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2026/04/25

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その1)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。

 なお、冒頭の表題を見ての通り、本パートでは、図(ここから)のキャプションに至るまで、凡て、「ゑび」を用いている。因みに、東洋文庫版は同書(「沖縄物産志――跗・清国輸出日本水産図説」(河原田盛美著・編者増田昭子・高江洲昌哉(たかえすまさや)・中野泰(やすし)・中林広一/二〇一五年第一刷))の冒頭「凡例」でパラルビで現代仮名遣にした旨がある通り、読みは「えび」となっている(個人的には極めて気持ち悪いのだが)以外は、「ゑび」である。しかし、これは誤りであり、歴史的仮名遣では、節足動物門 Arthropoda軟甲綱 Malacostraca十脚(エビ)目Decapoda の広義の通用名「エビ」、及び、それらの真正のエビに似ていることから、一般に「~エビ」という呼称を附している諸々の、「エビ」ネームも、凡て、「ゑび」ではなく、「えび」である。インターネットで調べると、まことしやかに「歴史的仮名遣では、海老・鰕・蝦は「ゑび」が正しい」と書いているのは、言語学を知らないオオタワケである。びっくりしたのは、ある全体は、真面目な記事に見えるものの中に、小学館の『「日本国語大辞典」でも歴史的仮名遣は「ゑび」が正しいと書いてある』と書いてあるのを見つけたのには、呆れ果てた。私は、初版の小学館「日本国語大辞典」を所持しているが、そんなことは、どこにも書かれていないぞ! 但し、冒頭表題以下にあるように、「倭名類聚鈔」等の権威ある古辞書の解説に、発音を示すために用いた漢字音が「ゑ」を示す漢字を用いてしまっていたこと、江戸時代に「ゑび」と表記することが流行ったこと、さらに、七福神の一人として人気のある福を齎す神である「えびす」を「惠比須」の勝手な漢字を当てた結果、爆発的に、歴史的仮名遣を無視した慣用誤表現が蔓延した結果である。現代まで、その亡霊が「恵比須(ヱビス)ビール」(見てみない! 「YEBISU」と書いてある!)として現に生きているのである――]

 

   (七)乾鰕(ほしゑび)の說

乾鰕は海河(かいか)に產する鰕類(ゑびるゐ)を乾したるものヽ總稱なり。其鰕の品類(ひんるゐ)は、數多(かずおほ)しと雖ども、乾製(かんせい)となすは、四、五種にして、皆、淸國へ輸出する所の重要のものなり。

[やぶちゃん注:以下、「ゑび」という訓は、特異的に誤ったままに示す。「~ゑび」と言う表現がルビだけでなく、本文自体に平仮名表記で多出し、図のキャプションにも「~ゑび」があるからであり、それにいちいちママ注記を附すことは、読み難くなるだけであるからである。]

 

 夫(それ)、鰕は『惠比(ゑび)[やぶちゃん注:この歴史的仮名遣は正しい。]』と訓しむ。「新撰字鏡」には、『𬠂』の字を『衣比(ゑひ)[やぶちゃん注:この歴史的仮名遣は正しい。]』とし、「和名抄」に、『七卷「食鏡」』[やぶちゃん注:ママ。「食經」の誤記。後注で本文を示す。]〕を引(ひき)て、『鰕(か)、和名(わめい)「衣比(ゑひ)」、俗に「海老(かいらう)」の二字を用ゆ。』とありて鰕類(ゑびるゐ)の總稱なりしも、「本朝食鑑」に、『海老ハ、今、海鰕(かいか)の名と爲す。』と。而(しかう)して、大小鰕類(かるゐ)は、千有餘年の古昔(むかし[やぶちゃん注:二字へのルビ。])より『海老』と稱して、賀壽・響燕(よろこび《の》ごちそう)の嘉殽(いはいざかな[やぶちゃん注:ママ。「いはひざかな」が正しい。])とし、殊に龍鰕《いせえび》は、元旦、門戶(もんと)の松竹(まつたけ)に『煑紅海老(あかゑび)』となして、懸け、蓬萊盤中(ほうらいばんちう)に盛飾(もりかざり)て祝壽(しゆくじゆ)を表(ひやう)し、又、「延喜式」主計部(かぞへぶ)に、伊勢・攝津・和泉(いづみ)等《とう》より、貢獻(みつぎ)することを載(のせ)たり。

