[やぶちゃん注:図の右上方に円柱形の根が描かれてある。中央の草体の根といい、その形状から「人參」類に並んでいることに納得がゆく。]
しやじん 白參 知毋
羊乳 羊婆奶
沙參
𮓙鬚 苦心
鈴兒草
サアヽ スヱン
[やぶちゃん注:「𮓙」は「虎」の異体字で、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、「虎」とした。]
本綱沙參𠙚𠙚山原有之二月生苗其葉如初生小葵葉
而團扁不光八九月抽莖高一二尺莖上之葉則尖長如
枸𣏌葉而小有細齒秋月葉閒開小紫花長二三分狀如
鈴鐸五出白蕋亦有白花者並結實大如冬青實中有細
子霜後苗枯其根生沙地者長尺餘太一虎口黃土地者
則短而小根莖皆有白汁八九月采者白而實春月采者
微黃而虛小人亦徃徃縶蒸壓實以亂人參伹體虛輕鬆
[やぶちゃん注:「蒸」は原文では異体字で「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]
味淡而短耳
氣味【甘微苦微寒】 厥陰本經藥又爲肺經氣分藥【悪防已反藜蘆】味
微苦補陰甘則補陽故肺寒者用人參肺熱者用沙參
代人參
人參體重實專補肺胃元氣因而益肺與腎故內傷元
氣者宜 人參性温補五臟陽
沙參體輕虛專補肺氣因而益脾與腎故金能受火尅
者宜 沙參性寒補五臟之陰雖云補五臟亦須
借各臓之藥佐使相引而至也
△按沙參屈曲如卷細繩或有剥濵防風皮卷成僞之或
中裹僞者之類故繙亂而賣買故近年以來皆不卷屈
*
しやじん 白參《はくじん》 知毋《ちも》
羊乳《ようにゆう》 羊婆奶《ようば》
沙參
𮓙鬚《こしゆ》 苦心《くしん》
鈴兒草《れいじさう》
サアヽ スヱン
本綱に曰はく、『沙參は、𠙚𠙚《しよしよ》の山原《やまはら》に、之《これ》、有り。二月、苗を生≪ず≫。其《その》葉、初生《しよせい》の小≪さき≫葵《あふひ》の葉のごとくして、團《まろ》く、扁《ひらた》く、光らず。八、九月、莖を抽《ぬ》く《✕→抽《ぬ》きんず》。高さ、一、二尺。莖の上の葉は、則《すなはち》、尖≪り≫長《なが》≪とく≫して、枸𣏌《くこ》の葉のごとくして、小《ちさ》く、細《こまか》なる齒、有り。秋月《しうげつ》、葉の閒《あひだ》に、小《ちさ》き紫≪の≫花、開く。長さ、二、三分、狀(《かた》ち)、鈴鐸《れいたく》のごとく、五出《ごしゆつ》にて、白≪き≫蕋《しべ》あり、亦、白花《はつくわ》の者も有り。並《ならび》に、實を結ぶこと、大《おほい》さ、冬青(まさき)の實のごとく、中に、細≪き≫子《さね》、有り。霜の後《のち》、苗≪は≫枯《か》る。其≪の≫根、沙地《すなぢ》に生《しやう》≪ず≫る者、長さ、尺餘。太さ、一虎口《いつこぐち》[やぶちゃん注:弓を持つ左手の親指と人指し指の股(また)の部分を指す語。]あり。黃-土-地(まつち)[やぶちゃん注:文字通り、中国北部のそれでよく知られる「黄土(わうど((おうど))」で、風で運ばれて堆積した淡黄色又は灰黄色の細粒の土のことであろう。黄土の表層は肥沃な土壌とされ、集約農業の適地とされ、ミネラルに富み、保水特性に優れる。良安の添えた「まつち」は日本語で、「眞土」で「耕作に適している良質の土」を指す語である。しかし、以下を見ると、例外的に本「沙土」には適さないようである。]の者は、則≪ち≫、短《みじかく》して、小《ちいさ》し。根・莖、皆、白き汁《しる》、有り、八、九月に采《と》者、白≪く≫して、實《じつ》す[やぶちゃん注:「實」の右には棒状の読みのようなものがあるが、判読出来ない。取り敢えず、かく読みを振った。]。春月《しゆんげつ》に采る者、微黃《びわう》にして、虛《うつろ》にして小《しやう》なり。人《ひと》、亦、徃徃《わうわう》≪にして≫、縶蒸《つらねむ》≪して≫、壓《お》し、≪實(み)の中を≫實《じつ》≪に≫して[やぶちゃん注:以上の一文の部分は主要部分にロクな読みや送り仮名がなく、判読出来ないため、特異的に東洋文庫訳を援用して訓読した。]、以≪て≫、人參に亂(に)せる。伹《ただ》し、體《たい》、虛《うつろ》にして輕-鬆(《けい》すう)にして、味、淡《あはく》≪して≫短きのみ。』≪と≫。
