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2026/01/02

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(五)鱶鰭の說(その3)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。]

 

 鱶鰭は熱湯をかけ、外皮(そとかわ[やぶちゃん注:ママ。])を去りて、絲狀(しやう)とし、美なること銀絲(ぎん)の若(ごと)し。これに、黃白の二種ありて、黃色(こうしよく)のものは、『きんひれ』、又、『きんすぢ』にて、「肇慶府志(《てう》けいふし)」の『金絲菜(きんしさい)』なり。白色のものは『ぎんひれ』、又、『ぎんすぢ』にて「廣東新語(かんとんしんご)」の『銀絲菜』なり。

[やぶちゃん注:「肇慶府志」明の陸鏊等纂のもの(一六四〇年刊)と、清代の「道光肇慶府志」があるが、「中國哲學書電子化計劃」で二種とも見たが、見当たらない。しかし、「美味求眞」(貴族院議員・衆議院議員を務めた、美食家としても知られた木下謙次郎が大正一四(一九二五)年に刊行した書)を現代語訳した「美味求真(びみぐしん)」のサイトの「第八章 魚類篇」トの「●鮫(さめ)」の項に、『魚翅は『閩書』には「鯊翅」とあり、『日本雜事詩』には「鯊魚翅」と述べられている。黄色と白色の二色であり、透き通って光がある。長さは36cm位で、頭が尖っていて針のようであり、食べると硬いが脆く味は淡白である。黄色のものは日本では金針、金スジ、金ビレ等と言われており、中国の『肇慶府志』にある「金絲菜」とはこの事である。白色のものは日本では「銀針」、別名で「銀ビレ」などと言われていて、これは『廣東新語』にある「銀絲菜」のことである。』あるとあるから、確かに載っているのだろうとは思う。識者の御教授を乞うものである。

「廣東新語」全二十八巻。広東地方の百科全書。これは、「中國哲學書電子化計劃」で「卷二十二 鱗語」で見出せた。以下。

   *

鯋有犁頭鯋、劍鯋、斑點鯋、虎鹿鋸鯋,背鬣而腹翅,大者丈餘。皮有沙,圓細如珠,可以治木發光潤。海水將潮,天將雨,毛皆起溼,雖千里外不爽。一名潮鯉,腹中有兩洞,以貯水養子。子必二,皆從胎生,朝出口,暮則入臍。其肉淡而鬆,以翅作銀絲菜,稱珍品。

   *]

 

淸國人が鱶鰭を食するの法は、先づ、乾鰭を溫湯(をんとう)に浸すこと、兩三日、柔(やわら)くを見て、外皮(そとかわ[やぶちゃん注:ママ。])を去り、筋(すじ[やぶちゃん注:ママ。])のみとなして、直ちに割烹に供(きやう)し、或は、此筋(このうsぢ)のみを乾(かはか)し、貯(たくは)へ置き、再び水に浸し、鷄肉(けいにく)の角切(すみきり)を油炒(あぶらいり)にしたるを、煑(に)だしとなし、水・酒、等分、醬油二分《ぶ》程、淡鹽梅(うすあんばい)にして、惟茸・葱等(とう)を混(こん)じ、煮(に)て、碗に盛るに、鰭を上(うへ)にす。これを『魚翅湯(ユーツータン)』といふ。此他(このた)、『紅燉魚翅(カウロンユツイ)』、『淸湯魚翅(ヘツサイユツイ)』、『白菜魚翅(ヘツアサイユツイ)』、『蟹粉魚翅(カイブンユツイ)』、『金銀魚翅(キンギンユツイ)』、『爛糊魚趨(ランコユツイ)』、『西滷魚翅(ツアユハユツイ)』、『魚翅球(ユツータウ)』、等の割烹(かつぽう)ありて、何(いづ)れも、厚待(ごちそう)の上割烹(じやうりやうり)とす。

[やぶちゃん注:「魚翅湯(ユーツータン)」サイト「わが街とくさんネット」の『東京 「赤坂四川飯店」陳建一監修 魚翅湯(ユイツータン)ふかひれスープ』のページに、画像があり(拡大可能)、『ふかひれ、たけのこ、しいたけを具材に使用し』、『鶏ガラスープにオイスターソース、香味油などで仕上げた濃厚でコクのあるふかひれ入りスープです』とある。

「紅燉魚翅(カウロンユツイ)」YouTubeの「中華一筋」の「【ふかひれ姿煮】 中華仕込みから仕上げ ≪紅焼排翅≫ Boiled shark fin with Brown sauce.」を見られたい。正直、これが、最も見る価値がある。

