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2026/01/09

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(五)鱶鰭の說(その7) / 鱶鰭の說~(図版2)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。]

 

【図版2】

 

Fka2

 

 

■「つのふか」

 「一名、つのめざめ。」

[やぶちゃん注:【図版1】で考証したツノザメ目ツノザメ科ツノザメ属 Squalus であるが、腹部右下からの煽り風で描かれ、一見、目が可愛く、マスコットのようにデフォルメされているような錯覚を受けてしまう。そのため、どうも、比定に困難を感ずる。先では、

トガリツノザメ(尖角鮫)Squalus japonicus

としたが、一応、ここでは、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」が掲載する五種を並べて考証する。順列は、同図鑑の、ここの「ツノザメ目」に従がった。

アブラツノザメはここで、アブラツノザメ(油角鮫)Squalus suckleyi 

トガリツノザメはここで、トガリツノザメ(尖角鮫)Squalus japonicus

ツマリツノザメはここで、ツマリツノザメ(短角鮫)Squalus brevirostris

ヒレタカツノザメはここで、ヒレタカツノザメ(鰭高角鮫)Squalus formosus

フトツノザメはここで、フトツノザメ(太角鮫)Squalus mitsukurii

さて、この内、⑤のフトツノザメは、解説の「基本情報」に『本州以南に生息する。やや小型のサメである。刺網や深場の釣りで揚がる。この背鰭に棘(角)があるサメの中でもアブラツノザメは認知度も高く、東北・関東を中心に利用されているが。本種は漁獲量が少なく知名度が低い』とあり、「珍魚度」にも、『底曳き網や釣りなどで揚がるが、量的に少なく、流通しないのでがんばって探さないと手に入らない』とし、「水産基本情報」でも、『市場での評価』に、『ほぼ流通しない。一定の評価はない』とあることから、まず、最初に除外してよいと思われる。同様に、④ヒレタカツノザメの記載も、「生息域」には、『水深180-790m』。『千葉県銚子〜九州南岸の大平洋沿岸、沖縄島以南の琉球列島、東シナ海大陸棚縁辺〜斜面域』で、『台湾、オーストラリア南西岸』としつつ、やはり、「基本情報」には、『学名が2017年に確定したもので、漁獲されての情報などはまったくない。』とあるだけで、以下、白紙なのである。されば、これも除外する。

 而して、残る三種の、それぞれの画像をじっくりと見て、この図のように見えるものはどれか、と考えたところ、私は、

★『これ、圧倒的に③のツマリツノザメだべッツ!!!』

と、強く感じたのであった。

頭部の腹側が他の種に比べて、圧倒的に膨らんでいるから

である。そのツマリツノザメの解説を示すと、『1m TL 前後になる。背鰭前端から吻までが短い。目も吻に近く体高がある。』「生息域」には、『水深100-640mの海底、海底付近』。『青森県八戸、千葉県銚子から九州南岸の大平洋沿岸、玄界灘、沖縄島以南の琉球列島、東シナ海縁辺〜斜面域、九州〜パラオ海嶺』及び『朝鮮半島全沿岸、黄海、中国の東シナ海・南シナ海、西沙諸島』とある。但し、それ以外の、記述が、全くないのが、果して、明治時代に、漁獲されたかどうかが、ちょっと心許ないのでは、ある。

残るは、①アブラツノザメと、②トガリツノザメとなるが、

後者のトガリツノザメは、解説に、『日本の沿岸域に多い小型のサメ。量がまとまらないので流通はしない。』とし、『ツノザメ科全般に言えることだが』、『味がいいので、食用としている可能性は高い』(最後は将来性記載である)とあり、『市場』にも『流通しない。』と断じているので、これも、ご退場願ってよいと思う。

