またまたユビキタス(ubiquitous)の仲間が増えた
夕刻、アルゼンチンのコルドバ国立大学で文学博士号を取得し、同大学で、日本文学や世界文学の研究者・講師として勤めている女性から、私の、俳人鈴木しづ子のサイト版の句集からの引用の許可をFacebookで求められた。無論、許可した。また、新しい仲間が増えた。
夕刻、アルゼンチンのコルドバ国立大学で文学博士号を取得し、同大学で、日本文学や世界文学の研究者・講師として勤めている女性から、私の、俳人鈴木しづ子のサイト版の句集からの引用の許可をFacebookで求められた。無論、許可した。また、新しい仲間が増えた。
昨夜、横浜緑ケ丘時代の親友と三年振りに大船で逢った。予定していた今一人の元同僚が来られず、代わりに、横浜翠嵐に転任して以来、実に十九年も逢っていなかった同じ元同僚の女性が来た。久しぶりに話が盛り上がった。ほぼ完全な野人となって十六年、今の、思いがけない人生のメタモルフォーゼを、つぶさに語ることが出来、甚だ、嬉しかった。
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。]
『明鮑』【鼈甲《べつかう》】・『灰鮑』【白乾《しらほし/しらぼし》】とも、品位、數等ありて、三番【上】・二番【中】・壹番【小形下】)の三段あり。三番中(ばんちう)に大・中・小、貳番中に大・小の別、あり。『明鮑』は一《いつ》に『鼈甲』と唱(とな)ひ、『本鼈甲』・『馬爪(ばず)』等《とう》の差(たがひ)あり。
[やぶちゃん注:「馬爪(ばず)」ネット検索・国立国会図書館デジタルコレクション検索でも掛かってこない。但し、馬の蹄(ひづめ)の裏(地面に接する側)の形は、乾鮑の形状に、よく一致する。その様態が、今一つ綺麗でないものを、かく、呼んだものであろうという推理は容易に出来る。]
『明鮑』は、製法も、地方によりて、其法、大同小異ありと雖ども、其中(そのうち)に於て、最も良好の方法を擧ぐれば、鮑肉(あわびにく)を、殼より放《はな》ち、鮑百個に、食䀋、凡そ五、七合許(ばかり)の割を以て、殼へ付(つい)たる方に、𭢀(なすり)つけ、一晝夜を過きて[やぶちゃん注:ママ。]、竹笊(たけざる)にいれて、海水に浸(ひた)し、足を以て、踏(ふみ)、よく汚物(をぶつ)をさり、而して、沸湯(にへゆ)に投じ、煑熟(しやじやく)し、後《のち》、淡水(まみづ)にて洗ひ、竹簀(たけす)に並らべ、水分を飛散(ひさん)せしめ、大陽(たいよう)[やぶちゃん注:漢字・ルビともにママ。以下、同じ。]にて晒すこと、二、三日にして、石爐(せきろ)の炭火(すみび)に藁灰(わらばい[やぶちゃん注:ママ。])を覆(おほ)ひ、培乾器(ほいろ)を、其上に置き、上下(うへした)、轉換(とりかへ)すること、數回(すたび)の後(のち)、大陽に晒し、再び、火力を與へ、全く、乾くを、まちて、箱に收(をさむ)へし[やぶちゃん注:ママ。]。本邦人(ほんほふじん[やぶちゃん注:ママ。])の『削(けづ)り鮑(あはび)』となして食するものには、生乾(なまぼし)を、よろしとすれども、淸國に輸出するには、充分に乾燥すべし。しからざれば、需用地に達せざるうちに、腐敗を、きざし、價(あたひ)を低落(おと[やぶちゃん注:二字へのルビ。])せしめ、國產の名聲を失ふに至れり。是、廣東(カントン)地方等(とふ[やぶちゃん注:ママ。])に於て、美麗良好なる『明鮑』を欲(ほつ)せずして、粗造なる『灰鮑』の方を、高價(たかね)にて、好み、買取(かひと)る所以(ゆゑん)なり。
[やぶちゃん注:「培乾器(ほいろ)」「コトバンク」の講談社「食器・調理器具がわかる辞典」の『ほいろ【焙炉】』に、『①茶葉・薬草・海苔(のり)などを下から弱く加熱して乾燥させる道具。元来は木枠や籠(かご)の底に厚手の和紙を張ったもので、炭の遠火で用いた。伝統的な製法では、茶は蒸した茶葉をこの上で手で揉みながら乾燥させる。こんにちでは電気やガスを用いた熱源の上に同様のものを備えた、手揉み工程の作業台もいう。』とあった。アワビの「ほいろ」は画像で見出せなかったが、古風の茶のそれが、練馬区立石神井公園の「ふるさと文化館」の「所属アーカイブ」の「焙炉」で見ることができ、また、里成子さんのブログ「MORE THAN WORDS」の「焙炉(ほいろ)」があり、近代型のものを見ることが出来る。そこには、『出雲特産の板若芽や海苔を炙るもので、ほんのりと温められた若芽をご飯に揉んでかけると、優しい塩気が食欲をそそります』。『昔は火鉢に置いたものですが、今は白熱灯で、炙り過ぎない工夫がされています』。『改築時の障子の桟で作られた女将のアイディアだそうです』。『出雲弁で「おい、そろそろ晩ご飯だけん、ほいろにめのは入れちょけや。」』『(訳 「おい、そろそろ晩ご飯だから、わかめや海苔などの乾燥機にわかめを入れておけよ。」)』という解説があった。]
灰鮑にも數法ありと雖ども、其最も要(かなめ)とするは、乾燥(ほしかた[やぶちゃん注:「乾し方」の当て訓であろう。])にあり。北海道粗造品の、他國產より、高價(たかね)を占(しむ)るものは、乾しかたのよろしきによるのみ。他國產も、北海道の如く、乾燥(かんそう[やぶちゃん注:ママ。])せば、極めて良價を得べく、北海道產をして、他國良製品の如くならしめば、一層の良價を得るや、必(ひつ)せり。故に、茲(こヽ)に、灰鮑の尤(もつとも)適切なる方法を擧ぐれば、鮮肉(なまあはび)百顆(くわ)に鹽三合許(ばかり)を以て、漬け、暑中は、二日間、寒中は、四日間を經て、淡水(まみづ)にて洗ひ、沸湯(にへゆ[やぶちゃん注:ママ。])に投じて、煑沸(にわか)し、復た、淡水にて洗ひし竹簀に並べ、水分を飛散せしめ、太陽にて、乾かすこと、五日乃至(ないし)十日間にして、箱に收め、蓋(ふた)を覆ひ置き、自(おのづか)ら、表面に白粉(しろこ)を發せしむなり。
[やぶちゃん注:「表面に白粉(しろこ)を發せしむなり」複数の干し鮑業者の記載を確認したところ、「旨味が滲み出たもの」、及び、「塩分」と記し、黴(かび)ではない由の記述があって、「最良の状態である」と記してあった。]
兩製共に、日光を借り、乾製するの習慣(ならはし)なりと雖ども、若(も)し、霖雨(ながあめ)に遭ふときは、糸に繫(つな)ぎ、急に焚火(たきび)の上に掛け、薰(いぶ)し、燥(かわか)すが故(ゆゑ)に、其色、變じて、暗黑色(まつくろいろ)となる、あり。三陸・北海道に於ては、日光に乾かすに、鮑の中心を、蔓(かづら)、或(あるひ)は、蒲葉(がま)を以て、貫(つらぬ)くの弊(へい)あり。此等の製法の如きものは、價格の下(くだ)る、實(じつ)に夥(おびたヾ)し。現に、明治十五年中、橫濱其他、各港の貿易上に就(つい)て見るに、百斤[やぶちゃん注:60㎏。]の價(あたひ)、僅(わづか)に貳拾三圓にして、千葉縣製『明鮑』、及び、北海道・三陸等の『白乾上製(しらぼしじやうせい)』の如きは、百斤五拾圓、乃至、五拾五圓に昇り、其差(そのたがひ)、最も甚(はなはだ)し。然(しか)れども、北海道の如きは、竹簀(たけす)に竝べ乾すときは、烏(からす)の啄(はむ)ところ、夥しく、爲(た)めに、之れが、番衞(ばんにん)等に費(つひや)すこと、多く、寧(むしろ)、賣價(ばいか)は、幾分の廉(やすね)なるも、斯(かヽ)る煩-冗(わづらはしき)を免(まぬか)るゝに、若(し)かず、とて、舊慣(きうくわん)の蔓吊乾(かづらつりぼし)を、改めざるあり。亦、靑森縣下にて、貫穿(ぬきとうし[やぶちゃん注:ママ。])の舊法を改めざるが如き、共に遺憾の至りなり。千葉縣の如きは、近時、焙爐(ほいろ)に掛け、炭火(すみび)を以て、之を乾製するの方法に改め、上製をなすもあり。
[やぶちゃん注:「蔓(かづら)」平凡社「世界大百科事典」の「カズラ(蔓//葛)」に拠れば、多数の全く異なった植物である『つる草の総称。ヒカゲノカズラ』(ヒカゲノカズラ(日陰の鬘・日陰の蔓)植物門ヒカゲノカズラ綱ヒカゲノカズラ目ヒカゲノカズラ科ヒカゲノカズラ属ヒカゲノカズラ Lycopodium clavatum )・『テイカカズラ』(双子葉植物綱リンドウ目キョウチクトウ科キョウチクトウ亜科 Apocyneae 連テイカカズラ(定家葛)属テイカカズラ Trachelospermum asiaticum )・『スイカズラ』(マツムシソウ目スイカズラ(吸い葛)科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica )・『サネカズラ』(被子植物門アウストロバイレヤ目Austrobaileyalesマツブサ(松房)科サネカズラ(実葛)属サネカズラ Kadsura japonica:以下では、知られる種は、一部を除き、学名追記をしない)『などは』、『その例である。上代つる草を髪に結んだり,巻きつけたりして頭の飾りとし,これを鬘(かずら)といった。そのためつる草を〈かずら〉と称するようになったという。鬘は〈髪つら〉の略,〈髪つら〉の〈つら〉は〈つる〉の古名で,長く連なるので〈つら〉といったものらしい。ただし,のちにはつる草に限らず,ヤナギ,タチバナ,サクラ,ウメ,ユリ,ショウブ,ムラサキグサ』(これは、蔓性植物の代表の一つである正式和名フジ(藤)の異名であろう。事典としては、甚だ、よろしくない記載である)『,イネ,藻などの植物も鬘に用いられた。このように,草木のつるや』、『茎や花などを取って髪飾りとすることを〈鬘く〉』(「かずらく」、歴史的仮名遣「かづらく」)『といい,もともと,植物の盛んな生命力を人間の体に取り入れようと願ったことから始まった』。『地方により特定の植物,例えばテイカカズラ(岡山),クズ』(マメ目マメ科マメ亜科インゲンマメ連ダイズ亜連クズ属亜種クズ Pueraria lobata subsp. lobata )『(香川)などを単に〈かずら〉と呼んでいる。また蔓水,蔓壺というと,それぞれサネカズラ(美男蔓)』『の粘液と』、『そのつるを浸すに用いる壺のことである。』(サネカズラの粘液は奈良時代に整髪料として使われていた)とあった。
「蒲葉(がま)」単子葉植物綱イネ目ガマ科ガマ属ガマ Typha latifolia の葉や茎は、莚(むしろ)や簾(すだれ)の材料として使われてきた。
「貫穿(ぬきとうし)の舊法」不詳。前後から、アワビのど真ん中を穿孔し、そこに太い蔓や繩を通して、軒端に乾し吊るすといったような、損壊リスクが高まる乾し方を言っているようではある。]
[やぶちゃん注:底本はここから。段落を成形し、句読点・記号を補塡した。続く後者の話が、同じ出典で、しかも、属性が極めて酷似するので、特にカップリングして示すこととした。]
「『芭蕉《ばせう》』謠《うたひ》の怪《くわい》」 安倍郡《あべのこほり》府中御城に有り。「駿府雜談」云《いはく》、
『今は昔、駿府御城內に於て、「芭蕉」の謠を停止《ちやうじ》す。其《その》權輿《けんよ》[やぶちゃん注:「權」は「秤(はかり)の錘(おもり)」、「輿」は「車の底の部分」の意で、どちらも最初に作る部位であるところから、「物事の始まり・事の起こり・発端」の意。]を尋《たづぬ》るに、國主今川義元、織田信長公と、國を爭ひ、
「尾州鳴海《なるみ》に出張すべし。」
とて、軍兵の列を糺《ただ》す。
此時、義元、道途《だうと》に「芭蕉」のくせを謠はる。
近習《きんじゆう》の士、松田左膳、是を聞き、
「御出陣の門出《かどで》に、『身は古寺の軒の草』とは、忌《いま》はしき文句也。御止《おや》め候《さふらひ》て、愛度《めでたく》、御出陣、あれかし。」
と申す。
義元、怒《いかり》て、
「それ、勝敗は、時の運也。何ぞ、謠の吉凶に、よらん。汝、無用の舌を動《うごか》して、人情を折《くじ》く。不忠の甚しき者也。」
と、只《ただ》、一刀に斬殺《きりころ》し、
「必《かならず》、信長をして、汝が如く、なすべし。」
と云つヽ、氣色《けしき》ばふて、出陣す。
時に此戰《いくさ》、大《おほい》に利あり。
義元、心、驕《おご》り、諸軍《しよぐん》に向《むかひ》て、
「先《さき》に、左膳、兵《つはもの》の英氣を折《くじ》く。我《われ》、是を殺して、信長に譬《たと》へ、其勢ひを以て、出陣す。故に、只《ただ》、氣强《きづよ》く戰ひ、大《おほい》に勝《かち》を得たり。惜《をしむ》らくは、今日《こんにち》、信長が首を、見ざる事を。」
と云《いふ》時、不思議哉《や》、空中に、聲、有りて、
「よしや 思へば 定めなき 世は芭蕉葉《ばせふば》の 夢のうち」
と大音《だいおん》に謠ひ、
「見よ、今に、思ひ知らせむ。」
と云《いふ》かと思へば、
――忽《たちまち》、天、かき曇り、俄然《がぜん》として、大風《おほかぜ》、起《おこ》り、砂石《させき》を飛《とば》し、古木《こぼく》、折り、降る雨、篠《しの》を衝《つく》が如く、雷電《らいでん》、大《おほい》に、はためき渡りて、恐怖せざる者、なし。……
義元、戰《いくさ》を止《とど》め、甲冑《かつちゆう》を脫ぎ、幕《まく》をたれて、酒宴す。
信長公、
「時分は、よし。」
と、本陣に突入《つきいり》、義元を、討《うつ》とる。
「是、偏《ひとへ》に、左膳が靈《りやう》の所爲《しよゐ》也。」
と沙汰せり。
或《あつひ》は、
「『芭蕉』を謠へば、左膳が亡魂、顯《あらは》る。」
など流說《りうせつ》して、終《つひ》に、
「謠《うた》はざる事。」
と、なりぬ。
元和《げんな》の末《すゑ》、中將賴宣卿、在城の時、
「今は、御代《みよ》も替《かはり》たれば、芭蕉の謠も、忌《いむ》べきに非《あら》ず。」
とて、初《はじめ》て、此能、有りけるに、其年、紀州へ、國替《くにがへ》あり。
是より、大納言忠長卿の領《りやう》と成り、在城の時、此《この》能を催《もよふ》されしに、其年、謂《いはれ》、有りて、御番城と成る。
是より、彌《いよいよ》、此謠を停止す、と。
此事《このこと》、町奉行久松忠次郞某《なにがし》、組同心《くみどうしん》坂本元右衞門某と云《いふ》者、語りき。云云《うんぬん》。』。
[やぶちゃん注:本話の主人公今川義元が、織田信長に討たれたのは、「桶狭間(おけはざま)の戦い」で、義元は、永禄三(一五六〇)年五月、那古野城《なごやじやう》を目指し、駿河・遠江・三河の二万余の軍を率いて尾張国への侵攻を開始した。織田方に身動きを封じられた大高城(おおだかじょう:現在の名古屋市緑区大高にあった。ここ。グーグル・マップ・データ。以下無指示は同じ)を救うべく、大高周辺の織田方の諸々の砦(とりで)を松平元康などに落とさせた。幸先良く、前哨戦に勝利した報せを受けて、沓掛城(くつかけじょう:ここ)で待機していた本隊を大高城に移動させる。ところが、その途上、桶狭間山(今川義元本陣跡碑をポイントした)で休息中、信長の攻撃を受け、松井宗信らとともに奮戦するも、織田家家臣毛利良勝に愛刀「義元左文字」と首級を奪われた。永禄三年五月十九日(ユリウス暦一五六〇年六月十二日/グレゴリオ暦換算で同年六月二十二日)で、享年四十二であった(以上はウィキの「今川義元」を参考にした)。
「駿府雜談」書誌不詳。本電子化注では、今までに出たことがない。識者の御教授を乞う。
『「芭蕉」の謠』私の「怪談登志男 八、亡魂の舞踏」、及び、『曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 中川喜雲京童の序の辯 謠曲中の小釋』の、それぞれの本文とオリジナル注が、かなり参考になるはずである。
「尾州鳴海」現在の愛知県名古屋市緑区鳴海町。ここ。
「松田左膳」不詳。
「元和の末、中將賴宣卿、在城の時」家康の十男であった徳川頼宣は、慶長一三(一六〇八)年に家康が駿府で大御所政治を始めると、頼宣も同所に移っている。同十六年三月に近衛権中将となる。元和二(一六一六)年、彼が十五歳の時、家康が死去、翌年に従三位権中納言となっている(この時点で公卿となる。但し、翌日に権中納言を辞退している)。同五年七月、十八歳の時、秀忠から紀伊国・伊勢国の内、計五十五万五千石への転封を命ぜられ、紀伊国和歌山藩初代藩主となり、紀州(紀伊)徳川家の祖となった。但し、元和は十年までであるから、「末」というのは謂いとしては、おかしい。
「大納言忠長卿」駿河国駿府藩藩主で、第二代将軍秀忠の三男にして第三代将軍家光の弟であった徳川忠長(慶長一一(一六〇六)年~寛永一〇(一六三四)年)。家光の命で自害させられた。『曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 草加屋安兵衞娘之事』(文宝堂発表)の私の「駿河大納言」の注を参照。その問題行動から、人格異常が疑われる人物である。当該ウィキによれば、寛永七(一六三〇)年十一月、『浅間神社付近にある賎機山』(しずはたやま:ここ)『で猿狩りを行うも、殺生を禁止されている神社付近で行なった上に、そもそも賎機山では野猿が神獣として崇められ』、『殺す事自体が禁止されており、更にこの浅間神社は祖父家康が』十四『歳の時に元服した、徳川将軍家にとっても神聖な場所であった。そのような場所で猿狩りを行うのは』、『将軍家の血を引く者といえど』も『許されない事であったが、止めるよう懇願する神主に対し、忠長は自らが駿河の領主である事と、田畑を荒らす猿を駆除するという理由で反対を押し切って狩りを続け、この一件で忠長は』千二百四十『匹もの猿を殺したとされている』。『更に』、『その帰途の際に乗っていた駕籠の担ぎ手の尻を脇差で刺し、驚いて逃げ出したところを殺害する乱行に及び、これらを聞いた家光を激怒させ、咎められている』とある。]
