河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(三)煎海鼠の說(その8)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回は、ここから。]
煎海鼠(いりこ)の產地は、近年、大(おほい)に區域を廣め、方今(はうこん)、產出の國を擧ぐれば、志摩、尾張、三河、相摸、武薩、陸前、陸中、陸奧(むつおく)、若狹、能登、佐渡、渡島(をしま)、後志(しりべし)、膽振(いぶり)、石狩、天䀋(てしほ)、北見、十勝、日高、釧路、根室、千島、播磨、備前、安藝、周防(すはう)、長門、丹後、伯耆(はうき)、出雲、紀伊、阿波、土佐、讃岐[やぶちゃん注:底本は「讀岐」となっているが、誤植と断じ、特異的に訂した。]、伊豫、豐後、豐前、筑前、肥前、肥後、壹岐(いつき[やぶちゃん注:ママ。「古事記」に、既に「伊伎島(いきのしま)」と書かれているので、誤りである。])、薩摩、大隅、琉球の四十四ケ國(こく)にして其產額、百八十八萬二千四百四十六斤、此價(このあたひ)、三拾六萬三千七百五拾八圓餘なり。其中(そのうち)に就(つい)て、一ケ年、千斤以上五千斤以下を產出するは、武藏、相摸、伊勢、三河、陸中、佐渡、隱岐、備前、讚岐、豐後、肥後、壹岐、對馬、膽振の十四國、五千斤以上、壹萬斤以下は、尾張、陸奧、日向(ひうが)の三國、壹萬斤以上は、志摩、陸前、若狹、能登、安藝、周防、伊豫、肥前、石狩、北見、渡島の十一國とす。而して、五萬斤以上は、後志、天䀋の二國にして、其品質も、遠く諸國の上にあり。是等の諸國に產するものは、槪ね、『剌參(しじん)』にして、琉球產の海參(かいじん)ハ、肉刺(にくし)、なく、眞(まこと)の『光參(かうじん)』なるものにして、從來、年々、三、四萬斤を製して、淸國に輸出し、尙(な)を[やぶちゃん注:ママ。]、明治七年に至りても、壹萬八千七百六十斤を輸出せり。而して、其品(そのしな)に數種(すうしゆ)あり。『ちりめん』・『しびー』・『ぞうりげた[やぶちゃん注:ママ。]』・『くらうそう』・『しろうそう』・『かずまる』・『はねぢいりこ』・『しなふやし』・『めーはやー』・『なんふう』等なり。且つ、其品位、上好(じやうこう)[やぶちゃん注:「最上」に同じ。]、其價(そのあたひ)、甚(はなはだ)、高し。其中(そのうち)、『かずまる』と稱するものは、淸國にて『開片梅花參(かいへんばいくわじん)』と稱する上好のものなり。又、縮緬(ちりめん)は、百斤の淸貨(せいか)[やぶちゃん注:既に述べた通り、本書では「淸」を一貫して「せい」と読んでいる。『清(しん)国での貨幣で』の意。]百四拾兩、其他も、上品(じやうひん)五拾兩、中品四拾三兩、下品三十五兩の高價(かうか)なりし。
[やぶちゃん注:「剌參(しじん)」これは、ナマコ綱 Holothuroidea楯手亜綱 Aspidochirotacea 楯手目 Aspidochirotida シカクナマコ科 Stichopodidae を指す中国語である。「維基百科」の「刺參科」を見よ。所持する西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」(平成七(一九九五)年保育社刊)の「シカクナマコ科(改称)」「Stichopodidae Haeckel, 1896」に拠れば、『体壁は通常厚く, 腹面はやや平らで, 背面は丸い. 腹側面および背面の歩帯に並ぶ疣足は一般に大きい. 世界から7属が知られるが, わが国には4属7種がを産する. これまでStichopus に対して和名マナマコ属が使われていたが, Apostichopus armata Selenka を模式種とする Apostichopus が Liao (1980) によって創設されたので、Apostichopusの和名をシカクナマコ属に変更する. それにともない、科称もシカクナマコ科に変更する. 』とある。なお、 オキナマコ属 Parastichopus H. L. Clark, 1922 オキナマコ Parastichopus nigripunctatus は、マナマコ属に移っているようで、また、マナマコ属は、現在は以下の通り、Apostichopus Liao, 1986 に更新されている。しかも、種も激しく増加している。「BISMaL」(最新版)その他によれば、以下である(現在、和名未設定のものも、多数、ある)。
