和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 藥品(3) 名義
みやうぎ
名義
以時名者 迎春 半夏 夏枯草 欵冬 忍冬
以人名者 杜仲 王孫 徐長卿 丁公藤 蒲公英
劉寄奴 何首烏 使君子
以物名者 淫羊藿 糜衘草 鹿跑草
[やぶちゃん字注:「鹿跑草」の「跑」の字は、東洋文庫訳でママ傍注があるので、調べたところ、漢方名「鹿蹄草」が正しいことが判った。訓読では、訂した。]
以地名者 常山 高良 天竺 迦南
以形名者 虎掌 狗脊 馬鞭 烏喙 鵝尾 鴨蹠
鶴蝨 䑕耳 牛膝
[やぶちゃん字注:「牛膝」は、原本では、「膝」の(つくり)が「泰」になっているが、このような漢字は、ない。東洋文庫訳では、『牛膝』となっており、調べたところ、漢方名「牛膝」が正しいことが判った。訓読では、訂した。]
以性名者 益母 狼毒 預知子 王不留行 骨碎補
强名之者 没藥 景天 三七 無名異 威靈仙
沒石子
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みやうぎ
名義
[やぶちゃん注:以下、漢方名は、原本に従わず、一列に並べ、漢方名はカタカナで読みを添えた。]
時《とき》を以《もつ》て、名《なづ》くる者は、「迎春《ワウバイ》」・「半夏《ハンゲ》」・「夏枯草《カゴサウ》」・「欵冬《カントウ》」・「忍冬《ニントウ》」。
人《ひと》を以《もつて》、名くる者は、「杜仲《トチユウ》」・「王孫《ワウソン》」・「徐長卿《ジヨチヤウケイ》」・「丁公藤《テイコウトウ》」・「蒲公英《ホコウエイ》」・「劉寄奴《リユウキド》」・「何首烏《カシユウ》」・「使君子《シクンシ》」。
物を以《もつて》、名くる者は、「淫羊藿《インヤウカク》」・「糜衘草《ビカンサウ》」・「鹿蹄草《ロクテイサウ》」。
[やぶちゃん注:この「物」は、示された漢方名から、「人ではない動物」の意味であるが、実は、植物を動物と誤ったもの(良安ではなく、李時珍である)が混入しているので、注を見られたい。]
地を以、名くる者、「常山《ジヤウザン》」・「高良《カウリヤウ》」・「天竺《テンヂク》」・「迦南《カナン》」。
形《かたち》を以、名くる者は、「虎掌《コシヤウ》」・「狗脊《クセキ》」・「馬鞭《バベン》」・「烏喙《ウクワイ》」・「鵝尾《ガビ》」・「鴨蹠《アウシヨ》」・「鶴蝨《カクシツ》」・「䑕耳《ソジ》」・「牛膝《ゴシツ》」。
[やぶちゃん字注:「牛膝」は、原本では、「膝」の(つむり)が「泰」になっているが、このような漢字は、ない。東洋文庫訳では、『牛膝』となっており、調べたところ、漢方名「牛膝」が正しいことが判った。訓読では、訂した。また、この冒頭の部分であるが、東洋文庫訳では、『動物の身体や物の形をかりて名前をつけたものは、』となっている。]
性《しやう》を以、名《なづく》る者は、「益母《ヤクモ》」・「狼毒《ラウドク》」・「預知子《ヨチシ》」・「王不留行《ワウフルカウ》」・「骨碎補《コツサイホ》」。
[やぶちゃん注:言わずもがなであるが、冒頭の部分の「性」は、「それぞれの対象薬の持っている特性」の意である。]
强(しい)て之《これ》を名くる者は、「没藥《モツヤク》」・「景天《ケイテン》」・「三七《サンシチ》」・「無名異《ムミヤウイ》」・「威靈仙《イレイセン》」・「沒石子《モシクシ》」。
[やぶちゃん注:最後の「沒石子《モシクシ》」の読みは、先行する「卷第八十三 喬木類 没石子」の標題の読みを当てた。東洋文庫訳でも、『もしくし』とルビしている。しかし、そちらの注で、私が疑問を呈しているので、見られたい。なお、冒頭の「强(しい)て之《これ》を名くる者は」の部分は、東洋文庫訳では、『強いてこじつけて名前をつけたものは、』となっている。]
[やぶちゃん注:以下、解説するが、長くなるので、名義由来の根拠部分には、下線を附しておいた。読み難くなるので、段落に合わせて、行空きを施した。
「迎春《ワウバイ》」基原は、双子葉植物綱シソ目モクセイ科 Jasmineae 連ソケイ(素馨)属 Primulina 節オウバイ Jasminum nudiflorum の花と葉が、別々な薬効を持つ。「山科植物資料館」公式サイト内の「オウバイ」に拠れば、『日本には寛永年間』(一六二四年~一六四四年)『に渡来したとされています。江戸時代の代表的な園芸書である「花壇地錦抄」』(伊藤伊兵衛(三之丞)著・元禄八(一六九五)年刊)『にも栽培法が書かれていて、現在でも庭木や生け垣として観賞用に植えられているのを見ることができます』。『このように人々の目を楽しませてくれるように日本に移入された植物ではありますが』「中薬大事典」(江蘇新医学院著・一九七七年上海人民出版社刊)『を見ますと、花と葉が別々な薬効を持つ生薬として収載されており、花は内服して解熱・利尿に利用され、葉は内服あるいは外用で、腫毒悪瘡、打撲傷、創傷出血などを治すとされています』。『因みに』、『この植物の属するソケイ属は、旧大陸の熱帯から暖帯にかけて』三百『種近く知られていますが、その中にはジャスミンティー(茉莉花茶)や香料にするマツリカ』 J. sambac 『も含まれています』とあった。この花は、二月の春分前後に黄色の花を開き、花が終ると、直ちに葉を生じ、枝が地に着くと、根を出す。また、春分の頃に分けて栽えるのがよい、とされる。
「半夏《ハンゲ》」前回で既出既注だが、転写すると、単子葉植物綱ヤシ亜綱サトイモ目サトイモ科ハンゲ属カラスビシャク Pinellia ternata のコルク層を除いた塊茎。嘔気や嘔吐によく使われる生薬である。私の「耳囊 卷之七 咳の藥の事」も参照されたい。半夏の名は夏の半ばに花が咲き、その頃に採取することに由来する。
「夏枯草《カゴサウ》」基原は、シソ目シソ科ウツボグサ(靫草・空穂草)属セイヨウウツボグサ亜種ウツボグサ Prunella vulgaris subsp. asiatica の花穂。「養命酒製造株式会社」公式サイト内の「元気通信│生薬通信」の「生薬百選52 夏枯草(カゴソウ)」に、『日本、中国では生薬名を夏枯草(かごそう)と言いますが、これは』七『月から』八『月頃になると』、『写真右下のように花穂だけが枯れたようになることからついた名前です。日本薬局方には「本品はウツボグサ Prunella vulgaris Linne var. lilacina Nakai (Labiatae) の花穂である」と記載されています。成分はトリテルペンサポニンの prunellin などで、日本では主に利尿・消炎剤として用いられてきましたが、当帰・玄参・芍薬などと配合して(夏枯草散』(かごそうさん)『)眼の痛みに用いられてきたようです。また、抗がん作用、ヒトエイズウイルス(HIV)増殖抑制効果の報告もあります』とあった。
「欵冬《カントウ》」「藥品(1)」で既注だが、再掲すると、キク亜綱キク目キク科キク亜科フキ属フキ Petasites japonicus のこと。小学館「日本大百科全書」に、『雌雄異株。本州、四国、九州、沖縄、および朝鮮半島から中国にかけて分布する』。『数少ない日本原産の野菜の一つで、栽培は』十『世紀以前から始まった』とある。基原は、その花蕾を乾燥したもので、一般的に「咳」に使われる漢方薬「麦門冬湯」(ばくもんどうとう)に含まれていることで知られる。この「欵」の漢語は、『誠(まこと)・真心・誠意』、『よろこぶ・歓び楽しむ』、『叩く・門を敲く』、『記す・刻む・彫る』の意があり、言わずもがなであるが、所謂、「蕗の薹」は冬の終り、雪解けを待ちかねたように、頭を出すことから、春の使者とされることに拠る。
「忍冬《ニントウ》」マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica の漢方生薬名「忍冬(にんどう)」「忍冬藤(にんどうとう)」。棒状の蕾を天日で乾燥したもの。利尿・健胃・解熱・浄血・収斂作用がある。同種の葉は、楕円形で対生し、冬でも残っているので、かく呼ぶ。
「杜仲《トチユウ》」「卷第八十三 喬木類 杜仲」の本文、及び、私の注を見られたい。
「王孫《ワウソン》」基原は、単子葉植物綱ユリ目シュロソウ(棕櫚草)科ツクバネソウ(衝羽根草)属のツクバネソウ Paris tetraphylla 、及び、クルマバツクバネソウ(車葉衝羽根草) Paris verticillata の根茎で、漢方で鎮痛に用いる。漢方サイトでは、由来を明らかにするものを見出せないが、平凡社「普及版 字通」の「王孫(おう(わう)そん)」に、『貴公子』として『漢』の『淮南王安』の「招隱士」にある、『王孫びて歸らず 春生じて萋萋たり』が語源であろうか。「萋萋たり」は「草木が生い茂るさま」を言う。
「徐長卿《ジヨチヤウケイ》」基原は、リンドウ目キョウチクトウ(夾竹桃)科カモメヅル(鴎蔓)属スズサイコ(鈴柴胡) Vincetoxicum pycnostelma の根・全草で、月経痛の鎮痛・咳止めなどに用いる。「百度百科」の同種の解説の中で、『李時珍によって名付けられた。「徐長卿とは人名である。彼は、この薬を悪病の治療によく用いたので、人々は、その名にちなんで名付けた。」』と記されてある。これは、「本草綱目」の「卷十三」の「草之二【山草類下三十九種】」の「徐長卿」で、「漢籍リポジトリ」のここの、ガイド・ナンバー[039-62a]の、冒頭部の「釋名」の太字部が、それである(一部に手を入れた)。
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釋名【鬼督郵本經别仙蹤蘇頌時珍曰徐長卿人名也常以此藥治邪病人遂以名之名醫别錄於有名未用復出石下長卿條云一名徐長卿陶弘景注云此是誤爾方家無用亦不復識今攷二條功療相似按吳普本草云徐長卿一名石下長卿其爲一物甚明但石間生者爲良前人欠審故爾差舛弘景曰鬼督郵之名甚多今俗用徐長卿者其根正如細辛小短扁扁爾氣亦相似今狗脊散用鬼督郵者取其强悍宜腰脚故知是徐長卿而非鬼箭赤箭】
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この由来は、taka@鍼灸師氏のサイト「鍼灸cafe」の「【中薬を故事で学ぶ】 徐長卿の故事 〜魏征の機転と『徐長卿』誕生の秘密〜」に非常に詳しい。それに拠れば、徐長卿は初唐の医師で、第二代皇帝太宗である李世民が、毒蛇に咬まれ、他の医師がお手上げであったのを、見事に癒した興味深い故事によることが記されてある。是非、そちらを見られたい。
「丁公藤《テイコウトウ》」基原は、ナス目ヒルガオ科ホルトカズラ(ホルト葛)属丁公藤(和名なし)Erycibe obtusifolia 、或いは、光叶丁公藤(和名なし)Erycibe schmidtii の乾燥した茎。「百度百科」の当該漢方薬のページで、やっと探し当てた。その記載の冒頭に拠れば、『麻辣子・包公藤とも呼ばれ、中国では広東省・海南省・雲南省などの省に分布している。一年中、収穫でき、スライスして乾燥させて薬用にする。双子葉植物綱ナス目に属す。僅かに毒性があり、乾燥した場所に保管する必要がある。この薬用物質には、クマリン、クロロゲン酸誘導体、アルカロイドが含まれている。丁公藤を主薬として、さまざまな中国の特許医薬品が開発されている』。『丁公藤は、辛・温で、肝・脾・胃経に入り、風湿を払い、腫れを抑え、痛みを和らげる作用がある。主に、リウマチ痛・半身不随・転倒による腫れや痛みの治療に用いられる。内服又は外用は通常三~六グラムで、酒の形で用いられることが多い。研究によると、加工方法によって、化学成分の含有量や毒性が影響を受けることが示されている。中でも、甘草汁と塩水煎じ液は、クロロゲン酸とスコポレチンの含有量が高く、アラニンアミノトランスフェラーゼやアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼなどの肝毒性指標を大幅に低下させることが出来る。強い発汗作用があるため、体力の弱い者は注意して使用する必要があり、妊婦には禁止されている。』とあった。これが、人名であることは、AIの結果にあったので、調べたところが、瓢簞から駒で、「中國哲學書電子化計劃」の「五雜俎」の「卷十一」の「物部三」にあったが、何んとまあ! この部分(「□」は表示不能字)、
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迎春也,半夏也,忍冬也,以時名者也;劉寄奴也,徐長卿也,使君子也,王孫也,杜仲也,丁公藤也,蒲公英也,以人名者也;鹿跑草也,淫羊藿也,麋銜草也,以物名者也;高良、常山、天竺、迦南,以地名者也;虎掌、狗脊、馬鞭、烏喙、鵝尾、鴨□、鶴虱、鼠耳,以形名者也;預知子、不留行、骨碎補、益母、狼毒,以性名者也;無名異、沒石子、威靈仙、沒藥景、天三七,則無名而強名之者也。牝鹿銜草,以飴其牡,蜘蛛嚙芋,以磨其腹;物之微者,猶知藥餌,而人反不知也,可乎?
