忌鐵 二十四種
菖蒲 龍膽 茜根 五味子 括樓 麻黃 香附子
芍薬 知母 牡丹 石榴皮 藜蘆 商陸 桑白皮
槐花 皂莢 雷丸 桑寄生 猪苓 山藥 蒺藜子
桑茸 楝子 何首烏
*
鐵(てつ)を忌(い)む 二十四種
菖蒲《しやうぶ》 龍膽《りゆうたん》
茜根《せいこん》 五味子《ごみし》
括樓《かつらう》 麻黃《まわう》
香附子《かうぶす》 芍藥《しやくやく》
知母《ちも》 牡丹《ぼたん》
石榴皮《せきりうひ》 藜蘆《りろ》
商陸《しやうりく》 桑白皮《さうはくひ》
槐花《くわいくわ》 皂莢《さうきやう》
雷丸《らいぐわん》 桑寄生《さうきせい》
猪苓《ちよれい》 山藥《さんやく》
蒺藜子《しつりし》 桑茸《さうじ》
楝子《れんし》 何首烏《かしゆう》
[やぶちゃん注:訓読では、ブラウザの不具合を考慮して、二段で示した。東洋文庫訳では、一部の生薬名を和訓で示している。具体的には、「茜根」に『あかね』、「石榴子」に『ざくろ』、「商陸」に『やまごぼう』、「蒺藜子」に『はまびし』、「桑耳」に『くわたけ』であるが、基本、漢方生薬名に和訓を混交して示すのは、私には承服出来ないので、総て、音読みの歴史的仮名遣で附した。
「菖蒲」単子葉植物綱ショウブ目ショウブ科ショウブ属ショウブ Acorus calamus L.(1753)(シノニム: Acorus asiaticus Nakai (1936)/ショウブ変種ショウブAcorus calamus L. var. angustatus Besser (1834) (これは日本を含めた東アジアのものに対して用いられる。以下の引用でも冒頭にあるのは、こちらの学名である。その他、シノニムは数多く存在する)。意外であったが、私の多くの記事の中で、ショウブを漢方生薬としてちゃんと注したものはなかったので、「日本薬学学会」の「生薬の花」の「ショウブ」を部分引用する。高松智氏と磯田進氏の共同執筆である(太字は私が附した)。
《引用開始》
晩秋から冬期にかけて地上部が枯れてから、採取した根茎のひげ根を除いて水洗いし、日干しにしたものが生薬の「ショウブコン(菖蒲根)」です。ショウブコンは特有の芳香があり、味は苦くやや風味がある精油を含みます。その水浸剤は皮膚真菌に対し有効であると言われています。また、採取後1年以上経過したものの煎剤は芳香性健胃薬、去痰、止瀉薬、腹痛、下痢、てんかんに用いられます。民間ではショウブの根茎や葉を刻み、一握り分を布袋に入れて適量の水で煮沸し、そのまま薬湯料として使用し、神経痛、リウマチ、不眠症に効果があるといわれています。また、インド、ヨーロッパやアメリカにおいてもショウブの根茎は古くから消化不良の治療や熱や胃痙攣、疝痛(せんつう)に使用されてきました。
和名は同属のセキショウ( A. gramineus Soland. )(漢名・菖蒲)の音読みで、古く誤ってこれに当てられたものが現在に及んでいるそうです。ショウブの別名として、端午の節句の軒に並べることに因んだノキアヤメ(軒菖蒲)、古名のアヤメグサ(菖蒲草)、オニゼキショウ(鬼石菖)などがあります。英名ではcalmus、sweet flag root、sweet sedge、acorus rootなどと呼ばれ、中国名は白菖蒲といいます。
ショウブといえば、男子の健康と成長を願う端午の節句で、菖蒲湯(しょうぶゆ)、菖蒲酒(あやめざけ)や菖蒲刀(あやめがたな)など魔除けや厄払いに使われてきた植物です。また、武芸の上達を願う「尚武」、戦に勝つ「勝武」に通じることから、「菖蒲紋」なる文様が甲冑などの武具の紋様や織紋に武家に好まれて使われていました。ショウブはハナショウブほどの見た目の華やかさはありませんが、伝統的な行事で重宝され、また薬用として幅広い年齢層に恩恵を施すという点でも勝負あったというところでしょうか。
《引用終了》
さて。ここで、私には、ちょっと面倒な疑問が生じてしまったのである。
この「忌鐵」の名数羅列が、中国の本草書からの引用であった場合、これは、ショウブではなく、セキショウのことになる