「『杜若《かきつばた》』の精靈《せいれい》」 安倍郡府中御城に有り。「駿府雜談」云、
『今は昔、大納言忠長卿の時、三州八《やつ》はしの杜若を取寄《とりよせ》給ひて、御庭《おには》の池に植《うゑ》させ給ふ。
或年の彌生《やよい》下旬、雨、降り、徒然《つれづれ》なる日、花の盛りを、御覽有りて、「杜若」を謠ひ給ふ。
をりふし、年《とし》、二八計《にはち》[やぶちゃん注:十六歲。]《ばか》りなる上﨟《じやうらう》の、いと、艷《つややか》に麗《うるは》しきが、かね黑《ぐろ》に眉《まゆ》付《つけ》て、紫の衣《ころも》、うち被き、緋の袴着《はかまぎ》、妻紅《つまべに》の扇《あふぎ》をもて、顏《かんばせ》を覆ひ、池の邊りに彳《たたずみ》たり。
『こは。見馴《みなれ》ぬ女《をんな》の、何故《なにゆゑ》に爰《ここ》には來りしやらむ。』
と、不思議に思《おぼ》し召《めし》、立出《たちいで》給ひて、
「汝《なんぢ》は何者ぞ、變化《へんげ》の者成るか、平直《へいちよく》に[やぶちゃん注:率直に。]申せ。」
と、の給へば、彼女《かのをんな》、恥かし氣《げ》にて、
「名乘るも、恐《おそれ》ある事に候へ共《ども》、吾は、是《これ》、杜若の精靈也。久敷《ひさしく》、八橋の名所に住《すまひ》して、其名、高し。然《しか》りといへ共、適《たまたま》、在五中將の唐衣《からころも》の詠《えい》より外《ほか》、亦《また》、問ふ人も候らはず。然《しか》るに、今、公の御庭に植られて、朝夕、御慈愛を蒙《かうぶ》る、身《み》に取《とり》ての面目《めんぼく》也。官位も尊《たつと》くおはします御人《ごじん》の、訪《つぶらひ》給ふ有難《ありがた》さに、是《これ》まで、顯《あらは》れ候也。『草木《さうもく》心《こころ》なし』とせず、常々の御惠《おほんめぐみ》を謝《しや》せんが爲《ため》、聊《いささか》、申上《まうしあぐ》べき事、有り。必《かならず》、捨《すて》させ給ふなよ。抑《そもそも》、公は、御性質、剛强《がうきやう》に在《ましま》して、大器《たいき》に渡らせ給へ共《ども》、平常《へいじやう》の御所行《おほんしよぎやう》、惡敷《あしき》が故に、臣、下服《かふく》し奉《たてまつ》らず、只《ただ》、君臣の威、違《たが》へるを以て、從ふのみ也。御惡行《おほんあくぎやう》、日々《ひび》に重過《ぢゆうくわ》し、臣、離れ、民《たみ》、散《さん》ずる時は、國家を亡《ほろぼ》すのみに非《あら》ず、終《つゐ》に、御身《おんみ》を失ふに至る。其《その》萌《きざし》[やぶちゃん注:この「萌」は、実は、底本では、「性」であるが、如何にも上手くない。特異的に、別本底本である「近世民間異聞怪談集成」の『萌』を採用した。]、既に至る處、既に顯《あらは》る。嗚呼《ああ》、悲《かなし》むべく、歎《なげく》べきの、甚《なはなはだ》しきに非《あら》ずや。公、今日《けふ》より、御所行を改め給はヾ、天地共《とも》に、社禝《しやしよく》[やぶちゃん注:原義は「社」は「産土神(うぶすなしん:土地神)を祭る祭壇」、「稷」は「穀物の神を祭る祭壇」の総称名。元来は、周代諸侯の祭祀であったが、秦・漢以降、天壇・地壇・宗廟等とともに、国家祭祀の中枢を担うことを指した。そこから転じて、「国家・国体」を意味するようになったもの。ここでの「国」は「駿河国」を指す。]を保ち、永く、富貴《ふうき》を御子孫に殘し給ふべし。『玆《ここ》に仁を行へば、仁、こヽに至る。』と、いへり。公、よく、是を監《かんが》み給へ。」
と、諌《いさめ》つヽ、二足《ふたあし》、三足《みあし》、行《ゆく》か、と、すれば、姿は、見えず成《なり》にけり。
公、少しも、是を御心《みこころ》にかけ給はず、御所行、益々《ますます》、荒《あら》かりき。
其後《そののち》、「杜若」を謠《うたは》せらるヽ每《たび》に、彼女《かのをんな》、顯れて、愁《うれふ》る色、有り。
近習《きんじゆう》の士、是《これ》を見知り、樣々《さまざま》に、とり沙汰《ざた》して、此《この》謠《うたひ》を愼《つつし》みけり。
果《はた》して、御事《おんこと》、ありて、御番城《ごばんじやう》となる。
其頃、御番衆に、大久保某《なにがし》と云《いふ》人、有《あり》しが、「杜若」を謠《うたひ》けるに、彼《かの》池の內より、大音《だいおん》にて、
「植《うゑ》をきし昔の宿の杜若 色ばかりこそむかし成《なり》けり」
と謠けり。
是より、彌《いよいよ》、
「謠はざる事。」
とす。
其池の在《あり》し所は、今の組頭小屋《くみがしらごや》の庭也。
近頃迄、彼《かの》杜若、殘り在《あり》て、花の時は、合番衆《あひばんしゆう》等、招請《しやうせい》ありし。
此小屋を『杜若小屋《かきつばたごや》』など、云《いひ》けるよし。
「今は、枯《かれ》て、一本も、なし。」
と、府中兩替町《ふちゆうりやうがへちやう》の肴屋仁兵衞《さかなやにへゑ》と云《いふ》者の、語りし也。云云。
[やぶちゃん注:本話は、私の「譚海 卷之十二 駿河御城杜若長屋の事」の本文とオリジナル注が、大いに参考になるものと思う。
「府中兩替町」現在の葵区にある両替町通り附近。]
[やぶちゃん注:以下、早稲田大学図書館「古典総合データベース」で見て貰うと判る通り、本文の最後の「羅山文集」から引いた草類漢方名は、二部六段落で構成されているが、ブラウザの不具合を考えて、完全に一段とした。
「百草」は、「ひやくさう・ももくさ」と読み(ここでは漢方系の用法であるから、前者で読みたい)、通常の「千草」、辞書的な意味では、「いろいろな草」の意に過ぎないが、既に述べた通り、ここでは、漢方生剤の植物、及び、その漢方生剤としての基原を示すものである。
なお、長かった「草類 藥品」パートは、これを以って、終わっている。私は複数の電子化注を扱っている関係上、実に、このパートだけで、二ヶ月、かかった。やっと、これから、「草類」の各個植物体記事に入ることが出来る。]
百草
「本草≪綱目≫」五月五日采百種草隂乾燒灰和石灰爲團煆硏傅
金瘡止血亦傅犬咬又治腋臭及瘰癧已破【各有方】
又取百草花煮汁釀酒服之治百病或采百草花水潰泥
封埋百日煎爲丸卒死者納口中卽活也
△按牝鹿衘草以飴其牡蜘蛛齧芋以磨其腹虎中毒箭
食清泥而解之豬中毒箭豗齊苨而食【見朝野僉載及五雜組】
蓋三獸之事未見之蜘蛛之所爲予靣見之犬中馬錢
毒則吞水解之又蛇見蛞蝓之涎則避地不到又犬䑕
共好油而見桐油不敢近【誤舐桐油犬毛悉脫】物猶知藥與毒
况於人乎
○寬永十四年十二月板倉卜齋請紀伊亞相望請藥草
根幷核實於朝鮮國【見羅山文集】
[やぶちゃん注:「板倉卜齋」は調べても見出せない。東洋文庫訳では、「倉」にママ注記があり、「倉」の下に『(坂)』の割注があるので、「板坂卜齋」であることが判った。後注に、『板坂如春』(いたざかじょしゅん:国立国会図書館デジタルコレクションで現代のものを、複数、調べたが、雅号の読みを添えているものはなかった。しかし、さればこそ、一般的な習慣的読みから、この読みでよかろう)。『医家。常に家康に近侍し、のち命に從って紀伊頼宜に仕えた。致仕してのちは江戸浅草に住した。『板坂卜斎覚書』三巻がある。』とあった。講談社「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」に拠れば、彼は初代板坂卜斎』(いたざかぼくさい:生没年未詳:『板坂惟順の孫。代々京都で朝廷の医官をつとめる。出家して南禅寺東禅院にはいるが,武田信玄のすすめで還俗』『して医師となる。永禄』一一(一五六八)年に『信玄を診察し,その余命を予言。天正』『年間に徳川家康につかえた。名は宗商。』と同リンク先に並置されてある)]『の子』で、天正六(一五七八)年生まれで、『吉田宗桂(そうけい)・宗恂(そうじゅん),施薬院宗伯にまなぶ。徳川家康,徳川秀忠,紀伊』『和歌山藩主徳川頼宣(よりのぶ)につかえた。晩年は江戸浅草にすみ,「浅草文庫」と称して蔵書を公開した。明暦元』(一六五五)年『死去』。七十八『歳。通称は別に如春,東赤』とあった。訓読文では、特異的に名を訂した。]
沙參
丹參
蕓薹子
蜀葵花
葶藶子
何首烏
防已
白薇
五味子
石楠葉
菴䕡子
蜜䝉花[やぶちゃん字注:「䝉」は「蒙」の異体字。]
升麻
常山
佛耳草
白頭翁
黃蜀葵花
前胡
射干
馬藺
劉寄奴草【以上二十一種要其核實】
薤
萆薢
百部根
延胡索
胡黃連
山豆根
鬱金
啇陸[やぶちゃん注:「啇」は「商」の異体字。]
天仙藤
銀茈胡
藜蘆
續斷
烏頭
薑黃
漏蘆【以上十五種要其根】
*
百草
「本草≪綱目≫」≪に≫、『五月五日、百種の草を采《とり》て、隂乾《かげぼし》し、燒灰《やきばひ》にし、石灰《いしばひ》に和《わ》して、團《だんご》と爲《なし》、煆.硏《かけん》[やぶちゃん注:焼き削って。]し、金瘡《かなさう》に傅《つけ》て、血を止む。亦、犬の咬《かみ》たるに傅《つ》け、又、腋-臭《わきが》、及《および》、瘰癧《るいれき》≪の≫已《すで》に破《やぶれ》るを治す【各《おのおの》、方《はう》、有り。】。』≪と≫。
又、百草《ひやくさう》の花《はな》を取《とり》て、汁《しる》≪に≫煮《に》、酒に釀《かもし》、之《これを》服すれば、百病を治《ぢす》。或《あるい》は、百草の花を采《と》り、水に漬《つけ》て、泥封《でいふう》≪して≫、埋《うづ》むこと、百日にして、煎《せん》じて、丸《ぐわん》と爲《なし》、卒死《そつし》する者[やぶちゃん注:この場合は、急死したように見える直後の様態を指す。]≪の≫、口中《こうちゆう》に納《をさむ》れば、卽《すなはち》、活(い)くなり。
△按《あんずるに》、牝鹿《めじか》、草《くさ》を衘(ふく)みて[やぶちゃん注:「衘」は音「カン・ガン」で、「啣」の異体字。]、以《もつて》、其《その》牡《をす》に飴(くら)はしむ。蜘蛛(く《も[やぶちゃん注:原本では欠字。]》)、芋《いも》を齧(か)みて、以《もつて》、其《その》腹を磨(す)る。虎、毒の箭《や》に中《あた》れば、清≪き≫泥を食《くひ》て、之《これを》解す。野-豬(ゐのしゝ)、毒の箭に中れば、齊苨(せいねい)を豗(ほ)りて、食ふ【「朝野僉載《てうやせんさい》」及び「五雜組」に見ゆ。】。蓋《けだ》し、三獸の事、未だ、之れを見ず。蜘蛛の爲(す)る所は、予、靣(まのあたり)、之を見る。犬、馬錢(まちん)の毒に中《あた》れば、則《すなはち》、水を吞んで、之を解す。又、蛇(へび)、蛞蝓(なめくぢり)の涎(よだれ)を見れば、則、地を避(さ)けて、到(いた)らず。又、犬・䑕《ねずみ》、共に、油《あぶら》を好(す)く。而るに、桐油《きりあぶら》を見ては、敢《あへ》て近づかず【誤《あやまり》て、桐油を舐(ねぶ)る犬は、毛、悉《ことご》く、脫《だつす》。】。物《ぶつ》[やぶちゃん注:この場合は、「人」に対するところの「動物」を指す。]、猶を[やぶちゃん注:ママ。]、藥《くすり》と、毒と、知るごとし。况《いはん》や、人をや。
○寬永十四年十二月[やぶちゃん注:東洋文庫訳は割注で元号部の後に割注して『(一八三七)』としているが、旧暦を、ちゃんと確認していない。この年は閏三月があり、グレゴリオ暦では同年十二月は、既に一六三八年一月十五日から二月十三日である。]、板坂卜齋《いたざかぼくさい》、紀伊の亞相《あしやう》[やぶちゃん注:既注した注に出る紀伊和歌山藩主徳川頼宣を指す。彼は寛永三(一六二六)年八月十九日、従二位権大納言(ごんだいなごん)に敘任されている。この「亞相」は「大納言」の唐名。「権」は正規の員数を越えて任命する官職を指し、事実上、同一位となる。]に請《こひ》て、藥草≪の≫根《ね》、幷《ならび》に、核-實《さね》を、朝鮮國に望《のぞ》≪めり≫【「羅山文集」に見ゆ。】。[やぶちゃん注:以下は、その朝鮮国(当時は李氏朝鮮。既に両国は慶長一四(一六〇九)年(既に江戸時代)に和約し、朝鮮通信使を通して相互に外交関係の修復にも力を入れていた)から求めることが出来た漢方薬(この場合は皆、基原が核(さね)・実(み)・根のもの)三十六種を並べたものである。但し、漢名の漢方であり、中には中国原産のものが含まれている。推定音読みの部分は、現在の漢方名表記法に従い、カタカナにした。]
沙參《シヤジン》
丹參《タンジン》
蕓薹子《ウンダイシ》
蜀葵花《シヨクキクワ/たちあふひ》
葶藶子《テイレキシ》
何首烏《カシユウ》
防已《バウイ》
白薇《ビヤクビ》
五味子《ゴミシ》
石楠葉《セキナンエフ》
菴䕡子《アンリヨウシ/いぬよもぎ》
𮔉䝉花《ミツマウクワ》
升麻《シヤウマ》
常山《ジヤウザン》
佛耳草《ブツジサウ》
白頭翁《ハクトウワウ》
黃蜀葵花《ワウシヨクキクワ/とろろ》
前胡《ゼンコ》
射干《シヤカン》
馬藺《バイヰ/バレン》
劉寄奴草《リウキドサウ》【以上、二十一種、其の核《さね》・實《み》を要《もと》めり。】
薤《カイ/おほにら》
萆薢《ヒカイ》
百部根《ビヤクブコン》
延胡索《エンコサク》
胡黃連《コワウレン》
山豆根《サンヅコン》
鬱金《ウコン》
啇陸《シヤウリク/やまごばう》
天仙藤《テンセンタウ》
銀茈胡《ギンサイコ》
藜蘆《レイロ/しゆろさう》
續斷《ゾクダン》
烏頭《ウズ》
薑黃《キヤウワウ》
漏蘆《ラウロ/ひごたい》【以上、十五種、其の根を要めたり。】
[やぶちゃん注:『「本草≪綱目≫」≪に≫、『五月五日、百種の草を采《とり》て、隂乾《かげぼし》し、燒灰《やきばひ》にし、石灰《いしばひ》に和《わ》して、團《だんご》と爲《なし》、煆.硏《かけん》[やぶちゃん注:焼き削って。]し、金瘡《かなさう》に傅《つけ》て、血を止む。亦、犬の咬《かみ》たるに傅《つ》け、又、腋-臭《わきが》、及《および》、瘰癧《るいれき》≪の≫已《すで》に破《やぶれ》るを治す【各《おのおの》、方《はう》、有り。】。』≪と≫。』『又、百草《ひやくさう》の花《はな》を取《とり》て、汁《しる》≪に≫煮《に》、酒に釀《かもし》、之《これを》服すれば、百病を治《ぢす》。或《あるい》は、百草の花を采《と》り、水に漬《つけ》て、泥封《でいふう》≪して≫、埋《うづ》むこと、百日にして、煎《せん》じて、丸《ぐわん》と爲《なし》、卒死《そつし》する者[やぶちゃん注:この場合は、急死したように見える直後の様態を指す。]≪の≫、口中《こうちゆう》に納《をさむ》れば、卽《すなはち》、活(い)くなり。』「漢籍リポジトリ」の「本草綱目卷二十一」の「草之十一【雜草及有名未用共一百五十三種】」(ガイド・ナンバー[057-13a])の以下からの抜粋である。但し、割注部は良安の附加したものである。表記に手を加えた。
*
雜草【九種】
百草【拾遺藏器曰五月五日采一百種草陰乾燒灰和石灰爲團煆研傅金瘡止血亦傅犬咬又燒灰和井華水作團煆白以釅醋和作餅腋下夹之乾卽易當抽一身盡痛悶瘡出卽止以小便洗之不過三度愈時珍曰按千金方治洞注下痢以五月五日百草灰吹入下部又治瘰癧已破五月五日采一切雜草煑汁洗之】
百草【花拾遺藏器曰主治百病長生神仙亦煑汁釀酒服按異類云鳳剛者漁陽人常采百花水漬泥封埋百日煎爲丸卒死者納口中卽活也剛服藥百餘歲入地肺山】
*
「牝鹿《めじか》、草《くさ》を衘(ふく)みて、以《もつて》、其《その》牡《をす》に飴(くら)はしむ」「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 鹿(しか) (シカ・ニホンジカ他)」には、この記載はない。但し、『能く良草を別〔(わか)〕つ。食ふときは、則ち、相ひ呼び、行くときは、則ち、同じ旅を〔し〕、居るときは、則ち、角を環〔(まは)すに〕外に向けて、以つて害を防ぎ、臥すときは、則ち、口〔を〕尾閭〔(びりよ)〕[やぶちゃん注:肛門。]に朝〔(む)けて〕[やぶちゃん注:向けて。]以つて督脉〔(とくみやく)〕に通〔(つう)〕す。』という箇所には、通性が認められる。しかし、雌が雄に、という方向性は見出せない。一応、「本草綱目」の「鹿」(「漢籍リポジトリ」の「卷五十一上」の「獸之二」の「鹿」。ガイド・ナンバー[119-32a])も通覧したが、このような記載はないから、この言い伝えは、割注にある「朝野僉載」・「五雜組」である。前者は、唐代の則天武后の頃、張族鳥が朝廷と民間とで見聞した事柄を書き留めた随筆集。しかし、「維基文庫」と「中國哲學書電子化計劃」で電子化物を検索したが、見当たらなかった。後者は、「中國哲學書電子化計劃」の「卷十一・物部三」で、以下のように確認出来た。□は表示出来ない字である。下線と太字は私が附した。下線が、ここの話である。
*
迎春也,半夏也,忍冬也,以時名者也;劉寄奴也,徐長卿也,使君子也,王孫也,杜仲也,丁公藤也,蒲公英也,以人名者也;鹿跑草也,淫羊藿也,麋銜草也,以物名者也;高良、常山、天竺、迦南,以地名者也;虎掌、狗脊、馬鞭、烏喙、鵝尾、鴨□、鶴虱、鼠耳,以形名者也;預知子、不留行、骨碎補、益母、狼毒,以性名者也;無名異、沒石子、威靈仙、沒藥景、天三七,則無名而強名之者也。牝鹿銜草,以飴其牡,蜘蛛嚙芋,以磨其腹;物之微者,猶知藥餌,而人反不知也,可乎?
