立原道造下書き草稿篇 (夕映えばかりをのこして⋯⋯) /立原道造下書き草稿篇~了
[やぶちゃん注:底本・凡例等は「草稿詩篇」の起動の初回、及び、「下書き草稿篇」の初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記は、ここで視認出来る。それに拠れば、『草稿無題。組詩らしくその「I」となっている。』とあり、最後に『「私から 奪はれた」』(ここからの全十篇)『以下は、第一巻編註(P416)』(ここ)『で述べたように』昭和一三(一九三八)年『9月15日から10月18日に至る盛岡の旅中に制作したものと想定する。排列もまた第一巻に於ける草稿順序を基準にして行った。』と締め括っている。
これを以って、私の「立原道造下書き草稿篇」の電子化注を終わる。現在、ネット上で、立原道造の草稿類を総て電子化注したものは、私のブログ以外には存在しない。
なお、続いて、その大半を不全な状態にしている立原道造の「優しき歌」群の修正に取り掛かる予定である。]
(夕映えばかりをのこして⋯⋯)
I
夕映えばかりをのこして
一日がをはつてゆくと
內側に洋燈がともる
戶口にだれかが立つてゐて
その黑い姿はだれだかわからない
⋯⋯寺の鐘が見えない波紋をひろげると
幾つ鳴るか
[やぶちゃん注:「洋燈」は私は「ランプ」と読む。
*
⋯⋯この詩⋯⋯道造の満二十四歳(と八ヶ月)の短かった人生の「夕映えを」殘「こして」⋯⋯彼の心に「洋燈」(ランプ)が燈(「とも」)るのである⋯⋯その彼の心の「戶口」(とぐち)には「だれかが立つてゐ」るのだが⋯⋯「その黑い姿は」、「だれだか」、「わからない」のだが⋯⋯それは⋯⋯彼を迎えに来た死神ででもあったものか⋯⋯「⋯⋯寺の鐘が見えない波紋をひろげると」⋯⋯その鐘は⋯⋯一体、「幾つ鳴るか」⋯⋯百八つ⋯⋯道造の煩悩を百八つ⋯⋯撞いていたのかも知れない⋯⋯⋯⋯]
« 立原道造下書き草稿篇 (とほくの空で⋯⋯) | トップページ | 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注中卷(六)寒天の說(その6) »

