立原道造草稿詩篇 噴水
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、原稿は『《ハガキ判耳付局紙》』(「はがきはん/みみつき/きょくし」と読む)に書かれてある、とある。
この「ハガキ判耳付」とは「手漉き和紙耳付き楮葉書」を指し、この場合の「耳」とは、表現の印象とは異なり、機械的に切ったような直線の「耳」ではない、裁断していないそのままの紙端のことを指す。最後の「局紙」は、明治八(一八七五)年に製紙部門である大蔵省抄紙局(おおくらしょうしょうしきょく:現在は「財務省国立印刷局」)に八名の紙漉き工が技術指導に招かれ、研究の結果、新技法による紙幣用紙の製造に成功した。則ち、この抄紙「局」が新たに開発した「紙」を指す。紙質が緻密で、印刷適性と耐久性に優れ、紙幣や株券として高い評価を得ていた高級紙を指す。
以下、『昭和9年10月制作の物語「メリノの歌 第一章」の結びに採用。』とあり、『第一枚目は第二聯で終る。三聯の一行アキは「メリノの歌」に従った。』とある。則ち、底本の行空きは、草稿とは異なるものであることが判明するので、それを、草稿では、復元することとした。
最後に、『ブルー一色で絵と本文を書いている。形態から『散步詩集』制作時と同時と想定される。ここの置いたのは前項「日課」』(私が電子化注した前回の「日課」である)『と同じ理由に拠る。』とあった。されば、絵は画像を見られない分、より原文に近づけるため、【草稿】では、文字をブルーにすることとした。
而して、「メリノの歌」の「第一章」の結びを「決定稿」と捉え、適切と思われる同箇所を最後に示すこととした。底本は、同全集の第二巻「物語」の「メリノの歌」のここである。同「メリノの歌」全篇は、ここから。]
【草稿】
【決定稿(「メリノの歌」の「第一章」の末部分)】
メリノは黒い帽子をかぶつてゐた。それが突然、彼に似合つて見えだした。彼は冬のマントにしづかにしつかり身を包むと、講演に出かけて行つた。
あゝ、こゝでなら、誰でもたのしく日をおくれる。芝生の向うにあかるい建物が、その上に小さな貝殼を浮べたまゝ、誰でもその雲を見さへすれば、あゝたのしく日をおくれる!
メリノは何も見なかつた。ベンチの固い木の上の腰かけたきり、しづかな息をついてゐた。ときどき眼をとぢたりひらいたりした。すると、彼には、心の奥から、今のかなしみとすこしも關係のない消えさうな音樂がひゞくのだつた。
噴 水 の 歌
⦅僕がひとりで噴水を見てゐると
誰かが やつぱりそばにゐる
明るい空が水の上で搖れながら
それで 顏を見合はせて
僕たちはつい一しよに笑つてしまふ
色のついた空が
搖れながら 噴水の頂上で
いつの間にか雲のやうに散つてゐる
僕がひとりで噴水を見てゐると
[やぶちゃん注:標題「噴 水 の 歌」のポイント落ちはママ。詩の冒頭の「⦅」の閉じるがないのはママ。
因みに⋯⋯この電子化を⋯⋯僕の満六十九歳の記念とする⋯⋯]