からである。一応、複数の中文サイトで、これらを、丸ごと、ぶち込み、検索を行ってみたが、この文字列に近い記載は見当たらなかったのだが、良安は、「本草綱目」に多くを拠っているので、調べて見たところ、決定的なものではないものの、「本草綱目」の「上草之六」と「上草之七」という、ごく近い位置に、「維基文庫」の電子化された「本草綱目」で以下を見出した。前者は「上草之六」の最後の記載で、後者は、そこから三行下の、「上草之七」二番目の「石菖蒲」の記載である。面倒なので、それぞれでなく、当該部分をそのまま抜き出し、問題の箇所を太字にした(表記はそのまま)。
*
絡石(杜仲、牡丹為之使。惡鐵落。鐵精畏貝母、菖蒲。殺殷 毒。)
〔上草之七〕
澤瀉(畏海蛤、文蛤。)
石菖蒲(秦皮、秦艽為之使。惡麻黃、地膽。忌飴糖、羊 肉、鐵器。)
*
この「絡石」(基原植物が多数あるので、説明すると、グダグダするだけなので、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 |ラクセキトウ(絡石藤)」をリンクするだけにする)という生薬は、文字列から見て、『惡鐵落。鐵精畏貝母、菖蒲。』は、『菖蒲』は鉄を『惡』(いむ)の意であろう。さても、一方に『石菖蒲』も『忌飴糖、羊 肉、鐵器。』とあって、『鐵器』を『忌』むとあるのである。
これを見るに、前者では「菖蒲」とし、口の干る間もなく、後者では「石菖蒲」としており、これは、到底、同一種とは思われないのである。
困った。そこで、何時もお世話になる「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 石菖根と菖蒲根(セキショウとショウブコン)」の神農子さんの記載を引用させて戴く。冒頭では、基原を『石菖根はセキショウ Acorus gramineus L.,菖蒲根はショウブ A. calamus L.(サトイモ科 Araceae )の根茎.』とされている(太字は私が附した。一部タクソンの斜体を正体に直した)。
《引用開始》
現在わが国では、『日本薬局方外生薬規格』にセキショウコン(石菖根)として Acorus gramineus L. の根茎が規定され、主に入浴剤として利用されるほか、古来,鎮痛,鎮静,健胃薬などとして使用されてきました。また,市場には類似生薬としてショウブ Acorus calamus L. の根茎に由来するショウブコン(菖蒲根)があります.両者の形状はよく似ていて,石菖根のほうが一般にやや細くて繊維質ですが,古来混同されてきたようです.原植物のセキショウは一般に山間部の渓流ぞいや水のかかる石の上などに生え,ショウブは池や小川のほとりの泥中に根茎を張ります.
『神農本草経』の上品に、昌蒲(菖蒲)の名で「味辛温。風寒湿痺、咳逆上気を主治し、心孔を開き、五臓を補い、九竅を通じ、耳目を明るくし、音聲を出す。久しく服すれば身を軽くし,忘れず迷い惑わず,年を延ばす。一名昌陽」と記載され、『名医別録』では「耳聾、癰瘡を主治し、腸胃を温め、小便を止め、四肢の湿痺で屈伸できないものを利し、小児の寒熱病で身積熱が解けないときは浴湯に使う。耳を聡くし,目を明らかにし,心智を益し、志を高くし、老いず」と記されています。このものが果たして,ショウブであったのかセキショウであったのかが論議されるところです.
『名医別録』には,「上洛の池澤」に生じるとあり,生育地の環境を考えるとショウブのようですが,はっきりしません.陶弘景は「今すなわち所々にあり、石磧上に生ずる」と記しており,これはセキショウのようです.続けて「下湿地に生えて根の大きなものは昌陽と称される」とあり,これはショウブのようですが,「このものは今の都では真物とはいわない」としています.「菖蒲の葉には剱刃にあるような脊が1本ある」とする特徴的な記載からは菖蒲はショウブであると考えられますが,以上述べてきたことや,また『図経本草』の付図にある根の形状を見ても,古来両種が混用されてきたことは明らかです.
