立原道造草稿詩篇 鉛筆のマドリガル
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。そこに示された言い方を、やや厳密に言い換えると、既に先行して電子化した「(僕の口ぐせによると……)」の第一聯の部分、
*
僕の口ぐせによると
僕はいつでも困つてゐた
そんな筈はないんだが
*
が、本詩の第二聯の冒頭に、そのまま使用されており、さらに、第四聯は、やはり先行する「(昨夜は おそく……)」の、最初のソリッドな四つの聯、
*
昨夜は おそく
步いて町を步いて歸つたが
あかりは僕のそばにゐた
あかりは僕からとほかつた
ひとつの窓はとぢられて
あまりおそいこの時刻には
誰も顏を出してゐなかつた
誰にも歌をうたはせないために
だけれど僕はすこしうたつてみた
それはたいへんまずかつた
僕はあはてて歸つて行つた
昨夜は おそく步いたが
あれはたしかにわるかつた
僕の脊中はだいぶくらかつた
*
が初稿である(「まずい」はママ)。以上のように、先行する詩の一部を改稿して援用しているため、今までもように【初稿】として示すことが出来ないので、前注で示しておいた。
なお、標題の中の「マドリガル」は先行する「秋のマドリガル」で既注。]
鉛筆のマドリガル
夕方くらくて町で人かげを見た 僕はまちがへた
長いこと お前がこゝで待つてゐたと ほんとだらうか。
☆
僕の口ぐせによると
僕はいつでも困つてゐた
そんな筈はないんだが
(からつぽの帽子を机にのせて
僕はしばらくぼんやりする)
窓はすばらしい天氣だつたが
もし僕がそこへ出て行くなら
あの靑空はきれいすぎるだらう
(出かける仕度をしたつきり
机の上に頰杖をついてゐる)
どうしていつもかうなんだらう
☆
幾日も會はないまゝに 或る日は思ひ 思はぬまゝに
僕は裏切つた 僕を お前を それから僕を
どうしたらよいか知らないくせに ぢつとしてゐた
ずるかつた――お前は待つてゐた きつと
☆
昨夜は おそく
步いて 町を歸つたが
ひとつの窓はとぢられて
誰も顏を出してゐなかつた
僕に歌をうたはせないために
だけれど僕はすこしうたつてみた
それはたいへんまづかつた
僕はあはてて歸つて行つた
昨夜はおそく 步いたが
あれはたしかにわるかつた
あかりは僕からとほかつた
僕の脊中はくらかつた
☆
ねむがりの僕が或る晩おそく散步に出かけたら
それきりなのさ 僕は橋の上でぼんやり水を見てゐた
それから水の上に長いかげを搖らしてあかりがゐた――それつきりなのさ
[やぶちゃん注:「幾日も會はないまゝに 或る日は思ひ 思はぬまゝに」「幾日も會はないまゝに 或る日は思ひ 或る日は思はぬまゝに」の省略表現。
「それから水の上に長いかげを搖らしてあかりがゐた」「ゐた」は擬人法。]
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