★而して、アブラツノザメであるが、これは、結論を言うと、有力な対抗候補である。

解説を引く。『北半球の寒帯から温帯域にいる中型の鮫。国内では主に北海道・東北太平洋側で水揚げされている。北海道、青森県などでは釣りなどで盛んに漁獲している。サメ類ではもっとも漁獲量が多い』。『浜で皮を剥き、頭と内臓を取り去る。これを棒ザメという』。『関東にもたくさん送られてきており、古くは棒ザメで作るサメの煮つけは都内でもよく食べられていた。都内では定番的大衆魚だったが、やや「お高い」といったもの。例えば「もうか(ネズミザメ)」と比べると贅沢なものであった』。『また』、『栃木県、茨城県・群馬県の一部では日常的にも、年取魚(正月用の魚)としても人気がある。新潟県上越市でもよく食べられている』。『今でも根強い人気があるが、棒ザメを切身として売る店も、買う人も減少傾向にある。非常に味がよく万人向きの食材、もっと人気が出てもいい』。『練り製品の原材料ともなり、すり身としては高価である。また近年高鮮度化も進められている』とあり、「珍魚度」に『青森県などでは漁業対象となっているので、珍しい魚ではない。ただし』、『産地で皮を剥かれることが多いので、丸のまま手に入れるのは』、『とても難しい。』と括っておられる。「主な産地」は『青森県、北海道、宮城県、福島県など。東北北海道』とする。さらに、「歴史・ことわざ・雑学など」の項に、『ぼうざめ 〈江戸にて一種ぼうざめと云有〉『物類称呼』(越谷吾山著 安永4/1775 解説/杉本つとむ 八坂書房 1976)』とあって、江戸時代に既にして、流通していたこと、別コラムの『正岡子規、水戸紀行の「鮫の煮たると」』で、『正岡子規の実に写実的な表現でみる千葉の食』の項で、ぼうずコンニャク氏は『常磐線開通前の水戸街道小金駅あたりで正岡子規が食べたサメは沖合いにいるネズミザメではなく、より岸近くにいるアブラツノザメと考えるべきだと思っている』と述べられ、さらに、続く、『鮫煮つけは非常に味がいい。正岡子規はなにを食べたのか?』で、食べた料理法まで推理されているのである。

さらに、有力候補度がズン! と高まるのは、異名である。

『ケセンズノ ケセンヅノ[気仙角]』『宮城県気仙沼、東京都 参考『日本産魚名大辞典』(日本魚類学会編 三省堂)』、『ツノザメ』『富山県黒部市生地 参考『日本産魚名大辞典』(日本魚類学会編 三省堂)』の、本図の名称の類似、或いは、相同性である。

 結論を示す。

☆第一候補は、論理的に圧倒的にアブラツノザメ

であるが、画像に拘ると、私は、

☆第二候補として、フォルムからツマリツノザメ

を外すことが出来ない

としておく。

 

■「ほしふか」

 「一名、ほしさめ。」

[やぶちゃん注:これは、文句無しで、

ネズミザメ上目メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメ Mustelus manazo

である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをリンクしておく。]

 

■「をにうちふり」

 「九刕大隅」

 「「をにうちふか」」

 「凡《およそ》、長《ながさ》、二尺。」

[やぶちゃん注:これは、頭部の形状から、

板鰓亜綱テンジクザメ(天竺鮫)目オオセ(大瀬)科オオセ属オオセ Orectolobus japonicus

である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをリンクしておく。]

 