[やぶちゃん注:『「和名抄」に、『七卷「食鏡」』[やぶちゃん注:ママ。「食經」の誤記。後注で本文を示す。]〕を引(ひき)て、『鰕(か)、和名(わめい)「衣比(ゑひ)」、俗に「海老(かいらう)」の二字を用ゆ。』国立国会図書館デジタルコレクションの寛文七(一六六七)年板の当該部(左丁後ろから三行目)を視認して、推定訓読して示す。

   *

鰕(ヱヒ)  七巻「食經」に云《いはく》、『鰕【音「遐」。和名「衣比魚《ゑひぎよ》」。俗に「海老」の二字を用ゆ。】の味、甘《かん》・平《へい》にして、毒無き者なり。』≪と≫。

   *

因みに、旧所蔵者に拠る朱書きの頭書(かしらがき)があり、興味深いので、それも起こす。

   *

「新続古今」「雜」[やぶちゃん注:卷十九。]で人ノエビヲコヒニオコセタリケルママニ十九ヤルトテ大中臣能宣朝臣《おほなかとみのよしのぶ》

〽ヨノ人ハ 海ノオキナト云《いふ》メレドマダハタチニモタラズゾアリケル

   *

この「食經」は、巻数から見て「崔禹錫食經」で、唐の崔禹錫撰になる食物本草書。「和名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測されている。

『「本朝食鑑」に、『海老ハ、今、海鰕(かいか)の名と爲す。』と。』国立国会図書館デジタルコレクションの元禄一〇(一六九七)年板の当該部を示す。左丁の「𩹨」が、それ。これは「鰕」の異体字である。河原田氏が引用しているのは、冒頭の『釋名』の割注部の最後にある。

「龍鰕《いせえび》は、元旦、門戶(もんと)の松竹(まつたけ)に『煑紅海老(あかゑび)』となして、懸け」グーグル画像検索で「伊勢海老 門松」でかけても、遂に、この古式の門松は一枚も出てこなかった。「デイリーポータルZ」の「いまいずみひとし」氏の「53の門松を見てまわったら伊勢海老は絶滅危惧種だった」では、実物ではないものでも、二枚あるのみである。

『「延喜式」主計部(かぞへぶ)』小学館「日本国語大辞典」に、『かずえ‐りょうかず(へレウ)』「主計寮」に、『令制での官司の一つ。民部省に属して当年の調庸その他の貢納分を計算し、来年の収支の予算をたてる。職員に頭(かみ)、助(すけ)、大少の允(じょう)、大少の属(さかん)各一人の四等官のほかに、計算の専門家として算師(さんし・かぞえのし)二人、史生六人などがいる。頭と助のうち一人は、算博士(さんはかせ)を兼ねた。おもな税である稲の収納にかかわる主税寮(しゅぜいりょう)に対する。かずえのつかさ。かぞえのつかさ。かずうるつかさ。かぞうるつかさ。かぞえりょう。しゅけいりょう。』とある。]

 

