冷の者に同《おな》≪じきな≫らず。爲めに、能く、瘀血《おけつ》[やぶちゃん注:滞った血液。]を破る。故に、藕も、亦、節も、產後≪の≫血悶《けつもん》[やぶちゃん注:東洋文庫訳の割注に『(血流の異常によっておこる』ところの『目がくらみ』、『顔面蒼白なって人事不省におちいる)』症状を指す、とある。]・口≪の≫乾《かはき》・腹痛を治すの功、有り。』≪と≫。

△按ずるに、藕に二≪つの≫節、有り。蔤(わかね)、其《その》の末《うゑ》の節より出づ。七、八月、蔤を採り、生《なま》にて、之を食《くふ》。煮ても亦、佳し。酸《す》[やぶちゃん注:酢。]を得れば、愈(《いよ》いよ)[やぶちゃん注:送り仮名に踊り字「〱」がある。]、良し。冬に至《いたり》て、孔《あな》の中《なか》、絲《いと》、多く、甚だ、稠(ねば)る。之≪を≫煮ても亦、絕(き)れず[やぶちゃん注:(糸が)切れない。]。蜘絲(くものす)のごとし。冬・春、藕を掘り、煠(ゆで)て[やぶちゃん注:原本は後の「「て」は「﹅」。]、果《くわ》に充《あ》て[やぶちゃん注:果実扱いとして。]、食ふ。俗に云《いふ》、「藕《はすのね》を食へば、則《すなはち》、三年以前の古疵《ふるきず》、再發す。」となり。此れ、大《おほい》に「本草≪綱目≫」の說に齟齬(くひちが)ふ。


かえふ 蕸《はすのは》【「荷」も同じ。】

    藕荷《うきは》【俗、云ふ、「浮葉」。】

    芰荷《たちは》【俗、云ふ、「立葉」。】

荷葉

「本綱」に曰はく、『嫩《わか》き者を「荷錢」と名づく【象形《ざうけい》。[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『(小さくて形が銭に似ているから)』とある。]】。水に貼(つ)く者を「藕荷(うきは)」と名づく【藕《はすのね》より生ず。】。水に出《いづ》る者を「芰荷《たちは》」と名づく【花の生ずる者。】。渴《かはき》を止め、胞《えな》[やぶちゃん注:出産後の胞衣(えな)を指す。]を落し、血を破り[やぶちゃん注:鬱血を流動させ。]、產後≪の≫口≪の≫乾《かはき》、心肺≪の≫噪煩《さうはん》を治す。』≪と≫。

[やぶちゃん注:「心肺噪煩」東洋文庫訳の割注に『(心臓部が熱くなり、いらだち、手足をばたつかせる症)』とある。無論、前と合わせて産後に起こる症状である。]

△按ずるに、蓮、凡そ、四月に浮葉《うきは》を生じ、五月、立葉《たちは》を生じて、六月、別に、一莖を生ず。莖の頂《いただ》きに菡-萏(つぼみ)を生ず。今≪の≫人、荷葉を用《もちひ》て飯(めし)を裹《つつ》む。及び《✕→かくせば》、未醬(みそ)を暑《あつき》に當《あたり》て≪も≫、餧(すえ)らず。

 潔古張《けつこちやう》先生、「枳朮丸《きじゆつぐわん》」の方《はう》を製す。枳實《きじつ》・白朮《びやくじゆつ》【二味《にみ》。】≪を≫荷葉を用《もちひ》て、飯《めし》を燒《やき》、丸《ぐわん》と爲《なす》。荷葉は、水《すい》・土《ど》[やぶちゃん注:これは、後の「卦」という表現から、現実の「水」(みず)・「土」(つち)を指しているのではなく、五行のそれを指していると読まねばなるまい。]の下≪の≫汚穢《おわい》の中より生《しやう》じて、挺然《ていぜん》[やぶちゃん注:他(ほか)に懸け離れて、高く抜きん出るさま。]として獨立し、其色、青く、其形《かたち》、仰(あをむ)き[やぶちゃん注:ママ。「あふむき」が正しい。]、其中《なか》、空(うとろ)に[やぶちゃん注:ママ。「うつろに」の誤刻であろう。])、「震《シン》」の卦《け》の體《てい》に象(かたど)る。此《これ》を用《もちひ》て、引《いん》と爲《す》ること、遠識、道《みち》合(かな)ふと謂《いひ》つべし。更に、燒《やき》たる飯を以《もつ》て、藥に和(ま)ぜ、白朮と力《ちから》を協(あは)せて、滋(ますます)、養補《やうほ》して胃を厚くして、不致內《うち》、傷《きずつく》ることを致さざらしむ。其《その》利《り》、廣《ひろき》かな、時珍曰はく、「伹《ただし》、新しき荷葉を以《もつ》て、湯に煑《に》≪て≫、粳米(うるち《まい》)に入《いれ》て、飯を造る。氣味も亦、全《まつた》きなり。」≪と≫。

