河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(四)乾鮑の說(その14) 【図版7】
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページ。画像は、底本の国立国会図書館デジタルコレクションの「印刷」で高解像度のものをダウンロードし、例によって、精密に汚損を清拭した。詳しい図版処理の仕儀は「(その8) 【図版1】」の冒頭注を参照されたい。なお、この図版では、黒い貝殻表面の一部に、印刷スレの縦の白い筋が甚だしく目立つケースがあったため、特異的に、その部分を黒く潰して違和感を緩和しておいた。]
【図版7】
■「薩摩國《さつまのくに》」
[やぶちゃん注:表側。クロアワビである。]
■「豊後《ぶんご》北海部《きたあまべ》
關村産」
[やぶちゃん注:裏側。クロアワビ比定。
「北海部」は「北海部郡《きたあまべのこほり》」とすべきところであり、「関村」は現在の大分市佐賀関(さがのせき)である。ウィキの「佐賀関」によれば、『旧北海部郡佐賀関町時代の大字名は関』(☜)『であったが、大分市との合併後の』二〇〇六年四月一日『に現在の大字名に改称した』とある。]
■「肥前國《ひぜんのくに》
北松浦郡《きたまつうらのこほり》
平村海産」
[やぶちゃん注:「肥前國北松浦郡平村海」これは、探すのに苦労したが、AIのデータに、『「松浦郡平村」は、かつて長崎県北松浦郡に存在した行政区域であり、現在は主に佐世保市宇久町』(うくまち)『平』(たいら)『(旧北松浦郡宇久町の一部)』(長崎県の五島列島の北端の宇久島(うくじま)の北東部分の、ここである)『や』、『その他の周辺地域に相当します。』とあったのが手掛かりになった。ウィキの「宇久町」(うくまち)によれば、『五島列島の最北端に位置し、宇久島(面積24.92 km2) と寺島(面積1.27 km2)の2つの有人島とその属島からなる。人口のうち』、『ほとんどは』、『宇久島に住む』とある。にしても、この「平村」の下の「海」は、いらないように思われる。「宇久町観光協会」発行の観光パンフレット(PDF)に、『宇久島のアワビ漁は古来より営まれていましたが、来島した平家盛が地元海士に厚く歓迎を受け、お礼として五島一円の永久採鮑権を与えたことにより島の歴史舞台に登場することとなりました。 現在に至るまで続くアワビ漁は、宇久島の活性化に大きな影響をもたらした宇久島の伝統的な産業です。写真は昭和まで続いたアワビ漁の伝統のスタイル「裸もぐり」の様子です。浜方ふれあい館には当時の道具や記録が大切に保管されており、アワビ漁の歴史がわかりやすく展示されています。』とあった。クロアワビ比定。]
■「壹岐國《いきのくに》
石田郡《いしだのこほり》
渡良村《わたらむら》産」
[やぶちゃん注:「壹岐國石田郡渡良村」現在の長崎県壱岐市郷ノ浦町(ごうのうらちょう)渡良浦(わたらうら)に相当する。「ひなたGIS」の戦前の地図で「渡良村」及び「渡良浦」の明記が確認出来る。]
■「對馬國《つしまのくに》産」
[やぶちゃん注:私は、このページの図版は、一切の種名が示されないことから、初っ端は、『総てが、同一種で、クロアワビであろうか。』と思ったのだが、この図は、明らかに、本図版の前の四個体と異なり、貝殻は強い丸みを示していることから、これはメガイアワビと比定する。前の郷ノ浦町のアワビ漁獲を調べると、クロアワビとメガイアワビであることが確認出来た。]
■「隱岐國《いきのくに》産」
[やぶちゃん注:同前で、貝殻の丸みから、メガイアワビに比定する。]
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