 今、淸國に乾鰕となして輸出するは、『しばゑび』『しらゑび』『てながゑび』『くるまゑび』等なり。

[やぶちゃん注:「しばゑび」十脚(エビ)目根鰓(クルマエビ)亜目クルマエビ上科クルマエビ科ヨシエビ属シバエビ Metapenaeus joyneri である。当該ウィキによれば、『新潟県・東京湾以南の西日本、黄海、東シナ海、台湾までの東アジア沿岸域に分布する』が、インド洋から『太平洋に広く分布するヨシエビ属の中では分布が狭い部類とされる』。『成体の体長は』一~一・五センチメートル程度で、『クルマエビ』(クルマエビ上科クルマエビ科クルマエビ属クルマエビ Marsupenaeus japonicus )『より小さく、体型も細い。額角はクルマエビ科』Penaeidae『としては比較的短く、やや下向きにまっすぐ伸び、上縁だけに7-8個の歯がある。甲は比較的薄くて軟らかく、上面を中心に細かい毛がある。同じヨシエビ属のヨシエビ』(Metapenaeus ensis )『やモエビ』(Metapenaeus moyebi )『とは区別しにくいが、新鮮な個体は半透明の淡黄色で、全身に藍色の小斑点があり、尾肢が青緑色をしている』。『水深』十~三十メートル『ほどの、内湾の泥底に好んで生息する。シバエビという和名はかつて東京・芝浦で多く漁獲されたことに由来する』が、『和名の由来となった芝浦では埋立、汚染、漁獲過多などが重なり』、二十『世紀後半頃には殆ど漁獲されなくなった』。『夜は海底付近を泳ぎ回って活動し、昼は砂泥に潜っている。食性は肉食性で、貝類や他の甲殻類を捕食する。繁殖期は夏で、幼生から成長した稚エビが夏から秋にかけて干潟で見られる。成長した稚エビは秋が深まると群れをなして深場に移る。寿命は』一年から一年半で、『産卵後にはオスメスとも死んでしまう』。『クルマエビと同様』、『有明海や三河湾など』の『大規模な内湾が多産地として知られる。漁の盛期は冬だが、西日本で冬にまとまって漁獲されるエビは本種だけである。底引き網やエビ刺し網で漁獲される』『有明海では伝統漁法の「あんこう網」』(「佐賀市」公式サイト内の「有明海の伝統的漁法について」に、有明海は『干満の差が日本一大きいため、潮流が速くなることを逆手にとった有明海独特の漁法があ』るとした冒頭に、「あんこう網漁」が掲げられ、魚のアンコウ(鮟鱇)が口を開けた姿に似た網で、一般に大潮の引き潮時を中心に操業される。潮流に乗って移動する魚介類を漁獲するもので、主に六角川・早津江川河口とその沖合域が主な漁場となっているとあった。海中での網の模式図は「島原沖におけるアンコウ網調査」(PDF)にあるので見られたい)『で、ワラスボ』(スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ワラスボ亜科ワラスボ属ワラスボ Odontamblyopus lacepedii )『やウシノシタ類』(新鰭亜綱棘鰭上目カレイ目カレイ亜目ウシノシタ上科ササウシノシタ科 Soleidae及びウシノシタ科 Cynoglossidaeに属するウシノシタ類)『などと共に漁獲されている』。『クルマエビより小振りだが』、『味は良く、重要な漁業資源となっている。刺身、塩茹で、唐揚げ、天ぷら、掻き揚げなど様々な料理に使われる。また、マダイなど大型肉食魚の釣り餌として利用されることもある』。二〇一三年に、『「シバエビ」として出していたメニューが実際はバナメイエビ』(クルマエビ科 Litopenaeus 属バナメイエビ Litopenaeus vannamei 。本来は東太平洋原産でメキシコのソノラ州からペルー北部に至る沿岸であり、本邦には棲息しない。年間を通じて水温が摂氏二十度以上の海域にのみ分布するが、現在はタイやマレーシア・インドネシアなどで養殖されている。)『だったという虚偽表示』(後に実際は誤表示だったともされるが、確信犯で出していたケースもある。ウィキの「バナメイエビ」の方を参照されたい)『が日本で問題となった』ことがあるが、『バナメイエビは業界の慣例として「シバエビ」と呼ばれ』、代用種と『されることがあり、価格差もあまりなかった』とあるが、食感はまるで違う(バナメイエビの方がシバエビより大きく、ぷりぷりしている。加工物でない限り、料理人が誤ることは私はないと考える)。

