河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(三)煎海鼠の說(その4)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回は、ここから。以下、本書では珍しく、南海に進出し始めていた日本よろしく、南太平洋の海外の製品化し得るナマコについての解説が掲げられてある。この辺りの作品では、私も新刊書籍目録で一読、即、注文した一九九三年筑摩書房刊の鶴見良行「ナマコの眼」(同書は国立国会図書館デジタルコレクションで、本登録をしている方は、初版単行本をここで視認出来る)が多くの読者に知られていよう。確かに、民俗学的にも非常に面白く読んだが、真にそうした海外の有用ナマコを初めて本格的に記述されたのは、既出の中島廣先生の「ナマコとウニ」(昭和五八(一九八三)年・五版・内田老鶴圃刊)を嚆矢とすると私は思っている。同書の「海参(いりこ)と雲丹(うに)と人生」では、「北オーストラリアのナマコ漁と製法」(107~113ページ)の条があり、後の「食用種について」の条で、本邦の食用海鼠についての歴史的文献を簡潔に交えながら、極めて勘所を押さえた記載がある、その途中の、『△アゲムシStichopus variegatus SEMPER 熱帯産大形の種で、体長九〇センチという記録がある。分布は非常に広く、西はザンジバル』(タンザニアの都市で、マダガスカルの北東対岸にある。ここ)『及び紅海、東はサモア諸島』(ここ)『まで、北は奄美大島および神津(こうづ)島まで拡がっている。色彩に色彩には濃緑色の斑条(はんじょう)があるもの、黄灰色後に暗褐色の斑点及び網様紋のあるもの、濃い黒色を帯びたものがある。』とある。この「アゲムシ」というのは、和名ではなく、次の段落の頭で、『パラオ地方』(ここ)『で本種をアゲムシというのは、ngims, ngimes 』(私には何語であるかも、意味も不明である。何方か、御教授下さい)『の訛(なまり)からきたものであろう。』と記されてある。同種は現在、和名として、シカクナマコ科シカクナマコ属タマナマコ Stichopus variegatus とされている。先の本川先生の「ナマコガイドブック」から引くと、『沖縄焼山名ダルガー。和名はパラオに日本の研究所があった時代に、現地の個体に対して付けられた。現在は沖縄に生息することが知られている』。『沖縄、紅海、オーストラリア、ニューカレドニア、インドネシア、フィリピン、パラオ、中国、台湾に分布。』とあった。さて、戻って、中島先生は、『そして島民が好んでその腸を生食するという事実は驚嘆に値する。早朝干潮時に礁原でこれを採集し、腸を抜き取り胴体は海中に捨てる。』とあり、外国研究者の話として、『サモアの原住民は、』『すなわちこの種のナマコを切って、その生殖腺と水肺』(「呼吸樹」のこと)『とを引き出して生(ナマ)で食べ、残りは胴体を捨てるが、これ等の臓器は後に再生するという』とあるのである。ナマコの再生力が驚異的に強いことは、大方の人は御存知であろう(「このわた」を作るために消化管だけをこっそり抜いておいて、知らんぷりして販売している悪徳業者に、私は、何度も煮え湯を飲まされたもんだ!)が、これは、古くからの南方の原住民の人々が、とっくに知っていた生活の知恵なのである! それは海鼠に限らないのだ! 私の「博物学古記録翻刻訳注 ■10 鈴木経勲「南洋探検実記」に現われたるパロロ Palola siciliensis の記載」を、是非、見られたい! 話を戻すと、中島先生は、同種の製品に就いても言及され、『中国で Tua Teong Bak と呼ぶそうである』とも記されておられ、三十三種ものナマコ種について、各個解説されておられる(数種は本邦にも棲息しているものが含まれている)。それを、抄録したい気持ちを強く感じるのであるが、引用の限界を感じるので、涙を呑んで終わりとする。是非、名著「ナマコとウニ」を読まれんことを、強くお薦めするものである。]