*
「蜘蛛(く《も》)、芋《いも》を齧(か)みて、以《もつて》、其《その》腹を磨(す)る」前の引用の太字が、当該部。しかも、後で、良安は、『蓋《けだ》し、蜘蛛の爲(す)る所は、予、靣(まのあたり)、之を見る。』と目撃を断言している。しかし、こうしたクモの行動(昆虫嫌いの私は、特異的にクモ類は気持ちが悪い気がしない)を見たことが無い。クモ愛好家の御教授を乞うものである。
「齊苨(せいねい)」前二書では、確認出来ない。東洋文庫訳は、割注して、『(山草類ソバナ)』とある。これは、以下の「第九十二之本」に立項する。一応、キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン属ソバナ(岨菜・蕎麦菜・杣菜)Adenophora remotiflora に比定しておき、本項で再検証する。当該ウィキに拠れば(注記号はカットした)、『春の出たばかりの黄色味を帯びている若い芽は、山菜として食用にされる。採取時期は関西以西が4月、関東地方が4 - 5月、東北・中部の寒冷地は5月ごろとされ、根元から摘んで採取する。さっと茹でて』、『水にさらし、おひたし、酢の物、ごま・酢味噌などの和え物などにし、生のまま天ぷら、汁の実にする。クセがほぼないため』、『さまざまな料理に使える。歯切れがよく美味であり、飢饉の時には蕎麦の代用品として主食同様に用いられたと推測される。花は軽く茹でて』、『酢の物にできる』とあるばかりであった。但し、画像からも察せられたが、これ、ツリガネニンジン(釣鐘人参)Adenophora triphylla var. japonicaの近縁種である。一方、個人サイトらしき「薬草と花紀行のホームページ」の「ソバナ (岨菜、蕎麦菜)」には、『根をセイネイ』(薺苨)と称し』、『漢方では解毒(虫毒、腫毒)や去痰薬にする』としつつも、『成分は未詳。』とある。
「豗(ほ)りて」所持する「廣漢和辭典」に、第一義として『うつ。互いにうちあう。たたきあう」とし、★第二義で『いのこが地を掘る。』とあった。
「馬錢(まちん)」「和漢三才圖會卷第三十七 畜類 狗(ゑぬ いぬ) (イヌ)」の私の注の「番-木-鼈〔(マチン)〕」(=「馬錢」)を見られたい。
「蛇(へび)、蛞蝓(なめくぢり)の涎(よだれ)を見れば、則、地を避(さ)けて、到(いた)らず」所謂る、「三竦(すく)み」で、「虫拳(むしけん)」の遊びにもなっている。ウィキの「三すくみ」によれば、『ヘビはカエルを一飲みにする。ヘビには負けるカエルだが、相手がナメクジならば』、『やすやすと舌でとって食べる。しかし』、『カエルに負けるナメクジには』、『ヘビ毒が効かず、身体の粘液で(カエルより強いはずの)ヘビを溶かしてしまう』。『このときにカエルがナメクジを食べると、その後』、『ヘビに食べられてしまうので、ナメクジを食べられない。ヘビ、ナメクジも同様の状態で、三者とも身動きがとれず三すくみとなる』。『日本最古の三すくみで、当時は日本では「ナメクジはヘビを溶かす」と信じられていたが、実際にはそのようなことはおこらず、ナミヘビ科にはナメクジを捕食する種もいる』とある。私は、嘗て、親友の早稲田大学歴史学教室有給助手と、この問題の事実性を問題にしたことがあったが、彼は、「孰れも科学的根拠がある。」とし、完全否定の私と一晩、論議したが、ケリがつかず、彼の友人の生物学講師に、午前零時に電話をして聴いたところ、けんもほろろに否定された。序でに、彼が、私が「ホヤは尾索動物亜門ホヤ綱で、彼らは、脊椎動物のすぐ下に位置する高等動物である。」と言ったのを、笑い飛ばしたので、「あれも、序でに、聴いてみなよ。」と言ったところ、相手の言葉で、黙って電話を切った。私の完全勝利だったのだ。……その彼も、昨年、腎臓の遺伝病である多発性嚢胞腎で亡った。過ぎし日の青春の一コマだったな、三晴よ……
「犬・䑕《ねずみ》、共に、油《あぶら》を好(す)く。而るに、桐油《きりあぶら》を見ては、敢《あへ》て近づかず【誤《あやまり》て、桐油を舐(ねぶ)る犬は、毛、悉《ことご》く、脫《だつす》。】」さる論文を見たところ、イヌは特定の脂肪・脂肪酸に対する拒絶反応はないとし、それはイヌが、本来、腐肉食者であることと関係があるかも知れない、とあった。因みに、猫は、ココナツ油のような中鎖脂肪酸の多い植物油はだめだそうである。ネズミは油を好む。一方、「桐油」は、当該ウィキに拠れば、『アブラギリ類』(キントラノオ目トウダイグサ科アブラギリ属 Vernicia )『の種子(種核)を搾油して得られる油脂。毒性があるため食用に用いられず、主に工業用途に古くから使用されてきた。流通する桐油の大半はシナアブラギリ』Vernicia fordii 『由来のシナ桐油(tung oil)である』とし、『江戸時代には燈火油、油紙、雨合羽などに利用され』、『農村では防虫剤として重要な役割を果たした』とあり、その毒性物質はエレオステアリン酸(Eleostearic acid, ELA)或いは、α-エレオステアリン酸(α-eleostearic acid)で、キリ油では約八十%も含まれおり、「J-STAGE」の『日本化學雜誌』(第八十一巻三号・一九六〇年発行)の「油脂の生化学的研究(第12報)β-エレオステアリン酸の環状化と環化生成物の毒性について」の著者松尾登氏の抄録には、『基礎飼料に 10% 混合, 白ネズミに投与して動物実験を行ったところ, いずれの場合も 7 日以内にす斃死した』とあったから、イヌも恐らく脱毛症状は必須であろう。
「沙參《シヤジン》」キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン(釣鐘人参)属トウシャジン(唐沙参) Adenophora stricta の根茎を乾したもの。去痰・鎮咳に効果があるとされる。
「丹參《タンジン》」「藥品(5) 相反」の私の「五參」の注を見よ。
「蕓薹子《ウンダイシ》」菜種油。「蕓薹」は、恐らくは「あぶらな」或いは「なたね」と訓じており、既出既注。言うまでもなくアブラナ Brassica rapa var. nippo-oleifera 、「菜の花」のことである。しかし、当該ウィキに拠れば、『原種は、西アジアから北ヨーロッパの大麦畑に生えていた雑草で、農耕文化と共に移動したと考えられている。漢代の中国に渡ると栽培作物となり多様な野菜を生むなど、東アジアで古くから栽培されている。日本では弥生時代以降から利用されたとみられる』とあるので、ここで、わざわざ、李朝朝鮮から齎すこともなかろうが、向こうが、本邦にあるかないかを確認する術(すべ)がないわけで、これを、敢えて入れたものと思われる。
「蜀葵花《シヨクキクワ/たちあふひ》」アオイ亜科タチアオイ属タチアオイ Althaea rosea の中文名(「維基百科」を見よ)にして、本邦での同種の古名であるので、問題ない。但し、当該ウィキに拠れば、『当初は中国原産と考えられていたが、現在はビロードアオイ属(Althaea)のトルコ原産種と東ヨーロッパ原産種との雑種( Althaea setosa × Althaea pallida )とする説が有力である』とするものの、『日本には、古くから薬用として渡来したといわれている』とあるので、これも既に当時の本邦にあったものと推定される。
「葶藶子《テイレキシ》」「金澤 中屋彦十郞藥局」の「●蒂歴子・亭歴子(テイレキシ、ていれきし)」に拠れば、『蔕歴子(亭歴子・葶藶子)は神農本草経の下品に収載されている』とし、基原は、『1)中国産:アブラナ科のマメグンバイナズナ』(豆軍配薺:アブラナ目アブラナ科マメグンバイナズナ属マメグンバイナズナ Lepidium virginicum )『、ヒメグンバイナズナ』( Lepidium apetalum )『、クジラグサ』(鯨草:アブラナ科クジラグサ属クジラグサ Descurainia sophia )『および東北蔕歴子』(シソ目 シソ科ムラサキシキブ属変品種コバムラサキシキブ Callicarpa japonica var. japonica f. taquetii )『の種子を乾燥したもの』、『2)朝鮮産:タネツケバナ』(種漬花・種付花:アブラナ科タネツケバナ属タネツケバナ Cardamine occulta )『の種子を乾燥したもの』、『3)日本産;イヌナズナ』(アブラナ科イヌナズナ属イヌナズナ Draba nemorosa )『の種子を乾燥したもの』とあり、『現在は市場品の殆どは中国産である』とある。「産地」は『中国、朝鮮半島、日本』で、「成分」は1)ヒメグンバイナズナは配糖体ヘルペチョコシド、芥子油配糖体シナルビン、脂肪油、蛋白質、糖類』で、『2)東北蔕歴子は配糖体ヘルペチョコシド、揮発油などを含有する』とする。「用法・用量」は『煎剤、丸剤、散剤』で、『1日1.5~3.0g』とある。
「何首烏《カシユウ》」既出だが、再掲する。基原は、タデ目タデ科ツルドクダミ(蕺・蕺草・蕺菜)属ツルドクダミ Reynoutria multiflora の根である。詳しくは、先行する「藥品(4) 有南北土地之異」の「夜合草《よるあひぐさ》」の私の注を見られたい。
「防已《バウイ》」本篇の冒頭の「卷第九十二之本 目録 草類 藥品(1)」の私の注を見られたい。
「白薇《ビヤクビ》」リンドウ目キョウチクトウ科カモメヅル属フナバラソウ(舟腹草) Vincetoxicum atratum 。当該ウィキには薬効が記されていないだけでなく、本邦種のように記してある。しかし、「百度百科」の「白薇」には、『中国の黒龍江省・吉林省・遼寧省などの省で生産されている。また、韓国と日本にも分布する。主に標高百~千八百メートルの河川沿い・乾燥した荒れ地・草原・山間の峡谷・森林草原に生育する。温暖で湿潤な気候を好み、耐寒性はあるが、水浸しには弱い。野生の白牡丹は、主に遼東省の山岳地帯に分布している。野生の白牡丹の価格が高騰し続けているため、人々は利益のために際限なく採取しており、野生資源の絶滅に近づいている』とあり、「維基百科」の「白薇(植物)」には、『伝統中国医学では』、『清熱・清血、排尿促進・排便困難の緩和、解毒・傷の治癒などの効能があるとされている。温邪が滋養気を損ねることによる発熱・陰虚による発熱・骨蒸れや疲労による発熱・産後血虚による発熱・尿路感染症・血尿・癰疽(かゆみ)・腫れ物・刃物による傷などに用いる。現代医学では、この生薬には、利尿作用・解毒作用・心臓の健康促進などの効能があるとされている。但し、妊婦へは慎重に使用する必要がある』とあった。
「五味子《ゴミシ》」「藥品(8) 忌鐵」の私の注を見よ。
「石楠葉《セキナンエフ》」『有毒なシャクナゲでは、絶対に、ない!』という推定で調べたところ、「熊本大学薬学部薬用植物園 薬草データベース」の「オオカナメモチ」にまず、行き逢った。基原は、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 石南葉(セキナンヨウ)」に拠れば、
バラ亜綱バラ目バラ科ナシ亜科カナメモチ(要黐)属 オオカナメモチ Photinia serratifolia
の葉
である。前者から引用すると、「産地と分布」は『岡山県,愛媛県宇和島,奄美諸島,西表島,および台湾,中国南部,インドネシアに分布する』とあり、『常緑高木.樹高4~6 m.葉は革質で長楕円形,または長倒卵形か卵状楕円形,縁には基部を除いて鋭い細鋸歯があり,幼時中肋上に軟毛があるがのち両面無毛になる.枝先に多数の白色花を散房花序に付ける.果実はほぼ球形で紅紫色に熟する』とある。而して、『日本で「石楠」,「石楠花」と書けばツツジ科のシャクナゲのことを言うが,本来はオオカナメモチのことを指す』と明快である。「薬効と用途」には『鎮痛作用があり,神経性疼痛,足腰の無力感,リウマチ痛などに用いる』とあった。後者は引用しないが、そちらも、例によって、読むに、価値ある。
「菴䕡子《アンリヨウシ/いぬよもぎ》」これは、キク亜綱キク目キク科キク亜科ヨモギ属イヌヨモギ Artemisia keiskeana で、「跡見群芳譜」の「野草譜」の「いぬよもぎ(犬よもぎ」の項に拠れば、『中国では、全草・果実を薬用にする。』とあるので、この場合の基原は、同種の種子(果実)である。同ページに『北海道・本州・四国・九州・朝鮮・ロシア沿海地方・遼寧・吉林・黑龍江・河北・山東に分布』するとある。「百度百科」に「菴闾」があり、それによれば、『辛味・苦味・温感を持ち、月経促進・止血・除湿・血行促進等の作用がある。主に、瘀血』(おけつ:血液の巡りが悪くなって、体の中で滞った状態を指す)『による無月経・外傷・関節リウマチの痛みなどの治療に用いる。煎じ薬や粉末にして内服するのが一般的である。果実も単独で薬として用いられる。但し、妊婦は本薬を服用してはいけない。瘀血や湿熱のない人は特に注意して服用するようにせねばならない。』とあった。
「𮔉䝉花《ミツマウクワ》」漢方サイトでは、「蜜蒙花」は「密蒙花」と表記するものが、かなり多くあり、「維基百科」でも「密蒙花」である。さらに、基原についても、
ゴマノハグサ目フジウツギ科フジウツギ属ワタフジウツギ Buddleja officinalis の花序や花蕾を乾燥したもの
としつつも、例えば、「家庭の中医学」の「ミツモウカ・・密蒙花」では、我々にはお馴染みの、
フトモモ目ジンチョウゲ科ミツマタ属ミツマタ Edgeworthia chrysantha
『とするものもある』とある(記載がないので、同じく基原は「花序や花蕾を乾燥したもの」であろう)。前者のワタフジウツギは中国原産で、本邦には自生しないものの、本邦でも栽培はされている。また、「伝統医薬データベース」の「密蒙花」の「備考」には、『中国市場では密蒙花の他,老密蒙花,老蒙花と称される.わが国に輸入される密蒙花は上記正條品であるが,ときに多量の芫花〔ジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)のフジモドキ Daphne genkwa Sieb. et Zucc. の花蕾〕の混入(約17%)が認められる.中国湖北省黄崗,四川省雲陽等に産する密蒙花は,ジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)のミツマタ Edgeworthia chrysantha Lindl. の花蕾であって,通常「新蒙花」または「蒙花珠」と称している.中国市場にはこのものも多く出まわっている.』とある(学名は私が斜体化した)。「ナガエ薬局」の「蜜蒙花(ミツモウカ)」(☜ここでは「蜜」である)には、「臨床応用」に『生薬分類は、清熱明目薬。中薬の効能は清肝、明目、退翳。蜜蒙花は、清肝熱で明目退翳の効能があるので、肝熱による眼赤、腫痛、益明、流涙、目やに、視力障害などに用いる。』とある。その他のネット記載を見ても、目の機能障害への効果で共通している。
「升麻《シヤウマ》」キンポウゲ目キンポウゲ科サラシナショウマ属サラシナショウマ Cimicifuga simplex の根茎を天日乾燥させたもの。ウィキの「サラシナショウマ」によれば、これは、『発汗、解熱、解毒、胃液・腸液の分泌を促して胃炎、腸炎、消化不良に効果があるとされ』、各種『漢方処方に配剤されている』とあり、さらに、『民間では』、一『日量』二『グラムの升麻を煎じて、うがいに用いられる』とする。さらに、『なお、本種に似たものや、混同されて生薬として用いられたものなど、幅広い植物にショウマの名が用いられている』とある。最後の部分は、ウィキの「ショウマ(植物の名)」も参照されたい。
「常山《ジヤウザン》」「藥品(3) 名義」で既出既注。
「佛耳草《ブツジサウ》」これは、皆、知っている、
キク目キク科キク亜科ハハコグサ(母子草)連ハハコグサ属ハハコグサ Pseudognaphalium affine
である。「日本薬学会」の「生薬の花」の解説が、ほっこりとした「心」があって、とてもよいので、以下、全文を引用させて戴く。高松智氏・小池佑果氏・磯田進氏による共同記事である。
《引用開始》