[やぶちゃん注:「潔古張先生」東洋文庫訳に割注して、『(張潔古・張元素のこと。潔古は字。金代の名医)』とある。

『「震」の卦の體』東洋文庫訳に後注して、『震の卦は「亨(とお)る」であり、百里四方までおどろかす。遠きをおどろかして近きをおそれさせる、と『易経』の彖伝(たんでん)に解説がある。』とある。

「引《いん》」東洋文庫訳に割注して、『(枳実・白朮の効を顕著にするため』、『補助薬として用いること)』とある。]


はすのはな 芙蓉《ふよう》  芙蕖《ふきよ》

      水華《すいくわ》

蓮花

れんすい

蓮蕋  佛座鬚《ぶつざしゆ》

「本綱」に曰はく、『蓮花【苦、甘。温。】』『心を鎭(しづ)め、色[やぶちゃん注:「血色」(けっしょく)のこと。]を益《えき》し、顔を駐《ちゆう》し[やぶちゃん注:顔を若いままに留め。]、身を輕くし、難產の催-生(はやめ)に[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、『難産の産を催(はやめ)させるには、』とある。]、蓮花一葉《いちえふ》に、「人」の字を書《かき》て、之を吞《の》ますれば、卽ち、產、昜《やす》し【地黃《ぢわう》・葱《ねぎ》・蒜《にんにく》を忌む。】』≪と≫。

『蓮蕋【甘、濇《しぶし》。温。】』『心を清《きよらに》し、腎を通《とほ》し、精氣を固くし、鬚・髮を烏(くろく)し、顏色を悅《よろこ》ばしめ、血を益《えき》し、血崩《けつはう》[やぶちゃん注:子宮からの出血。]・吐血を止《と》む【忌は同前。】。』≪と≫。

 

[やぶちゃん注:私は、どうやら、ハスとは、深い御縁があるようだ。本『「和漢三才圖會」植物部』を始めて、三年三ヶ月になるが、本文の字起こしと訓読文(有意に割注・後注を附した)制作だけで、甚だ「楽しい!」と感じたのは、初めてのことだった。何故、そう感じたかに就いて、思い当たることは、ない、のだ。敢えて言えば、中・高で六年住んだ富山県高岡市伏木で、家のあった矢田新町の裏にあった「矢田の堤」(現存しない。グーグル・アースで見たら、完全に干上がっていた……哀しい……)へ散歩するのが、楽しみだった。泡のような卵塊を持つモリアオガエル(カエル亜目アオガエル科アオガエル亜科 Zhangixalus 属モリアオガエル Zhangixalus arboreus )がいた……途中の休耕田にハスが繁殖していた……素敵な花を見るのが楽しみだった……それぐらいしか、記憶には、ない。無神論者の私は、ハスを有難いものとは思わない人種であるのだが……閑話休題。本項は、