近時、西洋の動物書によれば、海鼠の種類を三十三種とし、太平洋、及び、東方の海にて捕獲乾製して、商品となし、現今、『ニユケレドニヤ』にて、其價(あたひ)あるものは、唯(たヾ)五種あり。『新和蘭(ニユウビーランド)』より、『蘇門答刺(スマトラ)』に至る諸島の近海、及び、『マーナー』灣、其他、本平洋中(ちう)所々(しよしよ)に產すと雖も、『スルー』群島の東南より、『アルロー』島、及ひ[やぶちゃん注:ママ。]、『新グイニヤ』の『小珊瑚島(《しやう》さんごとう)』に於て、最も多量に產し、『マツカサ』及び『マニラ』を以て、之(これ)か[やぶちゃん注:ママ。]市場とせり。即ち、此地にて產するは、褐色(ちやいろ)、黑色(くろいろ)、淡靑色(うすあをいろ)、赤色(あかいろ)、白色(しろいろ)、是れなり。而して、淸國にては、黑色(こくしよく)なるものを『黑海參(ヘーハイサン)』と名づけ、上等なるものとし、白色(はくしよく)なるものを『白海參(ぺはいさん[やぶちゃん注:ひらがなはママ。])』と名づけ、下等のものとせり。又、印度(いんど)產は、多量なれども、品位、惡くして、低價(やすね)なれば、平常の食用とす。而して、本邦の外、海參(かいさん)を淸國に輸入する國は、近年、『プージー』諸島にて、海鼠(なまこ)漁業、流行し、其製品は『シドニー』に輸入し、夫より、轉送す。然れども、其製、粗(そ)にして、拾六貫二百目の量目(りやうめ)にて、八圓より拾圓に止(とヾま)り、或は、六圓に下落すること、あり。又、『タヒーチー』より『加利福尼耶(カリホルニヤー)』を經て、轉送せるものあり。
[やぶちゃん注:「近時、西洋の動物書によれば、海鼠の種類を三十三種とし、」ウィキの英語版“Sea cucumber”によれば、ナマコ上科の世界の種数を約千七百八十六種とする。ウィキの「ナマコ」では、前者を約千五百種とし、日本には、その内の二百種ほどが分布するとある。この日本版ウィキの数値は、既に示した本川逹雄先生の「ナマコガイドブック」(二〇〇三年阪急コミュニケーションズ刊:八ページ)であるから、英文ウィキの方が、『Paulay, G. (2014). "Holothuroidea". World Register of Marine Species. Retrieved 2 March 2014.』であるから最新の正しい種数である。
「ニユケレドニヤ」ニューカレドニア(フランス語:Nouvelle-Calédonie)は、ニューカレドニア島(フランス語で「グランドテール」Grande Terre 、「本土」と呼ばれる)、及び、ロイヤルティ諸島(ロワイヨテ諸島)からなるフランスの海外領土(collectivité sui generis、特別共同体)である。ここ。
「新和蘭(ニユウビーランド)」ニュージーランド(英語:New Zealand/マオリ語: Aotearoa)。
「蘇門答刺(スマトラ)」現在のパラオ共和国(パラオ語:Beluu er a Belau /英語:Republic of Palau)。本書の刊行年に、フィリピン総督の支配下に置かれた。
『「マーナー」灣』現在のシンガポールのマリーナ湾のことであろう。当時はイギリスの植民地。
「『スルー』群島」現在のフィリピン領のスールー諸島(英語:Sulu Archipelago)。
「『アルロー』島」インドネシア南部の小スンダ列島東部にあるアロル島(Pulau Alor)であろう。「ブリタニカ国際大百科事典」に拠れば、『ヌサトゥンガラティムール州に属する。南方にはオンバイ海峡をへだててティモール島がある。はげ山が多く,森林はほとんどない。面積 2330km2。人口 12万 4948 (1980) 。』とある。
「『新グイニヤ』の『小珊瑚島(《しやう》さんごとう)』「新グイニヤ」はニューギニア島の東半分、及び、周辺の島々からなる、現在のパプアニューギニア独立国であるが、「小珊瑚島」が判らない。ビスマルク諸島の最大のニューブリテン島があるが、島名からは、違う気がする。識者の御教授を乞う。本書刊行当時は、北半分をドイツが、南半分をイギリスが植民地としていた。
「マツカサ」不詳。識者の御教授を乞う。
『「プージー」諸島』現在の南太平洋のフィジー諸島と、その北方のロツマ島からなる群島国家フィジー共和国(英語:Republic of Fiji /フィジー語:Matanitu Tugalala o Viti )。当時は、イギリスの植民地。
「タヒーチー」現在の南太平洋フランス領ポリネシアに属するソシエテ諸島にあるタヒチ島(Tahiti/タヒチ語音写「タヒティ」/フランス語音写「タイティ」)。本書刊行時は、既にフランスの植民地であった(一八八〇年八月二十九日にタヒチ国王ポマレⅤ世が主権譲渡を宣言している)。
「加利福尼耶(カリホルニヤー)」アメリカのカルフォルニア。]
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