『氣味【甘、微苦。微寒。】』『厥陰本經の藥、又、肺經氣分の藥と爲《なす》【防已《ばうい》を悪《い》み、藜蘆《りろ》に反す。】。味、微苦。陰を補《おぎな》ふ。甘きは、則≪ち≫、陽を補ふ。故《ゆゑ》、肺寒の者には、人參を用≪ひ≫、肺熱の者には、沙參を用《もちひ》≪て≫、人參に代《か》ふ。』≪と≫。
『人參の體《からだ》は、重實にして、專《もは》ら、肺胃の元氣を補ふ。因《より》て、肺と腎とを益《えき》す。故《ゆゑ》に、內《うち》≪は≫、元氣を傷《そこな》ふ者、宜《よろ》し。』『人參は、性、温。五臟の陽を補ふ。』≪と≫。
『沙參は、體、輕虛にして、專《もつぱ》ら、肺氣を補ふ。因《より》て、脾と腎とを益す。故《ゆゑ》≪に≫、「金《ごん》、能《よ》く、火《くわ》の尅《こく》を受《うく》る者」に、宜《よろ》し。』≪と≫。『沙參は、性、寒。五臟の陰を補《おぎな》ふ。≪然れども≫、五臟を補ふ云ふと雖《いへども》、亦、須《すべから》く、各《おのおの》の臓の藥を借《かり》て、佐使《さし》≪し≫、相引《あいひき》て、至《いたれ》しむべきなり。』≪と≫[やぶちゃん注:この最後の部分は、訓点が不十分で判り難いが、東洋文庫訳を示すと、『五臓を補うというものの、また各臓の薬を借りて互いに佐(たす)け引き合わせ、治療するようにさせるとよい。』とある。]。
△按ずるに、沙參≪は≫、屈-曲(かゞめわけ)て、細き繩を、卷くがごとし。或《あるいは》、有濵防風の皮を剥《はぎ》て、卷成《まきな》して、之≪を≫僞り、或《あるいは》、中《なか》に僞者《にせもの》を裹《つつ》むの類《たぐひ》、有《あり》。故《ゆゑ》、繙(ほど)き亂(みだ)して、賣買す故、近年以來、皆、卷屈《まきかがめ》ざる。
[やぶちゃん注:これは、
キク亜綱キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン(釣鐘人参)属サイヨウシャジン(細葉沙参)変種ツリガネニンジン Adenophora triphylla var. japonica
または、その種の近縁植物の根を基原とする(なお、原種サイヨウシャジンは以上のように漢字表記するが、調べてみると、サイト「むなかた電子博物館」の「むなかた」の「サイヨウシャジン」(写真有り)を見ると、『細い葉ばかりでなく、卵形の葉も多い』とあった。また、近縁植物は、以下の複数の引用を見られたい)。当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。私は、中高時代に住んだ高岡市伏木の二上山跋渉で親しい。『芽生えた若苗は山菜として利用され、俗にトトキとよばれる』(信頼出来る複数のサイトで朝鮮語とする。以下の漢字表記も、そうしたものを確認した)。『和名ツリガネニンジンの由来は、花が釣鐘形で、根の形がチョウセンニンジンに似るので』、『この名がある。地方によって別名は、トトキ』の他、『アマナ』(甘菜)、『ツリガネソウ』(釣鐘草)、『チョウチンバナ』(提灯花)、『ヌノバ』(布葉)、『ミネバ』(いっかな漢字表記が見当らない。感触的には「峰葉」か)、『ヤマシャジン』(山沙参)『などの方言名でも呼ばれている。アイヌ語名ではムケカシ』(サイト「アイヌと自然 デジタル図鑑」の同種のページの冒頭部に「祖父・翁」とし、「根」と限定がある)。『中国植物名は、南沙参(なんしゃじん)』。『日本の北海道・本州・四国・九州の全国に分布するほか、日本国外では樺太、千島列島に分布する。山野、山麓、山地の草原、林縁、草刈などの管理された河川堤防、山道の脇、林縁などに自生する。排水が良く、日当たりの良い所を好む性質で、集団をつくって群生する』。『多年草。地下には白く肥厚した、太くてまっすぐな根を持つ。