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2026/01/04

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(五)鱶鰭の說(その5) / 鱶鰭の說~本文了

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。

 以下、全部で十三枚の図版がある。お待ちあれ。]

 

 鱶を捕獲するは、各地、異同ありと雖ども、九州地方の仕方を、よろし、とす。故に茲(こヽ)に其方法を擧(あぐ)れば、繩釣(なわつり[やぶちゃん注:ママ。以下、時に、このままで振る。])にして、其繩の長さは三百六十丈[やぶちゃん注:一・〇九一キロメートル。]、これに通例十一個(か)の鈎(はり)を連垂(れんすい)し、其鈎と鈎との間(あいだ)は各(おのおの)二十四丈[やぶちゃん注:七十二・七二メートル。]を隔(へだ)て、繩の兩端(りやうたん)には周圍三尺五寸[やぶちゃん注:一・〇六メートル。]、長(なが[やぶちゃん注:ママ。])壹尺五寸[やぶちゃん注:四十五センチメートル。]の浮樽(うきだる)を繫(つな)ぎ、繩(なは)は直(すぐ)に錨(いかり)に聯接(れんせつ)す。其(それ)に用(もちゐ[やぶちゃん注:ママ。])る餌(ゑ)は、量目(りやう《もく》)二貫目[やぶちゃん注:七・五キログラム。]許(ばかり)の鰤(ぶり)を十一に切り、每鈎(はりごとに[やぶちゃん注:「に」はルビにある。])、餌(ゑ)を揷(さ)し、漸次(ぜんじ)、繩を埀(た)る。而(しかう)して、朝(あさ)に收(をさ)むるを、『朝繩(あさなわ)』といひ、夕(ゆふべ)に收(をさむ)るを『夕繩(ゆふなわ)』といふ。『おろかぶか』の如きは、釣りて、船に近(ちかづ)きたる時、懸鈎(かけはり)二本を用ひて、口唇(くちびる)に、かけて、捕り、又、『探釣(さぐりつり)』といふもの、あり。其鈎(そのはり)は、長(ながさ)壹尺三寸[やぶちゃん注:三十九・四センチメートル。]、量目九十目[やぶちゃん注:三百三十七・五グラム。]あり。鰤の頭部を餌(じ)となし、艫邊(ろへん)に提下(ていか)し、其緍(そのいと)[やぶちゃん注:この「緍」は音「ビン・ミン」で、訓は「いと」・「さし」。意味は「糸・釣り糸」の他、「さし」と読んで「銭(ぜに)さし」、所謂、「銭の穴に通して銭をまとめる紐」として知られ、別に「繩」の意でも使う。この場合は、読みの「いと」よりも、「さし」、それも「太いさし」で、「繩」をイメージした方が実像に相応しい。]を舟中に繫きつけ[やぶちゃん注:「き」はママ。]、漁人(ぎよ《じん》)、これに枕(まくら)して、鱶の、餌にふるヽを待ち、其響きに應(おふ)して[やぶちゃん注:読み・清音孰れもママ。]、急ぎ、緍(いと)を曳く。時に當り、蟻は、其餌(そのじ)を逐(おふ)て、水面(すいめん)に、出づ。此(この)とき、銛(もり)を擲(なげう)ちて、衝(つ)き捕(と)るもの、とす。

[やぶちゃん注:「鰤」出世魚として知られる条鰭綱スズキ目スズキ亜目アジ科ブリモドキ亜科ブリ属ブリ Seriola quinqueradiata は、一年で三十二センチメートル前後で、以降、二年で五十センチ前後、三年で六十五〜七十、四年で七十五前後、五年を経ると八十センチメートルを超える。通常の大型個体は全長ほぼ一メートルで、体重八キログラム程度であるが、最大全長一・五メートルで、体重四十キログラムの捕獲記録がある(以上は「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の当該種のページと、当該ウィキを参考にした)。

「おろかぶか」国立国会図書館デジタルコレクションで検索したところ、「オロカザメ」の名で、昭和三(一九二八)年度の「水產試驗報告」(臺灣總督府水產試驗場編・臺灣總督府水產試驗場刊・発行は昭和五年)の本文のここで、使用されていることを確認したが、それを見ても、現在の和名の何に該当するか判らなかった。私は、鱶鰭の上級品となるものであって良く漁獲されるもの、さらに、以上の通り、捕獲する漁具のサイズが非常に大掛かりであることから――ヨシキリザメか、或いは、ネズミザメか――と踏んだ。サイズからは、前者が全長が三・八メートル、後者が三メートル超えであるから、前者に分(ぶ)がある。ところが、異名を見てみると、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のネズミザメの冒頭の「代表的な呼び名」に『モウカザメ』があり、これは「オロカザメ」に、かなり似ているように見えてくる。しかも、そこの記載をさらに見ると、表記は「もうか」「もーか」ともあるのである。一方、同サイトのヨシキリザメのページを見るに、地方名として「バカ」(『神奈川県国府津』)がある。鱶鰭としては、断然、ヨシキリザメである。決定打はネズミザメの方の「歴史・ことわざ・雑学など」の項には、『その昔はマグロ漁などにまざる厄介ものであった』とあって、急激に候補性が落ちた。されば、私は、