江戸時代の『本草辨疑』では、「薬店には菖蒲根(アヤメ)と石菖蒲根(イワアヤメ)が売られており、本草では菖蒲はイワアヤメ、白菖はアヤメであるが、薬店で菖蒲根を求めれば白菖が売られる」と記されており、我が国でもやはり混乱が窺えます。
明代の李時珍は5種類の菖蒲を記し,蒲(ガマ)のような葉で、池澤に生え根が肥えたものを白菖(泥菖蒲)、渓間に生え根が痩せたものを水菖蒲(渓孫)、水石の間に生え、葉に脊があり根は痩せて節が密なもの及び栽培品で葉が韮(ニラ)のようなものを石菖蒲、極端に小さいものを銭蒲とし、薬用に使用できるのは石菖蒲のみであるとしています。そして現在中国の『中薬大辞典』では,白菖、水菖蒲に A.calamus をあて、石菖蒲に A.gramineus をあてています。
薬効的には,現代の中医学では菖蒲(セキショウブ A.gramineus )と水菖蒲(ショウブ A.calamus )の効能は開竅薬[やぶちゃん注:「かいきょうやく」は、鬱帯した気分を晴らす、気を開く、意識をはっきりさせる目的の漢方生薬を指す語。]としてはほぼ同様であるが、前者のほうがより開竅の効能にすぐれ、後者は化湿開胃・化痰止咳及び癰腫瘡湿疹などに対する効果が優れているとされ、また過服すると悪心・嘔吐をきたしやすいとしています。
ショウブに関する混乱は植物学の分野においても知られています.すなわち,我が国におけるショウブの古名は真直ぐな葉が交錯して茂る姿から「文目(アヤメ)」と呼ばれていました.一方,現在のアヤメ科 Iridaceae で美しい花が咲くアヤメの葉がショウブに似ていることから「ハナアヤメ」とも呼ばれ,次第に単にアヤメと呼ばれるようになりました.本来のアヤメは仕方なく菖蒲の音読みでショウブと名を変えたと言うわけです.しかし,これにもハナショウブというアヤメ科の植物が登場し,今ではショウブと言えばハナショウブです.いずれの菖蒲園を訪れても本物の菖蒲は見られません.2度も名前を奪われた本物のアヤメは最近では「風呂菖蒲(フロショウブ)」と呼ばれ区別されています.
また,ショウブの属する科もこれまではサトイモ科とされてきましたが,最近ではショウブ科 Acoraceae が設けられ,定説になりつつあります.
《引用終了》
いや! 流石、私の尊敬する神農氏だ! 素人の私にも痒い所に手が届く素敵な解説をして下さっている! 脱帽だ!
而して、本「鐵を忌むもの」を、良安が、この中国での錯綜事実を理解していたとは、到底、思われないから、この「菖蒲」は
ショウブ属ショウブ Acorus calamus
ショウブ属セキショウ Acorus gramineus
ショウブとセキショウを並置する以外には
ない、のである。
「龍膽」これも、過去記事では、私はちゃんと示したことはない。福田龍株式会社公式サイト内の「生薬・漢方辞典」の「龍胆(リュウタン):生薬・漢方辞典」に拠れば、基原は、
リンドウ目リンドウ科リンドウ属トウリンドウ(唐竜胆) Gentiana scabra
リンドウ属マンシュウリンドウ Gentiana manshurica
リンドウ属エゾリンドウ Gentiana triflora
とし、トウリンドウの学名の語源を『 Genti ana :本植物の薬効を記載したエジプトIllyri a王の名(Gentius)から。』とされ、『 scabra :茎葉がザラザラという意味。「龍胆」は、苦味の強いことでよく知られる熊胆』(ゆうたん:熊の胆(い)のこと)『に比べても苦味が劣らないところから』、『龍の胆と名付けられた。植物名のリンドウは「リュウタン」が訛ったもの』とあり(空行は詰めた)、
《引用開始》
●薬用部分
根及び根茎
●産地
中国(東北、内蒙古、華中)、韓国、日本
●主な成分
苦味配糖体(ゲンチオピクロシド、トリフロロシド、ベンゾイルトリフロロシド、リンドシド、スウェルチアマリン、スウェロシド、スカブラシド)、キサントン類(黄色素:ゲンチシン)、糖類(ゲンチアノース、ゲンチオビオース)、ゲンチシン酸
●主な薬効
胃液分泌促進、腸管運動促進、抗菌、抗炎症作用など
●代表的処方
