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2026/02/11

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(五)鱶鰭の說(その18) / 鱶鰭の說~(図版13) / 鱶鰭の說~了

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページ。この図版の鱶鰭は幾つかの図に縦・横の白いスレが入っており、甚だ、気になったため、違和感が生じないように考えて、線状の白をランダムに黒塗りした。なお、これを以って、「鱶鰭の說」を終わる。主に図の補正に、甚だ、時間を食ってしまった(延べ四十四日)が、やって見れば、相応に、いい仕事が出来たと私は思っている。まず、この図を、大真面目に人力で清拭しようという閑人は、僕の後には、恐らく出てこないだろうから、である。

 

【図版13】

 

Fka13

 

■「つまくろふか四枚揃鰭」

[やぶちゃん注:ページ上方の総標題。まず、第一に言っておかなくてはならないのは、これは、現代の種である、

軟骨魚綱メジロザメ目メジロザメ科メジロザメ属ツマグロ(端黒)Carcharhinus melanopterus ではない

ことである。当該ウィキを引く(注記号はカットした)。この種は、『インド太平洋熱帯域のサンゴ礁で最も豊富なサメの一つで、主に浅瀬に生息する』。『インド太平洋熱帯・亜熱帯域全域の沿岸で見られ』、『インド洋西部では南アフリカから紅海、マダガスカル・モーリシャス・セイシェル。東部ではインドから東南アジア、スリランカ・アンダマン諸島・モルディブ。太平洋では、中国南部・フィリピンからインドネシア・オーストラリア北部・ニューカレドニアに加え、マーシャル諸島・ギルバート諸島・ソシエテ諸島・ハワイ諸島・トゥアモトゥ諸島のような多数の海洋島にも分布する。いくつかの資料とは矛盾するが、日本からの確実な記録はなく』(☜★)、『日本産とされる標本は実際には台湾産のようであると考えられてきたが、2017年に八重山諸島の西表島から得られた標本をもとに初めて日本での生息が確認された。2019年に黒島研究所も同諸島に属する黒島で夏に幼魚が多く捕獲されていることを確認し』、『標識調査を行っていることを発表した』という記載で明白々である。しかし、ネット上の記事で、この正体を、素人が容易に知り得る記事は、殆んど、ないのである。

 では、明治一九(一八八六)年刊の本書に出現した、この正体は何か? それは、私が、本邦の江戸、及び、近代の魚類の異名を確認するに、最も信頼しており、検索も容易な国立国会図書館デジタルコレクションの宇井縫藏氏の著になる「紀州魚譜」(昭和八(一九三二)年淀屋書店出版部刊・三版)のここの右丁の、

『ヒロアンコウザメ 廣鮟鱇鮫 Scoliodon laticaudus Müller & Henle.)』

で、明らかである(この本を知ったのは、ブログ・カテゴリ『「畔田翠山「水族志」」』の注作業で、である)。そこでは、宇井先生は、

『〔方言〕 ツマグロ(田邊・串本・屋・和歌浦)、ハタグロ(太地)』

とされてある。而して、この「まくろふか」とは、現在の、

メジロザメ目メジロザメ科トガリアンコウザメ属トガリアンコウザメ Scoliodon  macrorhynchos の異名

なのである。漢字名は「尖り鮟鱇鮫」である。この学名は、以下で引用するウィキの「トガリアンコウザメ」の学名(シノニムを含む。なお、そこでは、宇井先生の示した Scoliodon laticaudus Müller & Henle, 1838 をトップに掲げている)と一致しないが、サイト「川のさかな情報館」の「トガリアンコウザメ属」で確認したものを示した。但し、そこには最後に、『なお,実際に日本に本種が分布するかは不明である.生息水深はよくわかっていない(Weigmann 2016)』と附記がある)。