茎はまっすぐに伸びて、高さは40 – 100 センチメートル』『になり、全体に毛がある。根生葉は円心形で花期には枯れてしまう。茎につく葉は、ふつう3 - 5枚ずつ茎を囲んで輪生し、上部は互生する。多くは輪生するが、なかには対生、互生するものもある。葉身は長楕円形、卵形、楕円形、披針形と変化が多く、やや厚みがあってつやがない。長さは4 - 8 cmで葉縁には鋸歯がある。植物体を切ると白い乳液が出て、手につくと黒くなる』。『花期は夏から初秋(8 - 10月ごろ)で、分枝した茎の頂部に円錐状の花序を形成し、淡紫色の鐘形の花を下向きに咲』く。『花は茎に段になって多数』、『付き、少数ずつ輪生する。花冠は長さ』1.5~二センチメートル『で』、『先端は』、『やや広がり、裂片は反り返る。萼片は糸状で鋸歯があり、花柱が花冠から突出する』。『果実は蒴果で、広楕円形で下向きにつき、先を閉じて先端に残る細い萼片が目立つ。果実は未熟果は緑色だが、熟すと褐色になり、つけねの一部が反り返って3個の穴が開き、中から多数の種子を出す。種子は小さく、長さ2 mmほどの長楕円形で、果皮は淡褐色でなめらか』。本種は『非常に変異の大きい種である。特に花期以外の時期には葉の形、葉序などが大きく異なるものがあり、混乱させられることがたびたびある』。『種としても変異が大きく、以下のような変種がある』。『基本変種は』
サイヨウシャジン Adenophora triphylla var. triphylla
『で、花冠がやや細い壺型であること、花柱が長く突き出すことで区別される。本州では中国地方、九州、琉球列島に、また国外では中国、台湾に分布する』。他に、『本州中部地方以北の高山や北海道には高山植物的になったものがあり』、
ハクサンシャジン(白山沙参/別名タカネツリガネニンジン(高嶺釣鐘人参)Adenophora triphylla var. hakusanensis
『という。花茎の高さ30-60cm、花冠は広鐘状で花序の小枝が短く、密集した総状花序になる』。また、『四国の一部の蛇紋岩地帯には』、『背丈が低く、葉が線形で花冠の長さが1cmたらずと小柄なものがあり』、これは、
オトメシャジン(乙女沙参)Adenophora triphylla var. puellaris Hara
『と呼ばれる』。
以下、「利用」の項。『春』に『おいしい山菜で、トトキとよばれ親しまれている。秋の掘り採った根は薬用にもできる。花姿が美しく、観賞用に栽培されることも多い』。『若苗、若葉、花を食用にできる。春の若い芽は、山菜のトトキとして食用にされ、あくやクセがない淡泊な味わいで素朴な風味で人気がある。トトキとは、ツリガネニンジンのことを指し、「山でうまいはオケラにトトキ 里でうまいはウリ』 『ナスビ 嫁に食わすは惜しうござる(嫁にやれない味の良さ)」と長野県の俚謡で歌われるほど、庶民のあいだで美味しいものの一つに例えられている』『採取時期は暖地が4月』頃『、寒冷地では5月』頃『とされ、春に芽生えた若苗と、少し伸びたものは先端のやわらかい若芽を摘む。環境保全のための採取時のマナーとして、1株に半分以上の芽を残すようにし、根は掘り採らないようにすることが注意喚起されている。さっと茹でて水にさらし、おひたしにするのが一般的で、和え物、炒め物、煮びたし、菜飯にして食べられる。また生のまま天ぷらや汁の実にもする。花は酢の物、サラダの彩り、さっと茹でてすまし汁の椀種にできる。塩漬けや乾燥による保存もできる』。『姿が朝鮮人参に似た根は強壮作用があるといわれ、年間を通じて採取でき、細いひげを取ってから千切りにしてきんぴらなどにする』。
