立原道造草稿詩篇始動 / (お時計の中には⋯⋯)
[やぶちゃん注:本日、たまたま、何気なく――全く、殆んど意味もなく――国立国会図書館デジタルコレクションで立川道造で検索したところが!――今日! まさに今日!――一九七二年角川書店刊「立原道造全集 第二巻 Ⅱ詩集」が『送信サービスで閲覧可能』(他の巻も!!!)となって、視認出来ることが判明した!!! 以前、図書館で借りて、未電子化の詩篇を電子化したいと考えながら、諸プロジェクトを広げてしまった結果、やらず仕舞いで居たのだったが⋯⋯私は――『⋯⋯道造の魂が! 私にそっと囁いたに違いない!』と独りごちたのであった。さればこそ、これを底本として、私が未だ電子化していない彼の草稿詩篇を起動することとした。
本篇は底本の『前期草稿詩篇』パート(推定で昭和七(一九三二)年から昭和一〇(一九三五)年の草稿で、全二百三十六篇)のここで、底本の注記はここ(左丁317ページ下段)で視認出来る。詩は無題のものもあるので、一応、仮題として最初の部分を、底本を真似つつ、二字下げ・丸括弧入りで、六点リーダを添えて示した。底本では標題はポイント上げであるが、当該原稿を見ていないが、所持している彼の詩稿・草稿画像を見るに、立原は同じ大きさで書いている可能性が高いと考え、同ポイントとした。無論、底本同様に正字正仮名である。注は、比較的知られた語であっても、若い読者や、ネイティヴでない方を想定して、附してある箇所がある。なお、この詩篇や注記その他は、総てが、タイピングで起こすことになるので、短くても、相応に時間が掛かることを、ご理解頂きたい。また、私は踊り字「〱」「〲」が生理的に嫌いであり、人生で一度も使ったことがなく、横書きでは奇体なだけでもあるから、総て正字化した。
なお、私は、二〇一六年に、所持する一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編:杉浦氏は本底本の編集者の一人である)の「エチュード」と編者が題したパートにある、全二十七篇をランダムに電子化注しているのだが、これらは、本底本の「前記草稿詩篇」から、杉浦氏が『気のままに選び出したもの』とあるものであった。Unicode導入以前の仕儀で、正字不全があるが、これらを削除するのは、過去の私自身の意識を蔑ろにする気がして、個人的に忍びない。されば、一部を除き、それらをなるべく生かして、ブラッシュ・アップしたく思っている。
「何で、『立原道造前期草稿詩篇』としないのか?」と言われる方へ言っておく。恐らく、この電子化注の中で、私は、それを語り出すであろうが、端的に言っておくと――立原道造は僅か二十五年足らずで夭折した。私は、底本全集の「前期」と「後期」に「草稿詩篇」を分離する意義を全く感じないからである。個人的に、若くして全霊を詩にかけて、白玉楼中の人となった彼に「前期」と名打つのは、非常に抵抗があるのである。されば、それは附していない。
本篇の執筆想定は、注記に筆跡と使用されたインクから、『「卽興」および「一年を顧みて」『昭和7』(一九三二)『3月執筆想定・第六巻所収』(『雜纂』篇。ここと、ここで、視認出来る)『に類似点を求め得る』とし、『上限を』(根拠が示されてある)『昭和6年12月以後とし、下限を』(根拠が示されてある)『昭和7年3月以前と想定する』とある。]
(お時計の中には⋯⋯)
お時計の中にはニハトリが住まない
お魚の內臟に燐寸で靑く燈を點けろ
圓周率を數へるために鼠を飼ひます
ピーターさんは海へ泳ぎに出かける
繪の描けない草は大體花を持たない
都會の電燈の色はボンヤリしてます
馬の足音に驚くのは垣根のバラです
手品をつかはない太陽はまんまるい
腹痛にきく藥はライオンの尻尾です
白い公園の白い噴水と白い馬が白い
都會の少女の肢はスツキリしてます
飛行機が墜落するので花は咲かない
ピーターさんの妹が山へ登りました
靑い空は粉々になつて碎けてしまふ
そこで月が胡桃の一つに化けました
お時計の中にはニハトリが住んでる
[やぶちゃん注:「燐寸」恐らくは「マツチ(マッチ)」と読んでいる。
「ピーターさん」不詳。
「描けない」音数律からは、私は「かけない」と読む。
「肢」「あし」であろう。]

