立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 Ⅰ うたふやうにゆつくりと⋯⋯
[やぶちゃん注:この再起動版に就いては、初回の冒頭注(詳細なプロジェクトの経緯及びオリジナルな特徴を述べているため、かなり長い)を見られたい。過去にランダムに電子化注したものは、「うたふやうにゆつくりと‥‥ 立原道造」である。これは、現在の国立国会図書館デジタルコレクションの、道造の先輩作家堀辰雄が編集した道造の後期の詩作品を主とし、角川書店の『飛鳥新書』の一冊として「詩集 優しき歌」と題して昭和二二(一九四七)年に刊行したものの、ここを底本としたものであるが、思うに、恐らく、その底本としたものは、昭和一六(一九三一)年に刊行された山田書店版「立原道造全集 第一卷」のここを底本にしたものと推定されるが、そこでは、表題が「うたふやうにゆつくりと‥‥‥‥」とリーダが八点となっているのが、異なる。しかし、これは、堀の他に三名の「詩集 優しき歌」の編集者(野村秀夫・小山正孝・中村眞一郞。堀の「後記」のここに記載されている)が、「この八点リーダは本書全体の表記バランスとしておかしい」と判断して、「‥‥」リーダに統一したものと考えられる。個人的には、それは納得出来るのである。
但し、言っておくが、現行の新しい立原道造全集では、殆んど、道造が特異な使用法を用いた以外を除き、リーダは六点に統一されている。しかし、私は、道造の直筆原稿を何度か見たが、ちょっと考えれば判る通り、当たり前のことだが、常に道造は校正係よろしく六点を打っているわけでは、ない。寧ろ、近代の大作家の原稿のリーダの殆んどは、全然、統一などしていない。例えば、芥川龍之介の自筆原稿では、リーダ数を数え得ない雑な書き方をしている。
今回の底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)を用いる。総標題ページはここで『優しき歌 I 風信子叢書 第四篇』(下方の二つの附属表記は底本ではポイント落ち。「風信子」は「ヒアシンス」と読む)とあり、本篇はここで、編註はここである。それに拠れば、『「婦人画報」第398号 昭和12年4月号(4月1日刊)』とし、『初出では第一聯は二行二聯になっているが、本編の詩型は山本書店版第一巻に従った。』とある。
さて。以上の編註に従い、まず、【初出稿】として、第一聯を二行二聯としたものを示し、【底本版】として、第一聯を四行の知られた詩形で示す。]
【初出稿】
うたふやうにゆつくりと⋯⋯
日なたには いつものやうに しづかな影が
こまかい模樣を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
花びらと 枝と 梢と――何もかも⋯⋯
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた
私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向うの また
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする靑を
ながされて行く浮雲を 煙を⋯⋯
古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を
ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた――風と 影とを⋯⋯
【底本版】
うたふやうにゆつくりと⋯⋯
日なたには いつものやうに しづかな影が
こまかい模樣を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
花びらと 枝と 梢と――何もかも⋯⋯
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた
私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向うの また
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする靑を
ながされて行く浮雲を 煙を⋯⋯
古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を
ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた――風と 影とを⋯⋯
[やぶちゃん注:個人的には、初稿の頭の二行聯の方が、断然、いい! オープニングの四月の野の景色の膨らんだ雰囲気が、香りが、ブレイクで効果的に伝わってくるじゃないか!]
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