ハハコグサ(母子草)は全国の日当たりのよい畑地、原野、道端などにごく普通に見られるキク科の越年草です。高さは20~30 cmほどで全体に白軟毛があり、葉は先が丸みを帯びたへら状で、互生します。4~6月に茎の先端に頭状花序の黄色い小花を多数つけます。春の季語として古くから俳句や短歌などにたびたび登場します。冬期はロゼット葉で過ごし、春になると茎を伸ばして花を付けます。花後にはタンポポと同じように、長さ約2 mmの綿毛のある種子をつけます。
和名のハハコグサにはオギョウ、ゴギョウ(御形)、ホオコグサ(這子草)、ブツジグサ(仏耳草)、ソジ(鼠耳)、モチバナ(餅花)などの別名が知られています。名の由来は諸説ありますが、はっきりとはしていません。英語名はCottonweedやJersey Cudweedです。ハハコグサ属はかつてのnaphaliumからPseudognaphaliumへ変更されました。従来の属名は、ギリシャ語の「gnaphallon(尨毛(むくげ=獣の毛))」が語源であり、現在のものはこれにPseudo(偽の)が付けられました。種小名affineは、「近似の、酷似の」を意味します。
開花期に全草を採取し、水洗いして天日でよく乾燥させたものを、生薬ソキクソウ(鼠麹草)といいます。漢名でもある鼠麹草は、葉に毛があって鼠の耳のような形をしていることと、花が粒状で黄色の麹(こうじ)に似ていることから名付けられたようです。
ソキクソウの煎液は鎮咳、去痰、扁桃炎、のどの腫れに有効で、他に利尿作用があるため急性腎炎に伴うむくみの軽減に効果があると言われています。また、江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典の種)の「和漢三才図絵」にはソキクソウ、フキの花、熟地黄をそれぞれ焙り、混ぜたものを三奇散(さんきさん)といい、炉にくべて煙を吸うと痰咳によいと記されています。皮膚病には全草の黒焼き粉を作り、ゴマ油で練ったものを患部に塗布するとよいとされていました。
ハハコグサの若い茎葉は食用とされ、春の七草の一つです。かつては葉を草餅や団子のなかに入れましたが、緑色の鮮明なヨモギがこれに取って代わり、今では草餅に用いることはほとんどありません。
このようにハハコグサは色の映えにはやや劣ものの、粥や天ぷらの食材として、母から子へ受け継がれるべき植物であることは確かなようです。
《引用終了》
なお、「維基百科」の同種のページは「鼠麴草」で、別名として、『清明菜・田艾・佛耳草』(☜)『・母子草・黃花麴草・米麴・鼠耳・水膩子・棉子菜・黃蒿・黃花艾・毛耳朵・無心草・水蟻草・金錢草・追骨風』と並んでいる。
「白頭翁《ハクトウワウ》」基原は、
キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科オキナグサ(翁草)属ヒロハオキナグサ Pulsatilla chinensis の根を乾燥したもの
である。例によって、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 白頭翁(ハクトウオウ)」を引用させて戴く。
《引用開始》
「白頭翁」は消炎,収斂,止血,止瀉薬として熱性下痢,腹痛,鼻血,痔出血などに応用され,白頭翁湯や白頭翁加甘草阿膠湯などの処方に配合される清熱涼血薬です.その基源には諸説があり,古来非常に異物同名品が多い生薬であったようです.
「白頭翁」は『神農本草経』の下品に収載され,陶弘景は「根に近い部分に白茸があってその状が白頭の老翁のようだから名づけられたのだ」といい,蘇敬は「葉は芍薬に似て大きく,一本の茎が抽きでて,その茎の先端に木僅花に似た紫色の一個の花を開く.実は大きいもので鶏卵ほどもあり,一寸あまりの白毛があってそれが一揃いに下った様子は纛(はたばこ)のようで,まさに白頭の老翁に似ているから,かく名付けられたのだ」といっています.その後の蘇頌は陶弘景の説をとり寇宋奭は蘇敬の説を支持していますが,その形状からみてどちらの説ももっともな部分があります.これらの説から察するに,その基源は Pulsatilla 属植物のものと考えられますが,他にも根頭に白茸のあるものや果実に白毛のある植物が多いことから,多くの異物同名品が生じたようで,現在でも中国では正條品以外にキンポウゲ科,キク科,バラ科,ナデシコ科などの根または全草に由来する10 数種類の異物同名品が市場に出回っているようです.わが国へは主に正條品が輸入されますが,かつてはリンドウ科の Gentiana dahurica やキク科の Gnaphalis indica が白頭翁として輸入されたことがありました.また日本に自生する同属のオキナグサ P. cernua の乾燥根が「白頭翁」や「和泰艽」などと称されて市販されていましたが,現在では全く市場性はありません.
オキナグサは,かつて日本の平地の春を彩る代表的な植物でした.花の咲く頃の茎は 10 cm 前後ですが,開花後に伸長して 40 cm にもなります.落ち着いた赤紫色の花は,直径 3〜4 cm の鐘形で,4〜5 月に下向きに開き,花が終わると,茎は直立します.痩果は多数が球状に集まり,直径 3〜4 cm で,白い毛が密生し,和名はこの様子を老人の頭に見立てオキナグサと呼んだものとされています.本州から九州,朝鮮半島,中国東北部,ロシア極東地方に分布しますが,日本では園芸目的の採集等によって個体数が激減しており絶滅危惧種Ⅱ類に分類されています.オキナグサにはネコグサ,ネコバナ,オバガシラ,オジノヒゲなど様々な地方名がある事からも,かつては身近な植物だったようです.『万葉集』に登場する「ねつこぐさ」も,おそらく地方名のネコグサあたりから転じたものと言われています.
ヒロハオキナグサは多年生草本で,高さ10〜40cm,全株が白色の長い柔毛で密に覆われています.主根は比較的太く,葉は根出し,束生し,全体に日本のオキナグサに似ています.花は葉の展開に先立って咲き,開花期は 3〜5 月,結実期は 5〜6 月.黒竜江,吉林,遼寧,河北,山東,河南,安徽,山西,陝西,江蘇省などに分布し,山野や山の斜面,田畑などに生えています.
これらのオキナグサ属やAnemone属,Clematis属などのキンポウゲ科植物は葉や茎を傷つけたり,折ったりすると刺激性の汁が出て,それが皮膚につくと皮膚炎(水泡)を起こすことがあります.その原因物質はプロトアネモニン[やぶちゃん注:Protoanemonin。C5H4O2。]です.これらの植物は配糖体であるラヌンクリン[やぶちゃん注:Ranunculin。C11H16O8。]を含有しており,傷つけたり,折ったりする事によってラヌンクリンの糖がはずれ,プロトアネモニンが生じます.しかし,プロトアネモニンは乾燥や熱によって刺激性のないアネモニンへと変わりますので,乾燥した植物では炎症は起きません.
《引用終了》
「黃蜀葵花《ワウシヨクキクワ/とろろ》」「黃蜀葵」は、アオイ目アオイ科Malvoideae亜科フヨウ連アオイ亜科トロロアオイ属トロロアオイ Abelmoschus manihot 。当該ウィキの「医療品」に拠れば、『外皮を剥いだ根を乾燥したものが黄蜀葵根(おうしょくきこん)である』。『現代では薬用として用いられることは稀であるが、アルテア根の代用として、煎剤を丸薬を練るときのつなぎにする』。『主成分はペントサン (pentosan) などからなる粘液で、約16%含まれる』。『根は』男色の肛門性交『で使用される通和散の原料として千年以上前から使用されてきた。これはヒドロキシエチルセルロース』(Hydroxyethyl cellulose:セルロースにエチレンオキシド(ethylene oxide)を附加させることによって水溶性を持たせた高分子化合物)『が薬効成分で現代で直腸の触診や下部内視鏡検査などで肛門から異物挿入する時に使用される医療用潤滑剤の主成分でもある。同じアオイ科トロロアオイ属のオクラ』( Abelmoschus esculentus )『などにはヒドロキシエチルセルロースが含まれておらず』、『トロロアオイだけの特徴である』とある。
「前胡《ゼンコ》」双子葉植物綱バラ亜綱セリ目セリ科シシウド属ノダケ Angelica decursiva。根を薄く切って日干しにしたものを「前胡」と称し、生薬とする。
「射干《シヤカン》」やはり、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 白頭翁(ハクトウオウ)」を引用させて戴く。基原は、
単子葉植物綱キジカクシ(雉隠し)目アヤメ科アヤメ属ヒオウギ Iris domestica Goldblatt & Mabb. (2005) の根茎を乾燥したもの
である。なお、引用先の冒頭の基原では、ヒオウギの学名が、ヒオウギ属ヒオウギ Belamcanda chinensis (L.) DC. となっているが、同種は、二〇〇五年の分子生物学によるDNA解析の結果から、アヤメ属に編入されている。
《引用開始》
ヒオウギは、カキツバタやシャガといった同じアヤメ科で近縁のアヤメ属植物の花に遅れること3ヶ月程して、7月から8月にかけて花を咲かせます。日本の本州から南西諸島、朝鮮半島、中国に至るまで分布し、各地の山野や草原などに野生する植物ですが、観賞用に栽培もされています。花は直径5センチ程で鮮やかなオレンジ色に赤い斑点があり、花後にできる蒴果は裂開して黒い光沢のある種子を覗かせます。この目立つ種子は古くは烏羽玉(ウバタマ)と呼ばれ、万葉和歌に黒や夜の枕詞として登場します。ヒオウギの根茎を乾燥させた物が生薬「射干(ヤカン)」です。
射干は『神農本草経』の下品に収載された薬物で、『図経本草』には「茎、梗がまばらで長く、さながら射る矢の長竿のようだ。名称はここから起こったのである」とあります。また『新修本草』に「鳶尾は、葉はすべて射干に似ているが、花が紫碧色で、高い茎は抽き出ない」、『本草拾遺』に「射干、鳶尾の二物はよく似ているので、一般には区別せぬ(略)」、『本草綱目』には「震亨曰く、(略)紫花のものが正しい。紅花のものは違う」などという記載があり、鳶尾(エンビ:アヤメ科のイチハツ)」との混乱もあったようです。さらに、射干の別名の1つである「扁竹」が、萹蓄(タデ科ミチヤナギ Polygonum aviculare L.)の別名にもあり、注意する必要があります。
和名のヒオウギは古く宮中で使用されていた「檜扇」に由来し、扇形に広がる葉から連想されたものと言われています。李時珍も「その葉は叢生して横に一面に舗き、烏の翅や扇などの形のようだ。故に烏扇、鬼扇などの名がある」と、同じく「扇」を連想しています。実際、長さ 30〜40 センチ、幅約3センチの剣状の葉が扇状に付いています。ここから生じる花茎は1メートル程に達し、総状花序が頂生します。花被は6枚でアヤメ属に近縁ですが、アヤメ属に見られる平らな花柱枝や横向きの柱頭がないという特徴があります。薬用部位の根茎は鮮黄色で多数のひげ根を付けています。春または秋に収穫し、土砂や茎、ひげ根を落としたものを乾燥させ生薬にします。修治に関して『本草綱目』では他書を引用して「およそこの根を採ったならば、まず米泔水に一夜浸して漉出し、しかる後に箽竹葉を用いて正午から午後十二時まで煮て、日光で乾かして用いる」、「寒なり。多く服すれば人をして瀉せしめる」とまとめています。当時は有害作用を除去するための修治法が採られていたようですが、現在はこうした工程は省略されています。
生薬は不規則な結節状を呈し、表面は褐色〜黒褐色です。表面は縮んで、密集した環紋があります。断面は黄色で顆粒性が認められます。質は堅く、香りは薄く、味は苦くやや辛いとされています。古来、太くて丈夫で、質が堅く、断面が黄色を呈する物が良いとされてきました。現在は主に中国の河南省、湖北省、江蘇省などで生産されています。
中医学的な薬効は、火を降ろす、解毒する、血を散らす、痰を消すなどで、清熱解毒、消炎、利咽を目的に咽喉痛、咳嗽、喀痰、リンパ腫、腫れ物等に用いられます。また、喉痺咽痛の要薬とされ、扁桃炎による咽喉の腫痛には単独、あるいは他の生薬と配合して煎じ薬としての利用法もあります。『本草綱目』には「咽喉の腫痛:射干花の根、山豆根を陰乾し、末にして吹く、神の如き効がある(袖珍方)」などが収載されています。『金匱要略』の射干麻黄湯は気管支喘息で咳嗽や喀痰がみられるときに用いられるようです。
日本では馴染みのない生薬ですが、中国の生薬市場では必ず店頭で目にする生薬です。現在まで消えずに残っているという事実が、この生薬の有効性を示しているようです。
《引用終了》
「馬藺《バイヰ/バレン》」読み二種は、「コトバンク」の日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」に拠った。さて、嘗て、「大和本草卷之八 草之四 水草類 藺・燈心草 (イ=イグサ)」の注で私は、『これは単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科アヤメ属ネジアヤメ Iris biglumis の漢名であり、朝鮮・中国・チベット・ロシアに分布するので、外来種であるが、江戸時代以前に移入されたか。ともかくも本来の漢語の「藺」にはイグサの意はない。』とした。「伝統医薬データベース」の「馬藺子(ばりんし)」には、「薬理作用」に、『馬藺子のアルコールエキスを,雌のマウスに内服さすと,卵の抗生育,抗着床作用がある.この作用は種皮にあって,種仁にない.馬藺子の避妊作用は動物実験ではある程度有効であるが,臨床的には確実性がなく,月経の時期,量に不定の影響を及ぼし,帯下がやや多くなるなどの副作用があるので,避妊薬としては不完全なものである.』とあり、「臨床応用」には、『止血,利尿,解毒薬として,吐血,衂血,婦人の月経過多,帯下,疝痛,咽喉腫痛,癰腫などに応用する.』として、「頻用疾患」として『小便不利, 吐血, 鼻血, 月経過多, 帯下, 咽喉痛』が挙げてあった。
「劉寄奴草《リウキドサウ》」先行する「藥品(3) 名義」の私の注の「劉寄奴」を見られたい。
「薤《カイ/おほにら》」「オオニラ」はネギ属ラッキョウ Allium chinense の別称である。「細野漢方診療所」公式サイト内の「漢方戯言」の「ラッキョウ(薤)」に以下のようにある。
《引用開始》
中国には「薤」というものが古い昔からあった。「薤」とはつまり、ラッキョのことである。
ラッキョはニンニクに似ているが、ニンニクほど強烈な苦味や臭みはない。私は、あのニンニクは嫌いだが、ラッキョは好きだ。考えてみると、中国でも、ことに北部の人々は、南部の人々がラッキョを好むのに比して、ニンニクを用いるのを見ると、それは人々の好みの相違のためであるには違いないが、総じて、気候の寒暖の相違から起こったようにも思える。つまり寒冷を凌ぐのに適する脂っこい食物の味の調整のためには、ラッキョウは駄目で、ニンニクだけがあいものなのらしい。
ラッキョは酢漬けがあっさりして最もよく、酒のぬか漬けものもあるが、少しもっさりとしてラッキョ本来のあっさりした味が求められない。ラッキョは、ニンニクや葱類と同様、わずかに抗菌作用があると言われている。そのために、日本食のようなビタミン群の少ない食事をしていても葱やラッキョなどを少し多量に食していると、脚気様症候群が現れてこないのであろう。それなくば、いかにビタミンの多い食物を摂取しても、腸内の大腸菌などの破壊作用によって常にビタミン不足の状態になり、脚気様症候群をひきおこすことになるのであろう。
私はそれよりも、もっと大切な役割をラッキョは人間の生体に与えているように思う。「本草備要」という中国の薬物書を見ると、「薤」は身体の中を調え、体の陽気をつけ、血が固まろうとするのを防ぎ、善良な肌肉を生ぜしめ、下腹のある諸臓器―特に大腸の機能の渋滞を解き、下痢や排便がしぶるのを治し、更に、狭心症や心筋梗塞のときのような、胸のつまり、刺すような痛みを治す作用があると書いてある。また、喘息のように、喉のつまり、ぜりつく[やぶちゃん注:意味不明。「ひりつく」か?]ようなものにもよい。ことに、漢方では、この「胸痺刺痛」を治す作用を重要視して、二千年以上昔からラッキョを薬用に用いている。すなわち、枳実薤白桂枝湯とか、括呂薤白白酒湯、瓜呂薤白半夏湯などという処方を用い、心臓の病気でも、肋間神経痛のような胸の痛みのある病にも広く応用して、誠に立派な効果を収めている。