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とあって、良安は、ここから全体を写したことが、判明したわいナ!!!
「蒲公英《ホコウエイ》」本邦では、キク目キク科キクニガナ亜科タンポポ属 Taraxacum に属する多くのタンポポ、及び、外来種であるセイヨウタンポポ Taraxacum officinale を総称して「たんぽぽ」と呼称しており、基原は、ウィキの「タンポポ」によれば、『タンポポ属植物の開花前の根を付けた全草を、掘り上げて水洗いし、長さ』二~三『ミリメートルに刻んで』、『天日干ししたものが生薬になり、蒲公英(ほこうえい)とよんでいる』とし、『花が開く前の根を掘り起こして、水洗いして天日干ししたのが生薬名で蒲公英根(ほこうえいこん)と称している』。『全体、特に根に苦味があり、健胃作用、解熱作用、利尿作用、および胆汁分泌の促進作用があるといわれており、健胃薬として用いられる』とある。しかし、『中国の「蒲公英」は、モウコタンポポ』(蒙古蒲公英: Taraxacum mongolicum :ウィキの「モウコタンポポ」には、『モンゴルから中国北部・中部、朝鮮半島に分布しており』、『中国では蒲公英といえば』、『本種を指す』とし、『日本では九州北部に分布している』とある)『である。』としてある。「維基百科」の当該種の方には、そういったことは書かれていないが、「百度百科」の「蒲公英」には、モウコタンポポの学名が記されているので、間違いあるまい。しかし、以上の各種記載でも、これが人名であるとする記載は見当たらない。調べたところ、「ハオ中国語アカデミー」の「博多校ブログ」の「中国文化」にある、「『蒲公英』名前の由来」に、『春先に道端に咲く黄色い草花の名前をご存じですか? 日本ではひらがなで『たんぽぽ』、またはカタカナで『タンポポ』と表され、漢字では『蒲公英』と書きます』。『実は、中国名も同じ漢字で『蒲公英』と書きますが、読み方は『pú gōng yīng (ほこうえい)』となります』。『では、蒲公英の名前の由来についてはご存じですか?』『伝説によると』、『その昔、ある16歳の少女の胸に、細菌感染による強いかゆみと腫れが出ました。 当時の中国は封建社会であり、医療知識もなかったため、その少女の家族は、少女が不道徳な関係を持ったせいだと疑いました』。『深く傷ついた少女は生きる希望を失い、川に飛び込んで自ら命を絶つという悲しい選択をしました。 しかし少女は、』『『蒲』という漁師と『小英』という娘さんに川から助け出され、命を救われました』。『16歳の少女が自ら命を絶つほど追い詰められた理由が何かを聞いた小英さんは、父親の指示に従い、ある黄色い植物を採集しました』。『それを砕いて少女の胸の傷に塗りました。 すると不思議なことに、だんだんと痛みと腫れが消えて、病気が治りました』。『16歳の少女は、この黄色い植物を記念に持ち帰り、植えることにしました。 そして感謝の気持ちを込めてこの植物に、命の恩人たちの名前から『蒲公英』と名づけました。 ちなみに『公』は、目上の人』、『または』、『年配の男性に対する尊敬の呼び方です。』(以下、略)とあった。大いに納得である。原文を捜したい。
「劉寄奴《リユウキド》」「金澤 中屋彦十郎薬局」の「●劉奇奴(リュウキド、りゅうきど)」に、『健康食品』としつつ、『劉奇奴は中国の南部に分布するキク科ヨモギ属の多年草、アルテミシア・アノラマ』(種小名は「アノマラ」の誤り。Artemisia anomala である。現代の中国語では、「奇蒿」で「維基百科」に載る)『の開花期の全草を用いる』。『劉奇奴の名は南朝、宋の初代皇帝である劉裕に由来する』(「奇奴」は彼の幼名)。『ただし』、『劉奇奴の基源植物は一定しておらず』、『南部のを南劉奇奴というのに対し、北部ではゴマノハグサ科のヒキヨモギ』(引蓬:現在は、シソ目ハマウツボ科に移動されており、ヒキヨモギ属ヒキヨモギ Siphonostegia chinensis である)『の果実をつけた全草を北劉奇奴といっている』。『四川省のキク科のタカヨモギ』(セイタカヨモギ(背高蓬)Artemisia selengensis の別名)『も劉奇奴といっている』。『本品はタカヨモギである。おけつ』(瘀血:血液が粘性を持ってしまっている状態を指す)『に利用される。』とあった。「人民网com.」の「唯一用皇帝名字命名的中药——刘寄奴」(「皇帝の名を冠した唯一の中医薬――劉寄奴」)に、具体的に記されてある。機械翻訳でも、概ね判るので、見られたい。
「何首烏《カシユウ》」「東北大学薬学研究科・薬学部 附属薬用植物園」公式サイト内の「カシュウ(何首烏)」に、基原は、中国原産の『タデ科(Polygonaeae)のツルドクダミ( Polygonum multiflorum Thunb.)の塊根を乾燥したもの』(当該ウィキでは、漢字表記は「蔓蕺草」)。『中国では基原植物が異なる「何首烏[= Cynanchum auriculatum Royle (Asclepiadaceae)]」もある』。『塊茎を乾燥したものは「生何首烏」で、熱で修治したものを「製何首烏」という。』とあった(学名を斜体に代えた)。『宋の時代の』「開寶本草」『に収載され、生何首烏は潤腸、瀉下、消炎作用が主な作用で、製何首烏は肝と腎(肝臓と腎臓ではない)を補益する作用が主である』。『強壮・緩下を目的として民間薬的にも利用される。』とあった。「つゆくさ医院」の「つゆくさONLINE」の「何首烏(カシュウ)」のページに、『中国の何(カ)という名前の者が本薬を服し、首から上(頭髪)がカラスのように黒くなったという伝説から名づけられた。』とあった。
「使君子《シクンシ》」基原は、フトモモ目シクンシ科シクンシ属インドシクンシ Combretum indicum の種子で、駆虫薬である。「山科植物資料館」公式サイト内の「植物の話あれこれ 43」の『駆虫生薬として有名な「シクンシ」』に拠れば(学名は私が斜体化した)、『この植物の和名「シクンシ」は、生薬名の「使君子」に由来する。「使君子」の「使君」とは、「四方の国にさしつかわされる天子の使者」のことである。このことから、「使君子」は、「天子からつかわされた使者のような薬」、すなわち「天子が民の無病息災を願って賜った貴重な薬」と考えられ、このような名前がつけられたのだと思う。なお、「使君子」は、この植物の中国名にもなっている。このことから、和名「シクンシ」は、この植物の中国名に由来するとも考えられる。いずれにしても「この植物は、人々に大きな恵みをもたらすありがたい木」という意味で、このような名前がつけられたのだと思う』とあり、『「シクンシ」は、インド南部、ミャンマー~マレー半島、ニューギニア地域原産の常緑木本性つる植物である。この植物の学名(種小名)” indica ”は、「インドの」という意味である。また、この植物は、英名で、”Rangoon creeper”と呼ばれている。「ミャンマー(ビルマ)の旧首都ラングーン(ヤンゴン)のつる植物」という意味である。このような名前からも、「シクンシ」は、インドやミャンマーが原産地であることがうかがえる』とされ、中をカットして、『シクンシ科植物(Combretaceae)では、「シクンシ」のほか、「モモタマナ」が有名である。モモタマナ” Terminalia catappa L.”の果実は、”Indian almond”(インドのアーモンド)とか、”Sea almond “(海のアーモンド)と呼ばれ食用にされる。硬い核の中に脂肪分に富んだ緑色の胚があり、アーモンドの風味がある。これを炒って食べる。果実に含まれている脂肪は、「カタッパ油」と呼ばれ、果実中に50~60%含まれている。モモタマナは、マレー半島原産といわれているが、熱帯各地に広く分布している。日本の沖縄や小笠原諸島にも自生している。材は、硬く、建築用材や家具に使われる。果実や樹皮には、タンニンが多く含まれており、染料の原料に用いられる。』ともあった。
「淫羊藿《インヤウカク》」これは、基原は、モクレン(木蓮)亜綱キンポウゲ(金鳳花)目メギ(目木)科イカリソウ(錨草)属イカリソウ変種イカリソウ品種イカリソウ Epimedium grandiflorum var. thunbergianum f. violaceum で、れっきとした植物であり、✕動物では、ない。「東邦大学 薬学部付属薬用植物園」公式サイトの「イカリソウ」のページに拠れば、Epimedium grandiflorum var. thunbergianym とされ、『本州東北地方以南の太平洋側、四国の丘陵や山麓に分布する多年草です。草丈は15~25cm、根茎は横に這い数本の茎を束生します。春先に根茎から出た根葉は、2回3出葉です。中の一つの小葉はゆがんだ卵形で、縁には毛があります。4~5月に咲く紅紫色の花が、錨に似ているのが名前の由来です。4枚の花弁は、先端にいくにつれて細くなる管状で、その先端は内側に曲がっています。萼片は8枚ありますが、開花するとき』、『外側の4枚は落ち、内側の4枚が大きくなり花弁と同じ紅紫色になります。冬期には地上部は枯れます。日本海側に多いトキワイカリソウEpimedium sempervirens 』『は冬期でも葉は枯れません。生薬名の淫羊霍は中国産のホザキイカリソウEpimedium sagittatum に付けられた中国名ですが、日本産の各種も』、『この名前で呼ばれています。古い中国の「本草綱目」(1500)によると、「四川の北部に淫羊と言う動物がいて、一日に百回も交尾する。それは霍と言う草を食うからと言うことだ。そこでこの草を淫羊霍と名付けた」とあるのが生薬名の由来ですが、霍とは、「豆の葉」のことで、イカリソウの葉が豆の葉に似ていることからです。トキワイカリソウを始めシロバナ、キバナ、バイカ、ゲンペイ花などの各地の変種が多数あり、植物分類学的に種を特定するのは困難な場合があります。』とあった。「本草綱目」の当該部は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二下」の「草之一【山草類上一十八種】」のガイド・ナンバー[037-25b]の「淫羊藿」の項の「釋名」中だが、厳密には、時珍の記載ではなく、彼が引用した、梁の武帝に抜擢された医師・科学者にして道教の茅山派の開祖でもあった陶弘景(四五六年~五三六年)の以下である(一部に手を入れた)。
