立原道造草稿詩篇 口笛を吹いてゐる散步者よ
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここ、底本の注記はここから視認出来る。そこに、『初稿はノートの』昭和八(一九三三)年の『7月20~28日のページの詩群中にあり(無題・異文)で、本稿は二稿で、ハガキ判耳付局紙』(「抄紙局製の紙」の意。ミツマタを原料とする、丈夫で、艶のある上質の紙。明治八(一八七五)年に大蔵省抄紙局が設けられ、明治一八(一八八五)年頃、手漉き紙として作られたが、後に機械漉きとなり、今日では、財務省印刷局の他に民間でも製紙され、証券・株券・賞状・辞令用紙などに用いられる。以上は所持する小学館「日本国語大辞典」(初版)、及び、「デジタル大辞泉」をカップリングした)『に水彩で風景画を描き、本文を赤で筆記したものを決定稿とする。決定稿については詩集『日曜日』の解説で触れた。本篇と異なるところは、第二行の「あなた」を「君」と修正し、句読点を持たない点である。』とある。しかし、同全集の「第二卷 詩集II」の解説を見ると、これは、「日曜日」のそれには、なく、続く『『散步詩集』 神保光太郞所蔵本』のここにある(下段)。そこには、『*本テキストの構成は目次に詩五篇を示しているが、どうしてか「悲歌」の本文を欠いている。これを埋めるものとして、書名の「散步」と用紙・体裁から「口笛をふいてゐる散步者よ」をそれと考えることが出来ないわけではないが、決定的裏付けが見当らず、ただここで言えることは後出「草稿篇」の「悲歌 第三」のモチーフに関わるものであろうということだけである。従って本集の目次に「悲歌」は挙げなかった。』(以下略)とある。「悲歌 第三」は、同全集第二卷の、ここで、視認出来る。しかし、ここで言っている『「草稿篇」の「悲歌 第三」のモチーフに関わるものであろうということ』とある。しかし、私が馬鹿なのか、この解説、全く理解出来ない。暫く、再考したく思う。ともかくも、冒頭にあるノートのそれを【初期形1】・【初期形2】の二つを示し(ここと、恐らくここ。孰れも無題)、【決定草稿】を示す。]
【初期形1】
口笛を吹いてゐる散步者よ
あなたは立り去りうたが殘る
この森の小鳥の聲とまじらずに
この森の木のかえのそこここに
やがてこのならはしが 僕に
口笛と小鳥たちとをわからなくする(?)
[やぶちゃん注:傍線は底本では右傍線。]
【初期形2】
口笛を吹いて家に帰る
[やぶちゃん注:「帰」の字体はママ。]
【決定草稿】
口笛を吹いてゐる散步者よ
口笛を吹いてゐる散步者よ
あなたは立り去りうたがのこる
この森の小鳥の聲とまじらずに
この森の木のかげのあちこちに。
やがてこのならはしが 僕に
口笛と小鳥たちとをまちがひさせる。
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