立原道造草稿詩篇 鄕愁
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここで視認出来る。それに拠れば、この「鄕愁」から「(大きな町の上に⋯⋯)」までの九篇は、『制作時か昭和10年春頃制作の草稿詩「燕の歌🉂」(第一巻所収、編注P413 参照)を含むことに拠り』、『昭和10年4、5月頃と想定する。』とあり、その指示する箇所はここである。続いて、『これに属する他ジャンルの草稿は小品「出發」(対応分類記号d・第六巻所収)のみである。』とある。こちらは、これである。]
鄕愁
明るい谷に僕は生れた
豹としぶきと樺の若葉が
十歲の僕の遊び場だつた
歸つて來てはいけなかつた
丸木橋で泡立つ流れに見とれたが
ああ何とボロなことだらう
僕は十歲でこはれてしまつた
生れた朝に死んでゐた
それ故僕はあはれな人間なのだ
岩よ しづかにしてゐてくれ
僕は今では遊ばないのだ
僕は水に彫らねばならぬ
谷が年より老ひぼれたのか
千年の雲は流れて歸らずと
これが僕の墓碑銘だ
[やぶちゃん注:「豹」に違和感がある。当初、石器時代に生まれた「僕」という空想かとも思ったが、詩の全体のニュアンスにそれを求めることは、出来にくい。敢えて言うなら、最終聯が、それらしく見えるかもしれないが、「千年」前では、豹はおらんし⋯⋯。或いは、例えば、「貓」(「猫」の異体字)判読の誤りかと思ったが、底本全集を横断検索した限りでは、彼は「貓」どころか、「猫」を詠んだものを全く見出せないし、「苗」は逆立ちしも、この崩し字にはならない。頼みの何時も使っている「くずし字検索」が繋がらない。万事休す。ただ、前注で示した同時期の「出發」を見ると、主人公「僕」は「鏡」とじゃれあっているシークエンスが延々と書かれている。『⋯⋯或いは、「豹」は「鏡」のひどい殴り書きを誤判読したのではないか?⋯⋯』と、ふと思った。識者の御意見を求むものである。]