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剛前【本經弘景曰服之使人好爲隂陽西川[やぶちゃん注:原文の誤記。「四川」が正しい。]北部有淫羊一日百遍合蓋食此藿所致故名淫羊藿】
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「糜衘草《ビカンサウ》」この文字列でネットで検索しても、漢方名で確認出来なかったことから、このこの「衘」の字に疑問が生じた。そこで、中文のデータを調べてみたところ、「維基文庫」の「永樂大典/卷09762」に、「麋銜」の項名と、解説の「一名糜䘖」が見出せた。そこで、この文字で検索を調べたところ、「鍼道五経会」の運営するブログの「第2回 金匱植物同好会に行ってきました!登山口〜往路編」に、写真のキャプションに、『サワギク(薇銜)について説明される濱口先生』というのを見出した。「株式会社メテオ メディカルブックセンター」の「名医別録解説」という書籍の「目次」に、『210 薇銜 ( びかん )』とあるのを発見した。以上から、基原対象植物は、キク目キク科キク亜科サワギク(沢菊)連サワギク属サワギク Nemosenecio nikoensis でよいのであろう。基原部位は調べ得なかったが、ある薬用植物資源の調査論文のリストの中に、同種の和名と学名を確認出来た。私に出来ることはここまで、である。なお、この「糜衘草」の「糜」を用いる中国語の動物を探したところ、「糜鹿」があり、これは、シカ科シカ亜科シフゾウ属シフゾウ Elaphurus davidianus(現行の漢名でも「麋鹿」(音なら「ビロク」)と呼ぶ)がいる。同種の野生種は既に絶滅した。ウィキの「シフゾウ」を参照されたい。但し、これが、当該動物であるかどうかは、判らない。悪しからず。いろいろと、識者の御教授を乞うものである。
「鹿蹄草《ロクテイサウ》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 鹿蹄草(ろくていそう)」に拠れば、基原は、ビワモドキ(枇杷擬)亜綱ツツジ(躑躅)目『イチヤクソウ』(一薬草)『科(Pyrolaceae)のチョウセンイチヤクソウ Pyrola rotundifolia L.、P. rotundifolia subsp. chinensis H. Andres、イチヤクソウ P. japonica Klenze ex Alef. などの全草を乾燥したもの。』とあり、以下、『近年日本では民間薬を利用する機会がめっきりと少なくなり、市場での流通も減っています。日本民間薬にはドクダミ、ゲンノショウコ、オオバコなど多数がありますが、その大半は中国からの影響で、特に明代に李時珍が著した』「本草綱目」『の影響が強く認められます』。「本草綱目」『には民間療法も多く掲載され、出版後間もなく日本に持ち込まれ、増刷されて各地に広まりました』。『そうした民間薬の中に「一薬草」があります。原植物はイチヤクソウで、薬名がそのまま和名になった一例です。一つの薬草で様々な病に効くことに由来すると伝わっています』。「本草綱目」『には「鹿蹄草」の名称で掲載されています』。『鹿蹄草は』同書『の草部に収載され、「鹿蹄草という』のは、『葉の形を形容したものだ。よく金瘡を合わせるものだから』、『試剣草と名づけたのだ。また山慈姑にも鹿蹄なる名称があるが』、『これとは異なる」と』、『その名の由来を説明しています。また』、同書『によると』、「軒轅述寶藏論」『に初めて収載され、「鹿蹄は江広地方の平陸及び寺院の荒地に多く生じる。淮北地方には絶えて少ない。川、陝にもある。苗は菫菜に似て』、『葉が頗』(すこぶる)『大きく、背面は紫だ。春紫の花を開き、天茄子のような青い実を結ぶ。」と記されています』同書『の付図および清代の』「植物名實圖考」『の鹿蹄草の図などから』、『ナス科植物のように思われますが、現在の』「中国薬用植物誌」『では』、『鹿蹄草にイチヤクソウ科のチョウセンイチヤクソウ Pyrola rotundifolia L. を充てており、一方』「中葯志」『では鹿銜草(ろくかんそう)の原植物としてチョウセンイチヤクソウを記載し、共に金瘡出血や蛇、犬、虫、などによる咬傷の解毒薬としています。鹿銜草は』「植物名實圖考」『に鹿蹄草とは別項で収載され、その付図は明らかにPyrola属と思われるなど、鹿蹄草と鹿銜草の間に混乱が認められます。我が国では、林羅山が』「本草綱目」『収載の品々に和名をあてた』「多識編」『に「鹿蹄草、今案加乃豆米久佐(かのつめくさ)」とあるのが最初で、その後』、『小野蘭山がイチヤクソウを充てて以来』、『通説となっています』。『日本では』、『「一薬草」は民間的に打撲傷、切り傷、蛇咬傷などに生葉の絞り汁を付けたり、肺結核や膀胱尿道炎に単味で用いられてきました。まさに』「本草綱目」『の影響だと考えられますが、かつての日本市場にはイチヤクソウ以外に異物同名品として』、『形態の類似からイワウチワ科の Shortia 属』(ビワモドキ亜綱イワウメ(岩梅)目イワウメ科イワウチワ(岩団扇)属)『植物に由来するものも市販されていました。なお、現代中国では「鹿蹄草」は利湿、強壮、鎮痛、鎮静、止血薬としてリウマチ、関節炎などの疼痛、驚悸不寧、足膝の無力などに応用されています』とあった。また、サイト「漢方薬のきぐすり.com」の「イチヤクソウ」には、『シカが踏み荒らしそうな林下に生えているので、鹿蹄草の名が与えられた。一薬草(いちやくそう)の名は、この葉をもんでつけると病が治るところからつけられた』とある。因みに、「跡見群芳譜」の「野草譜」の「いちやくそう(一薬草)」を見ると、イチヤクソウ Pyrola japonica の漢名として、『日本鹿蹄草(ニホンロクテイソウ)』とされ、以上の、P. rotundifolia subsp. chinensis(ページの下から三番目)に対して、★「鹿蹄草」の中文名が冠されてある★のを発見した。また、『中国では、同属植物のうち P.rotundifolia subsp. chinensis(鹿蹄草)などの全草を鹿蹄草(ロクテイソウ,lùtícăo)・鹿銜草(ロクカンソウ,lùxiáncăo)と呼び』、『薬用にする』とあって(学名は私が斜体にした)。恐らく、★このページが、邦文記事では、最も完備している★と思われるので、是非、見られたい。なお、前者の引用にある「本草綱目」の訳の原文は、「漢籍リポジトリ」の「卷十六」の「草之五【隰草類下七十三種】」のガイド・ナンバー [045-39b]の以下である。短いので、全文を示しておく(一部に手を入れた)。
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鹿蹄草【綱目】
釋名小秦王草【綱目】秦王試劍草時珍曰鹿蹄象葉形能合金瘡故名試劍草又山慈姑亦名鹿蹄與此不同
集解【時珍曰按軒轅述寳藏論云鹿蹄多生江廣平陸及寺院荒處淮北絕少川陜亦有苗似堇菜而葉頗大背紫色春生紫花結靑實如天茄子可制雌黃丹砂】
氣味【缺】主治金瘡出血𢷬塗卽止又塗一切蛇蟲犬咬毒【時珍】
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「常山《ジヤウザン》」「伝統医薬データベース」の「常山」に拠れば、基原は、ユキノシタ(雪の下)目ユキノシタ科ジョウザンアジサイ(常山紫陽花) Dichroa febrifuga の『小くさぎと言う小木の根を採ったもので、黄色をしたものが良いとされる』とあった(因みに、和名に「アジサイ」とあるが、アジサイは、ミズキ(水木)目アジサイ科アジサイ属 Hydrangea とは、縁も所縁もないので、注意)。「臨床応用」の項に、『マラリアの要薬.解熱,吐痰薬として,各種のマラリア性疾患,胸脇脹満,痰飲積聚して吐けない病状など.』とする。M.Ohtake氏のサイト「四季の山野草」の「ジョウザンアジサイ」のページには、『中国南部、インドネシア、インドなどに分布。名前は中国山西省北部の常山(恒山)にちなむと思われる。漢方では根を常山、若枝を蜀漆(しょくしつ)といい』、『解熱・催吐剤に用いる』とあった。恒山はここ(グーグル・マップ・データ)。
「高良《カウリヤウ》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 良姜(リョウキョウ)」に拠れば、基原は、単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科ハナミョウガ属コウリョウキョウ(高良姜)『 Alpinia officinarum Hance 』『の根茎を乾燥したもの』とあり、『良姜は』「名醫別錄」(作者不詳。「神農本草經」の薬三百六十五種に、漢・魏以来の名医が用いた薬三百六十五種を加えた漢方書。全三巻)『の中品に「高良姜」の名で収載され,「大温,暴冷,胃中の冷逆,霍乱腹痛を主治する。」と記されています』。『陶弘景(隠居)は「高良郡に出る。」と云い,李時珍は「陶隠居はこの薑は』、『はじめて産したところが』、『高良郡であったからこの名称があるのだと言っている。按ずるに』、『高良は当近の高州で,漢の時代には高涼県と言われ,−−−その地は山が高くて清く涼しいから地名がそのように呼ばれたというから,高良は高涼と書くのが正しいようである」としています。発音が同じなので「涼」が「良」に変わったものでしょうか。現在の広東省茂名県が治める地域です』とある。ここ(グーグル・マップ・データ)。以下に、『姜の字が示すとおり,原植物はショウガ科植物に由来します。ショウガ科植物由来の生薬には他に,ショウキョウ,ウコン,ガジュツ,ショウズク,シュクシャなどがあり,それらは一般に根茎や種子に芳香と辛味を有します。その中で,良姜とショウガを加熱後乾燥した乾姜は,中医学ではともに散寒薬に分類され,散寒止痛,温中止嘔に働く』、『よく似た薬物とされます。両者はともに脾胃に作用しますが,作用する臓腑に違いがあり,良姜は胃寒による浣腹冷痛,噫気嘔逆に適するのに対し,乾姜は脾寒による腹痛瀉泄に適するとされます』。