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バイカナマコ(梅花海鼠:中国語:梅花參)属Thelenota Brandt, 1835
バイカナマコ Thelenota ananas Jäger, 1833
アデヤカバイカナマコ Thelenota anax H. L. Clark, 1921
Thelenota rubralineata Massin & Lane, 1991
シカクナマコ属Stichopus Brandt, 1835
シカクナマコ Stichopus chloronotus Brandt, 1835
ヨコスジオオナマコ Stichopus herrmanni Semper, 1868
オニイボナマコ Stichopus horrens Selenka, 1867
アカオニナマコ Stichopus naso Semper, 1868
Stichopus noctivagus Cherbonnier, 1980
Stichopus ocellatus Massin, Zulfigar, Hwai, Boss, 2002
ムチイボナマコ Stichopus pseudohorrens Cherbonnier, 1967
Stichopus quadrifasciatus Massin, 1999
Stichopus rubermaculosus Massin, Zulfigar, Hwai, Boss, 2002
タマナマコ Stichopus variegatus Semper, 1868
Stichopus vastus Sluiter, 1887
マナマコ属 Apostichopus Liao, 1986
マナマコ Apostichopus armata Selenka, 1867
アカナマコ Apostichopus japonicus Selenka, 1867
トゲオキナマコ Apostichopus multidentis Imaoka, 1991
オキナマコ Apostichopus nigripunctatus Augustin, 1908
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数えてみると、三十年で、四種(オキナマコ属 Parastichopus H. L. Clark, 1922 の属名は「BISMaL」では、属としては生きているものの、種記載は、ない。“WoRMS”の“ Parastichopus Clark, 1922 ”を見ると、Parastichopus regalis Cuvier, 1817と、 Parastichopus tremulus (Gunnerus, 1767) の二種が記されてあるが、命名年を見れば判る通り、古過ぎ、鈴木雅大氏の「生きもの好きの語る自然誌」の「オキナマコ Apostichopus nigripunctatus」のページを見ると、「Homotypic synonym」「Parastichopus nigripunctatus (Angustin, 1908)とあるので、実質は三属である)十八種で、十一種も増えている。
「眞(まこと)の『光參(かうじん)』」本邦では、「光参」というのは、沖縄には分布しない、茨城県以北・北海道・サハリンに分布するナマコ綱樹手亜綱樹手目キンコ(金古・金海鼠)科キンコ属 Orange-footed sea cucumber 亜種 Cucumaria frondosa japonica の異名である(「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを見よ)。『或いは、河原田氏は中国語風に「光り輝く最高の海鼠」の意味で使ったものか?』と当初は思ったが、幸いにして、「九州大学附属図書館」公式サイトのここで、大島廣先生の論文「沖繩地方產食用海鼠の種類及び學名」(『九州帝國大學農學部學藝雜誌』昭和一〇(一九三五)年二月発行所収・PDF)を入手出来たので、参考にさせて戴いたところ、まさに、大島先生は初めの方で、本書のこの部分を引用されていた! 