河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(三)煎海鼠の說(その3)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回は、ここから。書名は、既に先行部分で注したもの(立項せず、何らかのフレーズや、別の注の中で述べたものは含まない)は、必要と判断した一部を除いて、再掲しない。]
海鼠の稱は、『和名鈔』に崔禹錫の「食鏡(しよくきやう)[やぶちゃん注:「鏡」は「經」の誤字。(その1)の私の注を見よ。]」を引(ひい)て、『海鼠(かいそ)、和名(わみやう)、古(こ)』とあり。而して「雨航雜錄(うこうざつろく)」、「寧波府志」等(とう)の漢書(かんしよ)によるに、『沙噀(しやそん)、一名、沙蒜(しやせん)』とし、「溫州府志」、「酉陽雜俎」等に、『塗筍(とじゆん)、海蛆(かいそ)』とす。熬海鼠に製す可き海鼠の種類も一樣ならずと雖ども、古人の著書に載する所、海鼠(なまこ)、金海鼠(きんこ)の二種に止(とヾ)まれり。而して、今、各地に唱(となふ)る所の名稱を擧ぐれば、『なまこ』【今、仮に『ほんなまこ』と稱す。】『とらなまこ』『ぎんこ』『おきなまこ』『いそなまこ』『あかなまこ』『たらこ』【淡州北村。】『こどら』『とらこ』『あかこ』【一名『ひしこ』。】『ふぢこ』『りうきうなまこ』等、あり。紅色(かうしよく)なるを、『あかこ』と云ひ、黑色(こくしよく)なるを『くろこ』、黃紅雜(きあかいろ)のものを、『なじこ』と云ふ。此(この)『なじこ』に五色(ごしき)のものあり。而して、本邦、及び、淸國にても、海鼠の鮮味(なまもの)を嗜好すること、古書に見へ[やぶちゃん注:ママ。]たり。
[やぶちゃん注:「雨航雜錄」明代後期の文人馮時可(ひょうじか)が撰した雑文集。魚類の漢名典拠としてよく用いられる。四庫全書に含まれている。
「沙噀」「噀」は、「水などを吹く・吐く」の意である、この場合は、砂の中にいる水を吹き出すものとも、砂を吐くものとも、とれる。どちらもナマコの観察としては違和感がない。私の『海産生物古記録集■6 喜多村信節「嬉遊笑覧」に表われたるナマコの記載』を、是非、見られたい。
「沙蒜」これをナマコとするのは、少なくとも、現代中国語では、誤りである。「百度百科」の「海蒜」を見れば、はっきりするが、これは、現在の台州市の海湾にのみ棲息するイソギンチャク(刺胞動物門 Cnidaria花虫綱 Anthozoa六放サンゴ亜綱 Hexacoralliaイソギンチャク目 Actiniaria)を指す。そこにある画像を見ると、私の好きなユムシ(螠虫:環形動物門 ユムシ目ユムシ科ユムシ属 ユムシ Urechis unicinctus :韓国で好まれ、私も現地で食べ、後に日本の料理店で特注して食した好物である)の太った奴に似て見え、解説本文にもそう書いてあるが、中華料理を紹介するサイト「80C haochi」の、知られた料理長であられる方の「中国現地レポート 中華の真髄は郷土料理にあり!今注目される台州料理総まとめ[後編]山口祐介の江南食巡り⑧」の冒頭の「イソギンチャクってどんな味?沙蒜豆面(シャースァンドウミェン)」で掲げられている販売店と思われる写真(生体)を見ると、見事なイソギンチャクであることが判る。そこで、三十分以上かけて、所持するイソギンチャク関連書や博物書、あらゆるサイトや国立国会図書館デジタルコレクションで検索したが、全く、学名が出てこない。特定地域にしか棲息しないのに、どこにも学名がないというのは、おかしい。しかし、事実、ないのだから、仕方がない。学名を御存知の方は、是非、御教授願いたい。
「溫州府志」『浙江省温州府』、現在の温州市『の地誌。元の延祐四』(一三一七)『年の宮古島民の漂着記事が記載されている。乗員は「海外婆羅公管下密牙古人民」とあって「撒里即」(シンガポールと推測されているが不詳)に向かう途中で漂流したという。婆羅は宮古島南東の保良』(ぼら:ここ)、『密牙古は宮古のことで、保良勢力支配下の宮古島民が海外交易に赴いた記録と解されている』。以上は、平凡社「日本歴史地名大系」に拠った。
「酉陽雜俎」唐の段成式(八〇三年~八六三年)が撰した、古今の神話・伝説・故事・風俗・儀礼など多分野にわたる異聞、及び、怪異記事を、多く集録した随筆集。本巻二十巻・続集十巻で、八六〇年頃の成立。
「塗筍」「百度百科」に「涂笋」で立項し、ナマコとする。
「金海鼠(きんこ)」ナマコ綱樹手亜綱樹手目キンコ(金古・金海鼠)科キンコ属ナマコ綱樹手亜綱樹手目キンコ(金古・金海鼠)科キンコ属 Orange-footed sea cucumber 亜種 Cucumaria frondosa japonica 。十九年前の古いもので、正字不全その他、修正をしなくてはならないのだが、なかなか手をつけらずにいるものの、私のサイト版「仙臺 きんこの記 芝蘭堂大槻玄澤(磐水)」を見られたい。キンコの記事としては、非常に優れたものである。