「淸湯魚翅(ヘツサイユツイ)」「百度百科」の「清汤鱼翅」を見られたい。『浙江料理を代表する料理の一つ』とあり、『その歴史は明代にまで遡り、フカヒレが料理に使われていたことから始まり、清代には宴会の重要な料理となっていた』とある。

「白菜魚翅(ヘツアサイユツイ)」中国語の「楊桃美食網」の「白菜魚翅羹(1)」を見よ。リンク先は台湾のもの。

「蟹粉魚翅(カイブンユツイ)」本邦のブログで、小薇さんの「シャウ・ウェイの幸せ中国料理」に『●蟹粉上湯魚翅皇(上海蟹入りふかひれの上湯姿煮込み、伊府麺添え)』とある。

「金銀魚翅(キンギンユツイ)」適切な記事が見当たらない。AIの答えを引く。正しいかどうかは判らない。『「金銀魚翅(Jīnyín yúchì)」は、中国料理におけるフカヒレの姿煮の一種を指します』。『金銀』は『料理の盛り付けや食材の色合い(黄金色と白)を例えた表現です。通常、濃厚な黄色のスープ(上湯や金湯)と、フカヒレの透明感のある質感を指します』。『この料理は、特製の濃厚な鶏』の『出汁』(だし)『スープで』、『フカヒレをじっくり』と『煮込んだ高級メニューとして知られています。伝統的な広東料理の献立などでよく見られる名称です』とあった。

「爛糊魚翅(ランコユツイ)」不詳。中文サイトでも見出せない。

「西滷魚翅(ツアユハユツイ)」不詳。中文サイトでも見出せない。「滷」の字は、中文サイトを見るに、「にがり」を意味するようだ。

「魚翅球(ユツータウ)」「百度百科」の「绣球鱼翅」が近いか。そこには、『四川の伝統料理』とし、『主に水で戻した鱶鰭と鶏の胸肉を使用し、ハム・糸瓜(へちま)や、卵を挙げたり炒めたりして薄いシート状に加工したクレープ上にしたものなどの副菜を添えて製したものである。出来上がったものは、刺繡した(「绣」)球状のような見た目となり、澄んだスープと、爽やかで香り高い味わいが特徴である。夏の宴会のメイン料理として、よく出される。』とあった。]

 

 鱶鰭は高價のものゆゑ、官菜(くわんさい/ごしきりやうり)に供して、家常菜(かじやうさい)に用ひずといへども、其需用高(じゆようだか)、頗る多量にして、海外より淸國に輸人する額は、一歲《いつさい》、凡(をほよそ)、三千担(たん)、其中(そのうち)漢口(ハンカウ)のみの銷路(せうろ)高《だか》、三、四百担に及び、明治十八年の價格平均は、百斤白鰭(しろひれ)、貳拾五、六兩、黑鰭(くろひれ)、貳拾兩なり。

[やぶちゃん注:「担」東洋文庫版の後注に、『後出』(「(六)寒天の說」の終わりの方の、ここの左丁の三行目の割注を指す)『によれば、一担は一六貫九九匁六分九厘八四とされる。一貫は三・七五キログラムなので、一担は約六四キログラムである。』とある。]

 

 前條淸國に輸入する蟻鰭、臺灣・新嘉波(シンガポール)、及び、印度9いんど)・布哇(はワイ[やぶちゃん注:ママ。])、並(ならび)に、本邦等にして、他邦のものは、背鰭(せひれ)、多く、胸鰭(むねひれ)、少く、而して、其鰭にハ、些少(すこし)の肉骨(にくほね)をも附着せず。其品位は、本邦產に優(まさ)り、殊に、品位を數等に分(わか)ち、各(おのおの)、標號(しるし)あり。印度、及び、新嘉波等(とう)より輸入する『黃玉剪(こうぎやうせん[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。])』、『黃玉古(こうぎよくきつ)』、等(とう)の如きは、表面、淡靑色(うすあをいろ)に白色(しろいろ)を帶びて、裏面(りめん)、淡黃色(うすきいろ)にして、光澤あり。故に、百斤の價(あたひ)、六拾八、九兩の高價(かうか)なり、とす。又、同(どう)地方產にして、『隔紫貳沙(かくしじしや)』・『正中皮(せいちうひ)』・『板皮力(はんぴりやく)』・『上吉三沙(しやうさんしや)』・『貳沙(にしや)』等(とう)と稱するものも。何れも、表裏(ひやうり)、光澤ありて、良好なり。此中には、西洋に產するものも、あり。臺灣產(たいわんさん)にて『六港玉古(ろくかうぎよくきつ)』、寗波(ニンポー)[やぶちゃん注:「寗」は「寧」の異体字。]產にて『沙婆(しやば)』、廣東(カントン)產にて『老勾(らうこう)』と稱するものも、上好(じやうかう)にして、本邦產には、かヽる品位は、なし。然(しか)れども、是等の種類、なきに非らず。乾製法の不良なると、善惡(ぜんあく)の差等(とう)を分(わか)たす[やぶちゃん注:ママ。「ず」。]、混交するによれり、とす。