『良姜が配合される繁用処方としては「安中散」が有名ですが,生姜に比べると使用頻度は格段に少ない生薬です』。『わが国では,江戸時代の』「和語本草綱目」(目録一巻・本篇二十三巻・全十冊・「廣益本草大成」の通用書名を持つ。岡本一抱(いっぽう:近松門左衛門は兄)著。「本草綱目」の内容・要点を平易な和語により解説した実用書。元禄一一(一六九八)年刊)『に「男女が怒って寒を受け,心腹痛あるいは胸先が痛むものに,良姜を酒で7回洗って焙って末にし,香附子を酢で7回洗って焙って末にし,もし寒が甚だしければ,良姜2gに対して香附子1gを,怒りが甚だしければ香附子1gに対して良姜2gを,寒怒が同程度に兼ねるものには各1.5gを米飲に生姜汁1さじ,塩ひとつまみを入れて服する。」と記されています』。「和漢三才圖會」『では,高良姜の項に「今は略して良姜の名になった。」と記され』、「手板發蒙」(蘭学書・大坂屋四郎兵衛著・文政六 (一八二三)年刊)『では,芳草として良薑の名で「本名高良姜クマタケラン』(ショウガ科ハナミョウガ属雑種クマタケラン Alpinia × formosana :当該ウィキによれば、『ゲットウ』(ハナミョウガ属ゲットウ(月桃)Alpinia zerumbet )『とアオノクマタケラン』(ハナミョウガ属アオノクマタケラン(青野熊竹蘭)Alpinia intermedia )『の中間的な形態を示し、両種の雑種と推測されている』とある)『の類である。…唐からのものには2品種,太めと細目があり,大きいものは紅色で味は辛い。細いものは色淡く香気は薄い。」とあります。一色直太郎氏』(大正期の和漢薬研究家)『は,「色相が赤褐色で能く肥ったものが良品で,その両端の切面がゆでだこの切り口のように肥厚してあるものがよろしい。故に良品をたこでといって居ります。」と生薬をゆでだこにたとえて選品を述べています。使用頻度の少ない良姜ですが,本草書への記載は多く,以前はわが国でも使用頻度の高い生薬であったことが窺がえます。なお,一色氏は調製法として,「昔は薄く刻みそれを火にかけ杉箸の先に胡麻油をつけて炒ったものであります。」と述べ,乾姜と同様,一度加熱した方が温める効能が増すようです。』(以下略)とある。
「天竺《テンヂク》」漢方の「天竺黃(テンヂクワウ)」のことか。サイト「家庭の中医学」の「天竺黄」には、基原を(学名は私が斜体にした)、単子葉植物綱イネ目『イネ科(Gramineae)』タケ亜科マダケ属『のハチク Phyllostachys nigra Munro var. henonis Stapf. 』、イネ科タケ亜科マダケ属『マダケ P. bambusoides Sieb.et Zucc. ほか』、『竹類の竹桿の節孔中に病的に生成した塊状物質』由来とし、『薬理作用』に、『清化熱痰・涼心定驚』・『鎮静・去痰作用』とある。また、『産地』を『中国、ベトナム、インドネシア、マレーシア』とする。「天竺」は、インドの古称であるが、ウィキの「天竺」に拠れば、『中世の日本では、いわゆる「倭寇」の活動や、琉球人たちの貿易活動などを通して』『東南アジアへの知見を得るようになるが、これによって』、『東南アジアも「天竺」と呼ばれる地域に含まれることとなった』とあり、中国でも、こうした広域の指し方も、あっておかしくないと思われる。
「迦南《カナン》」漢方薬としては不詳。識者の御教授を乞う。なお、東洋文庫訳では、割注して、『中央アジア地中海沿岸およびヨルダン流域』とする。
「虎掌《コシヤウ》」「家庭の中医学」の「テンナンショウ・・天南星」に拠れば、基原は、単子葉植物綱オモダカ目『サトイモ科(Araceae)Arisaema consanguineum Schott. 、A. amurense Maxim 、マイズルテンナンショウ』(舞鶴天南星)『 A. heterophyllum Blume 、A. ambignum Engler 、コウライテンナンショウ A. japonicum Blume var. atropureum (Eng.) Kitam. ほか』、『同属植物の塊茎を乾燥したもの。日本産はムサシアブミ A. ringens (Thunb.) Schott. 、マムシグサ A. japonicum Blume などの塊茎を輪切りにして石灰をまぶし、乾燥したものである。生姜を加えて炮製したものを製南星、牛の胆汁で炮製したものを胆南星、薬品による炮製を加えていないものを生南星と呼ぶ。』(学名は私が斜体にした)とあり、「効能」には、『鎮静、鎮痙、去痰、消炎、抗腫瘍作用』とする。「原色和漢薬図鑑」では、『虎掌(葉の形に由来)』とある。
「狗脊《クセキ》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 狗脊(くせき)」に拠れば、大葉植物亜門大葉シダ綱薄嚢シダ亜綱ヘゴ(杪欏)目『タカワラビ』(高蕨)『科(Dicksoniaceae)のタカワラビ Cibotium barometz (L) J. Smith の根茎を輪切りにして乾燥させたもの』とする。以下、『現在』、『日本で使用される漢方生薬にシダ植物に由来するものはありませんが、民間的にはノキシノブやスギナなどのシダ植物が薬用にされてきました。一方、台湾や四川省の薬物市場などでよく見かけるのが』、『金毛狗脊を細工して作った動物の置物です。これを見ていると』、『中国では狗脊の需要が多いことがうかがえます』。『狗脊は中国では古くから薬用に供され』、「神農本草經」『の中品に収載されています。蘇敬は「地上部は貫衆に似て根が細く、多く分岐している。形状が狗の脊骨のようで、肉が青緑色を呈しているので、このように名付けたのだ」と述べ、李時珍は「狗脊に二種ある。一種は根が黒色で狗の脊骨のようなもので、一種は黄金色の毛があって狗の形のようなものだ。いずれも薬用になる。その茎は細く、葉、花は両々相対して生じ、さながら大葉蕨に似ており、貫衆の葉のようでもあるが、葉に歯があって表、裏共に光る。根は太さ拇指ほどで硬い黒鬚がむらがっている」と記し』、「本草綱目拾遺」『にも「即ち蕨である。根の形は狗の脊骨に似ており、毛は狗の毛のようで黄、黒の別がある」とあります。これらのことから当時かなり形態が異なった2種類の狗脊があり、シダ植物であったことがうかがえます。これらの記載から種の特定は難しいですが』、「植物名實圖考」『には』大葉シダ綱ウラボシ(裏星)目『シシガシラ』(獅子頭)『科(Blechnaceae)のコモチシダ Woodwardia 属と考えられる植物が描かれており、李時珍のいう黒狗脊に相当するものと思われます。一方の黄金色の毛があるものは』、『現在市場の金毛狗脊と同一で、タカワラビ科のタカワラビ Cibotium barometz の根茎と考えられます。昨今はこの金毛狗脊が一般的に用いられているようです。』とある。
「馬鞭《バベン》」岡山県倉敷市の「重井薬用植物園」(「しげい」と読む)の「おかやまの植物事典」の「クマツヅラ(クマツヅラ科)」に拠れば、基原は、シソ目クマツヅラ(熊葛)科クマツヅラ属クマツヅラ Verbena officinalis の全草。名は、『6~9月頃、枝の先に細長い花序をつける。姿が乗馬に用いるムチのようなので』、『中国では「馬鞭草」と呼ぶ』とある。『クマツヅラは、北海道をのぞく』、『日本全国の日当たりのよい原野や路傍に生育する高さ30~80㎝ほどになる多年草(あるいは一年草)です。ヨーロッパや中国大陸にも広く分布します』とあり、『本種の和名を漢字で書くと「熊葛」ですが、本種の名が史料に確認されるのは、平安時代中期に編纂された』「和名類聚抄」『が初出のようで、漢名の「馬鞭草」の和名として「久末豆々良」と紹介されているのが初出とされています。漢名の「馬鞭草(ばべんそう)」の名は、細長く伸びた花序の様子を乗馬に用いるムチに例えたものとされ、生薬名ともなっています。「馬鞭草」は植物の形をよく表しており、納得がいきますが、「熊葛」については』、『特に動物のクマを連想させるような特徴は本種にはありません。本種の和名の由来には諸説あり、「馬鞭草」から、「ウマウツツラ(馬打葛)」であるとする説(木村陽二郎 監修,植物文化研究会 編.2005.図説 花と樹の事典.柏書房.p.156)、「その穂状花に米粒のような実が連なってつく」ので、「米ツヅラ」が由来であるとする説(中村浩 著,1998.植物名の由来.東京書籍.p.201)などがあります。』とあった。
「烏喙《ウクワイ》」猛毒植物(全草)として知られるキンポウゲ目キンポウゲ科トリカブト属ハナトリカブト(花鳥兜) Aconitum carmichaelii を基原とする古い漢方生薬名と思われる。同種は「カラトリカブト」(唐鳥兜)の異名がある。当該ウィキによれば、『ハナトリカブトの各部分には非常に強い有毒成分が含まれており、歴史的には、矢に塗る毒として用いられ、塊根を加熱して毒性を減らしたものは「附子(ぶし)」や「烏頭(うず)」として鎮痛や強精などの目的で生薬として用いられてきた』とある。「烏喙」は「カラスの喙(くちばし)」の意で、乾燥させた根の形状に由来するものであろう。
「鵝尾《ガビ》」東洋文庫訳では、『(毒草類鳶尾か)』と割注がある。これは、単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科アヤメ属イチハツ(一初・一八・鳶尾草) Iris tectorum である。「跡見群芳譜 花卉譜(イチハツ)」の解説に、『漢名は』、『その形から』。『漢語別名』の『烏園も、正しくは烏鳶であろう(本草綱目)。ただし、本草綱目は、この草のどこがどのように鳶に似ているのかは、記していない』とあった。なお、鳶は、タカ科の鳥トビ(トンビ) Milvus migrans である。「熊本大学薬学部薬用植物園」の「植物データベース」の「イチハツ」に、「薬用部位」に『根茎』とあり、『食当たり,消化不良などに粉末を水で服用する.便秘には空腹時に同様に服用する.打撲傷や痔には粉末を患部に塗布する』とあった。ただ、多くの方は、同種が有毒植物であることを御存知ないようなので、一言言っておくと、植物サイト「PictureThis」の「イチハツ(一初)」の「毒性」を引いておく。『イチハツ(一初)は庭で見られる魅力的なアイリスで、摂取によって子供に対して軽度の毒性リスクをもたらし、園芸家には皮膚接触を通じて影響を与えます。毒性のある部分には根、種子、樹液が含まれ、短期間の皮膚刺激を引き起こし、摂取された場合には腹痛、吐き気、嘔吐といった軽度の症状を引き起こす可能性があります。致死のリスクはありません。活性毒素:ペンタサイクリックテルペノイド』(Pentacyclic Terpenoids)『とイリジン』(=イルジン:illudin)とあった。