主として漢方処方用薬であり、尿路疾患用薬とみなされる処方及びその他の処方に少数例配合されている。
【龍胆瀉肝湯】 リュウタンシャカントウ
頭痛、目の充血、脇痛、口の苦み、耳聾、耳の腫れ、舌の紅みと舌苔の黄色、陰部の腫れ、陰部の痒み、小便淋濁、帯下が黄色く臭い、比較的体力があり、下腹部筋肉が緊張する傾向があるもの(排尿痛、残尿感、尿の濁り、こしけ)
(処方内容) 当帰/地黄/木通/黄芩 /沢瀉/車前子/龍胆/山梔子/甘草
【加味解毒湯】カミゲドクトウ
血色のよい比較的体力があるものの次の諸症: 小便がしぶって出にくいもの、痔疾(いぼ痔、痔痛、痔出血)
(処方内容) 黄蓮/黄芩/黄柏/山梔子/柴胡/茵蔯蒿/龍胆/木通/滑石/升麻/甘草/灯心草/大黄
《引用終了》
とある。ウィキの「リンドウ」の「利用」も参考になるので、引用すると(注記号はカットした)。、『根には配糖体であるゲンチオピクリン、アルカロイドの1種ゲンチアニン、三糖体のゲンチアノースなどを含んでいる』。『根は生薬のリュウタン(竜胆/龍胆)の原料のひとつとして用いられる。リンドウ科で、日本薬局方に収録されている生薬ゲンチアナの代用品。かつて根は民間薬として用いられた。竜胆は、地上部が枯れる10 - 11月に根を切らないように根茎を掘り上げて、茎を切り捨てて水洗いし、天日乾燥させて調整される。竜胆は、漢方専門薬局でも取り扱われている』。『苦味質は一般に口内の味覚神経終末を刺激し、唾液や胃液の分泌を高め、消化機能の改善、食欲増進に役立つものと考えられている。リンドウ(竜胆)の苦味は、苦味健胃、消化不良による胃もたれ、食欲不振、胃酸過多に薬効があるといわれ、膵液、胆汁の分泌を増進する効果がある。漢方では、消炎解毒の作用があるものと考えられていて、処方に配剤されている。民間療法では、竜胆1日量2 - 3グラムを、水300 - 400 ccで3分の2ほどになるまで煎じ、食後3回に分けて服用する用法が知られている。食欲不振時のもう一つの用法は、竜胆をなるべく細かく刻んですり鉢などで粉末にしたものを、1回あたり0.1 - 0.2グラムを食後に水か白湯で飲む。患部の熱感をとる薬草で、排尿痛、排尿困難で排尿時に熱を感じるときや、目の充血や痛みで冷やすと痛みが楽になる人によいとも、患部に熱が溜まり、のどが渇いて冷たいものが欲しい人によいとも言われている。連用は避けることと、妊婦や患部が冷えている人への使用は禁忌とされている』。『中国産のトウリンドウは、シベリア、朝鮮半島などに野生し、中国では竜胆として薬用されているが、苦味はリンドウよりも劣る』。『リンドウの属名 Gentiana は、薬用効果を発見したイリュリア人の皇帝ゲンティウス』『(Gentius)に由来する。リンドウの根は、Gentian liqueur』(ゲンチアナ・リキュール:フランス原産)、『ウンダーベルクなど、トニックウォーターやリキュールなどの薬用酒、食前酒などに用いられる』とあった。
「茜根」これも私の記事で注したことがない。漢方では「茜草」(センソウ)が一般的で、基原は、リンドウ目アカネ科アカネ亜科アカネ属アカネ Rubia argyi の根及び根茎である。まことに申し訳ないが、やはり、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 石菖根と菖蒲根(セキショウとショウブコン)」の神農子さんの記載を引用させて戴く。
《引用開始》
「あかね」というと、植物の「アカネ」よりも、色を連想することが多いのではないでしょうか。茜色とはアカネの根の色素を用いて染めた色のことで、日本では古くからアカネ染が行われていました。アカネで染めた「緋」色は、飛鳥時代には朝廷における位を表す色のひとつとして用いられていました。また、『万葉集』には「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」をはじめ、「あかねさす」という枕詞が詠み込まれた歌がいくつかあります。このことは、アカネで染めた色が、鮮やかで美しい色として、当時の人々に好まれていたことを表しているように思います。
