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2025/12/12

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(四)乾鮑の說(その7) / (本文終わり)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページからで、今回を以って、「乾鮑の說」の本文は総て終わっている。但し、この後に八枚の図版がある。種同定は製品図からは、難しいが、キャプションにある産地等があるものからは、ある程度の種群に狭めることは可能である。面倒だが、今までのケースとバランスをとるため、非力乍ら、今までのように、可能な限り、検討するつもりでは、いる。しかし、その結果として、恐ろしく時間を食うことが想定される。気長に、お待ちあれかし。

 

灰鮑にも數法ありと雖ども、其最も要(かなめ)とするは、乾燥(ほしかた[やぶちゃん注:「乾し方」の当て訓であろう。])にあり。北海道粗造品の、他國產より、高價(たかね)を占(しむ)るものは、乾しかたのよろしきによるのみ。他國產も、北海道の如く、乾燥(かんそう[やぶちゃん注:ママ。])せば、極めて良價(よきねんだん)を得へく[やぶちゃん注:ママ。]、北海道產をして、他國良製品の如くならしめば、一層の良價(りやうか)を得るや、必(ひつ)せり。故に、茲(こヽ)に、灰鮑の尤(もつとも)適切なる方法を擧くれは[やぶちゃん注:二箇所ともママ。]、鮮肉(なまあはび)百顆(くわ)に鹽三合許(ばかり)を以て、漬け、暑中は、二日間、寒中は、四日間を經て、淡水(まみづ)にて洗ひ、沸湯(にへゆ[やぶちゃん注:ママ。])に投(とう)して[やぶちゃん注:ママ。]、煑沸(にわか)し、復た、淡水にて洗ひし竹簀(たけす)に並べ、水分を飛散せしめ、太陽にて、乾かすこと、五日、乃至(ないし)、十日間にして、箱に收め、蓋(ふた)を覆ひ置き、自(おのづか)ら、表面に白粉(しろこ)を發せしむなり。

[やぶちゃん注:「表面に白粉(しろこ)を發せしむなり」複数の干し鮑業者の記載を確認したところ、「旨味が滲み出たもの」、及び、「塩分」と記し、黴(かび)ではない由の記述があって、「最良の状態である」と記してあった。]

 

兩製共(とも)に、日光を借り、乾製するの習慣(ならはし)なりと雖ども、若(も)し、霖雨(ながあめ)に遭ふときは、糸に繫(つな)ぎ、急に焚火(たきび)の上に掛け、薰(いぶ)し、燥(かわか)すが故(ゆゑ)に、其色、變じて、暗黑色(まつくろいろ)となる、あり。三陸・北海道に於ては、日光に乾かすに、鮑の中心を、蔓(かづら)、或(あるひ)は、蒲葉(がま)を以て、貫(つらぬ)くの弊(へい)あり。此等(これら)の製法の如きものは、價格の下(くだ)る、實(じつ)に夥(おびたヾ)し。現に、明治十五年中、橫濱其他(そのた)、各港の貿易上に就(つい)て見るに、百斤[やぶちゃん注:60㎏。]の價(あたひ)、僅(わづか)に貳拾三圓にして、千葉縣製『明鮑』、及び、北海道・三陸等(とう)の『白乾上製(しらぼしじやうせい)』の如きは、百斤五拾圓、乃至、五拾五圓に昇り、其差(そのたがひ)、最も甚(はなはだ)し。然(しか)れども、北海道の如きは、竹簀(たけす)に並べ乾すときは、烏(からす)の啄(はむ)ところ、夥しく、爲(た)めに、之れが、番衞(ばんにん)等(とう)に費(つひや)すこと、多く、寧(むしろ)、賣價(ばいか)は、幾分の廉(やすね)なるも、斯(かヽ)る煩-冗(わづらはしき)を免(まぬか)るゝに、若(し)かず、とて、舊慣(きうくわん)の蔓吊乾(かづらつりぼし)を、改めざるあり。亦、靑森縣下にて、貫穿(ぬきとうし[やぶちゃん注:ママ。])の舊法を改めざるが如き、共に遺憾の至りなり。千葉縣の如きは、近時、焙爐(ほいろ)に掛け、炭火(すみび)を以て、之を乾製するの方法に改め、上製をなすも、あり。