「鴨蹠《アウシヨ》」豊橋市の漢方薬局「桃華堂」公式サイト内の「生薬辞典」の「鴨跖草(おうせきそう)」に、基原は、お馴染みの単子葉植物綱ツユクサ目ツユクサ科ツユクサ亜科ツユクサ(露草・鴨跖草・鴨跖)属ツユクサ Commelina communis の全草とし、「効能・効果」に『①清熱解毒』・『②利水』とある。「特徴」の項で、『ツユクサは道端や野原でよく見られる雑草の一種です。朝咲いた花が昼にはしぼむことが朝露を連想させ、「露草」と名付けられたという説があります。古くは「ツキクサ」と呼ばれており、これが転じて「ツユクサ」になったという説もあります』。『ツユクサは「鴨跖草」という字が当てられることもあります。中国では「鴨跖草(おうせきそう)」の方で呼ばれており、名前の由来は正面から見た花の姿が鴨の堅い足の裏に似ていることからです。跖は中国語で足という意味です』。「万葉集」『には「鴨頭草」という表記もあります。万葉人は花の姿を鴨の頭と長い首に見立て、「鴨頭草」という字を当てたのではないかと言われています』。「万葉集」には、『ツユクサを詠った歌が9首存在します。このことから、日本人にとって古くから親しまれていた植物であることがわかります。朝咲いた花が昼にはしぼんでしまうことから儚さの例えとして詠まれたものが多いですが、実際のツユクサの生命力と繁殖力はとても強く、根ごと引っこ抜いても土に種を残し、引っこ抜いたまま放置しておくと』、『また』、『土に根付いてしまうほどで、儚さとは無縁の植物です』。『熱毒を治療する清熱解毒薬(せいねつげどくやく)に分類され、同じような効能を持つ生薬に十薬(じゅうやく)、金銀花(きんぎんか)、連翹(れんぎょう)、蒲公英(ほこうえい)、板藍根(ばんらんこん)、土茯苓(どぶくりょう)、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)があります』。『漢方薬としては使われていませんが、清熱作用や解熱作用があるとされ、民間薬として風邪の解熱剤や喉の腫れに使われていました。虫刺されや腫れに新鮮なものをすり潰して外用としても使われていました』。『水の巡りを改善する効果があり、浮腫や尿量減少、排尿痛などに用いられました。』とあった。因みに、「万葉集」では、「つきくさ」の判読がなされている。
「鶴蝨《カクシツ》」「跡見群芳譜 花卉譜」の「やぶたばこ (藪たばこ)」のページの「漢語別名」に、『鶴蝨(カクシツ,hèshī,実の名)』とあった。 基原は、キク目キク科キク亜科オグルマ(小車)連ガンクビソウ(雁首)属ヤブタバコ(藪煙草) Carpesium abrotanoides の果実である。ウィキの「ヤブタバコ」によれば、『中国では』、『葉を乾燥させたものを』『天名精(てんみょうせい)』『の名で呼び、止血、解毒、腫れ物、打ち身の薬として用いた。痩果は鶴虱の名で呼ばれ、条虫駆除剤として用いられる。また』、『根や種子も薬用とする』とあった。「鶴」は判らないが、「蝨」=「虱」については、全くの別種であるが、「福岡市薬剤師会」公式サイト内の「福岡で観察できる薬草」の「ヤブジラミ」のページに、セリ目セリ科ヤブジラミ属ヤブジラミ Torilis japonica の中国名を『華南鶴虱』とあり、「由来」に『果実の形が』、『しらみを思わせることから、やぶに生育するしらみということによる。』とあるのと、同源であろう。実は、森立之著の「鶴虱攷」という考証書(嘉永二(一八四九)年奥書)を見つけたのだが、私は今、凡そ、それに目を通す精神的余裕を全く持たない。勝手に探して読まれたい。悪しからず。
「䑕耳《ソジ》」この起原は、お馴染みのキク亜科ハハコグサ(母子草)連ハハコグサ属ハハコグサ Pseudognaphalium affine の花がついた全草を採取し、細かく裁断して日干ししたものである。参考にした当該ウィキによれば、『漢名(中国植物名)は鼠麹草(そきくそう)で、葉に軟毛があって、形がネズミの耳に似ていて、黄色い花とその形から麹を連想して名付けたといわれている』とする。また、『鼠麹草(そきくそう)という生薬名があるが』、『伝統的な漢方方剤では使わない。民間療法として、風邪や咳止め、扁桃炎、のどの腫れなどの症状改善に』、『煎じ汁を、うがい薬として用いる用法が知られている』。『また』、『急性腎炎などで尿の出が悪く身体がむくんだときに』、『煎じ汁』を服用すると、『利尿作用でむくみを軽くするといわれている』。『肺を温める薬草で』あるが、『肺に熱があり、痰が黄色で、のどが渇く人には使用禁忌とされる』とあった。
「牛膝《ゴシツ》」「熊本大学薬学部薬用植物園」の「植物データベース」のこちらに拠れば、基原は、例の、実が「ひっつき虫」で知られる、ナデシコ目ヒユ科 Amaranthoideae 亜科イノコヅチ属イノコヅチ変種ヒナタイノコヅチ(日向猪子槌) Achyranthes bidentata var. fauriei の根と全草である。「薬効と用途」に、『根は通経,鎮痛,利尿作用があり,月経不順,産後出血,腰痛や関節痛,リウマチ,神経痛,打撲,小便難渋などに用いる.漢方処方では,折衝飲,芎帰調血飲,牛膝散などに配合される.外陰部の炎症には乾燥した全草の煎液で患部を洗う.路傍の雑草として知られる.』とある。当該ウィキによれば、和名のそれは、『茎の節にある太い膨らみの形が、イノシシの子どもの大きな膝頭と、物を打ちたたく道具である槌に例えられたところから来ている』とあり、別に、『本種または A. bidentata(本種の基本種)の根を、晩秋に地上部が枯れたはじめた頃に採取して、水洗いして天日乾燥させたものが、牛膝(ごしつ)という生薬になる』。『牛膝は、根が太く多肉質のが良品とされている』。『最も良質なのは』、『中国産の川牛漆(せんごしつ)といわれており、日本では、ヒナタイノコズチのうち、太い根をもつ系統を選んで栽培されている』とあるので、「牛膝」も納得がゆく。
「性《しやう》を以、名《なづく》る者は」東洋文庫訳では、『持っている特性によって名前をつけたものは、』とあり、さらに後注があり、以下の薬について、『益母の効能は婦人病。目を明らかにし精を益す。それで益母という。狼毒は読んで字のごとく毒性が甚だしいから。予知子[やぶちゃん注:「予」はママ。訳本文は正しく『預知子』となっているから、訳者竹島氏の誤記か、誤刻であろう。]はこの子を二個とって衣領(えり)に綴りこんでおくと、毒虫などの危険があると音をたてて予知してくれるという。王不留行はよく陽明の血分に走る性質があり、たとえ王命でもそれを留めることはできないという。骨砕補は折傷を主(つかさど)り、骨砕を補う効があるという。』と記してある。
「益母《ヤクモ》」基原は、シソ目シソ科オドリコソウ(踊子草)亜科メハジキ(目弾き)属メハジキ Leonurus japonicus の地上部位。大阪の「福田龍株式会社」の「生薬・漢方辞典」の「益母草(ヤクモソウ)」がよい。『和名 メハジキ:子供たちが』、『茎を短くちぎり』、『弓なりにまげて上下のまぶたにはさみ、まぶたを閉じる勢いで遠くへ弾き飛ばしたりして遊ぶことから』、『この名前がついたと言われている』とし、『別名 ヤクモソウ(益母草): 母の益になる草の意で、婦人薬として利用されてきた。』とあり、「産地」は『日本(本州以南)、台湾、朝鮮半島、中国など』で、「主な薬効」は『利尿、子宮収縮作用』とし、『月経不順、めまい、下腹痛、生理痛、打撲、痔のほか、利尿作用があるので急性糸球体腎炎にも用いられる』とあった。
「狼毒《ラウドク》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 狼毒(ロウドク)」が非常に詳しい。基原は、『白狼毒は』キントラノオ目 Malpighiales『トウダイグサ科(Euphorbiaceae)の Euphorbia pallasii Turcz. ex Ledeb., E. fischeriana Steud., E. ebracteolata Hayata などの根を乾燥したもの.西北狼毒はジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)の Stellera chamaejasme L. の根を乾燥したもの.広狼毒はサトイモ科(Araceae)のクワズイモ Alocasia odora Spach の根茎を輪切りにして乾燥したもの.』とある。以下、非常に興味深い内容なので、特異的に全文を示す。『狼毒は』「神農本草經」『の下品に収載され,「咳逆上気を主治し,積聚,飲食,寒熱水気を破り,悪瘡,鼠廔,疽蝕,鬼精,蠱毒を治し,飛鳥,走獣を殺す」とその効用が記されています.実際にオオカミ対策に使用したかどうかはわかりませんが,狼毒は』同書『に記された薬効からは』、『かなりの猛毒薬であったことがうかがえます.その有毒性を利用したとすれば』、『同効の様々な毒草が利用されたことが想像され,そのためか古来』、『異物同名品が多く存在していたようです.』『産地に関して』「名醫別錄」『には「秦亭の山谷及び奉高に生ず」とあり,陶弘景は「宕昌にも出る」といっています.秦亭は今の隴西で,宕昌とともに甘粛省に位置します.謝宗万氏は甘粛省の蘭州,武都,宕昌などで市販されている狼毒を調査した結果,すべてジンチョウゲ科の Stellera chamaejasme の根であったと報告しています.しかし』、「名醫別錄」『にある』、『もう一つの産地の奉高は現在の山東省にあり,Stellera 属の分布は見られません.