私は日常、強いてラッキョの酢漬けを愛用するが、それはまた科学的にははっきりしていないまでも、心筋梗塞や狭心症の予防には欠くことができないのではないかと思って、できるだけ毎日、少しずつでも食べることにしている。それにしても、ラッキョを食うと、ラッキョ独特の悪臭が口臭として出るので、まあ他人に迷惑をかけることになりかねないところから、ラッキョを食べる日と時刻、それに分量とに、予め注意することにしている。
《引用終了》
「萆薢《ヒカイ》」中医学情報サイト「草根木皮みな藥」の「萆薢(ひかい)」に拠れば、これには「粉萆薢」(「ふんひかい」と音読みしておく。次も同じ)と「綿萆薢」(めんひかい)の二種があり、「粉萆薢」は単子葉植物綱ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属オニドコロ Dioscorea tokoro や同属の Dioscorea hypoglauca などの根茎(担根体)を、「綿萆薢」は同属のキクバドコロ Dioscorea septemloba やDioscorea futschauensis などの根茎が原材料である、とあった(但し、私から一言言っておくと、これら狭義のトコロ類は強烈な苦みがあって灰汁抜きしない限りは食用にはならないので注意されたい)。効能は「膏淋」(こうりん:混濁尿・尿量減少・排尿困難・残尿感などの諸症状)の常用薬、とあった。
「百部根《ビヤクブコン》」基原は、
単子葉植物綱タコノキ目ビャクブ科ビャクブ属ビャクブ Stemona japonica ・タチビャクブ S. sessilifolia ・タマビャクブ S. tuberosa の肥大根を乾燥したもの
である。たびたびで悪いが、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 百部(ビャクブ)」を引用させて戴く。
《引用開始》
百部は『名医別録』の中品に収載され,現代中薬学で止咳平喘薬に分類される薬物ですが,古来駆虫薬としても使用されてきました。生薬名に関して李時珍は「その根が多く,百数十の根の様子が5人組がいくつも合わさって一群となった部隊のようにみえるのでこのように名付けられたのだ」と説明しています.原植物の形態に関しては、蘇頌が「春苗が生えて藤蔓となり,葉は大きく尖って長く,頗る竹葉に似たもので,表面は青く光る」と言っており,これらは現在の市場品の一種であるビャクブ科のビャクブであろうと考えられます.
ビャクブ科は単子葉植物に属する4属30種からなる小さな群で,東南アジアからオーストラリア北部,東アジア,北アメリカ東南部に隔離分布しています.多年生草本で,単子葉植物としては変わった4数性の花をつけ,地下には肥大した根を発達させます.
ビャクブ Stemona japonica はジャポニカという種小名をもちますが,中国原産で江戸時代に薬草として日本に渡来した植物です.茎は上部がつる状になり縦に筋があり高さ60〜90 cm,全体がなめらかで無毛.肥大根は多肉質で紡錘形,数本から数十本が束生します.葉は通常 4 枚が輪生し,卵形もしくは卵状披針形,先端は鋭先形か漸鋭先形,基部は円形か切形に近く,全縁もしくはわずかに波状を呈し,5〜9 本の平行脈があります.葉柄は線形で長さ 1.5〜2.5 cm.5月に各柄に花被片4枚からなる淡緑色の小さな花が単生します.分布は山東,安徽,江蘇,浙江,福建,江西,湖南,湖北,四川,陝西省などです.
タチビャクブは高さ 30〜60 cm,茎は直立して分枝せず縦に筋があり,葉はふつう 3〜4 枚が輪生し,ほぼ無柄であることでビャクブとは区別できます。開花期は3〜4月.分布は山東,河南,安徽,江蘇,浙江,福建,江西省などです.
タマビャクブはより大型になり,茎上部は他物によじのぼって高さ5mに達します.葉は広卵形で通常対生する点で先の2種とは区別され,また長さ4〜6 cmの葉柄があります.塊根は多肉質で紡錘形か円柱形,長さ15〜30 cm.開花期は5〜6月で花被片に紫色の脈紋があります.分布は台湾,福建,広東,広西,湖南,湖北,四川,貴州,雲南省などです.
これらの植物に由来する百部は,ステモニン,ステモニジンなどのアルカロイドを含有します.これらのアルカロイドは呼吸中枢の興奮を抑制して鎮咳作用を示すと考えられますが,多量だと呼吸障害をおこします.また,煎液には抗菌作用,真菌抑制作用があり,エタノールエキスにはシラミなどに対する殺虫作用があります.古来駆虫・殺虫薬として使用されてきた所以です.漢方では潤肺,止咳などの効能を期待して,急性・慢性咳嗽,百日咳などに使用され,特に「肺癆咳嗽の要薬」として知られています.風邪などで咳が長く続く時には紫苑・白前・桔梗などと配合する止嗽散.肺結核などの肺陰虚で咳が続き,血痰のみられるときには生地黄・熟地黄・阿膠などと配合する月華丸などがあります.また,駆虫,殺虫などの作用を期待して,回虫症や蟯虫症に対して内服,あるいは蟯虫症には煎液を注腸したり,シラミや疥癬,トリコモナスなどでは煎液を患部に塗布したりします.かつて日本でも茎を「しらみひも」といって,シラミやノミを忌避するために下着に縫い込んでいたそうです.
一方,雲南省や四川省の一地区ではユリ科の Asparagus pseudofilicinus の塊茎を『百部』として用いています.これは天門冬の仲間で,やはり地下部が紡錘形に肥大して百部によく似ています.李時珍は「百部には茴香のような細葉のものもある.その茎は色青くて肥え,若いうちには煮て食べる」と記しており,『政和本草』の『峡州百部』の図や『本草綱目』の『小葉百部』の図は正に Asparagus 属植物であり,『図経本草』の天門冬の項にも「南獄では百部という」とあり,古くから混乱していたようです.ただし,含有成分から判断する限り,駆虫薬としての作用は期待できないと考えられます.
《引用終了》
「延胡索《エンコサク》」「藥品(1)」の「玄胡索」の注を、太字を入れて、引く。キンポウゲ目ケシ科ケマンソウ(華鬘草)亜科キケマン(黄華鬘)属エンゴサク(延胡索) Corydalis yanhusuo 、及び、東北延胡索 Corydalis ambigua の塊茎を基原とする漢方生薬。日本語のウィキもあるが、対象種の学名(しかも品種である)が不審なので、中文の「維基百科」の「延胡索」に基づいた。そこに異名として「玄胡索」もあるのである。そこに『中国本土の安徽省・山東省・浙江省・江蘇省・湖北省・河北省・河南省桔河市及び信陽市に分布し、主に丘陵地帯の草原で見られ、模式種の原産地は浙江省杭州』とあり、『辛味、苦味、温感を持つ様々なアルカロイドが含まれており、主に血液循環の促進・気の促進・鎮痛・鎮静・催眠効果がある』といったことが書かれてある。
「胡黃連《コワウレン》」「藥品(13) 服藥食忌」の同注を見られたい。
「山豆根《サンヅコン》」これは、マメ目マメ科クララ(エンジュ)連クララ属クララ Sophora flavescens であろう。本邦にも植生する。漢名「苦参」。和名は「眩草(くららぐさ)」で、根を噛むと、クラクラするほど苦いことに由来するという。ウィキの「クララ」によれば、『全草有毒であり、根の部分が特に毒性が強い』。『アルカロイド』(alkaloid:窒素原子を含み、ほとんどの場合で塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称)『のマトリン』(Matrine)『が後述の薬効の元であるが、薬理作用が激しく、量を間違えると大脳の麻痺を引き起こし、場合によっては呼吸困難で死に至る。素人が安易に手を出すのは非常に危険である』。『根は、苦参(くじん)という生薬であり、日本薬局方に収録されている。消炎、鎮痒作用、苦味健胃作用があり、苦参湯(くじんとう)、当帰貝母苦参丸料(とうきばいもくじんがんりょう)などの漢方方剤に配合される。また、全草の煎汁は、農作物の害虫駆除薬や牛馬など家畜の皮膚寄生虫駆除薬に用いられる』。『なお、延喜式には苦参を紙の原料としたことが記されているが、苦参紙と呼ばれる和紙が発見された例が存在せず、実態は不明である』が、二〇一〇年の『宮内庁正倉院事務所の調査で「続々修正倉院古文書第五帙第四巻」の』一『枚目は和紙、手触りや色合いが』、『延喜式での工程や繊維の特徴を持ち』、二『枚目は苦参の可能性が高いと判断した』とある。但し、平凡社「世界大百科事典」によれば、本邦では全くの別種であるマメ目マメ科ミヤマトベラ(深山扉木)Euchresta japonica を「山豆根」と称し、特に前者の毒性が強いことから、注意が必要である。こちらは本州(茨城県以西)・四国・九州、及び、中国大陸に分布する(最近までは日本固有種とされていた)。本邦の漢方では、根を乾燥して「山豆根(さんずこん)」の名称で、口腔・咽喉の病気に用いていた、とある。ここは、「和漢三才図会巻第三十九 鼠類 鼫鼠(りす) (リス類)」で注したものを援用した。
「鬱金《ウコン》」ここは、一度、悩まされた結果、その後遺症で、素直に注出来ないでいる。先行する「藥品(1)」の『「薑黃《きやうわう》」を以《もつて》、「鬱金《うこん》」と言《いふ》。』への迂遠な私の注を、どうぞ!!!
「啇陸《シヤウリク/やまごばう》」これは、古い八年前に公開した「和漢三才圖會第四十三 林禽類 杜鵑(ほととぎす)」で、私が詳細に考証してあるので、そちらを見られたい。
「天仙藤《テンセンタウ》」「跡見群芳譜」の「樹木譜」の「つづらふじ(葛藤)」によって、この名の正当な種は、『兩廣・雲南・インドシナ産』の、
キンポウゲ目ツヅラフジ科アオツヅラフジ(中文名:天仙藤)属天仙藤(中文名。「黃藤」とも呼ぶ)Fibraurea recisa
であることが判った。而して、馬鹿正直に、
この学名で「百度百科」を見ると……
……おや? 「黄藤素」に出てくるぞ?……
……さて? この「黄藤素」というのは、なんじゃい?……
英名に“Palmatine”とある。
当該ウィキによれば、『パルマチン』『は、プロトベルベリン系のアルカロイドである。キハダ( Phellodendron amurense )、Rhizoma coptidis / Coptis Chinensis 、Corydalis yanhusuo 等の様々な植物に含まれる』。『また、Enantia chloranthaから抽出されるプロトベルベリンの主要成分である』。『黄疸、赤痢、高血圧、炎症、肝臓関連病の治療薬として期待されている』。『またIn vitro』(イン・ヴィトロ:生物学の実験などに於いて、試験管内などの人工的に構成された条件下、すなわち、各種の実験条件が人為的にコントロールされた環境であることを意味する語。語源は「ガラスの中で(試験管内で)」を意味するラテン語。以上は当該ウィキに拠った)『では』、『弱い抗フラビウイルス活性も示す』とあった。
いや! ちょっと待たんカイ!
……じゃんじゃん、Fibraurea recisa から離れとらんかい?
……しかし、「黄藤素」の下の方を見ると、『主要活性成分』『本品为防己科植物黄藤Fibraurea recisa Pierre.干燥藤茎中提取得到的生物碱。』とあるなあ。後半は、同種の『乾燥した茎から抽出されたアルカロイドである。』の意だ。さらに下の、「適応症」を見ると、『上気道感染症・扁桃炎・腸炎・赤痢・尿路感染症、外科領域、及び、婦人科領域の細菌感染症の治療に用いられる。局所適用』として『点眼薬は結膜炎の治療に、膣点眼薬はカンジダ・アルビカンス感染症の治療に用いられる』とある。
……でも……やっぱ……何となく……これで、ええんやろうか? と疑問がモリモリしてきたのであった。
そこで、再度、調べてみた。すると、流石、神農子さんだ!
★「生薬の玉手箱 | 馬兜鈴(バトウレイ)」に違う「天仙藤」が登場しているノダ!!!
そこでは、基原を、
『ウマノスズクサ科(Aristolochiaceae)のマルバウマノスズクサ Aristolochia contorta Bunge およびウマノスズクサ A. debilis Siebold et Zucc. の成熟果実を乾燥したもの。』
とする。
《引用開始》
チョウの仲間は孵化後に幼虫が食す植物に卵を産み付けます。日本固有種で個体数が減少しているギフチョウの幼虫はウマノスズクサ科のカンアオイ属植物を食草とし、また雄成虫が麝香のような芳香を放つことで知られるジャコウアゲハの幼虫は今回の話題生薬「馬兜鈴」の原植物であるマルバノウマノスズクサやウマノスズクサなど、ウマノスズクサ属を食草とします。ウマノスズクサ属(Aristolochia)は熱帯や亜熱帯地域に広く分布し、500種以上が知られています。多くはつる性の草本または木本で、低木状になるものもあります。属名のアリストロキアはギリシャ語の「アリストス(aristos=最良の)」と「ロキア(lochia=出産)」からなり、古くから出産の痛みを和らげるためにこの属の植物が使われたことによるとされています。
馬兜鈴は『開宝本草』に収載された薬物で、『本草衍義』の著者の寇宗奭は「つる性のもので、木に付いて上に伸び、葉が落ちてからもその実がなお垂れ、その形状が馬の首に付ける鈴のようなものだからこの名称が起こったのだ」と記しています。また、根は獨行根や土青木香、地上部は天仙藤などと呼ばれ、それぞれ薬用とされています。現在、中国市場には馬兜鈴、青木香、天仙藤のなどの生薬が流通しています。
マルバウマノスズクサは多年生のつる性草本で、長さは1m 以上になります。葉は互生し、葉身は三角状の広卵形で長さ2.5〜7 cm、幅 2.5〜7 cm、全縁で先端は鈍形か鈍くとがり、基部は心臓形。独特の形をした花は3〜10個が葉腋間に束生し、花被は暗紫色で長さ1.5〜3.5cm、ほぼ斜めに湾曲し、上部は斜めのラッパ状で、先端は漸線形、中央部は管状を呈し、下部は花柱を包み、ふくれて球形をなしています。薬用部の蒴果も特徴的で、長さ3〜4 cmの倒広卵形か楕円状倒広卵形を呈し、未熟な頃は緑色で成熟すると黄緑色になり、室間にそって6弁に開裂し、果柄上で裂けて5〜6本の糸状となってぶら下がります。このぶら下がった果実の形が馬の首にかける鈴に似ていることから中国で馬兜鈴の名称が生まれ、日本ではウマノスズクサと呼んでいます。結実期は9月です。
果実にはアリストロキア酸やアリストロキン、マグノフロリンなどが含まれ、去痰、気管支拡張、抗菌作用などが知られています。漢方では止咳・化痰の効能があり、咽頭炎や気管支炎などの咳嗽や喀痰、血痰、嗄声などの症状に用いられます。小児の喘息や咽痛、咳嗽、血痰のみられるときには阿膠・杏仁・牛蒡子などと配合する阿膠散などがあります。このほか痔の出血や肛門周囲の腫痛にも用いられます。痔の治療には一般に内服しますが、馬兜鈴を瓶の中に入れて焼いて患部を薫じるという方法もあります。しかし、ウマノスズクサ科植物特有の成分であるアリストロキア酸は、重篤な腎障害を引き起こします。かつて、バルカン半島の農村部で起こったバルカン腎炎の原因物質でもあり、漢方薬原料としてもAristolochia属植物由来の「関木通」の長期服用による重篤な腎障害が問題となりました。そのため、馬兜鈴に限らず、近縁植物に由来する生薬の内服には十分な注意が必要です。
毒と薬は紙一重とよく言われます。馬兜鈴や附子などのように先人たちは毒草をよく理解し、少量を短期間に限って使用することによって治療薬として利用してきました。一方、自然界においても、ジャコウアゲハの幼虫は食した葉に含まれるアリストロキア酸をそのまま体内に溜め込み、さらにそのまま成虫にも移行保存されることによって外敵から身を守っていることが知られています。自然界における毒の有効利用ということでしょうか。さらに、別にジャコウアゲハに擬態することで我が身を守っている昆虫がいるそうですから、自然界の妙には驚かずにおれません。
《引用終了》
脱線だけど、この最後の一段落が、神農子さんの本骨頂で、チョーいいね!