[やぶちゃん注:「蔓(かづら)」平凡社「世界大百科事典」の「カズラ(蔓//葛)」に拠れば、多数の全く異なった植物である『つる草の総称。ヒカゲノカズラ』(ヒカゲノカズラ(日陰の鬘・日陰の蔓)植物門ヒカゲノカズラ綱ヒカゲノカズラ目ヒカゲノカズラ科ヒカゲノカズラ属ヒカゲノカズラ Lycopodium clavatum )・『テイカカズラ』(双子葉植物綱リンドウ目キョウチクトウ科キョウチクトウ亜科 Apocyneae 連テイカカズラ(定家葛)属テイカカズラ Trachelospermum asiaticum )・『スイカズラ』(マツムシソウ目スイカズラ(吸い葛)科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica )・『サネカズラ』(被子植物門アウストロバイレヤ目Austrobaileyalesマツブサ(松房)科サネカズラ(実葛)属サネカズラ Kadsura japonica:以下では、知られる種は、一部を除き、学名追記をしない)『などは』、『その例である。上代つる草を髪に結んだり,巻きつけたりして頭の飾りとし,これを鬘(かずら)といった。そのためつる草を〈かずら〉と称するようになったという。鬘は〈髪つら〉の略,〈髪つら〉の〈つら〉は〈つる〉の古名で,長く連なるので〈つら〉といったものらしい。ただし,のちにはつる草に限らず,ヤナギ,タチバナ,サクラ,ウメ,ユリ,ショウブ,ムラサキグサ』(これは、蔓性植物の代表の一つである正式和名フジ(藤)の異名であろう。事典としては、甚だ、よろしくない記載である)『,イネ,藻などの植物も鬘に用いられた。このように,草木のつるや』、『茎や花などを取って髪飾りとすることを〈鬘く〉』(「かずらく」、歴史的仮名遣「かづらく」)『といい,もともと,植物の盛んな生命力を人間の体に取り入れようと願ったことから始まった』。『地方により特定の植物,例えばテイカカズラ(岡山),クズ』(マメ目マメ科マメ亜科インゲンマメ連ダイズ亜連クズ属亜種クズ Pueraria lobata subsp. lobata )『(香川)などを単に〈かずら〉と呼んでいる。また蔓水,蔓壺というと,それぞれサネカズラ(美男蔓)』『の粘液と』、『そのつるを浸すに用いる壺のことである。』(サネカズラの粘液は奈良時代に整髪料として使われていた)とあった。

「蒲葉(がま)」単子葉植物綱イネ目ガマ科ガマ属ガマ Typha latifolia の葉や茎は、莚(むしろ)や簾(すだれ)の材料として使われてきた。

「貫穿(ぬきとうし)の舊法」不詳。前後から、アワビのど真ん中を穿孔し、そこに太い蔓や繩を通して、軒端に乾し吊るすといったような、損壊リスクが高まる乾し方を言っているようではある。

「蔓吊乾(かづらつりぼし)を、改めざるあり」老婆心乍ら、解説しておくと、太陽光に当たる場所に竹簀を組んんで並べて乾す方法を採ると、カラスが容易に竹簀に飛来して、悠々と鮑を突(つつ)き、咥えて持って行くリスクが非常に高いため、蔓に縦に突き刺して、日の当たる庇(ひさし)の下にぶら下げ、外側には魚網等を張って、カラスが侵入し難いようにするのが、効果的であるということであろうと思う。]

 