[やぶちゃん注:面倒なので、漢名の確認はしない。悪しからず。次の段落のものも同じ。]

 

 鱶鰭は、自然の儘、乾かして販賣するのみにあらず。外皮(そとかわ[やぶちゃん注:ママ。])を去り、筋(すぢ)のみとせる者をも、商品とせり。是を『堆翅(タイツー)』といふ。價(あたへ[やぶちゃん注:ママ。])、殊(こと)に貴(たつと)く[やぶちゃん注:ママ。]、其品位に差等(とう)を分(わか)ち、『廣東堆翅(カントンたいし)』・『月翅(げつし)』・『雙椎翅(さうたいし)』・『單堆趨(たんたいし)』・『臺灣月翅(たいわんげつし)』等(とう)の標號(しるし)あり。之れに反し、本邦より輸入するものは、皆、肉骨(にくほね)を附着せしむるの弊(へい)あるのみならす[やぶちゃん注:ママ。「ず」。]、善惡を混交して品位を分たず。本邦人は肉骨を付け、又、水に浸して、斤量を增し、利するところあるが如く、誤認し、爲めに、忌厭(きゑん[やぶちゃん注:ママ。])せられ、百斤の高にて、拾五、六兩の差を生じ、損失するに至れり。製產者の最も注意すべき要點なり、とす。

 

 本邦にて、鮫類の肉を、魚糕(かまぼこ)に用ひて、缺く可らざるものとし、或は燒き、或は煮、或は䀋(しほ)にし、或は、乾かし置き、食用とせしも、鰭を用ひしことは、甚(はなはだ)、少なし。山陰中納言の料理書に『さしみ』の『けん』に『しらが』と稱し、『ふかひれ』を用ふるを、當流の祕傳とす、とあるのみ。東國の人は、殊更に、知らずと雖ども、寬政年間、出版したる「淸俗紀聞」に、魚翅(ぎよし)、割烹(かつぽう)の仕方を、のせたり。

[やぶちゃん注:「山陰中納言の料理書」東洋文庫版の後注に、『四条中納言藤原山陰(八二四-八八)が創姶した料理作法についての書『四条流包丁書』(『群書類従』、巻第三六五)のこと。四条流は、藤原山陰が、光孝天皇の命により新たな庖丁式(料理作法)を定めたことに由来すると伝えられ、室町時代に『四条流包丁書』がまとめられた。』とあり、ネットでも、平安前期の公卿で、藤原高房の三男であった四条中納言藤原朝臣山陰(やまかげ 天長元(八二四)年~仁和四(八八八)年)が鯉を庖丁したことから、「四條流庖丁書」という伝本が生まれたとあるのだが、彼のウィキには、『四条流庖丁式の創始者と長く認識されてきたが、山蔭自身が庖丁式を執り行った事績・記録は無い。庖丁式の初見については、白河天皇』(保延二(一一三六)年)『に藤原家成が御前で鯉庖丁をして見せたことが記録(古今著聞集)されている』とあるばかりで、他には、『十九奉幣社のひとつ吉田神社』『と総持寺(西国三十三所二十二番札所)』、『さらに新長谷寺(真如堂内)(洛陽三十三所観音霊場五番札所)を建立・創建して』おり、『吉田神社の末社である山蔭神社に庖丁の神、料理・飲食の祖神として祀られている』とは、ある。

「淸俗紀聞」当該ウィキに『江戸時代の寛政年間に当時の長崎奉行の中川忠英を中心に編纂された公的な紀聞で、清王朝の乾隆年間の華東~華南沿岸部の風俗が絵図を交えて詳細に記されている。この清俗紀聞の最大の特徴として、各巻とも文と絵とが』、『ほぼ等量に割り当てられるなど、絵図の占める割合が極めて高いことが挙げられる』とある。詳しくはそちらを見られたい。]

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