而して、以下、読んでみたところ、『亜屬 Bohadschia JAEGER, PEARSON』『5. Holothuria ( Bohadschia ) marmorata (JAEGER)』(これは、楯手目クロナマコ科ジャノメナマコ(蛇の目海鼠)属チズナマコ Bohadschia marmorata である。和名は背面の模様から「地図海鼠」であろうと推定する。画像は「しかたに自然案内」のブログ「あ〜まん海歩記 」の「海を伝える」「なまこづくし:その弐」を見られたい)の項の終わり箇所に(割注した読みは、現代仮名遣を用いた。下線は私が附した)、
《引用開始》
本種はセイシェルからタヒチに, 北は大島・沖縄に及び南はクヰンスランドに亘つて[やぶちゃん注:「わたって」。]分布する。箕作[やぶちゃん注:「日本動物学会」を結成し、三崎臨海実験所を設立した海産動物の碩学であられる箕作佳吉(みつくりかきち)先生。]博士は奄美大島蘇苅[やぶちゃん注:「そかる」。現在の鹿児島県大島郡瀬戸内町(せとうちちょう)蘇刈。ここ。], 沖縄島自謝加瀨[やぶちゃん注:「じじゃかびせ」。現在の那覇港の防波堤外側にある珊瑚礁の北部分の古くからの名称。ここ(グーグル・マップ航空写真)]・喜屋武(きやん)崎・知念崎・糸満等で本種を採集されたが, 筆者等も八重山諸島の珊瑚礁で屢々これを見た。箕作博士によれば奄美大島ではアヤミシキリ, 沖縄でメハヤー(目羽屋)と云ふ由, 八重山では訛つてミハヤーと云ふ。蓋しアヤミは綾目で美しい紋樣を意味するのである。なほ八重山でミーピカラー卽ち目光ると云ふ意味の名ある海鼠があると聞いたがこれも本種のことかと思ふ。蘭領印度[やぶちゃん注:現在のインドネシア。]では tripang oelarmata 及び t. patola の名があるが oelarmata は蛇の眼と云ふ意味である。本種の學名 argus を始めこれら諸地方の名稱はかの眼様紋に因んだ名であること勿論で, この他なほ豹魚・虎魚・斑魚等の意味で呼ばれることがあり, 筆者も和名としてジャノメナマコと呼んで居る。製品(第2圖)は沖縄で100斤の價17圓(箕作),八重山で15圓(照屋),南洋では1ピクルの價25グルデンすると云ふ。
《引用終了》
以上の下線部で、「光參」とは、このチズナマコのことで間違いない。
「其品(そのしな)に數種(すうしゆ)あり」「品」とあるのだから、これは種だけではなく、ナマコ類の複数の沖縄に於けるナマコの別名、及び、製品呼称が混淆したものである。次の注を見よ。
「ちりめん」後に出る「縮緬」。大島先生の上記論文の『12. Holothuria ( Actinopyga ) echinites (JAEGER)』(これは、楯手目クロナマコ科クリイロナマコ(栗色海鼠)属トゲクリイロナマコ(刺栗色海鼠)Actinopyga echinites である)に(下線・太字は私が附した)
《引用開始》
背面暗褐色, 腹面やゝ淡き褐色。皮膚の骨片は甚だしく分岐した稈状體と小形の花紋樣體との2種で,両者の間に移行型が見られる。分布はザンヂバル[やぶちゃん注:東アフリカの島。ここ。]からフィジー, 沖繩からクヰンスランド[やぶちゃん注:クイーンズランド。]に至る。箕作博士は那覇港外先原(さきばる)[やぶちゃん注:「ひなたGIS」の戦前の地図で「先原先燈台」を見つけた。ここ。]で本種を採集された。
製品は H. miliaris [やぶちゃん注:クロナマコ科クリイロナマコ属チリメンナマコ(縮緬海鼠) Actinopyga miliaris である。]と共にチリメンと呼ばれるが, 蘭領印度でも同様の混同があり, tripangkasik, t. koro などと呼ばれ, トルレス海峡地方[やぶちゃん注:]でも H. mauritiana [やぶちゃん注:これは、現在のクリイロナマコ Actinopyga mauritiana である。]と共に紅靴と, また miliaris と混同して烏参と呼ばれる。
《引用終了》