元來、乾鮑(ほしあはび)は乾燥の良否によりて、淸國の需用を伸縮せしむるものにして、北海道製の如き、形色(かたちいろ)の粗惡なるも、貯藏(たくはへ)久しきを保つを以て、上海(シヤンハイ)地方、大(おほい)に、之を、購收(かうしう)し、漢口(ハンカウ)・天津(テンシン)等(とう)の市場に於て、名聲を博せり。故に、世人は、灰鮑(はいはう)の疎製は、明鮑(めいはう)の精好なるに優(まさ)れりとするもの、あり。然(しか)れども、決して、明鮑、あしきに非らず。畢竟、明鮑の疎製なるに、よれり。明鮑は廣東(かんとん)人の、大(おほい)に嗜好する處にして、亦、四川・江南・江北・浙江等へも轉鬻(またうり)するものにして、今、商務局の販路圖に依(よつ)て見るに、本品の需用は、啻(たヾ)に淸國の一部に止(とヾ)まるのみならず、將に麻剌加(マラツカ)地方に及ばんとす。故に、乾鮑の輸出は、方今、上海と香港(ほんこん[やぶちゃん注:ひらがなはママ。])とは、嗜好、自(おのづか)ら、其製を異(こと)にするが如し。上海には、明鮑を輸出すと雖も、品の拂底(ふつてい)なるか、亦は、價格の騰貴(とうき)せるときは、黑色製の如きを、再製して、明鮑の如くならしめ、分輸(ぶんゆ)をなす、といふ。故に明鮑は、上海に輸出し、灰鮑、及び、馬爪色(ばづいろ)[やぶちゃん注:「(その6)」の私の「馬爪(ばず)」の注を見よ。]、白色(はくしよく)、䀋入製乾鮑(しほいりせいかんはう)は香港(ホンコン)に輸出す。此外黑色は香港に輸出し、又、時としては、米國桑港(サンフランシスコ)在留(ざいりう)淸國人に輸出せり。但し、明治十三年に岩手縣陸中國(りくちうの)東閉伊郡(ひがしへいこほり)飯岡村(いひをかむら)鈴木善助製造の明鮑を、創(はじ)めて、香港に輸出せり。三陸製の灰鮑は、其製法、北海道產に類似するを以て、外見は、殆んど同一なるも、肉、厚くして、味、佳(か)ならず。北海道製は、佳-味(よひあぢはひ)なれば、價格も優(まさ)り、北海道產百斤三十圓なれば、三陸產は二十二圓五十錢なり。

[やぶちゃん注:「商務局の販路圖」東洋文庫版の後注に、『『日本水産物海外販路図附・説略』(農商務省商務局、一ハ八三年)のこと。』とある。国立国会図書館デジタルコレクションのここの、冒頭に織り込まれている図がそれだが、図が、ばらばらに画像化されており、キャプションも小さく、容易に認識は出来ない。ここから、ブチブチに切れている

「麻剌加(マラツカ)地方」現在のマレーシア州の州都であるマラッカ周辺であろう(グーグル・マップ・データ。以下無指示は同じ)。マレー半島西海岸南部に位置し、東西交通の要衝マラッカ海峡に面する。但し、当時は、イギリス領の海峡植民地であった。

「岩手縣陸中國(りくちうの)東閉伊郡(ひがしへいこほり)飯岡村(いひをかむら)」ここは、現在の下閉伊郡山田町(やまだまち)飯岡(いいおか)。

「鈴木善助」不詳。]

 

灰鮑の販路は將來に見込あるは香港なり。目下、該港の價格(ねぐらい)は、左の如し。

[やぶちゃん注:以下は、冒頭の製品を八字分の中で均等配置しているが、ブラウザの不具合を考えて、字間をカットした。一部の地名がポイント落ちで入っているが、これも同ポイントとした。「仝」は「同」の古字異体字。読みの歴史的仮名遣の誤りと「しほいろ」はママ。但し、これは誤植ではなく、「白色」ではなく、「䀋色」の当て訓であろう。]

灰鮑(北海道產)【上等三拾二圓・二拾七、八圓・二拾五圓・二拾一圓・一八、九圓・拾六圓迄。】

大形明鮑(おほかためいはう)(房州・伊勢・志摩・隱岐產)(【仝上三拾圓・二拾六、七圓・二拾四、五圓迄。】

中形明鮑(ちうかためいはう)(磐城・常陸產)【仝上二拾九圓・二拾五、六圓迄。】

小形明鮑(しようかためいはう)(陸前・陸中產)【仝上二拾七圓・二拾四、五圓・二拾三、四圓迄。】

馬爪色(ばづいろ)及び黑色鮑(こくしよくあわび)(陸中產)【仝上二拾二圓・拾八圓迄。】

白色鮑(しほいろ)(仝上)【仝上二拾四圓・二拾圓・拾八圓迄。】

䀋入鮑(しほいろあわび)(仝上)【仝上二拾圓・拾六圓迄。】

明鮑、灰鮑の上海、香港兩港に輸出するの比較は、左の如し。

[やぶちゃん注:「䀋入鮑(しほいろあわび)」これは、「しほいりあはび」(塩蔵にしたアワビを乾したもの)の二箇所の誤植と思われる。

 なお、以下では、「{」が三行に亙る大きなものだが、表示出来ないので、以下の罫線で代わりとした。「灰鮑」は「明鮑」の下方にあるが、引き上げて並べた。]