さて。
この時、板坂卜齋が入手した朝鮮から齎された「天仙藤」が、果して、どっちだったのか、それは、判らぬ。
しかし、だ!
実は、このずっと後の「卷第九十六」の「蔓草類」に、「天仙藤」は、載る。而して、東洋文庫訳で、竹島淳夫氏は、これを割注で、『(ウマノスズクサ科)』としておられる。私も、単に、この疲れたドライヴの果てに、マルバウマノスズクサ・ウマノスズクサに落ち着いて眠りたい気がしているのである。識者の御意見を乞うものである。
「銀茈胡《ギンサイコ》」サイト「ミシマサイコという薬草を知っていますか! 相模原柴胡の会」の『古いにしえより伝わりし「柴胡が原さいこがはら」とミシマサイコ!』の、『漢方生薬「柴胡」に関する古典史料』の『「神農本草経」(西暦112年頃)』のコーナーに、『古代中国の神農が著したとされる最も古い中医薬学(本草学)の書物で、植物薬252種、動物薬67種、鉱物薬46種の合計365種に関する効能と使用方法が記載されている。薬性により上薬、中薬、下薬に分類されている』とし、『柴胡は上薬の部に『茈胡』』(☜)『の名で収載され、薬能は「心腹を主り、腸、胃中の結気、飲食積聚、寒熱邪気を除き、推陳致新(新陳代謝)を主る」と記されて』い『る』とあったので、これは「銀柴胡」と同義と採る。ただの「柴胡」なら、複数回既出既注で、セリ目セリ科ミシマサイコ(三島柴胡)属(或いはホタルサイコ属)ミシマサイコ Bupleurum stenophyllum の根である。解熱・鎮痛作用があり、多くの著名な漢方方剤に配合されている。ウィキの「ミシマサイコ」によれば、『和名は、静岡県の三島市付近の柴胡が生薬の産地として優れていたことに由来する(現在の産地は、宮崎県、鹿児島県、中国、韓国など)。』とある。しかし、「銀柴胡」は、それとは全く異なるものである。「金澤 中屋彦十郞藥局」の「●銀柴胡(ぎんさいこ、ギンサイコ)」によれば、『健康食品』とし、『銀柴胡の名は本草綱目に収載されて』おり、『色白く柔らかい』とし、基原は、『ナデシコ科の多年草、フタマタハコベ』『、またはその近縁植物の根であって』、『柴胡とは全く違う』と断じてある。『銀柴胡とはもともとは銀州に産する柴胡という意味であつたが』、『柴胡はセリ科の植物で全く異なる』と述べ、『フタマタハコベは乾燥した草原や岩の間に生え、ハコベに似た花が咲く』とする。「産地」は『中国』で、「成分」は『サポニン』とし、「応用」の項には、『かつては栄養の補給に使われた』とする。而して、このフタマタハコベは、「跡見群芳譜」の「野草譜」の「はこべ」に、以下の二つの学名が載る。
・ハコベ属フタマタハコベ Stellaria dichotoma (中文名『叉岐繁縷』。産地は『河北・西北・遼寧・吉林・黑龍江・モンゴリア・シベリア・極東ロシア産』
・フタマタハコベ Stellaria dichotoma f. lanceolata(中文名『狹葉叉岐繁縷』の他、『銀柴胡・牛肚根・沙參兒・白根子・土參』を挙げる)
しかし、この後者は、「維基百科」の、まさに「銀柴胡」の学名であった。そして、その「外部連結」の一つのリンク、「中藥標本數據庫 (香港浸會大學中醫藥學院)」のみが生きていた。ここである。そこには、基原は、『根と根茎』とあり、『原産地』は『主に甘粛省・寧夏回族自治区・陝西省・内モンゴル自治区などで生産されている。』とあり、「特徴」の項には、『亜円筒形で、時に枝分かれし、長さ15~40cm、直径0.5~2.5cm。表面は淡黄褐色から淡褐色で、ねじれた縦皺と細根痕があり、しばしば、穴状または円盤状の窪みがある。砂穴の点で折ると、褐色の亀裂から細かい砂が出ているのが見える。根の頭はわずかに膨らみ、芽、茎、または、根茎の残骸が密集した疣状の突起がある。硬くて脆く、折れやすく、破断面は不均一で比較的緩く、亀裂があり、樹皮は非常に薄く、黄色と白の放射状の縞模様が交互に現れる木質である。微かな匂いがあり、味は甘い。栽培品種は枝分かれし、下部はねじれていることが多く、直径0.3~1.2cmである。表面は淡黄褐色、又は、淡黄褐色で、細く明瞭な縦皺があり、細根痕は点状の窪みとして現れることが多い。根頭には多数の疣状突起があり、穴は殆んどない。割面は比較的緻密で、裂け目は殆んどなく、僅かに粉状で、材の放射状の条線は、あまり、目立たない。味は、やや甘みがある』とし、「効果」の項に、『清熱作用と清血作用があり、肺結核の発熱、慢性マラリアに伴う陰虚、発熱を伴う衰弱した小児に効果がある』と記す。しかし、そこにある学名は、変種
Stellaria dichotoma L. var. lanceolata
であった。私がデイグ出来たのは、ここまでである。
「藜蘆《レイロ/しゆろさう》」「藥七情」で既出既注。そちらの私の注を見られたい。
「續斷《ゾクダン》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 続断(ゾクダン)」では、「基原」として『中国産は』 Dipsacus asperoides 『C.Y Cheng et T.M.Ai(マツムシソウ科 Dipsacaceae)の根を乾燥したもの』としており、最後に『続断の原植物は未だに混乱し,明らかにはされていません。一般に,本生薬のように,薬効が生薬名となったものには異物同名品が多いようです』と記されてある。
「烏頭《ウズ》」「烏頭」は猛毒で知られるモクレン亜綱キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科トリカブト(鳥兜・草鳥頭)属 Aconitum を指す。種にもよるが、致命的な毒性を持ち、狩猟や薬用に利用されてきた歴史がある。
「薑黃《キヤウワウ》」前の「鬱金《ウコン》」の注と同じで、先行する「藥品(1)」の『「薑黃《きやうわう》」を以《もつて》、「鬱金《うこん》」と言《いふ》。』への迂遠な私の注を見よ。
「漏蘆《ラウロ/ひごたい》」植物体は、一つに、
キク目キク科ヒゴタイ属ヒゴタイ Echinops setifer
とする。当該ウィキに拠れば、『多年生植物』で、『和名の漢字表示については「平江帯」(貝原益軒の大和本草)または「肥後躰」(肥後細川家写生帖)などがある』。『日当たりの良い山野に生える。葉はアザミに似て切れ込みがあり、棘を有する』。『花期は8月から9月。花茎が1~1.5m程度直立し、その先に直径5cm程の青い球形の花が咲く。これは瑠璃色の小さな花が球状にかたまって咲いたもので、写真のように一株に』、『複数』、『咲く』。『朝鮮半島の南部から、西日本の所々に咲く。日本では愛知県、岐阜県、広島県と九州の特定箇所で見られる。九州中部の九重山から阿蘇山周辺の草原では、元々自生していたが、今では野生以外に種を蒔いて増やした株も見られる』とあるが、「維基百科」の同種「糙毛蓝刺头」によれば、『日本、韓国、中国本土の河南省と山東省の一部に分布し、主に丘陵の斜面に生育する』とある。但し、本種の正確な薬効は、遂に見出せなかった。
別に、
キク目キク科ヒゴタイ属オクルリヒゴタイ Echinops latifolius
とする。「伝統医薬データベース」の「漏蘆」で、その学名を示し、「臨床応用」に『解熱,解毒,抗炎症,排膿,催乳薬として,癰疽,疔瘡腫毒,瘰癧,乳癰,乳汁不通などに応用する.近年本品の黒焼きを痔疾に外用している.』とあり、「頻用疾患」には、『皮膚化膿症, 乳房が張って痛む, 乳汁分泌不全, 発熱, 痔』とあった。]
修善寺の庭園の特別公開の最終日の観覧に合わせて、念願だった「修善寺の大患」の宿「菊屋」に泊った。現在、耐震基準に合っていない「梅の間」も、乞うて案内して貰った(実際の部屋は別な場所に移転され、保存されてある)。感慨無量であった。また、その内、連れ合いの晩秋の紅葉の写真とともに、挙げる。暫し、待たれよ。
[やぶちゃん注:以下、早稲田大学図書館「古典総合データベース」で見て貰うと判る通り、本文は、良安の評言の前の最後「河豚」の一行を除いて、第一部が、二つの項目で一行で空欄を設けて記載されてあるのだが、無駄に空けると、ブラウザの不具合が生じるので、原文の部は引き上げて、独立の一文とした。
本篇は、特定の飲食に際して、同時に合わせて食べてはいけない禁忌となる食物を記したものである。本邦で言うところの、所謂、「食い合わせ」に相当するものである。今までと同様に漢方学的なものは注を附すが、漢字で判る動植物(言うまでもないが、メイン部分は、今までと同じ、基本は「本草綱目」を中心とした中国の本草書からのものである)は、中国と日本で異なるもの場合のみとする。]
飮食禁忌【如牛馬羊犬者本朝人不食故省故不記之】
雞肉 忌蒜葱芥末糯米鯉野雞
沙餹 忌鯽魚笋
[やぶちゃん注:「鯽」は、原本では、「魚」が「𩵋」、(つくり)の中央部の最初の一点が存在せず、下部は「ヒ」ではなく、縦画の中央右に二つの「―」が突き出している。しかし、そのような異体字は存在しないので、「鯽」の字で示した。]
雉肉 忌蕎麥木耳胡桃鯽鮎魚
蕎麥 忌雉𮌇猪𮌇
螃蠏 忌荊芥柿橘軟棗
木耳 忌雉𮌇野鴨
鰕子 忌鷄𮌇猪𮌇
芥子 忌鯽雞鼈兎
綠豆 忌榧子殺人又忌鯉魚鮓
乾笋 忌沙餹鱘魚
胡桃 忌野鴨雉及酒
批杷 忌熱麪
胡蒜 忌魚鱠魚鮓鯽魚雞
桃子 忌鼈𮌇
鼈𮌇 忌莧菜薄荷芥菜桃雞子
銀杏 忌鰻鱺
鯽魚 忌芥末蒜餹雞雉
楊梅 忌生葱
魚鮓 忌豆藿麥醬蒜緑豆
慈姑 忌茱萸
河豚 忌煤炲荊芥防風菊花桔梗甘草烏頭附子
△按今人食鷄𮌇多入葱蒜爲臛呼名南蠻
又有食鯽鱠胡葱蒜和芥醋者
又有食野鴨臛木耳椎茸之類者呼名𤎅鳥
本草所謂鯽與芥菜同食成腫疾雞與生葱同食成蟲
痔然則雖急不有害好食之者甚不可
相傳蕎麥與西瓜同食煩悶多至死又鰻鱺浸醋乃鰻鱺
膨張於腹中故使人煩悶也蓋西瓜似水而速降故先
西瓜後蕎麥則無害乎今人毎炙鰻鱺合蓼醋食之亦
無害多食則必損人至死者有之
*
飮食≪の≫禁忌【牛・馬《むま》・羊・犬のごときは、本朝の人、食≪せ≫ず。故《ゆゑ》、省《はぶき》て、之≪を≫記《しる》さず。】
雞《にはとり》≪の≫肉 蒜《にんにく》・葱《ねぎ》・芥《からし》の末《まつ》[やぶちゃん注:粉末。]・糯米《もちごめ》・鯉《こひ》・野-雞(きじ)を忌《いむ》[やぶちゃん注:以下、全部同じであるが、面倒なので「忌む」で示す。]。
沙餹《さたう》 鯽魚《ふな》・笋《たかんな/たけのこ》を忌む。
雉肉《きじにく》 蕎麥《そば》・木耳《きくらげ》・胡桃《くるみ》・鯽《ふな》・鮎魚《なまづ[やぶちゃん注:要注意! 「あゆ」ではない! 後注参照!]》を忌む。
蕎麥 雉肉・猪肉《ゐのこにく》を忌む。
螃蠏(かに)[やぶちゃん注:広義のカニ。] 荊芥《けいがい》・柿《かき》・橘《いつ》・軟-棗《なつめ》を忌む。
木耳(きくらげ) 雉《きじ》𮌇・野-鴨(かも)を忌む。
鰕子(えび[やぶちゃん注:この場合は「子」は「小」で、中国語で、比較的小さなエビ、或いは、製品としての干しエビを指す。]) 鷄𮌇《けいにく》・猪𮌇《ゐのこにく》を忌む。
芥子(からしのこ) 鯽・雞・鼈《すつぽん》・兎《うさぎ》を忌む。
緑豆(ぶんどう) 榧《かや》の子《み》≪を≫忌む。人≪を≫殺《ころす》。又、鯉-魚-鮓《こひのすし》を忌む。
乾笋《めんま》 沙餹・鱘魚《てふざめ》を忌む。
胡桃(くるみ) 野-鴨《かも》・雉、及《および》、酒を忌む。
批杷《びは》 熱-麪《ねつめん》[やぶちゃん注:汁の熱い麺類物。]を忌む。
胡(にんにく) 魚-鱠(なます)・魚《うを》の鮓《すし》・鯽魚・雞を忌む。
桃の子《み》 鼈《すつぽん》の𮌇を忌む。
鼈-𮌇《すつぽん≪のにく≫》 莧-菜(ひゆ≪な≫)・薄荷《はつか》・芥-菜(からし)・桃・雞子《けいらん》を忌む。
銀杏《ぎんあん[やぶちゃん注:ママ。]》 鰻-鱺(うなぎ)を忌む。
鯽-魚《ふな》 芥《からし》の末《まつ》・蒜《にんにく》・餹《さたう》・雞《にはとり》・雉を忌む。
楊梅(やまもゝのみ) 生《なま》≪の≫葱《ねぎ》を忌む。
魚鮓(《うを》のすし) 豆-藿(まめのは)・麥-醬(しやうゆ)・蒜《にんにく》・緑豆《りよくたう》を忌む。
慈姑(くわい) 茱萸(ぐみ)を忌む。
河豚(ふくとう[やぶちゃん注:江戸時代のフグの呼称の一つ。]) 煤-炲(すす)・荊芥《けいがい》・防風《ばうふう》・菊花《きくくわ》・桔梗《ききやう》・甘草《かんざう》・烏頭《うず》・附子《ぶす》を忌む。
△按ずるに、今≪の≫人、鷄𮌇《けいにく》を食し、多《おほく》、葱《ねぎ》・蒜《にんにく》を入《いれ》て、臛(にもの)と爲《なし》、呼んで、「南蠻煑《なんばんに》」と名《なづ》く。
又、鯽-鱠《ふなのなます》を食≪ふと≫、胡-葱(あさつき)・蒜《にんにく》を芥-醋《からしず》を和《まぜる》者、有《あり》。
又、野-鴨(かも)の臛《あつもの》を食≪ふに≫、木耳《きくらげ》・椎茸の類《たぐゐ》を入《いれる》者、有り、呼《よん》で、「𤎅鳥(いりとり)」と名《なづ》く。
「本草≪綱目≫」に、所謂《いはゆ》る、『鯽《ふな》と芥菜《からしな》を同《おなじく》食へば、腫疾《しゆしつ》を成《しやう》ず』、『雞《にはとり》と生葱《なまのねぎ》を同《おなじく》食へば、蟲痔《ちゆうじ》と成《な》る』と云《いふ》[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]。然《しか》れば、則《すなはち》、急に≪は≫、害、有らずと雖も、好んで、之れを食ふは、甚《はなはだ》、不可なり。
相傳《あひつた》ふ、「蕎麥《そば》と西瓜《すいか》と、同食すれば、煩悶して、多《おほく》、死に至る。」≪と≫。又、「鰻鱺《うなぎ》を醋《す》に浸《ひた》せば、乃《すなはち》、鰻鱺、腹≪の≫中に膨張す。」≪と≫。故《ゆゑ》、人をして煩悶せしむなり。蓋し、西瓜は、「水《すい》」[やぶちゃん注:五行の「水」であるので、音で読んだ。]に似て、速《すみや》かに、降《くだ》る。故《ゆゑ》、西瓜を先にし、蕎麥を後にする時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則《すなはち》、害、無きか。今の人毎《ごと》に、鰻鱺に《✕→を》炙《あぶ》り[やぶちゃん注:一・二点はないが、脱落と断じて、返して訓読した。]、蓼醋(たです)を合《あはし》て、之≪れを≫食へども、亦、害、無し。≪但し、≫多《おほく》食へば、則《すなはち》、必《かならず》、人を損ず。死に至《いたる》者、之《これ》、有《あり》。