双子葉植物綱ヤマモガシ目ハス科ハス属ハス Nelumbo nucifera

である。当該ウィキを引く(注記号はカットした。必要を感じない部分は、示さずに省略している。太字・下線は私が附した)。『インド原産のハス科多年性水生植物。別名、ハチス。中国名は蓮』。『地下茎は「蓮根」(れんこん、はすね)といい、野菜名として通用する』。『日本での古名「はちす」は、花托の形状を蜂の巣に見立てたとするのが通説である。「はす」は』、『その転訛』。『水芙蓉(すいふよう、みずふよう)、もしくは単に芙蓉(ふよう)、不語仙(ふごせん)、池見草(いけみぐさ)、水の花などの異称を』持つ。『漢字では「蓮」のほかに「荷」または「藕」の字をあてる』。『ハスの花と睡蓮(スイレン)を指して「蓮華」(れんげ)といい、仏教とともに伝来し』、『古くから使われた名である』。『属名 Nelumbo はシンハラ語から。種小名 nucifera はラテン語の形容詞で「ナッツの実のなる」の意』。『英名 Lotus(ロータス)はギリシア語由来で、元はエジプトに自生するスイレン』(割注で述べた通り、全く異なるスイレン目スイレン科スイレン属 Nymphaea に属する種群を指す)『の一種「ヨザキスイレン」 Nymphaea lotus を指したものという』。『ハスの花托は蜂の巣状に見える。その形状は品種によって様々』である。『原産地はインド亜大陸と』、『その周辺。日本では帰化植物として、北海道、本州、四国、九州に分布し、池や沼などに自生する』。『多年草で、春に地中の地下茎から芽を出して茎を伸ばし、水面に葉を出す。草高は約』一『メートル、茎に通気のための穴が通っている。はじめは浮葉になるが、のちに長い葉柄をもって水面よりも高く出る葉もある。葉は直径』四十~五十『センチメートル』『の円形で、葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができる(ロータス効果)。沼や池の沿岸部に沿って多く自生する』。『花期は夏(』七~八『月)で、葉柄よりも長い花茎を水上に出して、白またはピンク色の』一『輪の花を咲かせる。早朝に咲き』、『昼には閉じる。花後は、花床の穴の中で、実を結ぶ。開花前日から約』三『日間、花の中心にある花托が』摂氏三十~三十五度『を維持して発熱することから』、『発熱植物の一種である。加熱する事で芳香成分が揮発しやすいなどの考察がなされ、発熱が訪花昆虫の誘引に寄与していることが確認されている』。『栽培品種も、小型のチャワンバス(茶碗で育てられるほど小型の意味)のほか、花色の異なるものなど』、『多数ある』。『なお、果皮はとても厚く、土の中で発芽能力を長い間保持することができる』。昭和二六(一九五一)年三『月、千葉市にある東京大学検見川』(けみかわ)『厚生農場の落合遺跡で発掘され、理学博士の大賀一郎が発芽させることに成功したハスの実は、放射性炭素年代測定により今から』二千『年前の弥生時代後期のものであると推定された(大賀ハス)。その他にも中尊寺の金色堂須弥壇から発見され』、八百『年ぶりに発芽に成功した例(中尊寺ハス)や埼玉県行田市のゴミ焼却場建設予定地から出土した、およそ』千四百『年から』三千『年前のものが発芽した例(行田蓮)もある』。『近年の被子植物のDNA分岐系統の研究から、スイレン科のグループは被子植物の主グループから早い時期に分岐したことがわかってきた。しかしハス科』Nelumbonaceae『は』、『それと違って』、『被子植物の主グループに近いとされ、APG分類体系ではヤマモガシ目』Proteales『に入れられている』。『後述するように、人間にとっては』、『鑑賞や宗教的なシンボル、食用などとして好まれる植物であり、雷魚などの淡水魚にとっても』、『好ましい住みかとなるが、繁茂し過ぎると』、『他の水生生物に悪影響を与える懸念がある。このため』、『手賀沼(千葉県)などでは駆除が行われている。水中の茎を切ると』、『組織に水が入って腐り、再生しなくなる』。『食用、薬用、観賞用として湿地で栽培される。根茎は』十一『月』頃『から翌年の』『二月』頃『までに掘り取って採取する。果実は』八~十一『月』頃『に花床ごと』、『採取する』。『地下茎はレンコン(蓮根)として食用になる。日本では茨城県、徳島県で多く栽培されており、中国では湖北省、安徽省、浙江省などが産地として知られている。レンコンは、湯がいて』、『水にさらし、皮を剥いて煮込むほか、酢の物や炒め物などにする。中国では、すり潰して取ったでん粉を葛と同様に、砂糖とともに熱湯で溶いて飲用する場合もある』。『生薬名としても、蓮根(れんこん)と称される。民間療法では下痢止めに』、一『日量』二十『グラム』『を刻んで』、四百『ミリリットル』『ほどの水で半量になるまで煎じて、食後に』三『回に分けて服用する用法が知られる』。『はすの実と呼ばれる果実(種子)にも』、『でん粉が豊富であり、生食される。若い緑色の花托が生食にはよく、花托は堅牢そうな外見に反し、スポンジのようにビリビリと簡単に破れる。柔らかな皮の中に白い蓮の実が入っている。若い実は炊き込みご飯に利用する。種は緑色のドングリに似た形状で甘味と苦みがあり、生のトウモロコシに似た食感を持つ。また甘納豆や汁粉などとしても食べられる』。『中国や台湾、香港、マカオでは』、『餡として加工されたものを蓮蓉餡と言い、これを月餅、最中、蓮蓉包などの菓子に利用されることが多い。餡にする場合、苦味のある芯の部分は取り除くことが多く、取り除いた芯の部分を集めて蓮芯茶として飲まれることもある』。ヴェトナム『では砂糖漬けやチェー(Chè)』(ヴェトナムの伝統的な甘味飲料で、デザートやプディングである。ヴェトナムで食べたが、美味い)『の具として食べられる』。『また、生薬名を蓮実(れんじつ)、蓮肉(れんにく)という生薬として、よく熟した実を炒って食べると、鎮静、滋養強壮作用がある』。『果実の若芽は、果実の中心部から取り出して、茶外茶』(多くの茶葉などをブレンドし、好みで、氷砂糖を加える八宝茶や、木の根などを使用して茶葉を使わない漢方茶の類なども、これに分類される。以上はウィキの「中国茶」に拠った)『として飲用に使われる』。『ハスを国花としている』ヴェトナム『では、雄蕊で茶葉に香り付けしたものを花茶の一種である蓮茶として飲用する。資料によれば』、『甘い香りが楽しめると言う。かつては茶葉を花の中に挿入し、香りを茶葉に移していた』。『また』、『朝鮮半島・中国には茶外茶として花そのものを原料としたものがあり、こちらも蓮茶と称される』。『撥水性の葉と茎が』、『ストロー状になっている性質から、葉に酒を注いで茎から飲む象鼻杯(ぞうびはい)という習慣もある』。ヴェトナム『では茹でてサラダのような和え物にして食べる。中国のハスの一大産地である湖北省では、春から夏にかけて、間引かれた若茎(葉の芽)を炒め物・漬け物などにして食べる。日本においては』、『食べやすく切った茎を煮物の材料として用いる。産地である秋田県では、茎を用いた砂糖漬けが作られている』。『茎の表皮を細かく裂いて作る糸を「茄絲(かし)」、茎の内部から引き出した繊維で作る糸を「藕絲(ぐうし)」と呼び、どちらも布に織り上げる等、利用される』。

