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2025/11/28

阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「うば狐」

[やぶちゃん注:底本はここから。段落を成形し、句読点・記号を補塡した。]

 

 「うば狐《ぎつね》」 安倍郡府中に有り。「駿臺雜話」云《いはく》、

『むかし、駿府の御城に、「うば狐」といひ傳へし狐あり。人、是に手巾《てぬぐひ》をあたふれば、それをかぶりて舞《まひ》しが、聲ばかりして、形は見えず。たヾ、手巾、空に飜轉《ほんてん》して、回舞のやうを見せし程に、人々、興《きやう》に入《いり》けり。人、手巾を、あたふる時に、受取る形は見えねど、もたる手を、ものヽすりて通るやうに覺へて、其まヽ取《とり》て、ゆきける。わかき人々、

「わざと『渡さじ』と、あらがふに、なにと、堅く持《もち》ても、とられぬといふ事、なし。」

と語るを、大久保彥左衞門、聞《きき》て、

「我は、とられじ。」

とて、手巾を、もちて、

「これ、とれ。」

と、いふに、取《とり》得ず。

 さて、いふは、

「さても無分別の人よ、あな、おそろし。」

とて、にげさりぬ、とぞ。

 彥左衞門は、手に覺《おぼえ》のある時、

『わが手ともに、きりて、おとさん。』

と、思ひつめけるを、狐、さとりしなり。

 されば、武士の心、剛《かう》にして、一筋に直《ぢき》なるさへ、其《その》氣燄《きえん》[やぶちゃん注:ここは「傲慢なこと」の意。]になき程に、狐も、妖《やう》を、なしえず。まいて、正人君子《せいじんくんし》[やぶちゃん注:品行方正な人。]に於て、をや。本より、邪《じや》は正《せい》に敵せねば、正氣《しやうき》にあふては、氷の、日にむかふて、忽《たちまち》に消《きゆ》るが如し。云云《うんぬん》。」。

 彥左衞門、諱《いみな》は忠敎《ただよし》、始め、平助と號す。七郞右衞門忠世《しちらうえもんのただよ》の弟也。

 

[やぶちゃん注:「駿臺雜話」室鳩巣(むろきゅうそう)の随筆。全五巻。享保一七(一七三二)年、成立。朱子学の立場から学術・道徳を奨励した教訓的な内容である。

「うば狐」「姥狐」か。妖怪・怪奇現象名には、しばしば「姥」がつく。学術的根拠がないが、サイト「動物妖怪名録」のここでは、「姥狐」としている(出典は前書)。

「回舞」読み方が判らない。辞書に出ない。国立国会図書館デジタルコレクションの「日本倫理彙編 朱子學派の部 卷之七」の「駿臺雜話」(井上哲次郞・蟹江義丸編/明治三五(一九〇二)年育成會刊)では、『廻舞』となっている。取り敢えず、「めぐりまひ」「まはりまひ」等が当たるか。所謂、対象が「くるくると舞い踊ること」の謂いではあろう。

「大久保彥左衞門」ご存知の好漢の武将・旗本であった「天下のご意見番」として知られる大久保忠教(永禄三(一五六〇)年~寛永一六(一六三九)年)。当該ウィキを見られたい。

「七郞右衞門忠世」(天文元(一五三二)年~文禄三(一五九四)年)は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将で、松平氏(徳川氏)家臣。三河国碧海郡上和田(現在の愛知県岡崎市)の大久保氏の支流であった大久保忠員(ただかず)の長男。「蟹江七本槍」・「徳川十六神将」の一人に数えられる名将。詳しくは、参照した当該ウィキを見られたい。]

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