[やぶちゃん注:「牛・馬《むま》・羊・犬のごときは、本朝の人、食≪せ≫ず。」本邦では、永く、農耕に使うもの、家畜、及び、縄文以降、猟犬としていた犬(縄文人は亡くなった犬を丁重に埋葬している。これを最初に発見したのは、父が石器・土器研究を直接に指導して下さった考古学者酒詰仲男先生である。先生については、私のサイト「鬼火」のホームページに、『落葉籠――昭和22(1947)年群馬県多野郡神流川流域縄文遺跡調査行ドキュメント――日本考古学の「種蒔く人」酒詰仲男先生の思い出に藪野豊昭(画像附word文書 18MB)』があり、先生は、詩人でもあられ、同じ場所に『土岐仲男詩集「人」 附やぶちゃん注』もあるので、是非、読まれたい。)等は、基本、一般人の食の対象ではなかった(古代から野生の鹿・猪は普通に食された。また、武士が台頭してくると、彼らの間で「珍味」として好んで食われた事実はある)。特に仏教伝来以後、殺生戒によって忌避されるようになった。但し、江戸時代まで、「藥食ひ」と称して、一般庶民が獣肉を食うことがあったことは御存知であろう。ウィキの「日本の獣肉食の歴史」は、問題なく、細部も、よく書けている方なので、見られたい。なお、「馬《むま》」の訓は、「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 野馬(やまむま) (モウコノウマ或いはウマ)」の読みを採った。
「鯉」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の冒頭の「鯉」を見られたいが、これは、初版が二〇〇七年で、実は、二〇〇八年に馬渕浩司氏が、論文「mtDNA 解析により暴かれたコイ外来系統の隠れた大規模侵略」によって、日本在来コイと、大陸由来のコイがいることが明らかになった。詳しくは、「国立環境研究所」公式サイト内の馬渕先生の「DNAが語る日本のコイの物語 特集 日本の自然共生とグローバルな視点 【研究ノート】」を見られたい。
「野-雞(きじ)」中国と本邦では、種が異なる。「和漢三才圖會第四十二 原禽類 野鷄(きじ きぎす)」の私の冒頭注を参照されたい。
「沙餹」砂糖に同じ。
「鯽魚」「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「鯉」の次の「鮒 ふな」を見られたい。但し、フナ属の分類は非常に難しいことが知られており、そこでは、総てをリストしていないので、取り敢えず、ウィキの「フナ」をリンクさせておく。日中で同一種ではないかとされる種、日本固有種、及び、中国・日本には自然棲息はしない条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科フナ属ヨーロッパブナ Carassius carassius(但し、中国のフナ養殖では大半が本種である)がいる。
「鮎魚《なまづ》」「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の冒頭の「鮎 なまづ」、及び、以下に続く各種で、散々ぱら、問題にしたが、知られた「瓢鮎圖」で知られる通り、
中国では――「鮎」及び「鮧」は――ナマズ目ナマズ科 Siluridae のナマズを指す
のである。
「荊芥」「薑芥(きやうがい)」とも。中国の本草書「神農本草経」(「鼠實」)や東洋文庫訳の割注(「めづみ草」)によれば、シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia のこととなる。ウィキの「ケイガイ」によれば、『薬用植物』とし、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。「アリタソウ」という別名がある。ただし、本種はシソ科であり、アカザ科のアリタソウとは全く別の物である』とある。
「橘《いつ》」何度も注してきたが、「卷第八十七 山果類 橘」の注で言った通りで、「橘」は中古・近世までの中国では、双子葉植物綱ムクロジ(無患子)目ミカン科ミカン亜科ミカン連ミカン亜連ミカン属 Citrus 、或いは、その上位のタクソンに含まれる、広義のミカン類を総称するものであって、特定種に限定することは出来ないのである。なお、これを和名の「たちばな」とやらかしたら、一発退場なのだ。ミカン属タチバナ(橘) Citrus tachibanaは日本固有種だからである。
「軟-棗」「卷第八十六 果部 五果類 棗」を見られたい。音の歴史的仮名遣では「カンサウ」ではあるが、如何にも佶屈聱牙なので、特異的に訓じた。
「木耳(きくらげ)」菌界担子菌門真正担子菌綱キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ属キクラゲ Auricularia auricula-judae (当該ウィキによれば、学名の『属名はラテン語の「耳介」に由来する。種小名は「ユダの耳」を意味し、ユダが首を吊ったニワトコ』(マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属セイヨウニワトコ Sambucus nigra であろう)『の木からこのキノコが生えたという伝承に基づく。英語でも同様に「ユダヤ人の耳」を意味するJew's earという。この伝承もあってヨーロッパではあまり食用にしていない』とある)。既に述べたが、種小名は差別学名の臭いが濃厚で、私は変更すべきものと考えている。
「芥子(からしのこ)」フウチョウソウ(風蝶草)目アブラナ目アブラナ科アブラナ属セイヨウカラシナ変種カラシナ Brassica juncea var. cernua であるが、この良安の「のこ」のは、思うに草体を乾して粉砕した「粉(こ)」の意であろうと思われる。
「緑豆(ぶんどう)」双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科ササゲ属ヤエナリ Vigna radiata の種子の名である。「維基百科」の同種は「绿豆」である。要は、我々が食べている「もやし」の種だ! 注することが貧しいので、当該ウィキを引いてお茶を濁しておく(注記号はカットした)。『食品および食品原料として利用される。別名は青小豆(あおあずき)、八重生(やえなり)、文豆(ぶんどう)。英名から「ムング豆」とも呼ばれる。アズキ ( V. angularis ) とは同属。 グリーンピースは別属別種のエンドウ』(マメ亜科エンドウ属エンドウ Pisum sativum )『の種子』。『インド原産で、現在はおもに東アジアから南アジア、アフリカ、南アメリカ、オーストラリアで栽培されている。日本では』十七『世紀頃に栽培の記録がある』。これには、注釈があって、『一時』、『日本では縄文時代にすでに渡来していたといわれていたが、現在では』、『この時代の遺跡からの出土種子はアズキ』(マメ亜科ササゲ属アズキ変種アズキ Vigna angularis var. angularis )『の栽培化初期のものとみなされており、リョクトウの縄文時代栽培は否定されている』とあった)。『ヤエナリは一年生草本、葉は複葉で』三『枚の小葉からなる。花は淡黄色。自殖で結実し、さやは』五~十センチメートル、『黄褐色から黒色で、中に』十~十五個『の種子を持つ。種子は長さが』四~五ミリメートル、『幅が』三~四ミリメートル『の長球形で、一般には緑色であるが』、『黄色、褐色、黒いまだらなどの種類もある』。『日本においては、もやしの原料(種子)として利用されることがほとんどで』、『ほぼ全量を中国(内モンゴル)から輸入している』。『中国では、春雨の原料にする』『ほか、月餅などの甘い餡や、粥、天津煎餅のような料理の材料としても食べられる。北京独特の飲料としてリョクトウからデンプンを採る際の上澄みを原料に、これを発酵させた豆汁がある』。中国の『凉粉』(りょうふん:北京の夏のおやつで、緑豆で作った「ところてん」状のものを切って、その上に酢・ニンニク・ゴマのペースト・醬油などをまぶして食べるもの)『の原料にも使われる』。『朝鮮半島では』十六『世紀前半の』韓国最古の調理書「需雲雜方」に、『リョクトウのデンプンを水溶きして加熱し、これを孔をあけたヒョウタンの殻に入れて、孔から熱湯にたらし麺状にして水にさらす食品が記載されている』。一六七〇『年頃の』朝鮮時代の張桂香撰になる料理書「飮食知味方」『では、同様な製法で麻糸のようにした食品を匙麺(サミョン)として記している。また、伝統的にリョクトウデンプンはネンミョンのつなぎとして利用されていた。 咸鏡道ではリョクトウのデンプンのみを使った』「押しだし麺」『がある。中国と同様に餡にするほか、水に漬けた上ですり潰したものを生地としてチヂミの一種ピンデトッにしたり、デンプンを漉しとってムㇰという寄せものにする。リョクトウから作ったムㇰをノクトゥムㇰ(ノクトゥ=緑豆)と呼び、特にクチナシの実で着色したものをファンポムㇰ、着色しないものをチョンポムㇰと呼ぶ。なお、朝鮮語ではこのリョクトウにちなんで、デンプンのことを一般的に「ノンマル」(녹말=綠末、「緑豆粉末」の略)と呼ぶ』。『香港やシンガポール、ベトナムでは、甘く煮て汁粉の様なデザート(広東料理の糖水、ベトナムのチェーなど)にすることが多く、それを冷やし固めたようなアイスキャンディーもある。リョクトウの糖水を緑豆湯または緑豆沙、リョクトウのチェーをチェー・ダウ・サイン(Chè đậu xanh)と呼ぶ』。『緑豆糕(りょくとうこう)と呼ばれる、木型に入れて成形した菓子は、ベトナムのハイズオン』(ここ。グーグル・マップ・データ)『や中国の北京、桂林などの名物となっている』。『インドやネパール、アフガニスタン、パキスタンでは、去皮して二つに割ったリョクトウをダール(豆を煮たペースト)にする。リョクトウと米を炊きあわせた米料理(キチュリなど)は、南アジアから中央アジアにかけて広く食べられている。南インドでは、ドーサに似たクレープ状の軽食ペサラットゥ』『が作られる』。『また、漢方薬のひとつとして、解熱、解毒、消炎作用があるとされる』。『リョクトウには、血糖値の上昇を抑制する効果のあるα-グルコシダーゼ阻害作用がある』とある。糖尿病歴十年になんなんとする私だから、せいぜい、「もやし」、食うかな。
「榧《かや》の子《みを》忌む。人≪を≫殺《ころす》」これは、「卷第八十八 夷果類 榧」にも記されてあるのだが、その時も調べたが、人を殺すまでの有毒性を持っているとする記載は何処にも見当たらなかった。しかし、例えば、貝原益軒の「養生訓」の「巻第一 總論 上」に、『○綠豆(ぶんどう)に榧子(かや)を食し合(あは)すれば人を殺す。』とあり、直ぐ後にも、『○和俗の云(いふ)、蕨粉(わらびこ)を餠とし、綠豆を「あん」にして食へば、人、殺す。』とあるので、よっぽど、「緑豆」には「食い合わせ」の最悪の限定反応性毒性があるものと考えられていたらしいなぁ……わけワカメだけど……。
「鯉-魚-鮓《こひのすし》」これは、強い酢でシメたものである。以下、「鮓」は同じ。老婆心乍ら、ゆめゆめ、日本の寿司を想起されぬように。
「乾笋《めんま》」日中辞典で「干笋」を見て読み振った。所謂、「メンマ」は、ミャンマー(ビルマ)北部から中華人民共和国南部や台湾にかけて分布する単子葉植物綱イネ目イネ科タケ亜科タケ連属マチク(麻竹)属マチクDendrocalamus latiflorus の筍(たけのこ)から作る。
「鱘魚《てふざめ》」東洋文庫訳では『かじき』とルビしてあるが、私は、完全な誤りであると断ずる。確かに、「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱘 かぢとをし)」では、目録のヘッドでは、『[ハシナガチョウザメ/カジキ]』とは、した。しかし、私は、
『「本草綱目」の著者李時珍は、殆んど海辺に出向いて、海洋性魚類の観察なんぞは、全くしていなんだぞ? しかも、カジキだぞ!?! 俺は海洋生物フリークだけど、カジキの魚体の生体さえ、見たこと、ないんだぞ? おかしかねえか!?! そもそも、中国の圧倒的立地性は内陸なんだ! こいつは、海性魚類じゃねえんじゃないか? そもそも、この巻は「無鱗魚」だぞ? ヘンだべ!!!――鱗あるけど、ないようにも見える淡水魚!――いるぞ! いるぞッツ!――チョウザメだよ!
と気づいたのだ!
以下、私が、そちらの注で述べた決定打を引く。
*
これについては、本ページを読まれた「釜石キャビア株式会社」というところで、チョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏から、二〇〇八年六月六日、この「かじとうし」の絵は、長江に生息するハシナガチョウザメであると考えらるというメールを頂戴した(リンク先は私のブログ記事)。以下に、メール本文の一部を引用する。
◇〔引用開始〕
「かじとうし」の絵、長江に生息します、ハシナガチョウザメと考えられます。チョウザメの仲間の中では特異な姿をしており、口に歯がはえております(チョウザメ類には歯が無い)。現在、長江でも絶滅したと考えられ、わずかな尾数を中国政府が保護飼育しております。添付図は中国のハシナガチョウザメの切手でございます。
◇〔引用終了〕
私は本ページで「鱣」・「鱘」・「鮪」にチョウザメの影を感じてきてはいたのであったが、メールを頂いた当初は、これは良安がオリジナルに描いたのだから、幾ら何でも当然、海産のスズキ目メカジキ科 Xiphiidae 及びマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)の絵であるだろうと思っていたのだが、そのように言われて、よく見ると、これは時珍の「本草綱目」の「鱘魚」の叙述に従って、頬に星の模様まで入れて描いた想像図、カジキの実見描画ではなかったのである。これは、もう、間違いなく、Y氏の指摘された、英名“ Chinese swordfish ”、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目ヘラチョウザメ科ハシナガチョウザメ属の異形種であるハシナガチョウザメ(古くはシナヘラチョウザメと呼称した) Psephurus gladius の叙述と考えてよい。Y氏から提供して戴いた中国切手の画像も以下に示す。まさにチョウ! 極似じゃないか!
