つげ義春氏の逝去を悼む
本未明、ネットを見、つげ義春氏が三月三日に亡くなっていたことを知った。 私は、高校教師時代の後半、現代文の授業で、何度も、偏愛するつげ氏の「海辺の叙景」を総て印刷し、表現朗読をした後、シークエンスの心理分析を行った。国語教師で、こういうことをした方は、そう多くはあるまいと思う。思いの外、女子生徒が非常に感動し、「作品集を貸して欲しい」と言ってきたのだが、これには、かなり困った。同時期のつげ氏の作品には、かなり頻繁にセクシャルなコマが頻発するものが、複数あったからである。そこで、問題のある作品には廻した襷を掛け、「閲覧は自己責任で」と記し、保護者には必ず、そのままで渡し、「海辺の叙景」を読んで貰うように、と貸したものだった。幸い、苦情は皆無ではあったが。
その後、管理主義に急速に変質した職場に嫌気がさしていた私は、最後の授業では、念願だった浦沢直樹氏の「プルートゥ」の「ノース2号の巻」を個人授業した(当日夜のブログ「浦沢直樹 プルートゥ ノース2号の巻 個人授業」)。⋯⋯昨今、漂白された教科書は勿論、選択制となり、本邦の近代小説を全く読まずに卒業する生徒も出現する恐るべき現状が出現している。若き国語教師よ、自分が心から感動した対象を教材にされんことを切に望むものである。