以下、「象徴としてのハス」の項。『ハスの花、すなわち蓮華は、清らかさや聖性の象徴として称えられることが多い』。『「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という日本人にも馴染みの深い中国の成句』(本文に出た周茂叔の著した「愛蓮說」からの引用)『が、その理由を端的に表している』。

以下、「宗教とハス」の項。『古来インドでは、インダス文明の頃から、ハスの花は聖なる花とされ、地母神信仰と結びつき、神聖なるものの象徴とされていた』。『ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などにおいて、ハスは特徴的なシンボルとして繰り返し登場する。例えば』「バガヴァッド・ギーター」十一『章で、クリシュナは「蓮華の目を持つ者よ」と美称され、アルジュナは「ハスの上に座す梵天(最高神)を、そしてシヴァ神、あらゆる賢者たち、聖なる蛇たちをわたしは見ます」と語る』。『同』五『章の記述「結果を最高神に任せ』、『執着なく義務を遂行する者は、罪に迷わない。あたかもハスの葉に水が触れぬがごとく」は、後の仏教における「ハス」の象徴的用法と近いものを含む。泥から生え』、『気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず』、『清らかに生きることの象徴のようにとらえられ、このイメージは仏教にも継承された』。『性典の中では「女陰」の象徴』。『多神教信仰から女神崇拝が生まれ、そのため、古代インドでは女性に対する』四『段階の格付けが生まれた。上からパドミニ(蓮女)、チトリニ(彩女、芸女)、シャンキニ(貝女)、ハスティニ(象女)といい、最高位の「蓮女」の象徴としてラクシュミーという女神が、崇拝された』。『仏教では』「阿彌陀經」『において「池中蓮華 大如車輪」と説かれ、極楽で蓮華が咲き誇る様が語られていることから、仏道』及び『仏の象徴として、如来像の蓮華座、聖観音像の持物、寺院の「常花」、金剛盤の意匠等、多くの仏具に蓮の花をあしらっている。とくに泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせる姿(「出淤泥而不染」)は「穢れた人道から天道へと至る」輪廻転生のメタファーとして扱われ、正信偈においても「是人名分陀利華」と記述されている。また、蓮の別名「芙蓉」も輪廻転生の別称とされている』。『一方で、仏教国チベットでは標高が高く生育しないため、想像でかかれたのか』、『チベット仏教寺院では日本に比べ、かなり変形し、その絵はほんのり赤みがかった白い花として描かれている』。『また』、『死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、これが「一蓮托生」という言葉の語源になっている』。『なお、経典』「摩訶般若波羅蜜經」『には「青蓮花赤蓮花白蓮花紅蓮花」との記述がある。ここでの青や、他で登場する黄色は睡蓮のみに存在する色である。仏典においては』、『蓮と睡蓮は区別されず、共に「蓮華」と訳されている』。『密教においては』、『釈迦のみならず、ラクシュミー(蓮女)である吉祥天女を本尊として信仰する吉祥天女法という修法があり、蓮は特別な意味を持つ』とある。