私は、何時か、このY氏を釜石に訪ねし、親しくお逢いしたく思っていた。しかし、二〇一一年の大震災で被災され、ネットで調べても、「釜石キャビア株式会社」はサイトがなくなっていた。痛恨の極みであった。どこかで、再起され、チョウザメを飼育されておられることを心から祈っている……。
*
この経験は、当時の私にとって、最大の自信となったのだ。実際、私の以上の記載は、後に、さる学術論文に引用されたのである。私がデジタル・クリエーターとしての本当の一歩は、芥川龍之介ではなく、この引用だったのだと、今、思い至ったのであった。
「莧-菜(ひゆ≪な≫)」既注だが再掲すると、「莧」の音は「カン」。これは、
双子葉植物綱ナデシコ目ヒユ科 Amaranthaceae 、及び、その近縁種の総称
である。食用になる。中でもよく知られるものに、私の家の庭にもある、
ナデシコ目スベリヒユ科スベリヒユ属スベリヒユ Portulaca oleracea
がある。夏に全草を採って根を除き、水洗いして日干し乾燥したものは生薬になり、馬歯莧(ばしけん)と称されている。民間薬として、解熱・解毒・利尿や、虫刺されに効用があるとされる。
「楊梅(やまもゝのみ)」「卷第八十七 山果類 楊梅」を見よ。
「豆-藿(まめのは)」この熟語は広く、「豆の葉」の意の他に、「藿」が「藿香」(カッコウ)というシソ科の多年草を基原とする漢方の意味がある。後者は既に「藥品(1)」で詳注してあるが、「豆」と頭につけているので、後者とはうまく合わないから、前者の「食用とするマメ科の葉」の一般通称と採ってよい。
「慈姑(くわい)」これは、一言では言えない。良安が具体な植物体を致命的に同定誤認しているからである。「卷第九十一 水果類 慈姑」の迂遠な私の注を見られたい。
「茱萸(ぐみ)」これも、ちと、厄介。バラ目グミ科グミ属 Elaeagnus のグミ類ではないからである。「第八十九 味果類 蜀椒」の「茱萸《しゆゆ》」の私の注を、必ず、見られたい。
「河豚(ふくとう)」現代中国語ではイルカをも指すが、ここは、フグでよい。
「煤-炲(すす)」中国語で、「煤」(すす)、「煙の中に含まれる黒い微粒子」の意。
「荊芥」「薑芥(きやうがい)」とも。中国の本草書「神農本草経」(「鼠實」)や東洋文庫訳の割注(「めづみ草」)によれば、シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia のこととなる。ウィキの「ケイガイ」によれば、『薬用植物』とし、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。
「防風」セリ目セリ科ボウフウ属ボウフウ Saposhnikovia divaricata の根及び根茎を乾燥させた生薬名。但し、本種は中国原産で本邦には自生はしない。
「烏頭」「烏頭」は猛毒で知られるモクレン亜綱キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科トリカブト(鳥兜・草鳥頭)属 Aconitum を指す。種にもよるが、致命的な毒性を持ち、狩猟や薬用に利用されてきた歴史がある。
「附子」何度も注しているが、再掲する。「鳥頭」(うず)と同義。トリカブト(モクレン亜綱キンポウゲ目キンポウゲ科トリカブト属 Aconitum )のトリカブト類の若い根。猛毒であるが、殺虫・鎮痛・麻酔などの薬用に用いられる。「そううず」「いぶす」とも言う。
『「本草≪綱目≫」に、所謂《いはゆ》る、『鯽《ふな》と芥菜《からしな》を同《おなじく》食へば、腫疾《しゆしつ》を成《しやう》ず』、『雞《にはとり》と生葱《なまのねぎ》を同《おなじく》食へば、蟲痔《ちゆうじ》と成《な》る』と云《いふ》』前者は、「維基文庫」の「菜之一」の「芥」の項の「莖葉」の「【氣味】」の最後に、『思邈曰:同兔肉食,成惡邪病。同鯽魚食,發水腫。』とあり、後者は、「維基文庫」の「禽部」の「禽之二」の冒頭の「雞」の「諸雞肉氣味食忌」の最後に、『弘景曰︰小兒五歲以下食雞生蛔蟲。雞肉不可合葫蒜、芥、李食,不可合犬肝、犬腎食,並令人泄痢。同兔食成痢,同魚汁食成心瘕,同鯉魚食成癰癤,同獺肉食成遁尸,同生蔥食成蟲痔,同糯米食生蛔蟲。』とあるのが、それである。]
[やぶちゃん注:以下、早稲田大学図書館「古典総合データベース」で見て貰うと判る通り、原本標題の割注は一字空白で、本文は、最後の一行を除いて、第一部が二段、第二段が四段体裁で、その間が有意に空いて下方の一部は横に並べてあるのであるが、無駄に空けると、ブラウザの不具合が生じるので、実際には、内容は続いていることからも一字空けとし、訓読では引き上げて、独立の一文とした。
本篇は、特定の服薬をするに際し、患者が食べてはいけない禁忌となる食物を記したものである。]
服藥食忌【如羊犬狸𮌇者本朝人嘗不食故忌之藥省不記之】
[やぶちゃん注:「羊」は「グリフウィキ」のこの異体字の、上部が「ハ」の字形のものだが、表示出来ないので、通用字を用いた。「𮌇」は「肉」の異体字。]
有白朮蒼朮 勿食桃李雀𮌇胡荽大蒜青魚鮓等物
[やぶちゃん注:実は、原本では「白术蒼木」となっているのだが、これは、以上の通り、「白朮蒼朮」の誤りである。恐らく良安の誤りではなく、版元の誤刻である。特異的に訂した。]
有荊芥 勿食河豚及一切無鱗魚蟹
有天門冬紫蘓丹砂龍骨 忌鯉魚
[やぶちゃん注:「蘓」の字は「グリフウィキ」のこの異体字であるが、表示出来ないので、通用字を用いた。同じく、「鯉」の(へん)の「魚」が「𩵋」であるが、表示出来ないので通用字を用いた。]
有黃連桔梗鳥梅胡黃連 忌猪𮌇
有土荻苓威靈仙 忌麪及茶
有茯苓茯神丹參 忌醋及一切酸
有地黃何首烏 忌蘿蔔葱
有常山 勿食生葱生菜
有甘草 勿食菘菜海藻
有巴豆 勿食野猪𮌇
有半夏菖蒲 勿食飴糖
有牡丹 勿食蒜胡荽
有厚朴蓖麻 勿食炒豆
有當歸 勿食濕麪
有薄荷 勿食鼈𮌇
有鼈甲 勿食莧菜
有檳榔 勿食橙橘
凡服藥不可多食生蒜胡菜生葱諸果油膩物
*
服藥《ふくやく》≪の≫食忌《しよくき》【羊・犬・狸≪の≫𮌇ごときは、本朝《ほんてう》の人、嘗(もとよ)り、食はず。故《ゆゑ》、之を忌《い》む藥は、省(はぶ)きて。之を記《しる》さず。】
白朮《びやくじゆつ》・蒼朮《さうじゆつ》、有らば、桃李《たうり》・雀≪の≫𮌇・胡荽《こずい》・大蒜《おほひる》・青魚《さば》≪の≫鮓《すし》等の物を食ふ勿《なか》れ。
荊芥《けいがい》、有らば、河豚《ふぐ》、及《および》、一切≪の≫無鱗魚・蟹《かに》を食ふ勿れ。
天門冬《てんもんどう》・紫蘓《しそ》・丹砂《たんしや》・龍骨《りゆうこつ》、有らば、 鯉魚《こい》を忌《い》む。
黃連《わうれん》・桔梗《ききやう》・烏梅《うばい》・胡黃連《こわうれん》、有らば、 猪《ゐのしし》の𮌇を忌む。
土茯苓《どぶくりやう》・威靈仙《いれいせん》、有らば、麪《めん》、及≪び≫、茶を忌む。
茯苓・茯神《ぶくじん》・丹參《たんじん》、有らば、醋《す》、及《および》、一切の酸《さん》を忌む。
地黃《ぢわう》・何首烏《かしゆう》、有らば、蘿蔔《すずしろ/だいこん》・葱《ひともじ/ねぎ》を忌む。
常山《じやうざん》、有らば、生葱《なまねぎ》・生菜《なまな》を食ふ勿れ。
甘草《かんざう》、有らば、菘菜・海藻を食ふ勿れ。
巴豆《はづ》、有らば、野-猪(ゐのしゝ)の𮌇を食ふ勿れ。
半夏《はんげ》・菖蒲《しやうぶ》、有らば、飴-糖(あめ)を食ふ勿れ。
牡丹、有らば、蒜《にんいく》・胡荽《こずい》を食ふ勿れ。
厚朴《こうぼく》・蓖麻(たうごま)、有れば、炒豆《いりまめ》を食ふ勿れ。
當歸《たうき》、有れば、濕《しめ》≪れる≫麪《めん》を食ふ勿れ。
薄荷《はつか》、有れば、鼈-𮌇(すつぽんの《にく》)を食ふ勿れ。
鼈甲《べつかう》、有れば、莧-菜(ひゆ)を食ふ勿れ。
檳榔《びんらう》、有れば、橙(だいだい)・橘(みかん)を食ふ勿れ。
凡《およそ》、服藥≪せる時は≫、生蒜《なまにんいく》・胡菜《こさい》・生葱《なまねぎ》・諸果・油膩物(あぶらけ《もの》)を多食《おほくくら》ふべからず。
[やぶちゃん注:「白朮」キク目キク科オケラ属オケラ Atractylodes japonica 、或いは、オオバオケラ Atractylodes ovataの根茎を基原植物とし、一般には、健胃・利尿効果があるとされるが、実際には、これらの根茎を、作用させる異なる器官(無論、漢方の)の疾患に、臨機応変に用いているようである。
「蒼朮」「日本漢方生薬製剤協会」の「ソウジュツ (蒼朮)」に、基原は、中国産のホソバオケラ Atractylodes lancea 、又は、それらの雑種 (キク科 Compositae) の根茎で、健胃消化薬・止瀉整腸薬・利尿薬・鎮暈薬・滋養強壮保健薬・鎮痛薬と見做される処方、及び、その他の処方に、比較的、高頻度で配合されている、とあった。
「桃李」良安は「和漢三才圖會卷第八十六 果部 五果類 李」で文末に出る「桃李」に「ツハイモモ」とルビを振っている。双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ亜科モモ属モモ変種(突然変異)ズバイモモ Amygdalus persica var. nectarina で、ネクタリンの標準和名であり、日中共通である。
「胡荽」「卷第八十四 灌木類 牡荊」の「胡妥子《こすいし》」を見られたい。これは「本草綱目」でもこの漢字になっているが、これは、原書自体の誤りで「胡荽子(コスイシ)」が正しい。今や、食材・香辛料として英語の「コリアンダー」(coriander)ですっかりメジャーになった、セリ目セリ科コエンドロ属コエンドロ Coriandrum sativum の成熟果実である。「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 胡荽子(コズイシ)」に拠れば、『『嘉祐本草』には全草の薬効として「穀物を消化し、五臓を治し、不足を補い、大小腸を利し、小腹の気を通じ、四肢の熱を抜き、頭痛を止め、痧疹(発疹の類)を療ず。豌豆瘡の出ぬものは酒にして飲めばたちどころに出る。心竅に通ずるものだ。久しく食すれば人をして多くを忘れさす」と記載されています。『本草綱目』では果実、すなわち胡荽子の薬効として「痘疹を発し、魚腥を殺す」と記載されています。実際、胡荽子は健胃、発表薬として消化不良、麻疹が発透せず不快なときなどに用いるようです。また歯痛には煎じ液で含嗽したり、痔瘡脱肛には焼いて患部を燻すとされています。』と薬効を記す。
「大蒜」ニンニク。
「青魚」本邦では単に「さば」と呼ぶ場合は、スズキ目サバ科サバサバ亜科属マサバ Scomber japonicus、或いは、サバ属ゴマサバ Scomber australasicus を指す。私の「大和本草卷之十三 魚之下 鯖(さば)」を見られたい。
「荊芥」「薑芥(きやうがい)」とも。中国の本草書「神農本草経」(「鼠實」)や東洋文庫訳の割注(「めづみ草」)によれば、シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia のこととなる。ウィキの「ケイガイ」によれば、『薬用植物』とし、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。「アリタソウ」という別名がある。ただし、本種はシソ科であり、アカザ科のアリタソウとは全く別の物である』とある。
「天門冬」「藥品(11) 製法毋輕忽」の「「天≪門冬《てんもんどう》≫」の私の注を見られたい。
「紫蘓《しそ》」シソ目シソ科シソ属エゴマ(荏胡麻)変種シソ Perilla frutescens var. crispa 。サイト「脂育研究所」の「しそが漢方に用いられる理由。どんな漢方に配合されているかを解説」に拠れば、『漢方での生薬名は、「蘇葉(そよう)」、もしくは「紫蘇葉(しそよう)」です。また、しその種を用いた生薬を「紫蘇子(しそし)」といいます』とし、『蘇葉、または紫蘇葉、紫蘇子には、発汗作用や解熱作用、胃液の分泌を良くして胃腸の働きを整える作用、魚介類による食中毒時の解毒・予防などが期待されています』。『そのため、風邪の症状や胃腸の不調などの症状に良いとされる漢方薬に広く用いられています』とあった。
「丹砂」「辰砂」「朱砂」に同じ。水銀と硫黄とからなる鉱物。深紅色又は褐赤色で、塊状・粒状で産出する。水銀製造の原料、また、赤色顔料の主要材料とされる。漢方では、消炎・鎮静薬などに用いる。
「龍骨」「藥品(1)」の、私の「死龍骨」の注を見られたい。
「鯉魚」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の冒頭の「鯉」を見られたい。
「黃連」キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica の髭根を殆んど除いた根茎を乾燥させたもの。
「桔梗」「きちかう(きちこう)」とも読む。ここは生薬名で「桔梗根」とも称する。キク目キキョウ科キキョウ属キキョウ Platycodon grandiflorus の根でサポニン(saponin)を多く含み、去痰・鎮咳・鎮痛・鎮静・解熱作用があるとされる。
「烏梅」これは、梅の木ではなく、梅の実を加工した漢方生薬名である。「卷第八十六 果部 五果類 梅」の私の注を見られたい。
「胡黃連」高山性多年草の、シソ目ゴマノハグサ科コオウレン属コオウレン Picrorhiza kurrooa(ヒマラヤ西部からカシミールに分布)及びPicrorhiza scrophulariiflora(ネパール・チベット・雲南省・四川省に分布)の根茎を乾かしたもの。古代インドからの生薬で、健胃・解熱薬として用い、正倉院の薬物中にも見いだされる。根茎に苦味があり、配糖体ピクロリジン(picrorhizin)を含むものの、薬理効果は不明である。なお、「黃連」があるが、これは小型の多年生草本である、キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica 及び同属のトウオウレン Coptis chinensis・Coptis deltoidea の根茎を乾燥させたもので、全く異なるものである。
「猪」私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 野豬(ゐのしし) (イノシシ)」を見られたい。
「土茯苓」中国南部・台湾に自生する多年生草本である単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属ドブクリョウ(土茯苓) Smilax glabra 。但し、その塊茎を乾したものを基原とする漢方生薬は「山帰来」(さんきらい)と言う。私の「譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(21)」の「山歸來」の注を見よ。
「威靈仙」「藥品(3) 名義」の私の「威靈仙《イレイセン》」の注を見られたい。
「茯苓」「卷第八十五 目録(寓木類・苞木(竹之類)・樹竹之用)・茯苓」を見よ。
「茯神」同前を見よ。
「丹參」「藥品(5) 相反」の私の「五參」の注を見よ。
「地黃」先の「藥品(10) 忌銅鐵」で既出既注。
「何首烏」既出だが、再掲する。基原は、タデ目タデ科ツルドクダミ(蕺・蕺草・蕺菜)属ツルドクダミ Reynoutria multiflora の根である。詳しくは、先行する「藥品(4) 有南北土地之異」の「夜合草《よるあひぐさ》」の私の注を見られたい。
「常山」「藥品(3) 名義」で既出既注。
「甘草」既注だが、再掲する。マメ目マメ科マメ亜科カンゾウ属 Glycyrrhiza。当該ウィキによれば、『漢方薬に広範囲にわたって用いられる生薬であり、日本国内で発売されている漢方薬の約』七『割に用いられている』とある。
「菘菜」東洋文庫では、『とうな』とルビする。実は、「卷第八十四 灌木類 南天燭」(2024年9月8日公開)の注では、未詳としていたのだが、そこで候補として掲げた種が、誤っていたので、全面削除し、先ほど、新たに調べ、書き変えた。「漢字ペディア」の「菘」に、『①すずな。カブ(蕪)の古名。春の七草の一つ。 ②とうな(唐菜)。野菜の名。つけな。』とあった。さても、この場合は、植物体ではなく、禁忌食品と採れるので、②の義を採用する。
「巴豆」「卷第八十三 喬木類 巴豆」の私の注を見られたい。
「半夏」単子葉植物綱ヤシ亜綱サトイモ目サトイモ科ハンゲ属カラスビシャク(烏柄杓)Pinellia ternata のコルク層を除いた塊茎。嘔気や嘔吐によく使われる生薬である。私の「耳囊 卷之七 咳の藥の事」も参照されたい。
「菖蒲」「藥品(8) 忌鐵」を見られたい。
「飴-糖(あめ)」飴。
「牡丹」中国の花の王、ユキノシタ目ボタン科ボタン属ボタン Paeonia suffruticosa 。基原は同種の根皮で、漢方では「牡丹皮」(ボタンピ)と称する。後の「第九十三」で注することになるので、ここでは、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 牡丹皮(ボタンピ)」をリンクするに留める。
「厚朴」」「卷第八十三 喬木類 厚朴」を見よ。
「蓖麻(たうごま)」トウダイグサ目トウダイグサ科トウゴマ(唐胡麻)Ricinus communis 。詳しくは、「卷第八十三 喬木類 相思子」の私の注を参照されたい。
「當歸」知られた生薬名。基原は、被子植物門双子葉植物綱セリ目セリ科シシウド属トウキ Angelica acutiloba の根、或いは、ホッカイトウキ Angelica acutiloba var. sugiyamae の根を、通例では、湯通しし、乾燥したものである。
「薄荷」シソ目シソ科ハッカ属 Mentha の類。種は多い。当該ウィキ「ミント」を見られたい。
「鼈」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」の「鼈(すつほん) かはかめ [シナスッポン/ニホンスッポン]」を見られたい。
「鼈甲」「藥品(5) 藥七情」の「龜甲」の私の注の引用の中で、明らかにされている。
「莧-菜(ひゆ)」「莧」の音は「カン」。これは、
双子葉植物綱ナデシコ目ヒユ科 Amaranthaceae 、及び、その近縁種の総称
である。食用になる。中でもよく知られるものに、私の家の庭にもある、
ナデシコ目スベリヒユ科スベリヒユ属スベリヒユ Portulaca oleracea
がある。夏に全草を採って根を除き、水洗いして日干し乾燥したものは生薬になり、馬歯莧(ばしけん)と称されている。民間薬として、解熱・解毒・利尿や、虫刺されに効用があるとされる。
「檳榔」「卷第八十八 夷果類 檳榔子」を参照されたい。]
昨日は、教師として最初に担任した高校生たちの同窓会に出席した。懐かしい元生徒たちと逢い、楽しい時間を持てた。一日中、パソコンと睨めっこで、言葉もろくに発しない、逆行性健忘症気味だが、嘗ての若い面影が、誰からも蘇えってきて、かなり、テンションが上がった。