  ┌香港拾分の一

明鮑│

  └上海拾分の九

  ┌香港十分の九

灰鮑│

  └上海十分の一

右を、淸國人に賣買するには、從來、之を、三番・二番・一番・無番の四等に分ち、又、番每に大・中・小に區別せり。其(その)番立法(ばんたてはふ)たる三番は、平戶・五島等の產の內(うち)、上品三步(《さん》ぶ)通(とふり[やぶちゃん注:ママ。])、諸國出產の內、上品四步通、北海道・三陸の產、小形なれども、上品の分《ぶん》、三步通を交(まじ)へ、步割(ぶわり)に拘はらず、上品の分は、此(この)番(ばん)に加ひ[やぶちゃん注:ママ。以下も同じ。]、二番は諸國出產の三番に成らざる、大《だい》の分、六步通、三陸產、四步通ほどを加(くは)ひ[やぶちゃん注:ママ。「加へ」が正しい。]、此番に定む。但(たヾし)、步割(ぶわり)に拘(かヽは)らず、諸國出產の內、三番に成らざる大の分、又は、北海道產の內、三番に成らざる分を交(まじ)ゆ。一番は、諸國出產の中(うち)、至(いたつ)て小《しやう》の分を此番とす。無番は疵付(きづつき、並(ならび)に、色合、惡(あし)く、渾(すべ)て、形狀・色合の不良のものをいふ。而して、本邦より淸國ヘ輸出するの總額は、明治元年には、二十一萬〇二百四十斤、此代價、六萬瓦千五百三十四圓なりしが、爾來(じらい)、年々、多少の增減あるも、槪(おほむ)ね、增額に趣(おもむ)き、十五年には百〇七萬千九百五十斤、此價二十八萬五千九百二十一圓に至れり。

[やぶちゃん注:「三步(《さん》ぶ)通(とふり)」この「さんぶとほり」というのは、「三歩留(さんぶと)まり」を言っているものと思われる。則ち、本来、期待予想される乾アワビ製造に於いて、「原料であるアワビ一個体の量から期待される生産量に対し、実際に得られた製品生産数の比率」の謂いであると考えられる。

「步割」これも同様に「歩合」で、前の「歩留り」と類似した意で使っているものと思われる。]

 

上海・香港より分輸(ぶんゆ)するの地方は、湖北・湖南・江南・河南・陝西(きやうせい)・四川等《とう》の諸省(しよしよう[やぶちゃん注:ママ。])にして、四川省の如きは、有名なる『五色菜(ごしきさい)』の一《ひとつ》【黃色。】にして、遊客(ゆうかく)の饗膳(ごちさう)に欠(か)く可(べか)らざる大海味(だいかいみ)の一として、之を割烹(りやうり)するには、『鮑魚絲(ほうぎよし/ぼうきり[やぶちゃん注:「ほう」「ぼう」はママ。次も同じ。])』・『鮑魚片(ほうぎよへん/うすへぎ)』等(とう)の切り方ありて、『榮鮑魚(ゑいはうぎよ[やぶちゃん注:ママ。])』・『紅燒鮑魚(こうしようほうぎよ[やぶちゃん注:ママ。])』・『細滷鮑魚(さいろはうぎよ)』・『淸湯鮑魚(せいとうはうぎよ[やぶちゃん注:ママ。])』等(とう)、種々(しゆしゆ)大碗(たいわん)の調理(ちやうり)に供せり。而して其煮方たる、乾鮑(ほしあわび[やぶちゃん注:ママ。])を溫湯(ぬるまゆ)に、五、六日間、浸(ひた)して、充分、柔(やわらか[やぶちゃん注:ママ。])になして、切り、他(た)の菌菜(きんさい)とともに、火腿(くわ

