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2025/10/18

阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「祖益化牛」

[やぶちゃん注:底本はここ。段落を成形し、句読点・記号を変更・追加した。なお、最後の欠字二字分の二箇所の部分は、底本では、長方形である。]

 

 「祖益化牛《そえき うし に ばける》」 安倍郡《あべのこほり》牛妻村《うしづまむら》にあり。傳云《つたへいふ》、

「牛妻村の奧、行翁山《ぎやうわうさん》より、十八町計り、龍爪山《りゆうさうさん》【庵原郡《いはらのこほり》也。】の申酉《さるとり》の方《かた》、麓平山《ろくへいさん》と云《いふ》所に、庵室《あんじつ》をむすび、閑居する僧あり。道白《だうはく》と號す【今、此地を號《なづけ》て「道白平《だうはくだいら》」と云《いへ》り。】。此地、深山《しんざん》にして、民家に遠し。或時、一匹の牛、來《きた》り、日を經て、去らず。和尙、試《ここみ》に、其牛の角に、書《しよ》を結《むすび》て、安倍市《あべのいち》に用を求《もつむ》るに、至《いた》り、辨《べん》ずる事、人の如し。市人《いちびと》、書を見、其《その》品種《ひんしゆ》を賣り、牛の背に結び、返す。此《この》牛、和尙に仕《つか》ふる事、年を經て、かくの如し。其來由《らいゆう》を尋《たづぬ》るに、もと、道白が弟子に祖益と云《いふ》僧あり。或日、探鉢[やぶちゃん注:ママ。底本の異なる(写本)の「近世民間異聞怪談集成」でも同じであるが、これは、「托鉢」(たくはつ)の誤りであろう。]して、國主今川家の館《やかた》に入《いり》、美女【姓名、失《しつす》。】を見、忽《たちまち》、戀慕の心、起《おこ》り、終《つひ》に、想死《おもひじに》す。彼《かの》女は田野《たの》と云《いふ》所の產《うまれ》にして、後《のち》、舊里に歸る。時に、此牛、夜々《よなよな》、女の門《かど》に來《きたつ》て、臥《ふし》、晝は、道白に仕へたり。是より、「田野」を改《あらため》て「牛妻村」と云《いふ》也。彼《かの》道白、笑山宗誾《しやうざんそうぎん》大和尙は、天文年中の人にして、道德明知の僧也。後に、有渡郡《うどのこほり》今泉村《いまいづみむら》に一院を建立し、開山となる。補陀山楞嚴院《ほださんりやうごんゐん》【始《はじめ》、今泉山《いまいづみさん》と號す。曹洞、寺領五石、武州靑梅村《おむめむら》天寧寺末。】、是也。永祿十二年六月二日、寂す。彼《かの》道白一代の記は、上總國《かずさのくに》□□村□□山圓覺寺にあり、云云《うんぬん》。」。

 

[やぶちゃん注:「牛妻村」前篇「異人行翁」で注したのを、そのまま移す。現在の静岡市葵区牛妻(グーグル・マップ・データ)。竜爪山の東方部分。この村は、先行する「牛化石」で注を書いてあるので、見られたい。

「麓平山」確認出来ない。読みは、私が勝手に当てたものである。

「道白」後に出る「笑山宗誾大和尙」で、これは、戦国から織豊時代の曹洞宗の名僧笑巌宗誾(しょうがんそうぎん ?~慶長三(一五九八)年)である。石見佐波(島根)生まれで、講談社「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」に拠れば、『諸国遊歴ののち,周防(すおう)(山口県)竜文寺の雲庵透竜』(うんなんとうりゅう)『に師事し,その法をつぐ。永禄』一〇(一五六七)『年』、『三善隆芳』・恵雲『らが創建した石見(いわみ)(島根県)大竜寺の開山(かいさん)となる。晩年は出雲(いずも)(島根県)常福寺の住持をつとめた。』とある(一部は国立国会図書館デジタルコレクションの諸書で補ったが、関連人名は、調べてみても、よく判らなかった)。

「國主今川家の館《やかた》に入《いり》、美女【姓名、失《しつす》。】を見、忽《たちまち》、戀慕の心、起《おこ》り、終《つひ》に、想死《おもひじに》す。……」「テレビ静岡」の「テレしずWasabee わさび」内の「【珍地名】静岡市の「牛妻」 地名の由来は“叶わぬ恋”の切ない伝説だった!」に牛妻に八十年住んでおられ、牛妻の歴史に詳しい「理容かわづ」の店主川津通久さんからの聴き取り取材記事である。川津さんのお手製の紙芝居の画像もある。「祖益」が恋慕した娘の名もちゃんと出ている。

   《引用開始》

「昔々、今から450年くらい前のことですが、竜爪山の南側の山奥に、道白平というところがありました。人がめったに来られない深い山奥で、大勢のお坊様が日夜、仏様の教えを学ぶ修業を積んでいました。

仏の道を説く道白(どうはく)和尚は、祖益(そえき)という若者に期待し、指導をしていました。

ある日、祖益は修業の托鉢(たくはつ)を行うため今川家が治める城下町へ向かうと、そこである出会いが。

府中の町の今川家の館には、小萩という奥女中が奉公していました。

小萩は田野村、今の牛妻の田野の生まれで、とても美しく優しい心をもった娘でした。

祖益は小萩に会うたびに「なんて美しく優しい娘さんだろう」と、小萩に強い恋心を抱くようになりました。

道白和尚は祖益の様子から気がついて「仏の道を修行している者が、女性に恋心を抱いては畜生道(ちくしょうどう)におちるぞ」と、強く諭しました。

しかし、小萩のことをどうしても忘れることができない祖益は、とうとう恋の病に取りつかれ、看病のかいなく死んでしまいました。

恋の病で死んだ祖益は、和尚様の言う通り地獄の畜生道に落ちて、一頭の黒い雄牛に生まれ変わりました。

そこには、祖益とのうわさが原因で今川家の館を追い出された小萩がいました。

実家に戻っていた小萩はこの黒い牛を哀れんで、毎日親切に黒い牛にえさを与えました。

小萩の生まれた田野村の人々は、牛になっても小萩のことを思う祖益を哀れみ、この日以降、田野村を牛妻村と呼ぶようになり、橋には「小萩橋」という名前を付けました。

地名の由来は修行僧と村娘の叶わぬ恋にまつわる物語だったのです。

   《引用終了》

因みに、以下に、新たに作られた小萩橋の画像もあるので、見られたい。

「田野」この娘の生まれた地名だが、実は、「ひなたGIS」を調べたところ、「牛妻」地区には「丹野」の地名が、戦前から、あるのである。但し、これを「たの」と読むかどうかまでは、判らなかった。孰れ、どなたかが教えて下さるのを俟ちたい。

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