アカネは、日本から東アジアにかけて広く分布し、山野によく見られるつる性の多年草です。根はひげ状になり、黄赤色を呈しており、「アカネ」の名の由来とされます。細くて長い茎には下方に曲がった刺があり、ほかの植物にからまりながら繁茂します。葉は細長い心形で4枚が輪生しているように見えますが、そのうちの2枚は托葉です。花は淡黄色で、直径は4mmほどと小さく、夏に多数咲きます。果実は熟すにつれて黒くなります。
ヨーロッパではセイヨウアカネ R. tinctorum L. の根を用いて染色が行われてきました。アカネで染めた色はやや黄色みを帯びた赤色になりますが、セイヨウアカネでは鮮やかな赤色になります。根に含まれる化学成分は、アカネではプルプリンが主でアリザリンが非常に少なく、セイヨウアカネではアリザリンが主であり、この違いが異なった色として現れます。また、どちらの染料も媒染剤を必要とし、用いる媒染剤によっても色は変化します。
生薬「茜草」は『神農本草経』の上品に「茜根」の原名で、「味苦寒。寒湿風痺、黄疸を主治し、中を補う」と収載され、さらに『名医別録』には「無毒。血内崩、下血、膀胱不足、[やぶちゃん注:ここは、漢字表記が出来なかったために、『★(★は、足+委)』となっている。Unicodeで表記出来るようになったので、以下、太字で特異的に示しておく。]踒跌、蟲毒を止める。久しく服すれば精気を益し、身体を軽くする」と記されています。『黄帝内経素問』には「四烏鰂骨一藘茹丸」(烏鰂骨、藘茹(茜草の別名)、雀卵を丸とし鮑魚の汁で飲む)という血枯経閉を治す方が記されており、古くから薬用にされていたことがわかります。李時珍は『本草綱目』に「茜草」の主治について、「経脈を通じ、骨節の風痛を治し、血を活し、血をめぐらす」と記し、また「俗方に、婦人の経水不通を治すのにこれを用い、一両を酒で煎じて服するが、一日にして通じ、甚だ効がある」と記しています。現代では、浄血、止血、通経薬として、吐血、便血、月経不順などに応用されており、血をめぐらすには生で用い、血を止めるには炒炭にして用いています。
また、本草書からは、中国においても絹を紅く染めるのにアカネが用いられていたことが伺えます。『名医別録』には「絳を染める染料になる」と記され、陶弘景は「このものは絳を染める茜草である」と述べています。このアカネで染めた糸や布も薬用になります。「新絳」はアカネで染めた新しい絹糸で、『金匱要略』出典の「旋覆花湯」に配合され、婦人の半産漏下(流産のこと)を治すのに用いられます。また「緋帛」はアカネで染めた絹の布で、陳蔵器は「焼いてすり、初生児の臍のまだ落ちない時の腫痛に外用する。また悪瘡、疔腫、諸瘡の根のあるものを治療する」と記しています。
一方、ヨーロッパにおいても、セイヨウアカネが染料だけではなく薬としても用いられてきました。『ディオスコリデスの薬物志』には、「根は細長くて赤く、利尿作用がある。水割蜂蜜酒と一緒に飲むと、黄疸や腰痛や麻痺によい。多量の濃い尿を排泄させるが、ときには血液をも排出させる。服用するものは毎日体を洗い、排泄した尿の変化をみなければならない。茎を葉と一緒に飲めば、毒獣に咬まれた者を救う。根は、膣坐剤として用いれば、月経血、後産が排出される。酢と混ぜて塗りつけると白斑も治す」とその効能が記されています。
アカネの類は、洋の東西を問わず、古くから薬や染料として用いられてきました。しかし、色素の成分であるアリザリンが化学的に合成され、染料として用いられるようになると、セイヨウアカネの栽培量は激減し、それとともに薬用にもほとんど供されなくなったといいます。現在、化学染料が使われ始めてから約100年が過ぎ、アカネで染めた赤色の方が、化学染料で染めたものより堅牢であることが次第に明らかになり、植物染色のよさが見直されつつあります。生薬としてのアカネについても、再認識される機会になるかもしれません。
《引用終了》