植物地理学的に考えると,この地から産するものは現東北地方市場の白狼毒の原植物 Euphorbia pallasii あるいは E. ebracteolata であったろうと考えられます.』「圖經本草」『に描かれた石州狼毒の図は根頭に茎が叢生していることからは,Stellera 属とも Euphorbia 属とも受け取れますが,花の形はどちらかと言うと Euphorbia 属に似ています.』『明代になると』、『李時珍は「今の人は住々』、『草䕡茹をこれにあてるが,誤りである」といっています.この草䕡茹は』「本草綱目」『の記文からも明らかに Euphorbia 属のもので,この頃の狼毒の主流は Euphorbia 属であったようです.清代の』「植物名實圖考」『には「本草書の狼毒は皆はっきりしない(中略)滇南に土瓜狼毒がある」と記され,また,草䕡茹の項に「滇南では土瓜狼毒と呼ぶ」とあり,このものは Euphorbia prolifera であるとされています.ところが,一時期日本に輸入されていた香港市場の狼毒はこれらの植物とは全く異なり,サトイモ科のクワズイモ Alocasia odora の地下部を基源とするものでした.これは』「植物名實圖考』『の狼毒の項に「紫茎南星を之に充てる」と記されているサトイモ科の天南星の類( Arisaema 属植物)のものと考えられ,それが次第に飲片の形状がよく似て収量の多いクワズイモに代わったとされています.』『以上の三つの科にまたがる原植物は形態的にはかなり異なります.Euphorbia 属には白い乳液があり,Stellera 属は小さいが』、『きれいな花を咲かせ,クワズイモは他に比べるとはるかに大型になるなどです.それらに共通する有毒性が』、『この生薬の本質であるとすれば,やはり有害動物対策に使用されたことが考えられます.蒙古では今でもオオカミを駆除するために動物の肉に有毒物質を混ぜて利用すると聞きます.オオカミがいない南方の地では殺鼠剤として使用されていたのでしょうか.』『現在,狼毒は』、『専ら』、『外用薬としてリンパ腫脹や疥癬などに用いられますが,内服薬としては,逐水,去痰,消積などの作用があるとされ,心下が塞がっておこる咳嗽,胸腹部の疼痛などに他薬とともに用いられます.』『実は,狼毒は正倉院の』「種々藥帳」しゅじゅやくちょう:天平勝宝八(七五六)年六月二十一日、光明皇后が六十種の薬物を東大寺大仏に献納した際の目録」『に記載があり,奈良時代には既に渡来していたようです.現在では稀用生薬ですが,当時は重要な生薬の一つであったものと考えられます.今では現物が失われて原植物が何であったかは定かではありませんが,時代から考えると Stellera 属であったように思われます.鑑真和尚が敢えて日本にもたらす薬物の中に狼毒を選んだと考えると,今となっては窺い知れない何か別の理由があったようにも思われます.』とあった。
「預知子《ヨチシ》」この起原は、キンポウゲ目アケビ科Lardizabaloideae亜科Lardizabaleae連アケビ属アケビ Akebia quinata の実。「熊本大学薬学部薬用植物園」の「植物データベース」の「アケビ」に、『果実は鎮痛,消炎作用などがあり胸脇疼痛,月経痛などのほか,乳汁不足,淋病,目の炎症,特に涙腺の炎症などに用いる.』とあった。なお、別に蔓『性の茎は消炎,利尿,清熱,通経作用などがあり,膀胱炎,排尿障害,浮腫,尿道炎,月経不順などに用いる.声がれや難聴にも用いる.漢方処方では竜胆瀉肝湯,五淋散,通導散などに配合される.』とあった。但し、幾つかのネット記載を見たが、「預知子」の意味を解説したものは、なかった。ただ、果実であることから、アケビの有難い「知」的薬効を「預」かっている「子」(さね)というニュアンスと採れば、私は、納得出来る。
「王不留行《ワウフルカウ》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 狼王不留行(オウフルギョウ)」が、やはり、いい。この筆者である神農子氏を、私は、最も信頼しているのである。何故と言えば、まさに、この作業で問題になる、基原生物が歴史的に別種であったり、微妙に変化していることを、子細に考証されておられるところで、である。さて、そこに拠れば、基原は、ナデシコ目『ナデシコ科(Caryophyllaceae)のドウカンソウ』( 道灌草)『 Vaccaria segetalis Garcke (= V. pyramidata Medik.) の種子、あるいは同科の』マンテマ属『ヒメケフシグロ』『 Silene aprica Turcz. ex Fisch. et C.A.Mey. の全草。』とある。以下、やはり、掟破りで全文を引用させて頂く。
《引用開始》
生薬には多少の異物同名品があるものですが、今回のテーマの王不留行には実に様々な異物同名品が存在します。異物同名品とは、基源(原動植鉱物の種類、薬用部位、加工調製方法など)が異なっているにも関わらず同じ名称が付けられている品目です。今回の王不留行の原植物は植物分類の「科」をまたぎ、また薬用部位も様々です。
王不留行は、日本薬局方には収載されていませんが、中華人民共和国薬典(2015年版)ではナデシコ科の Vaccaria segetalis(中国名:麦藍菜、和名:ドウカンソウ)の成熟種子を乾燥したものが規定されています。生薬の形状は球形で直径約2 mm、表面は黒色でやや光沢があります。表面には顆粒状の突起があり質は硬く香りはほとんどありません。異物同名品の中で同じく種子に由来するものとして、マメ科のカスマグサ Vicia tetrasperma、スズメノエンドウ Vicia hirsuta 、Vicia sativa 、Vicia angustifolia などがあります。これらはいずれも黒褐色の種子で、Vaccaria segetalis の種子と類似しています。大型の果実に由来するものとして南方ではクワ科のオオイタビ Ficus pumila やノボタン科のノボタン Melastoma candidum などが使用されています。また、台湾ではノボタンやミカンソウ科のヒラミカンコノキ Glochidion rubrum Blume その他の木質の茎が使用されてきました。また、全草に由来するものとしてオトギリソウ科のトモエソウ Hypericum ascyron 、H. sampsoni 、アオイ科の Sida rhombifolia などがあります。日本でも以前はオオイタビの果実で縦に2分割され種子が除かれたものが使用されていました。『原色和漢薬図鑑』(難波恒雄、1980)にもオオイタビ由来の生薬の写真が掲載されています。これは、当時多くの生薬が香港から輸入されていたことを示しています。以上のように、王不留行には多種多様の異物同名品がありますが、古来の正品に関しては未だに不明です。
一方、韓国市場の王不留行はナデシコ科のフシグロの仲間の全草です。牧野富太郎博士は漢名の王不留行にヒメケフシグロ Silene aprica (= Melandrium apricum ) をあてています。中国の本草書を見ると薬用部位に関する最も古い記述は『図経本草』に「5月内採茎」とあり、元は全草生薬であったようです。同書には「葉は尖って小さい匙の頭のようだ。また槐葉に似たものもある。四月に黄、紫色の花を開く(中略)河北に生じるものは葉が円く、花は紅色で、この物と少し違う」と記され、Silene属には赤い花や白い花などがあり、牧野博士は良く似た植物の中からヒメケフシグロと比定されたのでしょうか。
薬効に関しては、初出の『神農本草経』に「主金瘡止血逐痛出刺除風痺内寒」、『名医別録』に「止心煩鼻衂癰疽悪瘡瘻乳婦人難産」とあり、外傷出血や鼻血の止血、棘、悪性の腫れ物、月経不順、難産などの要薬とされてきました。現在に伝わる処方として王不留行散が知られ、その組成は出典によって大きく異なりますが、王不留行を主薬として5〜11種類の生薬からなり、一般に黒焼きが多く用いられます。黒焼きにするのは止血効果を高めるためと考えられます。王不留行散を日本で作る場合には、ヒメケフシグロは日本では希な植物なので、フシグロ Silene firma Siebold et Zucc. の全草で代用されているようです。これも新たな異物同名品ということになります。
現在中国で使用されているドウカンソウはヨーロッパ原産とされる1年生あるいは2年生の草本植物です。日本には江戸時代に中国から渡来し、江戸の道灌山(どうかんやま)の薬園で栽培されていたことが名称の由来とされることから、当時の中国では既にドウカンソウが使用されていたことが窺えます。茎は直立し高さ30〜60 cm で円柱形、フシグロに似て節はややふくれ、葉は対生して卵状から線状披針形、花は淡紅色で先が浅く裂した5弁花です。薬用部位は種子ですが、薬効的には古来と同様に使用され、問題は無いようです。多くの異物同名品が存在するのは、本草書の記載内容が曖昧なことと同効生薬の探索に試行錯誤した結果であったのでしょうか。
《引用終了》
★なお、「マンテマ」(ヨーロッパ原産の一年草で帰化植物。当該ウィキによれば、『日本では』、『江戸時代に観賞用に持ちこまれ』、『後に逸出し』て、『野生化し、本州中部以南の河川敷、市街地、海岸などに見られる外来種となっている』とある)という奇体な和名であるが、東京大学新領域創成科学研究科の作製になる「PLANT LIFE SYSTEM」の「研究紹介」の「3. 植物SRY遺伝子:雄を決定する遺伝子と性染色体」の「3-2. Silene latifolia (ヒロハノマンテマ)」に、『「マンテマ」という不思議な和名の由来は、牧野の植物図鑑には、「海外から渡って来た当時の呼び名のマンテマンの略されたもので、このマンテマンは多分に Agrostemma(ムギセンノウ)という属名が転訛したものではないかと想像する。」と書かれています。因みに、「センノウ」は、嵯峨の仙翁寺にあったナデシコというような意味です。』とあった。数奇な和名なので、特に言い添えておく。
