立原道造草稿詩篇 夏へ
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから、次のコマで視認出来る。そこには、『前掲』『鉛筆書き初稿「旅裝――K停車場で」』(ここは前の注記から正式な標題を示した)『とほぼ同文である。』とし、『昭和11年3月「ゆめみこ」発表の「夏へ」の原型。』とある。
★この注記中にある『ほぼ同文である』が気になる。「ほぼ」とあるのだから、違いがあるのである。しかし、底本全集には、いくら探しても、その鉛筆書きである初稿「旅裝――K停車場で」は、載っていないのである。恐らくは、標題(注記の殆んどでは、単に原題を「旅裝」のみとなっているのも、実は、甚だ、気になっているのである)・字配・表字(判読不能を含む)・「てにをは」の異体・誤字その他と有意な違いではないと判断されたものなのだろうが、やはり、気になるのである。因みに、調べてみたところ、『郷土作家研究』(通号二十八号・二〇〇三年七月発行)に載る野村聡氏の論文『立原道造「旅装」の考察--草稿詩との比較による解読の試み』に、その初稿が載るのではないかと思ったが、ネット上では直接の閲覧が出来ない(国立国会図書館に依頼すれば、閲覧可能だが、私は、現在、諸事多忙なれば、その余裕がない)。もし、私のブログの読者で、その論文を所持しておられる方が居られれば、その論文に原型が載っているのであれば、それを教えて下されば、誠に有難い。その関係上、最初に掲げたものを【草稿第二稿】とした。
☆本草稿を元にした発表された「夏へ」は、実は、私は、本全集の編輯者であられる杉浦民平氏の編になる岩波文庫版に載るものを、ここで、二〇一六年に公開しているのだが、恣意的に私が正字に直したものであり、改めて、ここで【雑誌『ひめみこ』掲載の決定稿】として、底本全集の「第一卷 詩集I」の「夏へ」を底本にして、改めて電子化した。但し、同巻の編者注に(ここの左丁下段三行目以降)、その発表されたものを、改めて、道造が手書き(推定)で、公開誌に訂正を入れたものが存在し、実は、同全集の本文は、編者によって、その訂正版で示されてあるのである。この「訂正」というのが、単なる雑誌編者の誤りなのか、発表後に道造が気に入らなくなって、発表誌に書き込んだものなのかは、その注記では明確ではない。そこで、最後に、【発表詩に後に自筆(推定)で書き変えた決定稿(推定)】として附すこととした。]
【草稿第二稿】
夏へ
ここにかうして待つてゐる 或る時の
僕の少年 僕の祕密
僕の知らない 誰かの出發
人はハンカチをふるだらう
すると窓からほほ笑むだらう
さうしてどこかに行くだらう
さう 僕は 帽子用意した
それから紙よりも白いシヤツを
さうしてさがしさがしに行くだらう
プラツトフオームで手をふつた 或る時の
僕の昨日 僕の少年
あの人のゐない 幾つも幾つもの出發
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、第三聯の頭の「さう」は、下の字空けからも判る通り、自分自身に改めて再確認をして、決意を示した「さう」(そう)である。]
【雑誌『ひめみこ』掲載の決定稿】
夏へ
こゝにかうして待つてゐる、或る時の
僕の少年 僕の祕密⋯⋯
さうして僕の 知らない人の 誰かの出發
人は ハンカチをふつてゐる
人は お辭儀をする
さうしてどこかに行くだらう――
(さう 僕は 帽子用意した
それから紙よりも白いシヤツを
さうしてさがしさがしに行くだらう)
プラツト・フオームで手をふつた
或る時の
僕の昨日
僕の少年⋯⋯あれから
あの人だけゐない すぎた幾つもの出發
【発表詩に後に自筆(推定)で書き変えた決定稿(推定)】
夏へ
こゝにかうして待つてゐる、或る時の
僕の少年 僕の祕密⋯⋯
さうして僕の 知らない人の
忘れた 誰かの とほい出發
人は ハンカチをふつてゐる
人は 窓からほほゑむ
人は お辭儀をする
さうしてどこかへ行くのだらう――
(さう 僕は 帽子を用意した
それから紙よりも白い肌衣を
さうしてさがしさがしに行くだらう)
プラツト・フオームで手をふつた 或る時の
僕の昨日、僕の少年⋯⋯あれから
あの人だけゐない すぎた幾つもの出發