「五味子」被子植物門アウストロバイレヤ目 Austrobaileyales マツブサ科サネカズラ属サネカズラ Kadsura japonica 。常緑蔓性木本の一種。当該ウィキによれば、『単性花をつけ、赤い液果が球形に集まった集合果が実る。茎などから得られる粘液は、古くは整髪料などに用いられた。果実は生薬とされることがあり、また美しいため観賞用に栽培される。古くから日本人になじみ深い植物であり』、「万葉集」にも、多数、『詠まれている。別名が多く』、『ビナンカズラ(美男葛)の名があ』り、『関連して鬢葛(ビンカズラ)』、『鬢付蔓(ビンズケズル)』、『大阪ではビジョカズラ(美女葛)と称したともいわれる』とあり、具体な精製法は、茎葉を二『倍量の水に入れておくと粘液が出るので、その液を頭髪につけて、整髪料として利用』した。既に『奈良時代には、整髪料(髪油)としてサネカズラがふつうに使われていたと考えられて』おり、それは、『葛水(かずらみず)、鬢水(びんみず)、水鬘(すいかずら)とよばれた』、『また』、『サネカズラを浸けておく入れ物を蔓壺(かずらつぼ)、鬢盥(びんだらい)といったが、江戸時代には男の髪結いが持ち歩く道具箱を鬢盥というようになった』とある。また、『赤く熟した果実を乾燥したものは』、『南五味子(なんごみし)と』呼ばれ、生薬とし、『鎮咳、滋養強壮に効用があるものとされ、五味子(同じマツブサ科』マツブサ属チョウセンゴミシ Schisandra chinensis 』『の果実)の代用品とされることもある』。但し、『本来の南五味子は、同属の Kadsura longipedunculata ともされる』とある。
「括樓」「相反」で既出既注。そのまま転写する。基原は、双子葉植物綱スミレ目ウリ科カラスウリ属カラスウリ Trichosanthes cucumeroides の仲間であるトウカラスウリ Trichosanthes kirilowii 、キカラスウリ T.kirilowii var. japonicum 、 又は、オオカラスウリ T.bracteata の皮層を除いた根。詳細は、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 括楼根(カロコン)」を見られたい。漢方では「かろ」と読むらしい。本文での読みは、小学館「日本国語大辞典」の読みに従った。
「麻黃」「六陳」で既出既注。転写する。中国では、裸子植物門グネツム綱グネツム目マオウ科マオウ属シナマオウEphedra sinica(「草麻黄」)などの地上茎が、古くから生薬の麻黄として用いられた。日本薬局方では、そのシナマオウ・チュウマオウEphedra intermedia(中麻黄)・モクゾクマオウEphedra equisetina(木賊麻黄:「トクサマオウ」とも読む)を麻黄の基原植物とし、それらの地上茎を用いると定義している(ウィキの「マオウ属」によった)。また、漢方内科「証(あかし)クリニック」公式サイト内の「暮らしと漢方」の「麻黄…エフェドリンのお話」が非常に詳しいので、見られたい。
「香附子」単子葉類植物綱イネ目カヤツリグサ科カヤツリグサ属ハマスゲ Cyperus rotundus の根茎を乾燥させたもの。薬草としては、古くから、よく知られたもので、正倉院の薬物の中からも、見つかっている。漢方では芳香性健胃・浄血・通経・沈痙の効能があるとされる。訓読を「かうぶし」とせず、「かうぶす」おしたのは、以上の本邦で古くからあって、「ぶし」ではなく、「ぶす」と呼んでいた可能性が高いと推定したことに拠る。
「芍藥」ユキノシタ目ボタン科ボタン属シャクヤク Paeonia lactiflora 、或いは、その近縁種も含む。漢方生剤としてのそれは、「日本漢方生薬製剤協会」の当該ページを見られたい。
「知母」「藥七情」で注したものを転写する。単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科リュウゼツラン亜科ハナスゲ属ハナスゲ Anemarrhena asphodeloides の根茎の生薬名。当該ウィキによれば、『中国東北部・河北などに自生する多年生草本』『で』、五~六『月頃に』、『白黄色から淡青紫色の花を咲かせる』。『根茎は知母(チモ)という生薬で日本薬局方に収録されている』。『消炎・解熱作用、鎮静作用、利尿作用などがある』。「消風散」・「桂芍知母湯」(けいしゃくちもとう)・「酸棗仁湯」(さんそうにんとう)『などの漢方方剤に配合される』とある。