 以下、ウィキの「トガリアンコウザメ」から引く(注記号はカットした)。『インド洋・西太平洋の熱帯に生息し、大きな群れを作る。体長72cmで平たい吻が特徴。餌は小魚や無脊椎動物。魚類の中では最も発達した胎生。雌は毎年、6か月の妊娠期間を経て6-18匹の仔を産む。人には無害。漁業上の重要種で、IUCNは保全状況を準絶滅危惧としている』。『1838年、ドイツの生物学者ヨハネス・ペーター・ミュラーとヤーコプ・ヘンレによってSystematische Beschreibung der Plagiostomenに記載された。ホロタイプはフンボルト博物館所蔵の42cmの剥製と推定される[2]。属名Scoliodonは古代ギリシャ語skolex(ミミズ)、odon(歯)、種小名laticaudusはラテン語latus(幅広い)、cauda(尾)に由来する』。『形態系統学・分子系統学のデータからは、本種はヒラガシラ属』( Rhizoprionodon :「平頭」)『と共にメジロザメ科の基底群を構成するとされる。さらに、解剖学的な類似は、始新世中期』『に他種から分岐したシュモクザメとの類縁も示唆している。2012年の分子系統解析では、ヒラガシラ属とともにトガリメザメとの類縁関係が示唆された』。『形態』は、『体は小さくずんぐりしており、幅広い頭と非常に平たいシャベル型の吻を持つ。眼と鼻孔は小さい。口角は眼のかなり後方に至り、溝は』、『あまり』、『ない。上顎歯列25-33、下顎歯列24-34。個々の歯は鋸歯のない、細く剣状で斜めの尖頭を持つ。胸鰭は短くて幅広く、第一背鰭は胸鰭より腹鰭に近い。第二背鰭は臀鰭よりかなり小さく、背鰭間に隆起はない。背面はブロンズグレー、腹面は白。鰭の色は体より暗い。最大74cmだが、不確実な記録では1.2mというものもある』。『インド太平洋西部に分布し、タンザニアから南アジアで見られる。深度10-13mの沿岸の岩礁底に生息する。かつては東南アジア・ジャワ島・ボルネオ島・台湾・日本など西部太平洋海域にまで生息するとされたが、2010年の研究結果より、同海域に住む個体群はボルネオトガリアンコウザメであると確認された。近縁のボルネオトガリアンコウザメはマレーシア・スマトラ島・ボルネオ島の河川下流域からも報告があるが、塩分濃度のデータがないため』、『オオメジロザメのように淡水に耐えられるのかは不明である』。『個体数が多い所では、よく大きな揃った群れを作る。餌は主にアンチョビ・サイウオ科・ハゼ・テナガミズテングなどの小型硬骨魚。時折』、『エビ・カニ・コウイカ・シャコなども食べる』。『条虫Ruhnkecestus latipi 、回虫の幼生などの寄生虫が知られる』。『排卵時の卵は直径1mm程度で、直径3mm程度から栄養を母体に頼るようになる。胎盤との結合は卵黄嚢から形成され、特異な柱状構造とガス交換を行う毛細血管網・長い付属物を持つ。胎盤組織は"trophonematous cup"という構造物で子宮壁に接し、母体の血流から栄養が送りこまれる。これは魚類での胎盤性胎生として最も発達したものである』。『雌は年に一度繁殖する。妊娠期間は6か月で出生時は12-15cm。産仔数6-18。雄は24-36cm、雌は33-35cmで性成熟し、それに達するまでに6か月-2年かかると推定されている。寿命は雄で5年、雌で6年』。『人には無害である。刺し網・延縄・底引き網・罠・トロール網・釣りなどで零細・商業漁業共に広く捕獲されている。肉は他魚の釣り餌として、鰭はふかひれとして、粗は魚粉として用いられる。また、肉を氷酢酸で処理し』、『粉末状ゲルとすることで、サプリメント・生分解性フィルム、ソーセージの皮などにも用いられる』。『重要種だが』、『漁業統計データは』、『ない。1996年の報告では、中国市場で、また』、『北オーストラリア漁業で見られる最も一般的なサメだった。インド・パキスタンでも大量に漁獲され、インドのある都市では1979-1981年にかけて年平均823t漁獲されていた。カリマンタン島などで刺し網により混獲もされている。繁殖周期が短く多少の漁獲圧には耐えられるが、繁殖力自体は低いためIUCNは保全状況を準絶滅危惧としている。沿岸性のため、沿岸の開発による影響も無視できない』とあった。]

 

■「明治十六年

  水産博覽會の時、

  『廣業商會』出品。」

[やぶちゃん注:これは、図の中央に配されてあるキャプション。

「廣業商會」ずっと前の「河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(二)昆布の說(その13)」の最初の注で解説しておいた。]

 

■「鱶鰭『つまくろふか』背鰭」

 「肥前國《ひぜんのくに》平戸産。」

 

■「『つまくろふか』胸鰭・左」

 「一尺。」

 「中央、五寸二分。」

 

[やぶちゃん注:これは、左側の胸鰭で、まさに裏側の感じが、今までの図中、もっとも正確に描かれている。

「一尺」は、左胸鰭の前方部分に書かれているが、わざわざ、図の中に破線で十字型の指示線が引かれてあるので、ここは、そのスケールであると採っておく。]

 

■「『つまくろふか』

  胸鰭・右」

  「一尺。」

[やぶちゃん注:ここにも破線で十字型の指示線が引かれているが、左上から右下に降ろしてあるそれは、前図と異なって、腹部に近い位置に下がっている。しかし、この線の方のキャプションは、ない。この胸鰭の根に近いスケールを書き忘れたものと思われる。

 

■「つまくろふか」

 「尾鰭。」

 「背骨、末《すゑ》。」

[やぶちゃん注:キャプションは逆立ちして記してある。]

 「壹尺壹寸。」

 「二尺壹寸。」

[やぶちゃん注:これは、同種の複数の実体画像を見るに、これは、背骨の終わりの部分を含んだ尾鰭の切断部を描いたもので、右側が正体位の下方に相当するものと考えられる。

 

■「靑ふか」

 「背鰭。」

 「二個。青。」

[やぶちゃん注:何故か、唐突に、ここにネズミザメ目ネズミザメ科アオザメ属アオザメ Isurus oxyrinchus の胸鰭が置かれてある。意味不明。最後の「二個青」もわからんちん。]

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