立原道造草稿詩篇 白痴
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、論拠はカットするが、「白痴」から「食料品店で」までの八篇が書かれたのは、『本用紙の使用上限を8月25日と想定し得、使用全期間を9月中と限定できると思われる』とある。]
白痴
何が書かれてあつたのか
カーテンのなかのこと お前の寫眞
公園で 音樂をきいた 驢馬がいた
――ナスターシヤ みんなおこりぽかつたね
かなしみ 光がキラキラした あれは くらい海だつた――かなしみなどともういふな
齒のなかに 樺色の流れがある それつきり
またあとで 讀みなほさう
[やぶちゃん注:注記に、標題に就いて、『フョオドル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキイ(一八二一―一八八一)の長編小説『白痴』(一八七四)。ナスターシャ』(ナスターシヤ・フィリッポヴナ・バラシコーワ)『は』、『その女主人公。立原は昭和9年2月15日付國友則房』(底本では、「房」は「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので通常字で示した。なお、この頃は、満二十歳で、翌三月に一高を卒業している。)『宛書簡で読了のことを伝えている。』とあった。底本の同全集の「第六卷 書翰」のここで視認出来る(左の上段の中頃の部分)。但し、ここを読むと、道造はドストエフスキイの作品を最初に読んだのが、この「白痴」だったことが判る。また、「第六卷 雜纂」の年譜の当該部を見ると(年齢は数えで示されてある)、『このころ、チェホフの小説「決鬪」を読み』、『感動する』とあるが、この書簡の冒頭にも「決闘」を読んで『傑作だお思ふ』と述べている。私は、チェーホフよりも、遙かにドストエフスキイの方が好きだ。というより、チェーホフで感動した作品は、殆ど、ない。道造は、所謂、偏執的文体が嫌いだったと推定される。なお、同巻の注記に(ここの右ページ上段の後ろから三行目から下段にかけて)、道造が読んだ、「決鬪」は『小山内薫訳・昭和7年8月・春陽堂世界名作文庫刊。』と断定しており、「白痴」については、『大正以後の翻訳は米川正夫訳・昭和8年・全4冊・新潮文庫。』と記してある。私の所持する「ドストエフスキイ全集」も米川氏の全訳である。]