たい)の煮汁、及び、氷砂糖熬汁(こほりさとういりしる[やぶちゃん注:ママ。])に調理せり。

[やぶちゃん注:「五色菜」「煎海鼠の說(その9)」で、お茶濁しの当たり前の注は、打ったので見られたい。

「大海味」本邦の「海の幸」、或いは、「海産物中の珍味」の意であろう。

「鮑魚絲」「百度百科」の「鲍鱼丝」に、『主に鮑の薄切りを使った料理で、中華料理でよく見られる。通常は鮑を細切りにし、柔らかくなるまで加熱調理するもの。この料理は様々な調理法があり、例えば、「韓国風のピリ辛炒め」は、生姜・大蒜・チリソースでサッと炒めるだけで、「鮑の細切りチリ炒め」は、豚バラ肉とピーマンを加えて風味を強める。また、鮑の細切りは、「太史五蛇羹」などの高級料理にも使われる』。これ『は、蛇の肉や魚の浮き袋などを細切りにし、包丁の腕と味の融合を強調している』とある。文中の「太史五蛇羹」は、ウィキの「蛇スープ」に拠れば、『五蛇羹(五種類の蛇のとろみスープ)』とあり、『広東料理の一つで、三蛇羹の食材の他に、ヒャッポダ』(有鱗目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科ヒャッポダ(百歩蛇)属ヒャッポダ Deinagkistrodon acutus猛毒種 )『とホウシャナメラ』(中文名「三索錦蛇」・和名は「眼を中心とした放射線状の黒色を持った滑らかな甲羅の蛇」の意:ナミヘビ科アギトナメラ属ホウシャナメラ Coelognathus radiatus:無毒種)の二『種のヘビ肉を加えたもの』で、清の一九〇四年に『科挙で進士となった江孔殷は、役人となり』、『江太史と呼ばれたが、グルメとしても有名で、江太史の屋敷で考案された』ことから、『太史五蛇羹とも呼ばれる』とあった。

「鮑魚片」これは、料理名ではなく、食材名のようだ。あまり使いたくないが、AIによれば、鮑を乾燥保存し、調理し易いように薄切りにしたもので、スープや煮込み料理の出汁(だし)や具材として使われる。乾燥鮑は、水で戻すのに、非常に時間がかかるが、スライスされているため、短時間で戻すことができ、手軽に高級なアワビの風味と食感を楽しむことが出来る、とあった。

「榮鮑魚」(正:えいはうぎよ)いちいち、中文の料理法を調べるのが面倒なので、当該名を含む料理画像・解説画像(動画も含む)を示して注の代わりとする。却って、判り易い。「老爺大酒店尊榮鮑魚美饌上菜」

「紅燒鮑魚」(正:こうしやうはうぎよ)「〈職人吹水 〉紅燒鮑魚 金盞 白花球 勁大隻 罕有兩頭紅燒鮑魚 刀叉享受 簡單易做 花點心思 母親節快樂」YouTube動画)。

「細滷鮑魚(さいろはうぎよ)」この文字列では、見当たらない。「滷」は「内陸産の岩塩」を意味する「鹵」に由来する漢字で、「醤油や香辛料を煮込んだスープ。または、そのスープで作った食べ物」を意味する。「美食天下」の「卤水鲍鱼:冰鲜的更好吃」

「淸湯鮑魚」(正:せいたうはうぎよ)「@鈺贊貿易冷凍水產批發」の「這罐鮑魚竟然逼瘋南北貨老闆!再不搶就沒了」YouTubeリール動画)。

「菌菜(きんさい)」この場合は、前後から見て、文字通りの「キノコ類と野菜」の意味である。

「火腿(くわたい)」拼音“huǒtuǐ”(音写:フオトェイ)で「中国式ハム」を指す。豚の腿肉を塩漬・乾燥・発酵させて作る保存食。漢名は「断面が火のように赤いこと」に由来する。

「氷砂糖熬汁」(正:こほりさたういりしる)は中国語で「氷砂糖を煮詰めて作ったシロップやソース」を指すようである。]

 

