立原道造草稿詩篇 燈下愁曲
[やぶちゃん注:底本は初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここで視認出来る。それに拠れば、この「燈下愁曲」から「(幾度か人⋯⋯)」の六篇の『本草稿群』の印刷原紙は『濃厚緑色』で、『書蹟はブルー・ライト・インク』を使い、『極太ペン書きのやや角ばった書体で、表題を枡目より大きく書く特徴を持つ文語詩群である。』とあり、『なお書体、印刷インクなどの特徴で本用紙に属する他ジャンルの草稿は小品「雛のことや」(対応分類a・第六巻所収)のみである。』とある。「雛のことや」は「商品・感想草稿篇」の一篇。ここから視認出来る。なお、表題の後の前書きは、ポイント落ちで、三行であるが、ここでは、ブラウザの不具合を考えて、行を増やした。底本では、『みすぎよすぎに曲馬の群にまじりおのが哀しみをひさぐ男ありしが』(改行)『時に觸れ古き歌の調べを思ひふと汚れたる洋燈の傘に顏をよせつ』(改行)『何なりしかその心は知らねども』である。詠み難くなるだけなので、詩本文と同ポイントとし、行空けがないのも同様の理由で、空けた。]
燈下愁曲
みすぎよすぎに曲馬の群にまじり
おのが哀しみをひさぐ男ありしが
時に觸れ古き歌の調べを思ひふと
汚れたる洋燈の傘に顏をよせつ何
なりしかその心は知らねども
やぶりすぎたこの頃なれど
つきつめてふりかへるともなく
すごしてあれば心はいたましく
ああ 古ぼけた緣の帽子を被り
あさましく人のまねして
浮かれたサーカスの音樂をきいて
綱をわたつたり 象に乘つたり
日がな一日くらしてはをれど
もしあの毒のやうな空のてつぺんから
滑つておちてゆくわが身ならば
やぶりすぎたこの頃なれど
ちらりと粉雪の身にしみて
ああ それかと泣くすべもないさうな
[やぶちゃん注:「緣」は「へり」。
この文語詩、正直言って、表現中の現代口語部分が、幾箇所か、躓きを感じて、気になる。私なら、こうする、というものを、以下に示す。前書きは問題ない。
*
燈下愁曲
みすぎよすぎに曲馬の群にまじり
おのが哀しみをひさぐ男ありしが
時に觸れ古き歌の調べを思ひふと
汚れたる洋燈の傘に顏をよせつ何
なりしかその心は知らねども
やぶりすぎしこの頃なれど
つきつめてふりかへるともなく
すごしてあれば心はいたましく
ああ 古ぼけし緣の帽子を被り
あさましく人のまねして
浮かるるサーカスの音樂をききて
綱をわたり 象に乘りては
日がな一日くらしてはをれど
もしあの毒のやうな空のてつぺんから
滑つておちてゆくわが身ならば
やぶりすぎたこの頃なれど
ちらりと粉雪の身にしみて
ああ それかと泣くすべもないさうな
*
御叱正を乞う。]

