立原道造下書き草稿篇 (今になつて爪を嚙まうと⋯⋯)
[やぶちゃん注:底本・凡例等は「草稿詩篇」の起動の初回、及び、「下書き草稿篇」の初回を見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば『制作時は、用紙が昭和8年7月より10月にかけて使用の草稿群に属し(第二巻編注P322――333参照)』(ここの『《松屋製二百字詰草稿(B)I・Ⅱ》』とあるもの。私の草稿篇のものでは「學校」から「日曜日」までが相当する)、『また文体が同年7月に読んだ小林秀夫訳・ランボオ詩集『地獄の季節』の訳文の影響と思われることに拠り』、『同年7月頃と想定する。』とある。底本では、二行目に続く以降は総て一字下げとなっているが、本ブラウザでは不都合が起こるので、再現しない。]
(今になつて爪を嚙まうと⋯⋯)
今になつて爪を嚙まうとやつぱり僕は生きて來た 誰とも同じに 手紙を書いたり 心配したりして
思ひ出すなら 林のなかの小徑だとか 星を眺めた夜だとか いやでも甘つたるい感傷の一つや二つは身にしみる あゝじれつたい あの砂丘のかげで子供の僕が見た景色はとどのつまりが何になつたらう どうやら自分にその日が近づいたのを朧氣に知らせる位なものだ
たよりのならに夢を信じたばつかりに 人さまには顏向けのならぬ程 ひよわな心を得てしまつた かうなると知つたなら
いふまいいふまい 繰り言だ
もう秋か そんなら秋がこはいのだ
今頃しんみりこんな言葉が身の中をかけまはる あれだつて どんな愚かしい試みに身を燒いたのと思つたことだらう
とうとう僕は 僕の境に來たらしい
目の前に 小さい旋風(つむじ)が卷いて 冷い崖が落ちこんでゐる
おさらばだ のどが乾いてゐる!
[やぶちゃん注:「冷い」ママ。「つめたい」。道造の癖である。
全体に用語や表現が、如何にも道造らしくない。私が生理的に嫌いな人を食った小林英雄の文体と確かに似ている。今まで、多数、道造の作品をタイプしてきたが、非常に違和感がある。]