トゲクリイロナマコの画像は、簡単な解説附きの「公益財団法人 黒潮生物研究所」の「トゲクリイロナマコ」を、クリイロナマコのそれは、「粟国アーカイブズ」の「クリイロナマコ(くりいろなまこ)」を見られたい(「粟国」は「あぐに」と読む。沖縄県島尻(しまじに)郡にある粟国島、粟国村(あぐにそん)である)。チリメンナマコは邦文サイトでは、目ぼしい画像がないので、英文ウィキ“ Actinopyga miliaris ”の画像をリンクしておく。
「しびー」は、沖縄方言では「小便」の意である。ナマコ類は海中から採り上げた際、体内の海水を吹き出すので、「ナマコ」の異名としては、私には、よく納得される。特定のナマコを指すのかも知れないが、判らない。御存知の方は、御教授を乞うものである。
「ぞうりげた」同じく大島先生の論文『11. Holothuria ( Actinofiyga ) mauritiana ( Quoy et GAIMARD )』に、
《引用開始》
長35cmに達する。 通常はオリーヴ褐色乃至琥珀色の地に疵足の基部を白斑が圍んでゐる。これらの褐色部と白色部との擴がりの比率に著しい変異がある。腹面は淡ピンク色。背面の骨片は多くの短い側枝を有する稈狀體と, 短い花紋様體。腹面では鋸齒狀の緣を有する太い稈狀體と, 多數重なり合つた橢圓[やぶちゃん注:「楕円」の正字。]形板狀の小體とである。分布は極めて廣く, 西はモザンビク及び紅海, 東はハワイ・マアケサス[やぶちゃん注:マルキーズ諸島。マルケサス諸島とも呼ぶ(フランス語:îles Marquises、英語:Marquesas Islands)。ここ。]及びパウモツ[やぶちゃん注:パウモトゥ諸島(Paumotu)=トゥアモトゥ諸島(Tuamotus)。南太平洋のフランス領ポリネシア中部の島群。ここ。]の諸群島, 北は沖繩, 南はフィジー群島に及ぶ。箕作博士は那覇伊那武瀨(いなんぜ)[やぶちゃん注:現在の沖縄県浦添市一丁目伊奈武瀬(いなんせ)。ここ。]產の標本の外に尖閣群島の黃尾島[やぶちゃん注:沖縄県石垣市久場島(くばしま)。先島諸島の島民たちは「クバシマ」と呼び、別名は「黄尾嶼」(こうびしょ)。日本が領有・実効支配し、中華人民共和国と中華民国が領有権を主張している。ここ。]の産(宮島幹之助博士採集)をも檢して居られる。
本種の製品(第6圖)は沖縄でも八重山でもザウリ或はザウリゲタ(鞋海參)と呼ぶが,メナドではtripang goela, トルレス海峽地方では紅靴(red fish)の名を與へてゐると云ふ。八重山でアカスクルと云ふはこの種を指すのかと思ふ。價格は100斤につき沖繩で60-70圓(箕作), 八重山で35圓。上之中の品だと云ふ。
《引用終了》
とあった。Holothuria ( Actinofiyga ) mauritiana は、前掲のクリイロナマコ Actinopyga mauritiana である。
「くらうそう」「しろうそう」不詳。識者の御教授を乞う。ただ、この二種は並置されており、どうも「黒」と「白」のニュアンスがある。さすれば、(その2)で注した、『「白海參(はくかいじん)」クロナマコ亜属 Holothuria fuscogilva(和名なし。インド太平洋の島嶼付近やサンゴ礁周辺の浅瀬に棲息する。なお、本邦の函館・浅虫・佐渡真野湾、及び、中国に棲息する隠足目ウディナ科 Caudinidae シロナマコ属シロナマコ Paracaudina chilensis とは、全くの別種であるので注意)。』と、『「紅旗參(かうきじん)」中文の複数の記載を見て、シカクナマコ科マナマコ属アカナマコ Apostichopus japonicus であろうと判断出来る。』と、強い通性を感じはする。
「かずまる」(その2)の「開片梅花參(かいへんばいかじん)」の注で、現地の樹木ガジュマル由来の、ナマコ類の乾製品の沖縄地方で「ガジマル」とあったのと、著しい親和性を感じる。
「はねぢいりこ」これは、一見、製品名のように感じてしまうが、そうではなく、クロナマコ属ハネジナマコ Holothuria ( Metriatyla ) scabra である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページに、「漢字・学名由来」に、『羽地海鼠』とあり、「由来・語源」に『沖縄本島の羽地村(現名護市羽地)にちなむ。』とある。羽地村(はねじそん)は、この附近の旧村名である。「基本情報」に『海参に加工する。沖縄県では輸出用に採取している』とし、『「海参(いりこ)」、干しナマコとしての名は「禿参」』とあった。
