立原道造草稿詩篇 室內
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。]
室內
貝殼のなかで
窓ばかり思ひ呆け けふ一日
くらしてしまつた
あかりをともすと
ほら 指先でおまへが眼ばたきをしてゐる
《マンマン! いいばんよ
誰か窓でしやべつて行く
本の頁に
ほら おまへがのこした指紋がその言葉をきいてゐる
[やぶちゃん注:第二連の「《」の「閉じる」がないのはママ。
「思ひ呆け」これは「おもひほうける」と読み、歴史的仮名遣でも、かく、読む。
「眼ばたき」は「まばたき」であるが、一般には、「瞬き」で「まばたき」と表記するのが普通であり、かく表記するのは、通用表現ではない。
「マンマン」これはフランス語の「母」=“maman”の音写である。道造は、この頃、独自にフランス語の勉強をしていた。ただ、フランス語のそれは音写としては、現行では、圧倒的にアルベール・カミュ(Albert Camus 一九一三年~一九六〇年)の「異邦人」(‘ L'Étranger’ )冒頭の“Aujourd'hui, maman est morte.”(「今日(きょう)、ママンが死んだ。」)で人口に親炙している。但し、同作は一九四二(昭和一七)年五月十九日に発表した作品であり、道造の没後三年後のことである。]