「しらゑび」生物学上の真正の「シラエビ」は、

十脚目抱卵(エビ)亜目Pleocyemata亜目オキエビ科シラエビ属シラエビ Pasiphaea japonica 

である。当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした。以下の太字は私が附した)、『サクラエビ』(十脚目根鰓亜(クルマエビ)目サクラエビ科 Lucensosergia (ルケンソセルギア)属サクラエビ Lucensosergia lucens ):ウィキの「サクラエビ」によれば、駿河湾』及び『近接の遠州灘・東京湾・相模灘、さらに長崎県の五島列島沖に分布するが、漁獲対象となっているのは駿河湾のみである』。とし、英文の同種のウィキでは、台湾では、東港の沿岸水域と東海岸に棲息しており、ボルネオ島とニューギニア島でも発見が記録されている、とあった)『と同様』に『深海に生息する小型種で、富山湾沿岸では食用に漁獲される』。『シロエビ、ベッコウエビ、ヒラタエビなどの別名もあるが、標準和名の「シロエビ」はクルマエビ科の一種』根鰓亜目クルマエビ上科クルマエビ科アカエビ属シロエビ『Metapenaeopsis lataに充てられていて、エビの分類上でも全く別系統の種類を指す。さらに』、『方言呼称での「シラエビ」は地域によって異なり、浅海で漁獲される』根鰓亜目クルマエビ上科クルマエビ科『ヨシエビ』(葦海老:インド太平洋の沿岸域に分布する中型のエビ。重要な食用種)『属諸種や』、『スジエビ類』(十脚目テナガエビ科テナガエビ亜科スジエビ属 Palaemonの類であるが、本邦の淡水性種はスジエビ Palaemon paucidens ぐらいしかおらず、そのほかの同属の種は汽水域・浅海に棲息する)『シラタエビ』(十脚目抱卵亜目テナガエビ科スジエビ属シラタエビ Exopalaemon Holthuis 。分布は函館以南〜九州で、国外では韓国・台湾・中国に分布)『などを指すことが多いので注意を要する』とある。

 ここで重要な問題があるので、ブレイクすると、以上の太字の内容から、

河原田氏が本篇で「しらゑび」と言っているのは、この狭義の「シラエビ」ではない

と私は判断するものである。即ち、

○河原田氏の言う「しらゑび」とは、残念ながら、現行の真正の「シラエビ」ではなく、以上の地方名で呼んでいる有象無象の白色系の小型の「しろえび」を指している

と読まねばならないということである。

★後のウィキの「シロエビ」には、『シラエビの商業漁獲が行われるのは富山湾のみである。』とあり、本書が刊行された明治一五(一九四〇)年時点では、深海性のシロエビを多量に漁獲し、清に輸出することは、到底、不可能である

と断定してよい、と考えるからである。

 一応、それを踏まえた上で、以下を読まれたい。「シラエビ」の続きを引く。

『唯一』の『漁場をもつ富山県では、一般に「白えび(シロエビ)」と呼ばれ、沿岸地域では「ヒラタエビ」と呼ぶこともある』。『1996年に「富山県のさかな」として、ブリ、ホタルイカと並んで「シロエビ」が指定されている』。『体長』五~八センチメートル『ほどで、サクラエビよりも大きく、やや左右に平たい体型をしている。額角はないが複眼の後ろに小さな棘があり、尾の上にも小さな棘がある。体色は無色透明で僅かにピンクがかっているが、死ぬと』、『乳白色になる。和名はこの体色に由来する』。『サクラエビによく似るが、サクラエビはメスが抱卵せず』、『受精卵を海中に放つ根鰓亜目』Dendrobranchiata(デンドロブランキアータ)『に属するのに対し、シラエビは』、『メスが卵を腹肢に付着させて保護する抱卵亜目』=エビ亜目 Pleocyemata(プレオキエマータ)『に属する』。『種小名" japonica "の通り』、『日本沿岸の固有種で、日本海側では富山湾、太平洋側では遠州灘、駿河湾、相模湾に分布する』。但し、『シラエビの商業漁獲が行われるのは』(!☞)『富山湾のみである』。『深海で群れを作り遊泳する。昼間は水深150 - 300 mにいるが、夜は水深100 m以浅まで上昇する日周鉛直運動を行う』。以下、「利用」の項。『食用に漁獲されている。富山湾では神通川や庄川が流れ込んだ先に「藍瓶」(あいがめ)と呼ばれる海底谷があり、そこにシラエビが集まっているため、商業捕獲が成り立っている。 2024年に発生した能登半島地震では湾内で海底地すべりが発生し、シラエビの生息環境が崩れたため、翌年にかけて不漁になったことがある』。『生のものは』、『傷みが早く、富山湾以外では』、『まとまって漁獲できないため、以前は富山県周辺でしか入手できなかったが、21世紀初頭には』、『流通網や冷凍技術の発達により』、『生身での流通も』、『ある程度』、『可能になった。殻をむくのが難しかったのだが、一旦』、『冷凍すると素人でもむきやすくなることがわかってから食材として見直され始めた。「手むき」と「機械むき」があるが、手間がかかるが』、『前者でむかれることが多い。透明で美しい姿から「富山湾の宝石」と呼ばれている』。『出汁(だし)に使われることが多かった。特に素麺の出汁を取り、そのまま一緒に食べるのが』、『好まれた。またサクラエビの代用として食紅で着色し干物にしていたこともあった。現在も干物はあるが、一般に白えびと称して販売されている。新鮮なものは、甘味があり、寿司種』(すしだね)、『天ぷら、吸い物、えび団子、昆布締めなど様々な料理に用いられる。岩瀬の松月などの料亭で供される福団子は、1個で200匹ものエビを使って作られる。丁寧に皮をむき、身を包丁で叩いて片栗粉と塩を混ぜて団子にし、炭火で焼いたもので、もっちりと香ばしい』、『富山県では』、『古来から食べられてきた鱒の寿しや昆布巻きなど比べると』、『新参者にあたる』(☜!)『が、「白えび天丼」・「白えびのむき身(刺身)」・「白えびせんべい」・「白エビバーガー」•「白エビ塩ラーメン」など多くの商品が開発され、新たな富山の名物となっている』。『射水市の新湊漁港では2020年より、新湊の沖合2〜3 kmで早朝に行われるシラエビ漁を間近で見学できる観光船を、4月下旬から、9月末ごろまで出航している』。以下、『日本産のシラエビ属 Pasiphaea には以下のような種類がいる』として、

