立原道造草稿詩篇 林道
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここ、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、ここ以降のものは、『下限は』昭和9年『9月と推定』している。また、本「林道」については、『昭和9年11月発表の「村ぐらし」の初稿。』とし、さらに、『元気表題は「林道・靜晝(眞晝)」。「林道」のみを赤鉛筆で囲っているので、それを表題とした。』とある。無論、それでよいと思うが、個人的には、道造が標題を迷った過程を再現したく思い、その部分を復元したいと思った。但し、赤で枠は出来ないので、「林道」自体を赤字とした。後に注記が示した決定稿は、既に私が電子化注した「村ぐらし 立原道造」がある。編者中村真一郎氏の注に、本篇は昭和九(一九三四)年『七月堀辰雄とともに追分に滞在した体験に基づく』とある。但し、リンク先は中村氏に拠って、読みが歴史的仮名遣で打たれている。されば、底本同全集の「第一卷 詩集I」の当該部で、確認し、全く読みはないことが確認出来たので、読みはカットした。さても、この「村ぐらし」は、私が、道造の詩の中でも、特に偏愛する一篇である。未読の方は、是非、全篇を読まれたい、ちゃんと、声を出して⋯⋯。]
林道・靜晝(眞晝)
さびしい山道を息をはずませのぼつたことがあつた。道で會つたのは蟲捕りの道具を持つた老人であつた。彼は遠眼鏡(えんがんきやう)をあてて麓(ふもと)の高原を眺めてゐた。もつとのぼると峽(かひ)があつた。木の葉が、雲の形を透(す)いてゐた。その下の流れで足を洗つた。すると氣分がよかつた。草原に似た麓の林に、光る屋根が見えてゐた。またおなじ林道をくだつた。もう誰にも會はなかつた。しばらくすると村で鳴く鷄(にはとり)を聞いた。はるかな思ひがわき、すぐに消え、ただせかせかと道をくだつた。長かつた。
[やぶちゃん注:想定題候補の「靜晝」というのは、名詞として音読みするしかない。「せいちう」としか読めない。道造が標題として「ひるしづか」と読ませるなら、必ず、送り仮名を打つから、あり得ない。意味は「静かな昼」の意だが、見慣れない熟語で、音声も好かない。かと言って、「眞晝」という副題では、日中光が強いイメージによって、詩の内容が壊れる。さればこそ、「林道」は至当な選択である。]
【完成稿「村ぐらし」の当該部分】
せかせか林道をのぼつたら、蟲捕り道具を持つた老人に會つた。彼は遠眼鏡をあてて麓の高原を眺めてゐた。もつとのぼると峽があつた。木の葉が、雲の形を透いてゐた。その下の流れで足を洗つた。すると氣分がよかつた。草原に似た麓の林に、光る屋根が見えてゐた。またおなじ林道をくだつた。もう誰にも會はなかつた。しばらくすると村で鳴く鷄を聞いた。はるかな思ひがわき、すぐに消え、ただせかせかと道をくだつた。長かつた。