「『なまこ』【今、仮に『ほんなまこ』と稱す。】」これは狭義には、種としてのマナマコを指す。但し、ここでは、河原田氏は、ここでは、取り敢えず、生物学的な種別を意識しておらず、広義の「ナマコ」類の別名を列挙している感じが強い。しかし、幾つかの別称の中には、明らかに特定種を示すものが含まれているので、総て検証し、必要のある場合は、以下に注した。
「とらなまこ」後の「とらこ」とともに、既に引用でも示した通り、これらは、関西でのマナマコ、或いは、ナマコ類の通称である。
「ぎんこ」これは「銀海鼠」で、個人的には、マナマコの「アオ型」の茶褐色のものを指すように思われるが、やはり、マナマコの異名でよい。ただ、ナマコ類では、クロナマコのように体表全体に砂を附着させている種があり、これは、昼光の中で観察した場合、銀色に見える(なお、ニセクロナマコは砂を附着させない)。なお、「銀海鼠」は「金海鼠」との強い通性が感じられる異名で、種としてのキンコとの対、或いは、異名呼称のようにも想起されるが、ホロスリン製薬株式会社の公式サイト「ホロスリン製薬」の「なまこの名称の由来」のページに、『わが国でとれるなまこの種類にキンコと呼ばれるなまこがありますが、この名は昔、なまこの別名として使われていたこともあります』(☜)。『これは、奥州の金華山(宮城県石巻市)の近海からとれたなまこは、形が丸く色が黄白色で、それに金産地でとれるなまこだから腹中に砂金を含んでいるとされて、金海鼠(キンコ)と言われたことによるものだそうです。』とあった。
「おきなまこ」これは「沖海鼠」であるが、表現からも判る通り、明らかに特定種である。
楯手目シカクナマコ科マナマコ属オキナマコApostichopus nigripunctatus (シノニム:Parastichopus nigripunctatus )
である。『小学館「日本大百科全書」に拠れば、『オキコともよばれる。沖合いにすむナマコで、本州、四国、九州に分布し、水深80~600メートルの海底の砂泥上にすむ。日本海にはとくに多産し、乾製品(いりこ)として中国などに輸出。形はマナマコに似ているが、全体がマナマコより平たい。腹面は平らで背面は丸みを帯び、背面には多数の突起がある。体の地色は灰色ないしは灰緑色で、背面正中線寄りの部分は暗色が強く、黒点が散在する。長さ40センチメートルぐらいになる。』とあった。より製品性に就いては、個人サイト「能登のさかな」の「魚屋さんには並ばないオキナマコ」に、『オキナマコは、本州から九州の水深100~600mの泥底に生息するマナマコ属の一種で、体長40cmほどに成長します』。『石川県では、カレイ類やズワイガニを狙った底びき網で混獲されます』。『オキナマコは魚屋さんには並ばないんです。ではどこに行くのかというと、なまこの加工業者さんに引き取られています。そこで、キンコ(なまこを干したもの)に加工されて殆どが海外に輸出されるそうです』。『ちなみに、オキナマコのキンコはランクが低く、三級品にしかならないそうです。というのは、加工する際にところどころ破れてしまうからだと聞いたことがあります』とあった。
「『たらこ』【淡州北村。】」この名は、「鱈子」に形状が似ているからか。現行では、使用例がないようだ。調べたが、淡路島に「北村」は過去にも存在していない。ウィキの淡路島の北部分の旧郡「津名郡」を見ると、明治初年に存在した村名に、「北谷村」・「北山村」・「草加北村」・「広石北村」を確認出来る。「ひなたGIS」の戦前の地図を見るに、「北山」が、党が地図の「郡家町」の北東に「北山」が確認でき、また、南西の「山田村」の「北組」という地名が確認は出来た。
「こどら」確認出来ない。「子虎」で、「とらご」の別名か。
「ひしこ」製品名を生体呼称に転用したもの。
「ふぢこ」キンコの異名。平凡社「世界大百科事典」の「キンコ」の項に、『フジの花の色をしているところからフジコとも呼ばれる』とあった。
「りうきうなまこ」「琉球海鼠」これは、清国向けの製品呼称としてではなく、フラットに沖縄に分布するナマコを指すと採ると、多数の種が含まれる。例えば、地域特性種としての一つに、
クロナマコ科ジャノメナマコ(蛇の目海鼠)属フタスジナマコ(二筋海鼠)Bohadschia bivittate
がいる。 「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページには、『海参に加工する。沖縄県では輸出用に採取している』。但し、『「海参(いりこ)」としては』、『それほど高くはない。』とある。より詳しい種に就いては、前川喬氏の「琉球沿岸に産するナマコについて」(PDF)に詳しいので、見られたい。
「黃紅雜(きあかいろ)のものを、『なじこ』と云ふ。此(この)『なじこ』に五色(ごしき)のものあり」孰れも文脈から、マナマコの「アカ型」、及び、色彩変異個体である。]
« 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(三)煎海鼠の說(その2) | トップページ | 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(三)煎海鼠の說(その4) »