 さて、ここで、順列に従わず、

――『「合歡並頭《がうくわんへいとう》」の者、有り』。『有「夜舒荷《やじよか》」≪てふ≫、夜《よ》、布《ひら》き、晝、卷く、有り』。『「𪾶蓮花《すいれんくわ》」は、夜、水に入る』。『「金蓮花《きんれんくわ》」は黃色』。『「碧蓮花《へきれんくわ》」は碧色《みどりいろ》』。『「繡蓮花《しゆくれんくわ》」は繡[やぶちゃん注:「刺繡」(ししゅう)のこと。]のごとく、皆、是れ、異種なり』≪と≫。――

の部分について、注する。実は、ここは最後に――ちゃんと――『皆、是れ、異種なり』――とあるのであった。この「本草綱目」の当該部を、以下に示す。★良安の引用は、肝心な最後の最後の一文をカットしてしまっていたのである。なお、本項の引用は「漢籍リポジトリ」の「卷三十三」の「果之五【蓏類九種内附一種】」の異様に長い「蓮藕」([081-17b]以下)のパッチワークである。而して、★問題の箇所★([081-19a]の三行目後半以降)を、手を入れて、示す。下線を引いたのが、良安が外してしまった――肝(キモ)――の部分である。

   *

别有合歡並頭者有夜舒荷夜布晝卷睡蓮花夜入水金蓮花黃碧蓮花碧繡蓮花如繡皆是異種故不述相感志云荷梗塞穴鼠自去煎湯洗鑞垢自新物性然也

   *

原文では、判り難いので、★国立国会図書館デジタルコレクションの「頭註國譯本草綱目 第九册」(鈴木真海訳・白井光太郎他校注・一九七五年春陽堂書店刊)の当該部分(「四四」ページの後ろから四行目最後の一字から、次の「四五」ページの二行目まで)の訳を示す。戦後の版であるが、本文は先行する基礎とした旧版に則り、歴史的仮名遣で旧字である。対応する箇所に同じく下線を引いた。

   《引用開始》

別に合歡竝頭(がふくわんへいとう)のものがあり、夜舒荷といふ夜布(し)いて晝卷くもの、睡蓮といふ花が夜水に入るもの、金蓮といふ花の黃なるもの、碧蓮といふ花の碧[やぶちゃん注:「みどり」。]なるもの、繡(いろど)つたやうなものがあるが、いづれも異種のものだから。此に說述しない。「相感志」に『荷梗で穴を塞げば鼠が自ら去る。煎湯で鑞垢(らふこう)を洗へば自ら新になる』とある。物の性に因る現象だ。

   《引用終了》

即ち

◎李時珍は「蓮」と「睡蓮」類が全く異なる植物であることを現在と同様に正しく認識していた

のである。

くどいが、再度、掲げる。

「蓮」は双子葉植物綱ヤマモガシ(山茂樫)目ハス科 Nelumbonaceae ハス属ハス Nelumbo nucifera

であり、

𪾶蓮花」は全く異なるスイレン目スイレン科スイレン属 Nymphaea

なのである。

そして、而して、良安も

「和漢三才圖會」の「卷第九十七」の「水草類」にある「睡蓮」として――全く別種として立項している――

のであった。六巻も先なので、ここでは、国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版の当該項をリンクさせておく。そこで、良安は「蓮」のことを、一切、記載していないから、やはり時珍と同じく「蓮」と「睡蓮」を全くの別種と認識していたことが明確となるのであった。

 なお、本文には、明らかな明時代の品種と思われる漢名が出るが、ニ、三調べて見たが、判らないので、やめた。古代ハスから、現行の本邦の品種だけでも、物凄い数があるが、品種学名を示すものは、ちょいと見では、見当たらなかったので、やる気が無くなった。悪しからず。]

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