河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(二)昆布の說(その9)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回は、ここから。]
乾燥法は、數時間にして手絡(てから)となし、每夜(まいや)、藁蓆(わらむしろ)を以て圍み、三日以上にして、全く乾燥したるを納屋(なうや)に堆積し、又藁蓆を以て、圍み掩(おほ)ひ、一週日間(いつしう《にち》かん)を過ぎ、靑綠色となるを度(と)とし、取出(とりいだ)して、整束す。
[やぶちゃん注:「手絡」通常は、「てがら」と読み、平凡社「百科事典マイペディア」には、『日本髪の髪飾の一種。初めは〈まげかけ〉と称し,江戸初期から用いられた。未婚女性は緋縮緬(ひぢりめん)の鹿の子絞など,既婚女性は浅黄や紫を用いた。江戸末期には紙製絞染のものが庶民の間で流行した。』とあるが、ここは作業上の単純表現で、素手で絡(から)める作業のことを言っている。
「度」程合い。]
整束の法たる、各種、異(ことな)るものにて、長切昆布は、之を仲長(しんてう[やぶちゃん注:ママ。]/のばし)し、鎌を以て、根莖(こんけい)を截斷(せつだん/きり)し、葉端(hさき)を切り去り、長さ四尺許(ばかり)に切斷するものなるが、近時、舊根室縣にては上等晶を四尺、並等(なみとう)を三尺五寸とし、日高國(ひだかのくに)にては、之を三等に區別せり。而して、如此(かくのごとく)切りたるものを、又、乾すこと、一兩日にして、一束の量八貫目を、昆布繩にて、三、四ヶ所を結束せり。之れを一駄(いちだ)といひ、五百駄、卽ち、四千貫目を百石とす。但(ただし)、水昆布は四尺三寸、量七貫目を一駄とす。乾燥度(かんそうど)に適するものは、貯藏、久(しさし)きに堪(たゆ)るも、濕氣(しつき)を帶びたるものは、腐敗を來(きた)せり。故に、結束する時に當り、宵露(よつゆ)に當(あ)て、又は、水霧(みづぎり)を吹き掛ける如きも、再び、之れを乾かし、販路先の信用に、專ら、注意すべし。又、赤葉(あかば)・枯葉を、悉く、除き去り、葉端(はさき)の短きものを混交するは、勿論、上品に下等を交ゆるが如きは、尤(もつとも)戒心(かいしん)すべきの要點なりとす。
[やぶちゃん注:「戒心」油断しないこと。よく用心すること。
以下の段落は、底本では、全体が一字下げとなっているが、ブラウザでは、綺麗に整列させるのが難しいので、引き上げた。]
昆布一駄の貫目。及び、寸尺は、昔時に於ては、三石昆布、駄昆布、廣昆布、共に、壹丸《いちぐわん》、皆、掛《かけ》[やぶちゃん注:これは、細長いものを数える助数詞であるが、以下の結束縄と蓆を含んだ製品一纏まりの量を指すための頭に附したものに過ぎないと思われる。]百二十五斤と定め、繩菰(なはむしろ)五斤を引去る定法なりしか[やぶちゃん注:「が」の誤植。]、天保年間[やぶちゃん注:一八三一年から一八四五年まで。家斉・家慶の治世。]に至り、釧路產は一把拾貫目とし、其後(そのご)、改めて、六貫目、或は、七貫目とす。亦、安政二年[やぶちゃん注:一八五五年。家定の治世。]、日高國(ひだかのくに)の調(しらべ)に因れば、壹把四貫五百目とし、駄昆布を、長さ、二尺五寸に切り、壹駄の量、二貫目になし、幌泉(ほろいづみ)、十勝は、長さ、三尺二寸に、釧路は、三尺五寸にして、各量(かくりやう)を八貫目となしたりしが、近年に至り、四尺に伸(のば)したるは、之を包む莚の中(なか)、三尺にして、左右、五寸宛(づゝ)を顯(あらは)すときは、賣買上の都合よろし、とて、改めたるなり。
[やぶちゃん注:以下の段落は、通常通りに戻る。]
元揃昆布は、七、八月頃より鎌をおろし、九、十月頃に終るものにて、採收せる昆布の根を半月形(はんげつがた)に切り、乾塲(ほしば)に敷列(しきなら)べ、太陽に乾すも、初め、急劇に乾燥すれば、其品質を傷(そこな)ふが故に、漸次に、乾すを、よろしとす。且つ、幅の收縮せざる樣(よう[やぶちゃん注:ママ。])、一葉宛(ひとはづゝ)、伸(のば)し、度々(たびたび)、反覆して乾し、日夕(ゆうがた[やぶちゃん注:二字へのルビ。])に至れば、集めて累積し、菅菰(すげこも)を以て、蔽ひ、雨露(あまつゆ)を防ぐ。此(かく)の如くすること、四、五日にして、納屋にて、自然に燥(ほ)すこと、五、七日を週ごし、亦、晴天に乾し、日暮(ひくれ)より、枯草の上に、一葉宛(ひとはづゝ)、倂列(へいれつ)し置くこと、四時間、露濕(つゆしめり)にて、柔らかになりたる時、三拾五枚、或は、四拾枚を重ね、三ケ所を縛りて、把(たば)となす。其量は、二貫目を定度(ていど)とす。