以下、「生薬」の項、二『年以上経った長い紡錘形から円柱形の根は沙参(しゃじん)または南沙参(なんしゃじん)と称し、生薬として利用される。秋(11月』頃『)の地上部が枯れたときに根を掘り出し、細根を取り除いたものを天日乾燥させたものが使われ、1日量5 - 10グラムを400 - 600 ccの水で半量になるまで煎じて、1日3回に分けて服用したりうがいする用法が知られる。健胃、痰きり、鎮咳に効能があるとされ、強壮効果もあるといわれる』。『日本では沙参というと』、『ツリガネニンジンを指すが、中国では』、
『ハマボウフウ』セリ目セリ科ハマボウフウ属ハマボウフウ Glehnia littoralis
『のことをいう』。『これを区別するため、ツリガネニンジンを南沙参、ハマボウフウを北沙参(ほくしゃじん)と呼ぶ。昔は朝鮮人参の偽物に用いたといわれるが、朝鮮人参とは薬効は異なり』、『代用にはならない』。『近縁種』は、
ソバナ(岨菜)Adenophora remotiflora
フクシマシャジン(福島沙参)Adenophora divaricata
なお、『ツルニンジン』と称して、『朝鮮でトドックと呼ばれる代表的な山菜。呼び名がトトキと似ているが』、『関係の有無は不明。日本薬学会は「『トトキ』とはツリガネニンジンの古い呼び名で朝鮮語に由来しています」としている』とあった。
例によって、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの神農子さんの「生薬の玉手箱 | タイシャセキ(代赭石)」を引用させて戴く。基原は、以上に述べた通り、『ツリガネニンジンAdenophora triphylla A.DC. var. japonica Hara(キキョウ科Campanulaceae)またはその他近縁植物の根。』とある。
《引用開始》
沙参は『神農本草経』の上品に収載された生薬です。「味は苦で,性質は微寒。血積,驚気を主治し,寒熱を除き,中を補い肺気を益する」と記され,『名医別録』では「胃痺,心腹痛,結熱,邪気,頭痛皮間の邪熱を治療し,五臓を安んじ,中を補う」と追加されています。わが国では比較的使用する機会の少ない生薬ですが,中医学的には滋陰薬に分類され,肺経,胃経に入り,陰を養い肺を清する作用があるため,肺熱による咳嗽などにしばしば利用され,市場では良く見かける生薬の一つです。
原植物については,わが国では一般にツリガネニンジンが充てられていますが,『中華人民共和国葯典』には,北沙参と南沙参の2種が収載され,前者はセリ科の珊瑚菜Glehnia littoralis Fr.Schmidt.ハマボウフウ,後者はキキョウ科の輪葉沙参Adenophora tetraphylla Fischer(= A. triphylla. 種レベルではツリガネニンジンと同じ),あるいは沙参Adenophora stricta Miq.であるとされます。中医学では,滋陰薬としては北沙参の方が優れているとされ,一方の南沙参はもっぱら去痰に用いるなど区別されているようですが,南沙参の使用頻度はあまり高くはないようです。
周知のように,北沙参の原植物であるハマボウフウ(浜防風)は日局収載品で,以前は防風の代用品として使用されていました。ただ,わが国では根をそのまま乾燥していますが,中国の北沙参は蒸したもので,さらに外皮が去られていて,日局「浜防風」とは外見はかなり違っています。
わが国には「シャジン」と名のつく植物がいくつかあります。キキョウ科のイワシャジン,ヒメシャジンなどです。このようにこの仲間にはよく似た植物が多く,中国においても古くから原植物が混乱していたようです。『図経本草』に3種類の沙参の付図が描かれており,その中の1種は花序の形態から明らかにセリ科植物であることがわかります。このものがハマボウフウであるとすれば,すでに宋代から混乱していたことになります。しかし記事を見ると,「長さ一,二尺,岸壁に生え,葉は枸杞に似て鋸歯があり,七月に紫色の花を開き,根は葵根のようで・・・」とあり,明らかにセリ科植物とは異なり,やはりキキョウ科の植物のようです。
