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2026/02/06

立原道造草稿詩篇 一日

[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。そこに、『初稿はノートの』昭和七(一九三二)年の『8月1日のページの「一日」(ほぼ同文)で、本稿を二稿とし、『散步詩集』中の「一日」となる。』とあり、初稿は同全集「第六卷 雜纂」のこれである。それを【初稿】とし、而して、決定稿の『散步詩集』(全)(二〇一六年六月十三日電子化注済み。但し、Unicode導入前で正字不全があるので、引用では、修正した。また、底本ではポイントの操作がなされてあるので、見かけ上で似たような形に変えてある。必ず、リンク先の注を見られたい。正確な字配は、同全集の「第二卷」の当該部もリンクさせておく。それに拠って、旧電子化物には、編者のルビ挿入があることが判ったので、そこで今一度、検証して、直した)中の「一日」の当該部分を最後に示した。「一日」は、「ひとひ」でもいいが、私は、「いちにち」と読みたくなる。お好きな方で、どうぞ。]

 

【初稿】

 

  一日

 

そこはよい見晴らしであつたから、靑空の一ところをくりぬいて皿をつくり

僕たちは雲のふらいなどを料理し

用意して來たパン、果物の類を食べ

景色を眺めてはたのしい食欲を充した

日かげには大きな百合の花が咲いてゐて

その花粉と蜜は僕たちの調味料だつた

さてこのささやかな食事のあとで

きれいな草原にねころぶと

僕の切り拔いた後に晝の月があつた

それをあなたはハンカチに包んで

大切さうにうちへ土產にした

 

 

[やぶちゃん注:「一ところ」私は「ひとつところ」と読みたい。

ふらい」底本では、傍点「﹅﹅﹅」であるが、太字とした。

「類」私は「たぐひ」と読みたい。

「充した」「みたした」。]

 

 

【決定草稿】

 

  一日

 

 そこはよい見晴らしであつたから、靑空の一ところをくり拔いて皿をつくり、僕たちは雲のフライなどを料理し、麺麭、果物の類を食べ、景色を眺めてはたのしい食欲を充した。日かげに大きな百合の花が咲いてゐて、その花粉と蜜は僕たちの調味料であつた。

 さて、このさゝやかな食事のあとで、きれいな草原にねころぶと、僕の切り拔いたあとに晝間の月があつた。それを、あなたはハンカチに包んで大切さうにうちへ土產にした。⋯⋯

 

 

【『散步詩集』の決定稿部分】

 

 

  食後

 

そこはよい見晴らしであつたから靑空の一とこ

   ろをくり拔いて人たちは皿をつくり雲のフ

ライなどを料理し麺麭・果物の類を食べたのしい食

欲をみたした日かげに大きな百合の花が咲いてゐて

その花粉と蜜は人たちの調味料だつたさてこのささ

やかな食事の後できれいな草原に寢ころぶと人の切

り拔いたあとの空には白く晝間の月があつた

 

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