立原道造草稿詩篇 折立
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここで視認出来る。それに拠れば、添え辞の「S・M」について、親友である『杉浦明平のこと』とし、『折立は杉浦の故郷、愛知県渥美郡渥美町折立。』とある。現在の愛知県田原市折立町(おりたち)。ここ(グーグル・マップ・データ)。ずっと前に電子化したものは、注がいい加減(「折立」を不詳とした)であったことから、除去した。]
折立
S・Mに――
喜ぶことだけが出來た一ときの夜のあかりに、お前の搖れた顏は白く消えて行つた。そのあとまた躊らつて歸つて來たが、あれは何であつたらう。
ときどき深い所から聞馴れた音樂が耳に幾度もつぶやいた。僕は身をやさしく任せ、諦めてゐた。おそらくいちばん美し日々のために。僕の長い行末のために。
嘗て、夏へ、それからの思ひ出へ、あの靜かな海の上のたそがれを捧げた。あの日にお前と僕は失はれたと。
[やぶちゃん注:「躊らつて」「ためらつて(ためらって)」。]

