河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注への独立記事注追加/明治期の煎海鼠の製造法に就いて
[やぶちゃん注:図注をやっている最中、ふと、気になることがあった。それは、
『ナマコの本書当時の「煎海鼠」の製造法は、実際には、如何なるものであったのか?』
という個人的な素朴な疑問であった。恐らく、現代の工程は、ネットのどこかで紹介されてあろうかとは思うのだが、私の希望は、明治期のそれをこそ、知りたいと感じたのである。そこで調べたところ、「昆布の說」で引用した国立国会図書館デジタルコレクションの「帝國水產書敎師用」(興文社編輯所編・明治三八(一九〇五)年興文社刊)の「第二十二課 海參」に、明治後期の内容ではあるが、判り易い解説があるのを見つけた(保護期間満了)。当初は、既に電子化した記事の中に追加しようと思ったが、それでは、数少ない何時も順番に読んで下さっている読者に不親切であろうと感じた。図版注にハマまっている最中ではあるが、ここは、一発、独立記事で示すこととした。当初、画像で取り込み、PDFに変換して活字化を試みたが、原本が古く、私の古いアプリでは、汚損した活字を判読することが殆んど不可能であったので、視認してタイピングすることとした。因みに、本書は「淸國輸出日本水產圖說」の十九年後のものであるが、記載には清国への販路の状況の記載もあり、非常に参考になろうとは思われる。原本の字下げ等は再現していない。無論、正字正仮名・歴史的仮名遣である。若い読者や、日本語がネイティヴでない読者のために難読で意味が判らないかと思われる箇所には割注を入れた。]
第二十二課 海參
〔目的〕海參ノ製法・功用・販路等ヲ敎フ。
〔敎材〕海參とは、海鼠を煮て乾したるものをいふ。その製法は、海鼠を捕りて潮水を滿たせる桶に入れ、脫膓管[やぶちゃん注:「だつちやうくわん」。以下の「資料」の中で解説が出る。]を肛門よりつき入れて、膓をぬき取り、內部をよく洗ひ、潮水にて煮ること一時間にして、箸にて容易に挾[やぶちゃん注:「狹」にしか見えない。誤植と断じて特異的に訂した。]むことを得るに至り、簀の上にあげて冷やし、さらに焙爐[やぶちゃん注:「ほいろ」。小学館「日本国語大辞典」を引くと、『(「ほい」は「焙」の唐宋音)木の枠(わく)や籠(かご)の底に厚手の和紙を張り、炭火を用いて遠火で茶の葉や薬草、海苔(のり)などを乾燥させる道具。ほいろう。』とある。]にかけて、一時間餘焙りたる後、また焙りて日に乾し、三回程この法をくり返して後、莚に包みて蒸し、さらに日に乾し、九分通り乾きたるを釜に入れて煮るなり。この煮水には、色付のため蓬[やぶちゃん注:「よもぎ」。]の枯葉を入るるを常とす。この後、なほ一回焙りて日に乾し、箱詰として淸國に輸出す。
海鼠は、疣の大小によりて、これを二種に分つ、その製品もまた隨って二種に分たる[やぶちゃん注:「わかたる」。]。有刺參・無刺參これなり。本土の產は、多く有刺參にして、主として北淸地方に向ひ、琉球等の產は、多く無刺參にして、主として南淸地方に向ふ。
〔資料〕海參ハ海鼠ヲ煮テ乾シタル水產製品ニシテ、煮乾品[やぶちゃん注:「にぼしひん」と読んでおく。]に屬ス。海參ノ原料ナル海鼠ハ、棘皮動物ノ一ニシテ、各地沿海ノ岩礁ニ棲息ス。