鮑に『あはび』『とこぶし』『みヽかひ』の三種あり。『あはび』に『またかひ』【一《いつ》に『また』、又、『またか』。】『めかひ』『くろかひ』【一に『くろ』。】の三品(ぴん)あり。『まだか』は、凡そ、十五尋(ひろ)以上、三十尋許(ばかり)、深き處に棲み、其肉の外面(ぐわいめん)、淡黃色(うすきいろ)をなし、肉緣(みヽ)、厚く、其殼、深しと雖ども、『くろかひ』に比すれば、淺し。『めかひ』は、十三尋より十七、八尋の處に棲み、肉の外面、黃色を帶び、殼、甚だ、淺く、肉緣(みヽ)、薄し。『くろ』は、十三尋以下にありて、肉の外面、淡黑色、或は、梢々(やヽ)靑色をなすものありて、肉、及び、肉緣、厚くして、殼、深し。此三品は、其質(そのしつ)、各(おのおの)、異(こと)にして、『くろがひ』は、鮮肉(なまにく)の味(あぢは)ひは、他の二品に優(まさ)ると雖ども、『明鮑』には、色、あしく、『灰鮑』には、形、よからず。故に、『乾鮑(ほしあはび』に適せざる品(しな)なり。『またがひ』は、煮て食するに、味、よろしく、『乾鮑』にも適せり。『めがひ』は、煮て食するには、『またがひ』に[やぶちゃん注:原文では『「またがひに」』であるが、誤植と断じて修正した。]劣るも、『乾鮑』となすに、最(もつとも)適せり。以上三品に就(つい)て、海底の深淺をいふは、總(しもふさ)・房(あわ[やぶちゃん注:ママ。])の海に就て、撿査(けんさ)[やぶちゃん注:「檢査」に同じ。]せし所なれども、地方によりて、多小の異同、あるべし。又、『とこぶし』は、鮑を產する海に多けれども、東京以北の地は、次第に、少なく、北海道には、全く、なし。其棲息する所は、鮑に比して、極めて淺く、其形、小(ちいさ)きを以て、世(よ)に「鮑の兒(こ)なり。」と云ふもの、あれども、全く、別種なり。是を煮て、食し、或は、䀋辛(しをから[やぶちゃん注:ママ。])となすの外(ほか)、世(よ)の需要、狹きにより、從(したがつ)て、其價(そのあたひ)も、低(ひく)きを以て、之を、薄片製(うすはぎせい)と、なし、淸國に輸出せば、遂には、一《ひとつ》の製產(せいさん)となるに至るべし。而して、「みヽかひ」は、沖繩請島に多く產するものにて、其形(そのかたち)、較(やヽ)、「とこぶし」に似て、長き灣形(わんけい)をなし、殼に比すれば、其肉、頗(すこぶ)る大(たい[やぶちゃん注:ママ。])なり。其需用、及び、將來の目的、ともに、前(せん)[やぶちゃん注:「前に語った」の意。]、「とこぶし」に同(おな)し。

[やぶちゃん注:ここに出た種の詳細は、既に「(その5)」で注してある。

「下總」現代仮名遣「しもうさ」。現在の千葉県北部と茨城県の南部相当。なお、古くは、現在の旧東京府・埼玉県・千葉県・茨城県にあった葛飾郡全域を含んだが、同郡の太日川(ふといがわ:現在の江戸川の旧名。流域も現在とは大きく異なる)以西は江戸初期に武蔵国に移されている。

「安房」「あは」が正しい。現在の千葉県南端部。本書刊行から十五年後の明治三〇(一八九七)年には、「平(へい)」・「長狭」・「朝夷」の三郡を合併し、旧安房国全域を占める郡となっている。]

 

抑(そもそも)、鮑殼(あはびがら)は、其(その)色(しよく)・質(しつ)・閃彩(しうさい[やぶちゃん注:ママ。])、美麗なるが故に、磨(みがき)て、器皿(きびやう[やぶちゃん注:ママ。])とし、截(きり)て釦鈕(ぼたん)とし、或は、螺鈕(らちう)の用に充つべく、介殼(かいがら)中(ちう)、頗る、用あるものなりと雖ども、本邦、未だ鏇製(ろくろざいく)に巧(たくみ)ならざるを以て、其殼を、歐洲に輸出し、却(かへつ)て、其製品を求むるは、遺憾の至りならずや。若(も)し、機械を使用し、釦鈕を作るに至らば、其利、極めて多かるべし。凡そ、鮑を捕るには、海人(あま)の水中に潜沒(くヽりいり[やぶちゃん注:ママ。「くヾりいり」の誤植。])して、其(その)在る所を認(みと)め、急に、鐵箆(かなへら)[やぶちゃん注:磯金(いそがね)。]を以て、刮(けづ)り起して、捕ると、魚叉(さす)を用(もち)て、突捕(つきと)るの舊慣(きうくわん)なりしが、近年、潜水器(しんすいき[やぶちゃん注:ママ。「せんすいき」の誤植であろう。])を使用するに至り、從來、海人(かいじん)の達せざる深き所のものをも、捕るに至れり。然(しか)れども、一利、興(おこ)れば、一害の生ずるは、數(すふ[やぶちゃん注:ママ。])の免(まぬか)れざる所にして、各所、此器械を以て、一時(いちじ)に多量の收獲を得るのみならず、鮑兒(はうじ)をも捕𫉬(ほかく)せしにより、遂(つひ[やぶちゃん注:ママ。])に、繁殖に害を及ぼすに至る。既に、遠江(とふとふみ[やぶちゃん注:ママ。])の如きは、明治十三年に、二萬斤の收利(しうり)ありしも、十五年には、絕(たへ[やぶちゃん注:ママ。])て產出を見ず。又、全國の統計は、十三年に、百十一萬八千七六十二斤となり、三十一萬斤の產額なりしも、十五年には八十萬六千五百二十八斤となり、三十一萬斤の滅少を來(きた)せしのみならず、小貝(ちいさきかい[やぶちゃん注:ママ。])と、粗製との價(あたひ)は、殆ど、半額に及べり。