結束したる後(の)ちも、時々、太陽に乾すべし。花折昆布(はなをりこんぶ)は、前の如く、乾したるを、析板(をりいた)を以て、寸法を定め、折り重ねて結束す。又、三本松(さんぼんまつ)、五本結(ごほんむすび)と稱するは、昆布三葉(さんえう)、又は、五葉(ごえふ)を、二つに折(をり)たるものにして、之を上等とす。通常の花折は、三(みつ)に折り、兩端(りやうはじ)を內(うち)に折込(をりこ)むなり。「はなをり」の稱(しやう)は、蓋(けだ)し、端折(はしをり)より出たり、といふ。此他(このた)の長折は、長く折り、小鼻折(こばなをり)は、小さく折り、島田折は、婦人の島田わけ[やぶちゃん注:ママ。島田髷(しまだわげ)。]の如くに造るを、いふ。
刻昆布(きざみこんぶ)は、昆布を釜に入れ、綠靑(ろくせう)、少許(すこしばかり)を入れ、凡(およそ)、三、四十分時間程、煮て、之を揚げし後、乾場に移し、莚の上に散布し、微(すこし)、乾して後(のち)、一葉づ〻、卷きて皺を伸(のば)し、而(しか)して、又、之を伸し、凡(およそ)、三十貫目許(ばかり)宛(づゝ)に繩束(なわつかねを[やぶちゃん注:「を」はルビにある。])し、尺度を定めて、三切(さんせつ)し、之を、壓搾器(あつさくき)に幷(なら)べ、積重(つみかさ)ね、十分に締(しめ)ること、數回にして、鉋削(かんなけづり)す。而して、太陽に乾し、固結せる樣(やう)、兩手にて、揉むを、よろし、とす。然(しか)るに、近年、種々の着色法を施し、或は、䀋水(しほみづ)を用ひ、白土(はくど)[やぶちゃん注:文字通りの「白い土」。]を混和し、一時の色澤(しよくたく)を添へ、量目(りやうめ)を增加せしむる等の、惡弊(あくへい)、各地に行はれ、爲めに、淸國需用地(じゆようち)に至りて、悉(ことごと)く、腐敗せしより、大(おほい)に信用を失ひ、名聲をけがし、國損(こくそん)をかもしたるも、今に改良せざるものあるは、實(じつ)に遺憾の至りなり、とす。現今、製額(せいがく)は、凡(およそ)、函館四萬石、東京二萬石、大坂壹萬五千石とす。
細工昆布は、朧(おぼろ)、初霜(はつしも)、もづく、とろ〻、水晶(すいせう)、白髮(しらが)、雪(ゆき)の上(うへ)等(とう)、種々あり。其製方は、元揃(もとそろい[やぶちゃん注:ママ。])、山だしの類(るゐ)を、酢に投じ、直(すぐ)に引揚げ、酢を絞り、一夜(いちや)にして、乾きたるを【或は、一夜、重壓石《おもしいし》を置く。】、一葉宛(ひとはづゝ)を伸(のば)し、【又、一夜、重り石をおくこと、あり。】、庖刀(ほうてう)にて、沙(すな)と上皮(うへかは)を削剝(さくはく)し、左右の端(はし)を截斷し、目立庖刀(めだちはうてう)[やぶちゃん注:念入りに刃の部分を砥石に掛けたものを指すか。]と云ふものを以て、削る。之を「黑とろろ」と云(いふ)。次に削剝(けづりはが)するを「白とろ﹅」と云ふ。又、『「もつく[やぶちゃん注:ママ。]」朧(をぼろ[やぶちゃん注:ママ。])』は、昆布の厚きを撰(ゑら[やぶちゃん注:ママ。])み、削りし屑(くづ)を云(いふ)。兩種共(りやうしゆとも)、粗きものとす。雪の上は、『「もづく」朧(おぼろ)』に削り取りたる殘質(ざんしつ)を陰乾(かげほ)し、削製(けづりせい)とするなり。其色(そのいろ)、精白、又、食するに、舌上(ぜつじやう)、自(をのづか[やぶちゃん注:ママ。])ら氷解するの狀(ぜう[やぶちゃん注:ママ。])ありて、恰(あたか)も、雪に似たり。故に、其名、あり。水晶は、昆布の皮を削剝(けづりはが)せし中心(ちうしん)にして、初霜は、水晶を萬力臺(まんのうだい[やぶちゃん注:ママ。意味は判る。])にて壓搾し、鉋(なた[やぶちゃん注:ママ。「かんな」。])を以て削り、其狀(そのでう[やぶちゃん注:ママ。])、白髮(しらが)に似たり。故に、白髮昆布(しらがこんぶ)とも云ふ。又、雪の上を、初霜と稱するも、あり。切水晶と(きりすいせう[やぶちゃん注:ママ。])と云(いふ)は、此(この)中心を、太く削りたるを、口取物(くちとりもの)に用ふ錦糸昆布(きんしこんぶ)、是なり。
靑板昆布(あをいたこんぶ)は、大坂にて、揃切(そろいき)りて、靑綠色に製するものにて、其法たる、長さ、壹尺五寸、幅、二寸二、三分許(ばかり)に揃ひて、靑綠に着色し、百枚を束(つか)ねて壹把(ひとたば)とせり。二枚並べて束(つか)ぬるを、「大版(おほはん)」といひ、壹枚重ねを、小版(《せう》はん)といふ。此製、各地にて、昆布卷等に用ひ、其需用、尤(もつとも)、廣し。
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