「しなふやし」(その3)で紹介した、前川喬氏の調査記事「琉球沿岸に産するナマコについて」(調査機関一九六四年十月二十日から同二十五日まで・実施場所は島尻郡『伊是名村沿岸』(村名は「いぜなそん」と読む。沖縄本島北方約三十五キロメートルに位置する島嶼である。ここ):PDF)が非常に役立った。前川氏に感謝申し上げる。さて、「1. ナマコの棲息状況」の項の棲息種の二つ目に(字配は再現していない)、
《引用開始》
〇ふたすじナマコ(シナフヤー)
この種も低潮線付近の砂泥地帯に棲息し伊是名村沿岸に最も多い種である。体長は30㎝内外で全身は無地のもの、淡黄褐色のものもあるが、通常は無地のものに濃褐色の幅広い横帯が体の前部と後部に各一条あつて独特の外観を呈している。腹部は白色を呈しキュウグエイ氏器官を出す。
種名の「ふたすじ」は体色にちなんだものではなかろうか。
《引用終了》
表記に若干の違いがあるが、同一と考えてよい。
クロナマコ科ジャノメナマコ属フタスジナマコ(二筋海鼠)Bohadschia bivittate
である。先の本川先生の「ナマコガイドブック」から引くと、『チズナマコ』(クロナマコ科ジャノメナマコ属チズナマコ Bohadschia marmorata )『と酷似するが、本種では体前部と体後部に濃い褐色の模様がある。体色は全体に前種より淡く、背面はいっそう淡く、疣足を除いてほとんど白い。しかし、ジャノメナマコ属は一般に色彩変異が大きいので、全体の色調によって区別することはできないかもしれない。現時点では、前種との区別は体前部ち体後部にある褐色の模様によるのみ。沖縄の浅海に生息する。近似種 B. marmorata jaeger, 1833 は、背面の花紋状体が本種よりやや単純。沖縄産。』とある。因みに、『キュウグエイ氏器官』というのは、「キュヴィエ器官」で、ナマコ綱Holothuroidea に属する多くの種に見られる、外敵から身を守るために内臓に装置されてある器官である。当該ウィキによれば、鰓、『または』、『直腸から変化したものであると考えられている。この器官を持つナマコは』、『外敵から襲われた際、キュビエ器官を体内から放出する。放出されたキュビエ器官は粘液の絡んだ細い糸から成る網のような形状をしており、ナマコを襲おうとした魚やカニなどの動きを封じる働きをする。放出された器官が体内に戻ることはなく、ナマコ本体からは切り離される。放出後』一~三『ヶ月程度で体内に再生する』。『日本でよく見られる食用に供されるマナマコはこの器官を持たない』。『粘液は接着性が強く』、一部の種では『毒を備える種もある』。『ナマコを手で刺激することで容易に放出を観察することができるが、手などに付着すると容易には取れない。その際は』、『乾燥させてから取ると良い』。『ナマコの血液の採取を行う際のサンプリングにも用いられる』とある。なお、名は、フランスの博物学者で、比較解剖学の大家にして古生物学にも大きな足跡を残した、ジョルジュ・キュヴィエ( Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert Cuvier:一七六九年~一八三二年)に因む。サイト“Cook Islands Biodiversity & Natural Heritage” の“Biodiversity Database”の“Bohadschia marmorata Brown Sandfish”のページにある、キュヴィエ器官を放出した同種の個体画像をリンクしておく。なお、この器官には、サポニン(Saponin)の一種であるホロスリン(Holothurin)が高濃度で含まれているので、本器官を持つ種は有毒とされ、派手にそれをぶっ放すので、お馴染みのニセクロナマコは食べないようにという注意書きをネットでは見る(死んだヒトがいるというのは寡聞にして聴かぬ)。そもそも彼奴の吹き出すそれを見てしまうと、食べたい気には、流石に、起こらない。