■「あをふか」

 「長《ながさ》、凡《およそ》、壹𠀋。

  大なるは、二、三𠀋に至り、

  一《いつ》に、「荒(あら)ふか」といふ。

  歯、なし。人を、とりくらふ。」

[やぶちゃん注:これは、文字通り、

ネズミザメ目ネズミザメ科アオザメ属アオザメ Isurus oxyrinchus

である。「人を捕り食らう」とあるが、当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした)、この断定は、問題があるようである。ここは、本文注では外していたので、その「危険性」の項を引用する(注記号はカットした)。『気性が荒く、人に対しては危険な種とされているが、今までにこのサメが起こした事故はあまり報告されていない。生息域が主に外洋ということで、人と接触することがあまりないためであるとされる』。『20101130日から121日の2日間にかけて、エジプトの紅海において海水浴客3人がサメに襲撃される事件が発生。このうち1人が足と腕を噛みつかれ、片腕を失った。近くの海域でヨゴレと共にアオザメが捕獲されたことから、犯人は当初アオザメとされた。サメが捕獲されたことから、地元当局は海の遊泳禁止措置を解除した。しかし、その後ドイツ人の海水浴客がサメに襲われて死亡する襲撃事件が起きており、襲撃したサメは別の種類と見られている』。『日本国内では1951年(昭和26年)6月、熊野灘の定置網にかかった全長約5 mのアオザメから少年の腐乱死体が見つかった例がある。また1979年(昭和54年)1111日には、宮崎県串間市都井岬沖約67 kmの日向灘で、貨物船「明和」(4457重量トン)が時化により沈没した際、漂流中の乗組員が救助隊の目前でアオザメとみられる大型のサメ(推定体長約3 m)に食い殺されるという事故も発生している。2004年(平成16年)715日には和歌山県すさみ町沖の枯木灘で、夜間集魚灯を点けてアカイカ釣りをしていた遊漁船に体長3.5 m、体重350 kgのアオザメが飛び込み、釣り客が胸や頭をサメの尾鰭で強く叩かれて胸骨骨折などの重傷を負う事故が発生している。すさみ町立エビとカニの水族館館長によれば、アオザメは黒潮が接近している枯木灘ではよく見られるが、船に飛び込む事故は聞いたことがないという』とある。一応、英文の同種のウィキ“Shortfin mako shark”の‘Attacks on humans’ (「人間への攻撃」)の項を見たが、『ISAF』(International Shark Attack File:国際的なサメによるヒト襲撃情報のデータベース。詳しくは当該邦文ウィキを見られたい)『の統計によると、1980年から2024年の間にアオザメによる人間への襲撃は10件発生しており、そのうち3件は死亡に至った。また、ボートによる襲撃も20件発生している。アオザメによる襲撃の多くは、嫌がらせや釣り糸にかかったことが原因で引き起こされたと考えられている。アオザメに遭遇したダイバーは、襲われる前にアオザメが8の字を描いて口を開けて近づくことに気づいている。最近の襲撃は2024330日にカボ・サン・ルーカスで発生したが、死亡には至らなかった。サメはシュノーケリングをしているグループを襲い、ある男性はサメが他の人に危害を加える前に格闘しなければならなかった。』と、ある。孰れにしても――アオザメは絶対的な「人食いサメ」ではない――と結論出来るものと思われる。

 

■「へらさめ」

[やぶちゃん注:本文には、この名では、出現していない。小学館「日本大百科全書」の「ヘラザメ へらざめ/篦鮫」から引用する。『軟骨魚綱メジロザメ目の科や属の総称、またはその1種の名称。ヘラザメ科Pentanchidaeは第1背びれが腹びれ上方またはその後方に位置すること、臀(しり)びれがあること、口が目の前端の下に位置すること、頭蓋骨』『の眼窩』『上部に庇(ひさし)がないことなどが』、『特徴で、ヘラザメ属 Apristurus 、ナガサキトラザメ属 Halaelurus 、ヤモリザメ属 Galeus など11属からなる。そのうち、ヘラザメ属は吻(ふん)が扁平』『で、臀びれと尾びれが接することが特徴で、約40種からなり、日本近海には約9種が知られている』。『種としてのヘラザメ A. platyrhynchus(英名spatula-snout catshark)は第1背びれが腹びれ基底より後ろから始まること、胸びれと腹びれの間が短いこと、臀びれ基底が非常に長いことなどで特徴づけられる。深海性で、大きくても全長1メートル程度で、生殖方法は短期型単卵生である。トロール網などでときに大量に漁獲され、練り製品の原料などにされる。南日本から、台湾、フィリピン、オーストラリアなどの海域に分布する。国際自然保護連合(IUCN)のレッド・リストでは、低懸念(LC)とされている(20219月時点)。』とあった。しかし、この小型のサメから、果して輸出向けの鱶鰭が製造出来たのであろうか? やや疑問である。識者の御教授を乞うものである。

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