「牡丹」中国の花の王、ユキノシタ目ボタン科ボタン属ボタン Paeonia suffruticosa 。基原は同種の根皮で、漢方では「牡丹皮」(ボタンピ)と称する。後の「第九十三」で注することになるので、ここでは、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 牡丹皮(ボタンピ)」をリンクするに留める。
「石榴皮」ザクロの樹皮。詳しくは、先行する「和漢三才圖會卷第八十七 山果類 石榴」で子細に注してあるので、そちらを見られたい。
「藜蘆」「藥七情」で既出既注。そちらの私の注を見られたい。
「商陸」これは、古い八年前に公開した「和漢三才圖會第四十三 林禽類 杜鵑(ほととぎす)」で、私が詳細に考証してあるので、そちらを見られたい。
「桑白皮」バラ目クワ科クワ属 Morus の桑類の根皮。消炎・利尿・鎮咳効果を持つ。基原は、マグワ Morus alba の根皮。詳しくは、先行する『卷第八十四 灌木類 目録・桑』の私の注を見られたい。
「槐花」「六陳」で既出既注。長いので、そちらを見られたい。
「皂莢」これは、日中で異なるので、先行する「卷第八十三 喬木類 皂莢」を、必ず、見られたい。
「雷丸」竹に寄生する、サルノコシカケ科カンバタケ属ライガンキン Polyporus mylittae の茸(きのこ)の菌体を指す。詳しくは、先行する「卷第八十五 寓木類 雷丸」を見られたい。
「桑寄生」先行する「卷第八十五 寓木類 桑寄生」を見られたい。多数の基原植物がある。そちらの注で詳細に掲げてある。
「猪苓」菌界担子菌門真正担子菌綱チョレイマイタケ目サルノコシカケ科チョレイマイタケ属チョレイマイタケ Polyporus umbellatus を基原とする。先行する「卷第八十五 寓木類 猪苓」を見られたい。
「山藥」所謂、「山芋」の漢方名であるが、一般に言う「山芋」には可食出来ないもの、有毒の種もある。「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 山芋(サンヤク)」に拠れば、基原を、単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属『ヤマノイモ Dioscorea japonica Thunberg 又はナガイモ D. batatas Decaisne(ヤマノイモ科 Dioscoreaceae)の周皮を除いた根茎(担根体)』とする。以上は、リンクに留める。何故かと言えば、私は大のヤマノイモ好きであり、小学生の頃は、裏山で父と一緒によく掘った実力派であり、ずっと後の「卷第九十六」に「ひかい ところ 萆薢」として出る。私は、そこで存分にヤマノイモ類を子細に調べたいと思っているからである。
「蒺藜子」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 蒺藜子(シツリシ)」に拠れば、基原を、ハマビシ目ハマビシ科ハマビシ属『ハマビシ Tribulus terrestris L. の未成熟果実』とする。
「桑茸」これは、漢方では、一般に「桑黄」(ソウオウ)と呼称するもので、基原は、菌界担子菌門ハラタケ(原茸)綱タバコウロコタケ(煙草鱗茸)目タバコウロコタケ科キコブタケ(木瘤茸)属メシマコブ(女島瘤) Phellinus linteus の菌体(キノコ)とする。「金澤 中屋彦十郞薬局」公式サイト内の「桑黄(ソウオウ、そうおう)」に、『健康食品、桑黄はキコブタケの仲間に属する多年生のサルノコシカケで、学名フェリナス・イグニアリウスといいます』。『その多くは』、『桑の古木やブナ・シイなどの木に寄生し、直径30センチの大きさに成長するまで20~30年もの歳月を要するといわれます』。