立原道造草稿詩篇 (くりひろげられた 廣い 野景に⋯⋯)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、本パートの初回のこちらを見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、『盛岡よりの帰京の車中、あるいは直後の制作と想定する。』とする。
この草稿は、以前に電子化したが、削除し、仕切り直しとした。]
(くりひろげられた 廣い 野景に⋯⋯)
くりひろげられた 廣い 野景に
私は 夜の明けてゆく おまへの故鄕を見た
ゆるやかな起伏は あざやかな綠と
沈んだ土の色とに 色どられて 薄紗を一枚づつ剝いで行つた
私は 立ちどまらなかつた 私は
片方の眼でそれを見たばかりで
いつの間にか 步みすぎてしまつてゐた……
いま とざされた 私の內に もどつてゐる
おまへは 私のかたはらに立つてゐる
私はおまへにたづねる――あの野を灌漑する
小川にかかつた石の橋や 咲きみだれてゐた紫の花のことを
私たちは いま たつたひとつの眼を持つてゐる
おまへの言葉は あの繪のなかで 川のほとりで
午前の光にみたされた 微風のやうにやはらかい
[やぶちゃん注:「薄紗」は「はくさ」と読み、「薄くて軽い織物」を指すが、ここは、言わずもがな、野の薄暗さや、霧・靄等が消えて行き、景色全体が鮮明になってゆくことの譬喩・換喩である。]
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