わが国江戸時代の『本草辨疑』では,「枸杞葉のようで細かい鋸歯があり,秋に葉の間に紫色の花を開き,鈴鐸のようで白いおしべが五本出ていて・・・」とあり,また『和語本草綱目』では「今の懸鐘人参というものは沙参である」,『大和本草』では「中華から来る沙参は二種あるが・・・日本でトトキ人参というものが沙参である」と記載されています。以上の記載内容からも沙参がツリガネニンジンであったことは明らかでしょう。
中国で北沙参と南沙参が区別されはじめた時期を考証してみますと,明代の『本草蒙筌』や『本草綱目』ではまだ「沙参」の名で収載され,付図,記載ともにセリ科植物ではありません。清代になると『本草従新』に「北沙参」と「南沙参」の両名がみられるようになり,「南沙参は功力がやや弱く,やや黄色で瘠せていて小さい」と記されていますが,その付図からはやはりセリ科植物ではなく,ともにツリガネニンジンの仲間と思われることから,ハマボウフウが利用され始めたのは案外最近のことなのかも知れません。いずれにせよ,沙参としてハマボウフウを利用することの是非は 今後検討すべき問題でしょう。
「山でうまいはオケラにトトキ」とは美味な山菜の原植物を言ったもので,トトキはツリガネニンジンです。またハマボウフウの若い葉は香りが良く,刺身のつまやお吸い物の彩りなどによく使われます。浅学の筆者にはこれ以上のことは調べ切れませんが,両植物の混乱はともに食用野菜として利用されてきたことにも関係しているのかも知れません。
《引用終了》
なお、今までの記載には毒性については見られないが、調べてみると、サイト「北の山菜Web3号店」の「ツリガネニンジン(釣鐘人参)」を見たところ、『生の根には弱い毒性がありますので、生食や生のままの利用はお止め下さい。』という注意書きがあったことを添えておく。
さて、「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-25b]の「沙參」のパッチ・ワークである。しかし、既に述べた通り、★中国の「沙參」は、ツリガネニンジンではないのであるから、この引用は、ハマボウフウの記載であることに注意しなくてはならない。東洋文庫訳は、それを全く解説していない点で、完全なアウトである。
「小葵」ゼニアオイ(銭葵)Malva mauritiana であろう。ハマボウフウの葉(同ウィキの画像)に、まあ、似ている。Katou氏のサイト「三河の植物観察」の「ゼニアオイ 銭葵」のページの写真と比較されたい。
「枸𣏌(くこ)」ナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense 。先行する「卷第八十四 灌木類 枸𣏌」を見よ。
「鈴鐸《れいたく》」「廣漢和辭典」には、『すず。鈴は小さなすず。鐸は大きなすず。宮殿・楼閣などの軒のかどにかける。』とある。
「冬青(まさき)」中国で言う「冬青」「凍青」は、双子葉植物綱モチノキ目モチノキ科モチノキ属モチノキ亜属ナナミノキ Ilex chinensis であるが、良安はニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マサキ Euonymus japonicus と勘違いしている。この錯誤に就いては、先行する「卷第八十四 灌木類 冬青」の私の注を見よ。
「厥陰」東洋文庫後注に、『厥陰には手の厥陰心包経と足の厥陰肝経とがある。巻八十九茜の注一参照。』とある。先行する「第八十九 味果類 茗」の注の「手足≪の≫厥陰經」を見よ。
「脾経」足の太陰脾経。巻八十九蜀椒の注一参照。』とある。「第八十九 味果類 蜀椒」の注の「手足の太隂」を見よ。
「防已《ばうい》」本篇の冒頭の「卷第九十二之本 目録 草類 藥品(1)」の私の注を見られたい。
「藜蘆《りろ》」「藥七情」で既出既注。そちらの私の注を見られたい。]