ソノ製法ハ、捕獲セル海鼠ヲ潮水ヲ充テタル[やぶちゃん注:「みてたる」。]大水槽中ニ入ル﹅時ハ、海底ニ棲息セル時ヨリ、外界ノ壓力減ズルガ故ニ、膓ノ軆外ニ脫出スルモノアレドモ、悉ク然ラザルヲ以テ、脫膓管ト稱シテ、細竹ヲ二個ニ縱割シテ、一端ヲ尖ラセタル半圓ノ溝状管ヲ海鼠ノ肛門ヨリ挿入スル時ハ、膓ハ溝中ヲ沿ウテ體外ニ出ヅ。ナホコレヲ淸淨ナラシメンガタメ、細キ針金ニ粗毛[やぶちゃん注:「そもう」。]ヲ捻リ込ミタル刷毛[やぶちゃん注:「はけ」。]ヲ肛門ヨリ通シテ口外ニ㧞[やぶちゃん注:「拔」の異体字。]キ出ダシ、體內ニ遺留セル砂オヨビ膓片ヲ除キ、淡水ニ海水ヲ少シ加ヘテ煮ルコトオヨソ一時間餘ニ及ビ箸ニテ容易ニ挾ムコトヲ得ルニ至リテ、コレヲ簀上ニ上ゲテ冷却ス。海鼠ニハ、多量ノ水分ヲ含有スルヲ以テ、ソノ水分ハ、煮熟中、釜中ニ出デ、大イニ煮液ノ量ヲ增スヲ以テ、時々コレヲ汲ミ取リ、カツ、浮上スル汚穢[やぶちゃん注:「をあい」。]ナル泡沫ヲモ抄ヒ[やぶちゃん注:「すくひ」。]取ルベシ。煮熟中、釜中ニ浮上スル海鼠ハ、體內ニ空氣ト水トヲ包有セルモノナレバ、取リ上ゲテ釘ニテ刺シ、コレヲ逸出セシメ、再ビ釜中ニ投ズベシ。冷却セルモノハ、コレヲ蒸籠[やぶちゃん注:「せいろ」。]ニ併ベ、焙爐ニ懸ケ、炭火ニテ一時間程焙乾[やぶちゃん注:「ばいかん」。]シタル後、日乾[やぶちゃん注:「ひぼし」。]シ、翌日マタ焙リテ日乾シ、カクノ如クスルコト三四回ニ及ベバ、上皮ヤ﹅硬固[やぶちゃん注:「かうご」。]トナルヲ以テ、莚ニ包ミテコレヲ罨蒸[やぶちゃん注:「あんじやう」。寝かせること。乾燥度合の均一化を図るために行う。一般には、コンブの結束処理の前処理の工程として知られる専門用語である。]ス。然ル時ハ、內部ノ水分漸クニ體外ニ出デ、內外ノ乾濕平均ス。ヨリテ更ニ日乾シ、九分通リ乾キタル時、マタ釜中ニ投ジテ煮熟ス。コレハオモニ染色ノ目的ニ出ヅルヲ以テ、コノ煮水ニハ、淡水一斗ニ乾蓬葉[やぶちゃん注:「ほしよもぎば」。]五十匁ノ割合ニ入レ、オヨソ四十分間コレヲ煮、ソノ液中ニ海鼠ヲ投ジテ、四五十分間煮ルモノトス。然ル時ハ、海鼠ハ、黑紫色ノ美澤ヲ呈ス。コレヲ最初ノ如ク、一回火乾[やぶちゃん注:「日乾」でないことに注意されたい。]シテ後、日乾ヲ繼續シ、全ク乾燥スルニ至リテ箱詰トナス。
海鼠製造上注意スベキ要點ハ、(一)脫膓ニ注意シ、腹中ニ砂ヲ止メザル樣ニセザレバ、煮熟中、體ノ破裂スル憂アリ。(二)蒸籠ニ併ブルニ相接觸セシムレバ、ソノ部分糜爛スル憂アリ。(三)煮水ニ多量ノ海水ヲ投ズレバ、製品ハ、梅雨中[やぶちゃん注:「ばいうちゆう」。]、濕潤シテ黴ヲ生ジ、淡水ノミナレバ、背上ノ刺、折ル﹅憂アリ。
海鼠ハ、疣即チ背上ニ生ズル凸起[やぶちゃん注:「とつき」。]ノ大小ニヨリテ、コレヲ二種ニ分ツ。故ニソノ製品モ、マタ隨ヒテ二種ニ分タル。即チ凸起ノ大ナルモノニテ製シタヲ有刺參ト稱シ、凸起小ナルモノ、或ハナキモノヨリ製シタルヲ無刺參ト稱ス。本土ノ產ハ、多ク有刺參ニシテ、漸ク北ニ進メバ、漸ク刺大ナリ。コレ等ハ、主トシテ天津・北京等ノ北淸地方ニ販路ヲ有ス、琉球等ノ產ハ、無刺參ニシテ、主トシテ福州・厦門[やぶちゃん注:「アモイ」。ここ。]ノ南淸地方ニ販路ヲ有ス。一種ちりめんノ如キハ、南洋產ニ酷似シ、高價ヲ有ス。
[やぶちゃん注:「一種ちりめんノ如キ」というのは、(その8)の注で示した、楯手目クロナマコ科クリイロナマコ属チリメンナマコ(縮緬海鼠) Actinopyga miliaris 、及び、クロナマコ科クリイロナマコ(栗色海鼠)属トゲクリイロナマコ Actinopyga echinites を指す。]
海參ハ、淸國輸出重要品ノ一ニシテ、ソノ輸出額明治三十四年ハ四十三萬圓以上、明治三十五年ハ三十五萬圓以上、明治三十六年ハ四十四萬圓以上ニ達セリ。宴席ノ膳ニ供シ、式膳中ノ三等ニ位ス。淸湯海參・胡蝶海參等ハ、調理ノ名稱ニシテ、鷄・家鴨等ノ肉汁オヨビ野菜等ト混煮[やぶちゃん注:「まぜに」と訓読しておく。]シテ、食膳ニ上ス[やぶちゃん注:「じやうす」。]。
« 阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「山神悅惣髮」 | トップページ | 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(三)煎海鼠の說(その12)~図版・注・分離公開(そのⅢ) »