「骨碎補《コツサイホ》」「日本中医学院ブログ」の周氏の記載になる「骨碎補の由来」に(学名は私が斜体化した)、『骨碎補は』シダ植物門シダ綱ウラボシ(裏星)目『ウラボシ科Polypodiaceaeのハカマウラボシ』(袴裏星)『 Drynaria fortune などの根茎を乾燥したもので、骨砕補という名は骨折の治療に効果のあることに由来し、猴姜・胡孫姜・石毛姜などとも呼ばれます。中国の中南・西南及び浙江・福建・台湾省に分布します。性味は苦・温で、肝・腎経に帰経します。補腎・活血・止血・続傷作用があります。腎虚の腰痛・耳鳴・脚弱・久瀉、打撲外傷・切傷・骨折に用いられます。』とあり、次いで、『骨碎補の由来を紹介します。』とされ、『骨碎補は、五代十国後唐明宗皇帝・李嗣源』(九二六年~九三三年)『が命名したものです。その故事を紹介します』。『ある日、皇帝一行は狩に行きました。突然、猛獣』である『金銭豹』(食肉目ネコ科ヒョウ属ヒョウ Panthera pardus )『が出てきて、皇后が吃驚して馬から落ちました、左足(脛骨)が骨折してしましました。民間草医(民間の医者)出身である衛士の一人は、ある草薬(のちに骨碎補と呼ばれるもの)を使い、皇后の骨折した足を治しました。皇帝は大喜び、その衛士に薬草の名を尋ねました。衛士は、「この草薬は、未だ名前がないですので、皇上(皇帝)名付けてください」と言いました。皇帝は、笑いながらこう言いました』。「『骨折の治療に効果があるので、骨碎補にしましょう』」と。『その後、李時珍は、形状から猴姜』(リンク先に乾燥根の画像があり、猿っぽく見える個体がある)『と呼び、ある地方は、胡孫姜・石毛姜とも呼びます。』とあった。
「没藥《モツヤク》」ここは、当該ウィキが手っ取り早くはある(しかし、正直、ショボい)ので、まず、引く(注記号はカットした)。『ムクロジ目カンラン科コンミフォラ属(ミルラノキ属)』 Commiphora 『の各種樹木から分泌される、赤褐色の植物性ゴム樹脂のことである。ミルラ(Myrrh)の和名が』「没薬」『になる』。『「ミルラ」も』、『中国で命名された没薬の「没」も』、『「苦味」を意味するヘブライ語のmor、あるいはアラビア語の murr を語源としているとされるほか、ギリシア神話に由来する』(アラビア語の“murr”は調べたところ、音写では「ムッル」で、「没」の拼音は“mò”で音写は「モォー」であった)。『キプロス王キニュラースと』、『その妻ケンクレイスの間に生まれた娘ミュラーは、父であるキニュラースを愛してしまった。道ならぬ恋に苦しんだミュラーは、その後』、『アラビアのサバア王国へ追放される。ミュラーを憐れんだ神々は、ミュラーを一本の木へと姿を変えさせた。これがミルラ(没薬)の木で、ミュラーの流す涙は香り高い樹液となった』。『没薬樹はエジプト、オマーン、イエメン、など主にアラビア半島の紅海沿岸の乾燥した高地に自生し、エチオピア北部、スーダン、南アフリカなどにも自生する』。『起源については、アフリカであることは確実であるとされるが、エジプトに世界最古の没薬使用例がある事から』、『エジプト起源という説もある』。『古くから香として焚いて使用されていた記録が残されている。また、殺菌作用を持つことが知られており、鎮静薬、鎮痛薬としても使用されていた』。『古代エジプトにおいて、日没の際に焚かれていた香であるキフィの調合には没薬が使用されていたと考えられている。また、ミイラ作りに遺体の防腐処理のために使用されていた。ミイラの語源はミルラから来ているという説がある』。『聖書にも没薬の記載が多く見られる』。旧約聖書の「創世記」に続く、二番目の書で、モーセが虐げられていたユダヤ人を率いてエジプトから脱出する物語を中心に描かれている「モーセ五書」の一つである『「出エジプト記」には』、『聖所を清めるための香の調合に没薬が見られる。東方の三博士がイエス・キリストに捧げた』三『つの贈り物の中にも没薬がある。没薬は医師が薬として使用していたことから、これは救世主を象徴しているとされる。また、イエス・キリストの埋葬の場面でも遺体とともに没薬を含む香料が埋葬されたことが記されている』。『東洋においては』、『線香や抹香の調合に粉砕したものが使用されていた』。『近代以降においては』、『主に男性用香水に使用する香料の調合にも使用されている。この用途には』、『粉砕した没薬を水蒸気蒸留したエッセンシャルオイルや溶剤抽出物のレジノイドが使用される』。『この他、歯磨剤やガムベースにも使用される』とある。やはり、「株式会社 ウチダ和漢薬」の「生薬の玉手箱 |モツヤク(没薬)」が、安心して読めるので、引用する。『 Commiphora 属植物は世界に約200種が知られ,アフリカの乾燥地帯,アラビア半島からインドにかけて,またマダガスカルなどに自生しています。本属植物は樹脂を含有することで知られ,属名の Commiphora はギリシャ語の kommi(ゴム)と phoreo(産する)に由来します。没薬は C. abyssinica Engl. やC. molmol Engl. など数種から採取されます。黄白色をした樹脂が幹の皮部と髄でつくられ,幹に切傷をつけるか,あるいは』、『自然に流出して凝固したものを採取します。乾燥して黄褐色から赤褐色の堅い塊となった樹脂が没薬です。約半分がゴム質で,他に精油,樹脂,水分などを含みます』。『没薬は,その原植物と産地によって品質が異なり,数種に区別されます。最も品質が良いものは,ヘラボール・ミルラ(ソマリア・ミルラ)と呼ばれ,ソマリアやアラビア半島南部に分布する C. molmol から採集されます。他にアラビア・ミルラやビサボール・ミルラと呼ばれるものがあり,前者はエチオピア,ソマリア,イエメンなどの高地に分布している C. abyssinica や C. schimperi Engl. などから,後者はソマリア,エチオピア東部などに分布する C. erythraea var. glabrescens Engl. から採集されます。東南アジアの生薬市場には花没薬と称する生薬が流通することがあり,水に溶解すると赤色になります。これはラックカイガラムシ』(有翅昆虫亜綱半翅(カメムシ)目同翅(ヨコバイ)亜目カイガラムシ上科 Coccoideaラックカイガラムシ科 Kerriidaeのラックカイガラムシ類。説明すると、エンドレスになるので、「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 五倍子 附 百藥煎」の私の注を見られたい)『の分泌物に由来するもので,カンラン科植物に由来する没薬とは異なるものです』。『没薬は香料のほか,古代ギリシャ医学では重要な生薬とされました。ディオスコリデス』(西暦四〇年頃~九〇年頃)『の』「薬物誌」『によると,「薬効は,暖める,粘液の分泌を抑える,催眠,収斂作用などで,豆粒ぐらいの量を服用すれば慢性の咳,脇腹や胸の痛み,下痢,血性下痢などを治療する」,また「ミルラ酒は,咳,胃液過多などの治療によい」とされています。現代の西洋では,ミルラが殺菌,脱臭作用を有することから,ミルラチンキとして風邪による咽などの炎症に塗布剤,含嗽剤とされます』。『中国へも伝わり,』「開寶本草」『に,「味苦,平。無毒。血を破り,痛みを止め,金瘡,杖瘡,諸悪瘡,痔瘻,卒下血,目中の瞖暈痛,膚赤を治す。波斯国に生じ,安息香に似て,その塊は大小一定せず,黒色である」と収載されています』。「本草衍義」『には,「滞った血を通じ,打撲損疼痛を治すには,没薬を酒にといて服用する。血が滞ると気がふさがり,気がふさがると経絡が満急し,経絡が満急するから痛み腫れるのである。打撲して肌肉が腫れるのは,経絡が傷み,気血がめぐらずふさがっているからである」と没薬の効能を中国医学的に詳しく説明しています。また』、「本草綱目」『には,「乳香は血を活かし,没薬は血を散らし,いずれも痛みを止め,腫れを消し,肌を生じる。よってこれらは,いつの場合でも合わせて用いる」とあり,没薬と乳香を併用することが記されています。現代中国では,没薬は駆瘀血,消腫,止痛などの効能がある生薬とされ,打撲傷,心腹の諸痛,癰疽による腫れや痛みなどの治療に用いられています。』とある。
「景天《ケイテン》」検索すると、漢方会社・薬局ばかりで、しかも、「紅景天」(こうけいてん)でしか、挙がってこない。あるサイトでは、「紅景天」は五十種類以上ある、とするので途方に暮れた。取り敢えず、信頼出来ると判断した「金澤 中屋彦十郎薬局」の「●紅景天(こうけいてん)」にある解説を引く(学名が斜体化した)。ユキノシタ(雪の下)目ベンケイソウ(弁慶草)科ムラサキベンケイソウ属『ベンケイソウ科 Rhodiola sacra 及び Rhodiola rosea(ロディオラ・ロゼア)などの根』及び『根茎を用いる。イワベンケイともいう。中国』、『チベット、雲南、四川を中心とする海抜2800m~5500mの高山岩石地帯に自生する多年生の高山植物。根を抜いても枯れないことから』、『ベンケイの名があるといわれる』。『多年生の草本で高さは10cm~20cmになる。根は太くて強く円錐形、肉質で褐色、根茎部には多数の』ヒゲ『根をもつ。根茎は短く、太くて強く円柱形、瓦状に並んだ多数の鱗片状の葉に覆われている。茎先端の葉腋より数本の花茎を出し、花茎の上下部分はみな肉質の葉がつき、葉身は楕円形、緑はあらい鋸歯状で先端は鋭尖形、基部は楔形で無柄。集散花序を頂生し、花は紅色。袋果をつける』。『チベット高山地帯に自生する紅景天は大きく4種類ある。大花紅景天、茎地紅景天、全弁紅景天、四裂紅景天である』。『チベット医学「四部医典」に収載され現地では千年前より利用されている』。「神農本草經」『には上薬で収載されている。近年の中国では』、『オリンピックの強化選手が高地トレーニングの際に使用した。また、旧ソビエト連邦は宇宙食として使用した』。『近年』、『ノルウェー、スウェーデンなど北欧などに波及し、日本にも伝来してきた。現在、日本の研究機関で盛んに研究が進んでいる』。『成分はフラボン配糖体、テルペン配糖体、芳香族配糖体、青酸配糖体、ミネラル、アミノ酸など』とし、『紅景天酒などにして利用することが多い。』とあった。