「めーはやー」同じく前川氏の記事から引く。先の冒頭の「ナマコの生息状況」の、「い」の一番に載る。
《引用開始》
〇じやのめナマコ(ミーハヤー)
この種は低潮線付近の砂地帯に棲息し、体色は淡褐灰色を呈し特異な蛇の目様の斑紋が不規則な縦列と攻つており、腹面にはこの様な斑紋はない。刺激を与えると白色粘状(白い糸のようなもの)キユヴエイ氏器官を出す。又この種にはほとんど「カクレ魚」が入つており伊是名沿岸に多く棲息している。
《引用終了》
沖縄方言は多様で変異が多くあるが、基本、「母音の口蓋化」の影響で、母音が「ア・イ・ウ」に偏り、「め」は「み」に転訛し易いので、これである。さても、
クロナマコ科ジャノメナマコ属ジャノメナマコ Bohadschia argus
である。なお、「カクレ魚」というのは、ナマコに寄生するもので、代表的な種は、
顎口上綱硬骨魚綱条鰭亜綱新鰭区正真骨下区側棘鰭上目アシロ(阿代)目アシロ亜目カクレウオ(隠れ魚)科カクレウオ属テナガカクレウオ(手長隠れ魚) Encheliophis homei
であろう。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページに、『サンゴ礁の浅い場所』の『バイカナマコ、ジャノメナマコ、ニセジャノメナマコ、シカクナマコなどにもぐり込んでいる』。『サンゴ礁で昼間はナマコの肛門から内部に侵入して過ごし、夜になると外に出て甲殻類などを補食している。』とし、『沖縄県では食用ではなく、干しなまこ(海参)用のジャノメナマコなどをとるときに一緒にとれてしまうもの。好んで食べられているということはない』とある。漢字名は、『胸鰭(手)の長いカクレウオの意。』ともある。お、ウィキの「カクレウオ科」Carapidaeの同種の画像のキャプション見ると、『テナガカクレウオ Encheliophis homei (カクレウオ属)。主にナマコ類と共生する。胃内からは甲殻類や小魚が見出され、宿主を攻撃することはないと考えられている』とあった。この種は、私は実際に観察したことは、残念ながら、ない。な
同じく本川先生の前掲書から引く。『体長30~40㎝。奄美大島名アヤミシキリ、沖縄銘メハヤー、八重山名ハヤー。体は太い円筒形。体表には、灰白色地に単独または癒合した眼状紋がある。紋の周囲と中心部は黒く、それらの間は黄褐色。触手は20本。キュビエ器官はよく発達する。背面には小さな疣足と管足があり、腹面には管足がある。奄美大島以南の浅海に生息する。スリランカ、ティモール、セレベス、フィジー、サモア、タヒチ、フィリピン、ニューカレドニア、グアム、インドネシア、マレーシア、オーストラリア、中国、台湾に分布。ナマコマルガザミが寄生する。このカニは他にも沖縄産の大型のナマコによく寄生する。また、カクレウオ、ホソセトモノガイが寄生する』とある。このナマコマルガザミは、ガザミ類とは言え、一・五センチメートルほどの蟹で、
甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚目抱卵亜短尾下目ガザミ/ワタリガニ上科ガザミ/ワタリガニ科トサカガザミ亜科マルガザミ属ナマコマルガザミ(海鼠丸蝤蛑) Lissocarcinus orbicularis
である。植田正恵氏と連れ合いの方とで運営している「海と島の雑貨屋さん」の「エビカニ倶楽部」の「ナマコマルガザミ」のページが、綺羅星の如きカニさんの写真が、いい。また、ホソセトモノガイは、
腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目ハナゴウナ上科ハナゴウナ科 Melanella 属ホソセトモノガイ Melanella acicula
この貝、所持する十数冊ある貝類図鑑を見ても、出てこなかった。幸い、中野智之氏の執筆になる、「ねばねばナマコは新発⾒がいっぱい ―ニセクロナマコの体内外に寄⽣するセトモノガイ」(PDF)が、非常に素晴らしいもの(『世界初の事例』とある)であるので、是非、読まれたい。
「なんふう」最後の最後に、全く分らない名前がきた! 識者の御教授を乞う!]
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