立原道造草稿詩篇 (夜(や)ぶん、くらいあかりが……)
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。]
(夜(や)ぶん、くらいあかりが……)
夜(や)ぶん、くらいあかりがともると、僕は、ひとのところにばかり行つた。それは古びた宿の、昔は殿樣の部屋だつた。その部屋にもくらいあかりがともり、やたらに蟲が障子にぶつかつた。だのに僕はこゝでならちつとも哀しくないのだと信じた。僕はビスケツトばかり食べ、ひとが何か言つてくれるのを待つた。ひとは何も言はなかつた。
眠る時間が來るとお時儀をして歸つた。
床をのべて、そのなかに眼をとぢた。あかりはもうつけないで、季節はづれの蛙の聲に、一刻(とき)の汽車の唄に眼をとぢてゐた。
[やぶちゃん注:注記に、「古びた宿」について、『信濃追分の旧・脇本陣「油屋」のこと。』とある。ここである(グーグル・マップ・データ)。現在は、イベント会場「文化磁場油や」となっている。同サイトのこちらを見られたい。それに拠れば、『江戸時代は中山道・追分宿の脇本陣であり、昭和になってからは文士の宿(「油屋旅館」)として、多くの文士・知識人が訪れ、執筆した旅館でした。』とある。
「お時儀」注記に『ママ〈お時儀〉。』とある。確かに、小学館「日本国語大辞典」に『じ‐ぎ』に漢字表記を『辞宜・辞儀』とし、『① 挨拶(あいさつ)すること。頭を下げて礼をすること。また、その礼。おじぎ。』とし、初出例として『「Iiguiuo(ジギヲ)トトノエル」』とし「日葡辞書」(慶長八(一六〇三)年~同九年)を引く。続いて、『② (「時宜」「時儀」から転じた用法)遠慮すること。辞退すること。また、その遠慮。おじぎ。時宜。』とし、初出例として、『作右は母にじぎもなく、さいつさされつ式作法。』とし、浄瑠璃「心中万年草」元禄一四(一七一〇)年を挙げてある。しかし、道造が好んだ芥川龍之介の小説に「お時儀」があり、私には全く違和感はない。]