『傘の表面は黒~褐色、内側のひだに独特の黄~茶色の剛毛がみられることから、中国では桑黄 (そうおう) 、針層孔とよばれていました』。『メシマコブの名は、長崎県の男女群島』(だんじょぐんとう)『の女島 (めしま) 』(同県五島市浜町(はまちょう)。ここ)『に自生する桑の木にコブ状に寄生するキノコであることから名付けられました』。『そのため桑寄生と呼ぶこともあり、ヤドリギともまた区別が必要で』す。『日本や東南アジアをはじめオーストラリア、北アメリカなどに広く分布しますが、天然から採取することは難しく、 また、培養も栽培も極めて困難であることから、長い間、幻のキノコといわれてきました』。『1日5~15gを煎じて服用する』とあった。また、サイト「小林製薬の中央研究所」の「研究用語辞典」の「メシマコブ(桑黄、サンヒャン)」には、『メシマコブは、桑の木に生えるタバコウロコタケ科のキノコの一種。サンヒャンの別名もある。アジアや北米が原産とされ、日本では長崎県男女群島の女島(メシマ)でコブ状に生えていた(生育するにつれて扇状になる)ことが、和名「メシマコブ」の由来とされる。主な成分は、子実体部分に含まれるアガリシン酸、アガリシン、ラリシン酸などで、中国などの伝統医学では古くから薬用として利用されており、漢方では「桑黄(そうおう)」として⽌汗・利尿などに使われている。また、免疫賦活作用や抗腫瘍作用、抗ウイルス作用があるとされ、韓国や日本でも基礎研究が行われてきた』とあり、続く、「メシマコブ(桑黄、サンヒャン)のがん免疫に関する作用について」で、『キノコから得られる成分の抗腫瘍作用については古くから研究が行われてきている。1968年に発表された国立がんセンター研究所のグループによる研究では、サルコーマ』(Sarcoma:悪性の骨軟部腫瘍である肉腫を指す)『180を皮下移植したマウスに10数種類のキノコの熱水抽出エキスを投与し、抗腫瘍効果を確認する研究が行われた。その結果、メシマコブは腫瘍阻止率で最も高い96.7%を示した。また、その後韓国ではメシマコブ菌糸体の培養技術開発が進められ、がん治療のための医薬品として認可されるに至った。メシマコブの抗腫瘍作用は、免疫細胞であるNK(ナチュラルキラー)細胞』(natural killer/NK)細胞。リンパ球の一種で、全身をパトロールしながら、癌細胞やウイルス感染細胞などを、見つけ次第、攻撃する)『やマクロファージ等の活性化によるものとされる。ただし、こうした抗腫瘍作用は基礎研究では確認されているものの、ヒトに対する臨床試験でのデータは十分ではない』とあった。当該ウィキによれば、『桑の木などに寄生して栄養を奪いながら扇状に育つ。子実体の傘の直径が30cmになるまでに20-30年はかかるという希少なキノコで、外見はサルノコシカケによく似ている。温度、湿度、日当たりなどの環境が整わないと菌糸が育たず、栽培も培養も難しいことから幻のキノコと呼ばれてきた。中国では桑黄と呼ばれ漢方薬としても珍重されてきた。ただし、桑黄とメシマコブは必ずしも同一でないことが遺伝子解析で明らかになっている』ともあった。「百度百科」の「桑黄」には、『中国北部・中国西北地方・黒龍江省・吉林省・海南省・台湾・広東省・四川省・雲南省・チベットなどに分布している。血行促進・止血・解痰・下痢止めなどの効能がある。脾虚による不正出血・血尿・血便を伴う直腸脱・帯下・無月経・腹部腫瘤・痰貯留・下痢などによく用いられる』とし、『抗腫瘍効果・抗癌効果』も掲げてある。
「楝子」双子葉植物綱ムクロジ目センダン科センダン属センダン Melia azedarach var. subtripinnata 及び、同属トウセンダン Melia toosendan の果実としてよかろう。
先行する「卷第八十三 喬木類 楝」の本文及び私の注を参照されたい。
「何首烏」基原は、タデ目タデ科ツルドクダミ(蕺・蕺草・蕺菜)属ツルドクダミ Reynoutria multiflora の根である。詳しくは、先行する「藥品(4) 有南北土地之異」の「夜合草《よるあひぐさ》」の私の注を見られたい。]