「三七《サンシチ》」「株式会社 ウチダ和漢薬」の「生薬の玉手箱 |三七人参(サンシチニンジン)」が、それ。基原は、『ウコギ科(Araliaceae)の Panax notoginseng (Burkill) F. H. Chen ex C. Y. Wu & K. M. Feng. の根。』とある。これは、バラ亜綱セリ目ウコギ科トチバニンジン属サンシチニンジン Panax notoginseng である。『中国雲南省東南部から広西壮族自治区西南部周辺に「三七人参」という人参類生薬が産出します。「田七人参(デンシチニンジン)」や単に「三七」、「田七」などとも称されるもので、原植物は人参と同じウコギ科 Panax 属であり、人参同様に優れた効果が認められています。一方、初収載された本草書は比較的新しい明代の』「本草綱目」(一五九六年に南京で上梓)『で、限られた地域でのみ使用されていたようです』。同書『には「三七」という名称で収載されています。項目名が「三七人参」ではないことや』、『別名にも「人参」が記載されていなことから、当時はまだ原植物が未解明で人参類生薬という認識がなかったことが窺い知れます。「三七」の附図も人参とは明らかに異なり、キク科のサンシチソウ Gynura japonica と考えられる植物が採用されています。著者の李時珍は「彼の地の者は、葉が左に三枚、右に四枚あるから三七と名付けるのだというが、恐らくはそうではあるまい」と述べています。Panax 属植物の葉は掌状複葉であり、小葉の付き方は左右対称です。もし李時珍が「三七」の本当の原植物を見ていれば「恐らくは」ではなく、誤りであることが断定できたはずです。一方で、「味は微し甘く苦く、頗る人参の味に似ている」と』、『味から人参との関連を指摘し、さらに「近頃中国に伝わった一種の草に、春苗が生えて』、『夏』、『三』、『四尺の高さになり、葉は菊艾に似て勁く厚く、岐尖があり、茎には赤い稜角があり、夏、秋に黄色の花を開いて(中略)。これを三七だというのだが、この草は根の太さが牛蒡の根ほどあって南方から来るのとは類似していない」と記し、真の原植物とは異なると考えていたようです。なお、附図は李時珍の弟子が付したものとされます』。『 Panax notoginseng の地上部の形態は人参の原植物 P. ginseng に酷似しています。葉の形状がやや異なり、小葉の枚数は P. ginseng が3〜5枚、一般に5枚であるのに対し、P. notoginseng は3〜7枚で一般に7枚です』。「本草綱目」の人参の項には』「人参讚」(国立国会図書館デジタルコレクションで見つけた。「朝鮮医学史及疾病史」(三木栄著・一九五五年刊・ガリ版刷)の、ここの左ページ四行目に、『人參讚[やぶちゃん注:傍点附き。]は、高麗人の作として現世に遺された詩の一つとして著名なもので、人參の植物學的生態を良く言ひ表してゐる。』とあった)『を引用して「三椏五葉、陽に背き陰に向ふ」と、三つの葉柄に』、『それぞれ小葉が五枚ずつ付いた状態の人参の原植物の形態が引用されています。このことから』、『「三七」とは「三椏七葉」に由来すると考えることもできます。実際、「三七」の名称の根拠については』、『確たる説がなく、別名の「山漆」に由来するという説、播種してから育つまでに三年から七年もかかるから』、『という説などもあるようです。なお』、『「田七」という別名は、かつてその集積地が広西壮族自治区の田陽であったことによるものです』。『「三七人参」の薬効について『本草綱目』では「この薬は近頃始めて世に現れたもので、南方番地の者は戦場で金瘡の要薬として用い、奇効があるという」とし、具体的に「血を止め、血を散じ。痛みを鎮める。金属の刃物、箭(矢)の傷、跌撲、杖瘡の出血の止まぬには、噛み爛(ただら)して塗り、或いは』、『末にして』、『ふれば』、『その血は直ちに止まる。」と、外用して止血、消炎、鎮痛に優れた効果を発揮していたことがわかります。その後』、「本草綱目拾遺」(淸の本草家趙学敏が、一八〇〇年頃に「本草綱目」の誤りを正したもの)『には』、『「昭参」と称する生薬が収載され「即ち人参三七であって昭通府(雲南省昭通県)に参する」と記載されています。この頃には「三七人参」は人参類生薬ということが認識されていたようです。ここでは』「宦遊筆記」(かんゆうひっき:清末の納蘭常安著)『を引用して、「人参は補気第一、三七は補血第一で、味が同じくして』、『功も』、『やはり』、『等しいところから、世間では並称して人参三七という。薬品中で最も珍貴なものとなっている」と記載があり、人参同様に高貴薬という位置づけだったことがわかります。ちなみに』、「本草綱目拾遺」『は広東人参をも「西洋参」として初収載した本草書です』。『現在、中国では「三七」として雲南省の文山などで生産され、全て栽培品です』(以下略)とある。
「無名異《ムミヤウイ》」サイト「イアトリズム」の「知っておきたい『漢方生薬』」の「無名異」のページによれば、基原は、鉱石で、『軟マンガン鉱』とし、「薬理作用」に、『創傷回復、皮膚再生、解毒作用、消腫作用、痔疾改善、止血作用、鎮痛作用、血行改善など』とあった。
「威靈仙《イレイセン》」まことに済まないが、最後にまたまた、「株式会社 ウチダ和漢薬」の「生薬の玉手箱 |威霊仙(イレイセン)」を引かさせて戴く。基原は、キンポウゲ目キンポウゲ科センニンソウ(仙人草)属『 Clematis chinensis Osbeck シナセンニンソウ(キンポウゲ科:Ranunculaceae)の根。』とある。但し、同種は別名で「サキシマボタンヅル(先島牡丹蔓)」の名がある。以下、『威霊仙は医療用漢方薬129処方中では』。『唯一「疎経活血湯」に配合される稀用生薬ですが、古来、関節リウマチなど』、『膝関節が腫れ痛む疾患の特効薬として知られてきました』。『もともと新羅』、『すなわち今の朝鮮半島で使用されていた薬物で、宋代に僧侶によって中国に伝えられたことが』、『崔玄亮』(七六八年~八三三年:中唐の官僚)『の』「海上集驗方」『に詳しく記載されています。中国の本草書に初収載されたのは』「開寶本草」『で、「茎方数葉相対花浅紫」という簡素な植物学的記載に加え、全国的に知られた薬物ではなかったために、地方的に一時期』、『ゴマノハグサ科のクガイソウ』(九蓋草・九階草:但し、現在はタクソン変更があり、シソ目オオバコ科の、クワガタソウ(鍬形草)連クガイソウ属クガイソウ Veronicastrum japonicum である)『の仲間が利用されたようです。それが』、『たまたま』「圖經本草」『に掲載されたがために、長い間』、『クガイソウが正品であると考えられてきましたが、近年になって』、『正品はクレマチス』(=センニンソウ属 Clematis )『の仲間であることが明らかにされました。これは現在の市場品の基源と一致するもので、歴史的には中国でも原産地の朝鮮半島でも主としてClematisが利用されてきました。ただし、原植物の種類は異なり、真の正品は C.patens カザグルマ』(風車)『であり、中国では』。『それによく似た C.florida テッセン』(鉄線)『であったようです。これらの植物は、今でもそうですが、古来』、『観賞用植物として価値があり、また湿地という特殊な環境に生えるため、すぐに資源が枯渇してしまったようです。我が国でもカザグルマはレッドデータブックに収載されています。そうした意味で、今のシナセンニンソウは次善の代用品ということができます。また、朝鮮半島でも、今ではカザグルマが少なくなり、C.terniflora タチセンニンソウ』(立仙人草)、『 C.brachyura イチリンサキセンニンソウ』(「跡見群芳譜」の「野草譜」の「せんにんそう(仙人草)」では、『イチリンザキセンニンソウ』 C. brachyura 『朝鮮産』とある。「一輪咲き仙人草」であろう)『などが利用されています。わが国では江戸時代から近縁の C.terniflora var.robusta センニンソウが代用されており、同様の薬効が期待されます』。『一方、クレマチス以外の異物同名品として、先述のクガイソウのほか、ユリ科の Smilax 属植物(ヤマカシュウ』(山何首鳥)『の仲間)、ガガイモ科の』イケマ(生馬・牛皮消)『 Chynanchum 属植物、キク科植物など、根の形が類似する植物が代用されてきましたが、威霊仙としての薬効がなかったものか、現在ではSmilax属以外は利用されていません。Smilax 属由来の威霊仙は』、『現在でも』、『北京をはじめ』、『北方地方で』、『よく利用されているもので、とくに現在の中医学では』、『一般に』、『このものが使用されています。本品は清代になってから使用されるようになったもので、今後の薬効的な評価が必要と思われます』。『これらの異物同名品は根の形状がよく似ていますが、次のようにして鑑別可能です。Clematis 由来の威霊仙は根が折れやすく、断面はややでん粉質です。Smilax 由来のものは硬くて噛んでも壊れません。Chynanchum 由来のものは噛むと白前や白薇に似た特有の香りがあります。キク科由来のものにはでん粉がありません。また、Clematis 由来のものの中では、中国産の C.chinensis では根の外面が灰褐色〜灰黒色で、基部がやや細くて紡錐形になり、太いものでは2mmを越えます。韓国産は根の外面が黒褐色で、径1〜2mmです。中国東北部の C.hexapetala では根が細くて1mm以下で、外面は茶褐色です。日本のセンニンソウは最近では市場性がありませんが、全体に韓国産に似て、やや黒みが少なく、全体にやや大型です。なお、古来の正品と考えられるカザグルマやテッセンでは根の外面が淡色でやや橙色がかっています』。『ところで、カザグルマとテッセンは良く似ていて、巷では混乱しています。見分け方は、長い花柄の中程に2枚の苞葉があるのがテッセンで、カザグル』マ『にはありません。また、花びら(ガク片)の数がテッセンでは6枚、カザグルマでは7〜8枚です。花屋さんで見る「テッセン」の多くはカザグルマの仲間の園芸品種です。ともに、初夏に大形で美しい花を咲かせます。今後は生薬供給を目的とした栽培も期待されます。』とある。神農子さんに、心より御礼申し上げるものである。
「沒石子《モシクシ》」先行する「卷第八十三 喬木類 没石子」の私の注を参照されたい。]
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