立原道造草稿詩篇 雨
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここで視認出来る。]
雨
軒先を拾つて步いた。麺麭屋では熱い竃のにほひが頰を打つた。僕の息にはこみあげる血がかすかな心配をまぜてゐた。麺麭屋では⋯⋯。
洋燈に頰よせて、僕の脣は乾いてゐた。指を觸れると白く剝がれた。讀みさしの頁の上に散つた脣。
雨は小止みなかつた。
僕は耳をすました。人が泣いてゐた。母だつたのだらうか。
しきりに泉が戀しかつた。額に暗い熱があつた。
[やぶちゃん注:「小止みなかつた」「小止み無い」は歴史的仮名遣では「をやみない」で、形容詞で、「少しの間もやむことなく続くさま・間断(かんだん)ない」の意。平安時代からあった古語である。今の若い年代の諸君は、あまり使わないであろうから、敢えて注した。]
« 立原道造草稿詩篇 (空つ風の高臺に⋯⋯) | トップページ | 立原道造草稿詩篇 (だのに だのに と僕は⋯⋯) »

