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2026/03/25

立原道造草稿詩篇 燕の歌(二) (恣意的に発表された正編正規版「燕の歌」を頭に添えた)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、本パートの初回のこちらを見られたい。本篇はここから、底本の注記はここで視認出来る。それに拠れば、『題名(二)により「燕の歌」(昭和10年2月発表)の続稿と思われる。ここに現われる〈海〉は昭和9年8月22日。渥美半島折立の杉浦訪問時の印象に基づくものであろう。筆蹟等により昭和10年春の制作と想定する。』とあり、また、『〔資料〕昭和9年12月27日付・杉浦明平宛書簡。』とする。この書簡は、ここの「八二」番の書簡である。なお、「燕の歌」は既にここで公開している。今回、検証し、一部を修正し、不詳としていた標題の添え文の正体を明らかにしておいた。「折立」(おりたち)に就いては、「立原道造草稿詩篇 折立」で既注済み。

 さて。而して、発表された「燕の歌」を再読してこの詩を続けて詠むに、この「燕の歌(二)」は――続編として遜色が全く、ない――と感じる。従って、ここでは、掟破りは重々承知だが、頭に、正規発表版「燕の歌」を添えることとする(二篇の間に「*」を挿入した)。私の所感に不同意であれば、飛ばして読まずに鑑賞されよ。悪しからず、だ!

 

  燕の歌

   春來にけらし春よ春

    まだ白雪の積れども

          ――草枕

 

灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる

とほい村よ

 

あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き

山羊が啼いて 一日一日 過ぎてゐた

やさしい朝でいつぱいであつた―― 

 

お聞き 春の空の山なみに

お前の知らない雲が燒けてゐる 明るく そして消えながら

とほい村よ 

 

僕はちつともかはらずに待つてゐる

あの頃も 今日も あの向うに

かうして僕とおなじやうに人はきつと待つてゐると 

 

やがてお前の知らない夏の日がまた歸つて

僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ

あのさびしい海を 望みと夢は靑くてはてなかつたと 

 

 

   *

 

 

  燕の歌(二)

 

朝をこえ 夜をこえ 望みをこえ

私はどこへ行くのだらう 海よ

私の羽根はもうくたびれた

海よ お前の掌は私を止らせてくれはしない

 

私はいつか信じてゐた 北の村には

昔の私が待つてゐると さうかしら

海よ お前は敎へてくれ きつと知つてゐるから

お前の身體が北の岸に觸れる村で

昔の私が私を待つてゐると 敎へてくれ

 

私の旅はもう長い 私の羽根はくたびれた

海よ お前は波立ち呟いてゐる

 

夜をこえ 望みをこえ 夢をこえ

私はどこへ行くのだらう 海よ

敎へてくれ 北の村で昔の私がやさしい朝と一しよに

私の着くのを待つてゐると敎へてくれ

お前は波立ち呟いてゐる それが私には

何だか不吉な裏切りを 海よ お前がしてゐるやうだ

 

私の羽根はもうくたびれた

私はどこへ行くのだらう 海よ

お前は大きく お前はむごく意地惡だ

 

[やぶちゃん注:「ぎぼうしゆ」単子葉植物綱キジカクシ(雉隠)目キジカクシ科リュウゼツラン(竜舌蘭)亜科ギボウシ(擬宝珠)属 Hosta の複数の種を指すが、恐らくは、オオバギボウシ変種オオバギボウシ Hosta sieboldiana var. sieboldiana であろう。山岳部の顧問をしていた頃は、よく見た。詳しくは当該ウィキを見られたい。

「すげ」これは「花」と言っていることから「ゆふすげ」である。道造の好きな花で、私も好き。「ゆふすげ」は「夕菅」で、単子葉植物綱キジカクシ(雉隠)目ワスレグサ(忘れ草=カンゾウ(萱草))科ワスレグサ亜科ワスレグサ属ウコンカンゾウ(鬱金萱草)変種ユウスゲ Hemerocallis citrina var. vespertina 学名画像検索をリンクさせておく。単に「すげ」と言ったのは、彼の中の音数律の関係でカットしたものと思われる。]

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