ツノシラエビ Pasiphaea amplidens

オキシラエビ Pasiphaea sinensis

キタシラエビ Pasiphaea tarda

ヒトトゲシラエビ Pasiphaea unispinosa

が挙げられてあった。

「てながゑび」多くの種があるが、和名を、この標準和名とするのは、十脚目抱卵(エビ)亜目コエビ下目テナガエビ科テナガエビ亜科テナガエビ属テナガエビ Macrobrachium nipponenseである。私は形状が好きな種類だが、図版にはないので、大いに不満である。されば、私の「毛利梅園「梅園介譜」 水蟲類 蝦(テナガエビ) / テナガエビ」をリンクさせておく。ウィキの「テナガエビ」を引く(注記号はカットした)。『テナガエビ(手長蝦、草蝦)は、テナガエビ科テナガエビ属 Macrobrachium に分類されるエビの総称。熱帯・温帯の淡水域や汽水域に生息する大型のエビで、和名通り』、『第2歩脚が長く発達する分類群である』。『熱帯から温帯に広く分布し、熱帯にいる種類が多い。たとえば』、『日本の九州以北では』、『通常』、『テナガエビ、ヒラテテナガエビ、ミナミテナガエビの3種しか見られない一方、南西諸島では』、『前述の3種を含めた15種が分布する』。『体長は3cmほどのものから20cmほどのものまで種類によって差がある。成体は』、『全身が緑褐色から灰褐色である。若い個体は』、『半透明の体に』、『黒い』縞『模様があり、スジエビ類』(テナガエビ亜科スジエビ属 Palaemon )『に似る。スジエビは』、『目の後ろにある肝上棘(かんじょうきょく)が無く、そこで若いテナガエビと区別できる』。『一番の特徴は、和名通り』、『長く発達した鋏脚である。これは第1歩脚が大きいザリガニやカニなどと違い、第2歩脚が大きくなったもので、よく見ると』、『大きな鋏脚の内側にもう1対の小さな第1鋏脚がある。成体のオスの鋏脚は』、『種類によっては』、『体長よりも長い一方、メスや若い個体は細く短い。この脚は』、『餌をつかんだり、他の個体を排除したりするのに用いる。水底を歩く時には』、『大小2対の鋏脚を前に突き出し、後ろの3対の歩脚で移動する』。『温暖な地方の淡水や下流・汽水域の河川、湖沼に生息する。高地の水の澄んだ湖沼には生息せず、移植しても定着できない。夜行性で、昼間は』、『石の下や護岸の穴やテトラポッドの下、水草の茂みに隠れている。曇って陽が照っていない時であれば』、『昼でも活動し、姿を確認することができる。縄張り意識が強く、他の個体と遭遇すると戦って排除する』。『食性は』、『ほぼ肉食性で、水生動物や魚の死骸、イトミミズなどの有機物を食べる。藻類などを食べることもあるが、飼育下で動物性の』餌『が少ないと』、『共食いもする』。『繁殖期は5月から9月までで、夏に多く産卵する。小卵多産で、メスは直径1mm足らずの卵を1000 - 2000個ほども産卵し、腹肢に抱えて孵化するまで保護する。テナガエビ類は』殆どが『両側回遊型で、幼生は海、少なくとも汽水域まで降河しないと成長できない。孵化したゾエア幼生は川の流れに乗って』、『海へ下り、植物プランクトンやデトリタスを食べて成長し、1ヶ月ほどで体長5mmほどの稚エビになる。稚エビは川底を歩いてさかのぼり、以降は淡水域で過ごす』。『寿命は1年から3年ほどで、環境による個体差はかなりある。20cm級のテナガエビは2 - 3年生きているものである。また、オスの方が長生きする』。別名は『カワエビ(各地)、ダンマ、ダクマ、ダグマ(九州地方)タナガー(沖縄方言)など』がある。『食用に漁獲され、重要な漁業資源となっている地方もある。地域によって様々な漁法があるが、魚のように釣りで漁獲することもできる。肉食が強いので、釣り餌も赤虫やサシ(蛆)、ミミズなどが使われる。他にも魚肉ソーセージ、魚の切り身、イカ等でも釣れる。塩茹でや唐揚げなどで食べられるが、他の淡水魚や淡水性甲殻類と同様に寄生虫を保持する可能性があり、生食はされない』。『食用以外に観賞用として飼育する人もいるが、肉食性』である『ため』、『小魚や小型のエビを一緒に飼育すると捕食してしまう。また、多数を一緒に飼育すると共食いや』、『喧嘩を繰り返し』、『結局は1匹だけ残るので、1匹ずつ飼育した方がよい』。以下、「おもな種」が挙げられているが、本邦以外の種はカットした。

