立原道造下書き草稿篇 雲の唄 Air populaire
[やぶちゃん注:表題のアルファベット部分は斜体(ブログ・タイトルでは斜体は表示出来ない)。これは、フランス語で、“Air”は、第一義「空気」である一般男性名詞“air”(音写:エーェル)の内でも、特に「歌曲・歌・アリア・(歌の)節(ふし)・旋律」を意味する。“populaire”(同:ポピュレェール)は形容詞で「人民の・庶民の」/「民間で知られた」/「大衆的な・通俗的な・人受けする」の意。スペル全体で「民謡・流行歌・流行り唄」に当たる。建築学を専攻した道造の第一外国語はドイツ語であるが、早い時期に、フランス文学に親しみ、フランス語も独学した。
底本・凡例等は「草稿詩篇」の起動の初回、及び、「下書き草稿篇」の初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、『巻紙・墨書き一枚』で、『杉浦明平所蔵。草稿は書簡の一部らしく、前後が千切られていて、詩の前に〈出來事などでふさぎませう〉と、雑誌の埋草』(うめくさ:空いたところ・欠けた部分を埋め補うもの。雑誌・新聞などの余白を埋めるために使う短い記事。埋め草原稿のこと)『の打合せと思われる末節が記されている。』とあり、『制作時は副題「Air populaire」(民謡歌)が「『一九三六年手帳』の末尾の記入と符合することに拠り』、『昭和11年8月頃と想定する。』とある。
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勝手にブレイクする。この詩は、以上から、道造満二十二の初夏の作である。⋯⋯
この詩篇⋯⋯
読むに⋯⋯
雲のかなたの空に⋯⋯
道造の⋯⋯
ある隠された深い「あきらめ」の思いが伝わってくるのだった⋯⋯⋯⋯。
「彼の詩には、どれにだって、そんな感じが漂ってるさ。」と言われるだろう。しかし、妙に、私には、一見、平明な語句を素直に組んだかのように見える中に、それが、一層、強く、感じられたのである。⋯⋯⋯⋯
そこで、調べて見たくなった。
同全集の「年譜」の想定時制の当該月の箇所(右丁上段七行目。「七月八日」以下)をリンクしておく。
⋯⋯而して⋯⋯そこには⋯⋯
――道造が恋し、孰れとも失恋した、かの関鮎子と今井春枝の二人の名が――出る記載が――えんえんと――続いているのであった⋯⋯⋯⋯
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なお、注記に出た「一九三六年手帳」の末尾というのは、本底本の「下書き草稿篇」のタイトル・ページ(左)の、右丁のページの最後のここで視認出来る。]
雲の唄 Air populaire
雲のうたをききました
ながれるときにゆつくりと
ま白い雲のうたふのを――
雲のうたをききました⋯⋯
雲はやはらかに消えてゆき
あとには空がのこります
それは淡い空でした⋯⋯
雲はやはらかに消えてゆき――
私は空に漂ふならば
絹のやうなかろい雲に
なつてみたいとおもひます
虹のやうにかがやいたなら!
私は訪ねてゆきませう
ひとがぼんやり見上げてゐる窓々に
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