「おろかぶか」はメジロザメ目メジロザメ科ヨシキリザメ属ヨシキリザメ Prionace glauca の失われた異名である

と断ずることとした。異論のあられる方は、議論しましょう。]

 

 鱶鰭を乾製するには、簀(す)の上に並べて、晴日(せい《じつ》)に晒(さら)すに過(すぎ)ざれども、其鰭、新鮮のものを、よろし、とす。故に、日數を經(ふ)るものは、色澤、次第に、劣れり、とす。又、雨天の時は、焙爐(ほいろ)にかけて、乾かすを、よし、とす。

 

 淸國の販路に於ても、各地方・需用者の嗜好、一《いつ》ならず。湖北省は、『堆翅(たいし)』・『白皮(はくひ)』・『力墨(りよくぼく)』を欲(ほつ)し、其需用、中數(ちゆうすう)なり[やぶちゃん注:この「中數」というのは、「中核を為すメイン」の意であろう。]。湖南省は、『皮力(ひりよく)』・『堆翅』を欲し、需用、中數なり。江西省は、白・黑ともに欲し、需用、大數(たいすう)なり。河南省は、『堆翅』・『皮力』を欲し、需用、大なり。陝西省は、『堆翅』のみを欲すれども、需用、中數なり[やぶちゃん注:高額なんために、それを買わない者も有意に多い、ということであろう。]。四川省は『堆翅』を欲し、需用、大數なり。外崇(ぐわいすう)・慶州【崇慶州カ。】・資州(ししう)・錦州(しんしう)・茂州(もしう)・西陽州(せいようしう)の如きは、『堆翅』を欲し、需用、廣大なり。是を以て見れば、『堆翅』、卽ち、絲製(いとせい)を望むもの、多きに居(を)れり。本邦の如きも。宜(よろ)しく『堆翅』を製して輸出せば、利益を增加すること、少々に、あらざるべし。

[やぶちゃん注:いちいち、製品名の注をするのは、もう、疲弊しているので、やる気が起こらなない。ただ、非常に(しかも! 本書全体に関わる!)参考になるものを、国立国会図書館デジタルコレクションで見出した! 「通商彙纂 第6巻」(明治一九(一八八六)年/外務省通商局編纂のものを、一九八八年に不二出版が刊行したもの。本底本と同年!)の中の、「◎清國天津市塲海產物景況 (十九年八月二十八日在天津帝國療治舘報告)」で、その次のコマの四行目以下に、

   *

  • 鱶鰭(淸稱魚翅(イユイチー))黑白ノ二種ノモノ消費尤モ多シ何種ヲ問ハス肉厚ク翅ノ多キモノヲ貴フ翅根ニ多ク肉アリテ徒ラニ不用ノ斤量ヲ增スハ支那人ノ喜ハサル所ナリ

台灣產ハ味極メテ佳ニシテ煮後膨張シテ雪ノ如シ【一百斤ニ付百十両位ナリ】其評判極メテ宜シケレ𪜈價ノ貴キヨリシテ需用少シ

目下相塲白鱶鰭六十兩黑鱶鰭四十兩【一副百斤ニ就テノ價ナリ一副トハ頰後ノ兩邊ニアル翅二枚ヲ云フ背上ノ魚尾ヲ算セズ】ナリ

南方ヨリ輸入スル堆翅(トイチー)ト稱スルモノアリ。是レハ鰭ヲ割キ一煮シタル後晒シタルモノナリ其消費高極メテ少ナク一定ノ相塲ナシ

輸入年額外國ヨリ白鱶鰭二萬六千三百四十一両黑鱶鰭二萬二千六百三十両支那諸港ヨリ白鱶鰭六千四百六十四両黑鱶鰭二千四百四十六両ナリ

   *

他に、この記事には、既に終わった「鰑」・「昆布」・「刻昆布」・「鮑」といった項目があるのである! その内、これらを既注に追加しようと考えている。暫くお待ちあれかし。]

 

 夫れ、本邦は、內(うち)には、四周(ししう)の海(かい)に、鱶魚(ふかぎよ)、群泳し、外(そと)には、四億萬人(しおくまんにん)の鱶鰭需用者あるも、鱶漁(ふかぎよ)を營むもの、甚(はなはだ)、少(すくな)く、東北[やぶちゃん注:これは、本邦に東北地方のこととしか読めない。だからこそ、最後の二文の憤懣が、いや高になるのである。]・淸國の如きは、鱶を漁捕(ぎよほ)するも、貴重なる鰭を廢棄して、顧みず。故に、本邦鱶鰭の輸出は、甚(はなはだ)、多からずして、明治十七年の輸出高は、僅(わづか)に、二十四萬二千〇二十九斤、此代《このしろ》、價《あたひ》、七萬〇〇五十壹圓餘(よ)に過ず。宜しく、當業者(たうぎやうしや)は鑑(かんがみ)ずんば、あるべからず。

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