テナガエビ Macrobrachium nipponense(『体長10cmほど。朝鮮半島南部、中国北岸、台湾、本州(青森県八戸市以南)、四国、九州に分布するが、九州ではヒラテテナガエビやミナミテナガエビの方が多い。鋏脚が非常に細長く、オスでは体長の1.8倍に達する。地方によっては淡水でも成長できる河川残留型(陸封型)となり、湖やダムで繁殖する個体群もいる。』)

ヒラテテナガエビ Macrobrachium japonicum(『ヤマトテナガエビともいう。体長9cmほど。千葉県以南から台湾までの水のきれいな川に生息する。川を』遡(さかのぼ)る『力が強く、流れが速い川の上流部にも生息している。名前の』通り『第2胸脚が太くて平たく、胸部の横には細い縦』縞模様『がたくさんある。』)

ミナミテナガエビ Macrobrachium formosense(『体長10cmほど。千葉県以南から台湾まで分布し、九州や沖縄で「テナガエビ」といえばこの種類を指すことが多い。第2胸脚はヒラテテナガエビよりは細いが、テナガエビより太くて短い。また、胸部の横のもようは太い"m"字型である。ヒラテテナガエビよりも下流域に多い。』)

ザラテテナガエビ Macrobrachium australe(『体長8cmほどで、テナガエビとしては小型種。長い鋏脚の先端半分に』、『小さな棘が密生し、ザラザラしているので』、『この名がある。太平洋・インド洋の沿岸河川に広く分布し、日本では種子島以南に分布する。』)

ショキタテナガエビ Macrobrachium shokitai (漢字表記は「諸喜田手長蝦」。これは、日本の川エビ自然史研究の祖ともされる諸喜田茂充先生に献名したもの。『日本で唯一の完全河川残留型(陸封型)のテナガエビで、幼生は海に下らずに稚エビになる。沖縄県西表島の固有種で、台湾や中国に分布する同様の陸封種タイリクテナガエビ M. asperulum (Von Martens, 1868) から分岐したと考えられている』。『環境省レッドリスト準絶滅危惧(2000年)、沖縄県レッドデータブック絶滅危惧II類(2005年改訂)。』)

コンジンテナガエビ  Macrobrachium lar (『体長15cmにもなり、成長したオスは』、『鋏脚を含めると30cmに達する大型種』で、『オスの鋏脚は鋏部分が外側に大きく曲がる。西太平洋とインド洋の沿岸河川に分布するが、日本での分布域は屋久島以南である。』)

「くるまゑび」根鰓(クルマエビ)亜目クルマエビ上科クルマエビ科クルマエビ属クルマエビ Marsupenaeus japonicus である。詳しくは当該ウィキを見られたい。]

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