[やぶちゃん注:「閃彩(しうさい)」どう逆立ちしても「閃」は「しう」とは読めない。「閃」の音は「セン」のみである。但し、国立国会図書館デジタルコレクションで検索すると、「ピカピカと光の彩(いろど)り」の意味で、使用例が複数あった。ルビはないが、それらは「センサイ」と音読みし、「光り輝く彩り」の意味と採れた。しかし、辞書類には載らない。思うに、前後を見るに、ここは「色(しよく)・質(しつ)・閃(せん)・彩(さい)」であって、「アワビの真珠層が燦然と綺羅星の如く輝く、その光り」のことを言っているのだと思う。「彩」は、さらに、よくその「閃光」は虹色を成しているということであろうと判断する。

「器皿(きびやう)」この「皿」も「ビョウ」とは読めない。「皿」の音は(括弧内は歴史的仮名遣)「メイ・ミョウ(ミヤウ)・モウ(マウ)」と慣用音の「ベイ」があるのみである。恐らく、河原田氏は「きべい」とする所を、歴史的仮名遣染みたミスで「きびやう」とやらかしたのではないかと推理する(彼は今までもトンデモ歴史的仮名遣を使っている前歴がある)。「器皿(きべい)」は小学館「日本国語大辞典」に『うつわ。器具。皿や小ばちの類。』とある。アワビの殻は、御存知の通り、「さんが」(山家・山河)等、種々の海産珍味を出す際に、よく使われ、洒落た小鉢や、灰皿にもされる。

「截(きり)て釦鈕(ぼたん)とし」貝ボタンとして、今や、誰もが知っているが、ネット上では、どこも、貝ボタン産業は、明治二〇(一八八七)年頃、ドイツ人の技術指導によって、兵庫県神戸市に初めて伝わったとされている。本書は明治十五年刊であるから、以下の河原田氏の遺憾の歎きは、よく判る。

「鏇製(ろくろざいく)」「轆轤細工」。但し、ここでの河原田氏の遺憾とするキモは、精密な電動穿孔機の導入による将来的な量産を期待した思いであろう。しかし、言っておくと、ウィキの「ボタン(服飾)」によれば、『最も古いものとして5000年前のモヘンジョダロ遺跡で湾曲した貝から作られたボタンが見つかっている』とあり、『日本では江戸時代の末期になってに牛骨や金属の留め具が作られるようになったが足袋の小鉤(こはぜ)に近いもので、本格的なボタンは明治になってから製造されるようになった』。『これは、軍隊の制服需要によって本格化し、需要が生まれたことから輸出に頼っていたボタンが国産化され、水牛ボタン、馬蹄ボタンが作られ、明治期に貝を使ったボタン貝釦が作られるようになった。生産は増え続け、第二次世界大戦前にはボタンを輸出するようになっていた』とあり、河原田氏の以上の感懐吐露は、まさに、アップ・トゥ・デイトな言上げであったのである。]

 

夫(そ)れ、本邦は、全國の沿海に鮑魚(はうぎよ)を產するを以て、濫捕(らんほ)を制限して、繁殖を圖(はか)り、製造を改良して、品位を善良にし、浪費を省きて、價(あたひ)を廉(れん)ならしめ、容函(ようかん/いればこ)を堅固にして、濕氣(しつき)を防ぎ、商賣を確實にして、需用者の信用を厚(あつ)からしめ、以て、其利を永遠に傳へ、國家の經濟を助けずんば、あらざるなり。

[やぶちゃん注:その通り!!!

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