立原道造草稿詩篇 (灼ける熱情となつて⋯⋯) / 絶筆1
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、本パートの初回のこちらを見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、『草稿無題。』とあり、また、次の「朝に」の後に『以上二篇は赤鉛筆書きで、「朝」が下方にある。』とある。
これは、過去に杉浦氏のもので恣意的に正字化して電子化注してあったが、注の一部が致命的に誤っていたので完全に削除し、正規版として、私の注を新たにして、電子化した。]
(灼ける熱情となつて⋯⋯)
灼ける熱情となつて
自分をきたへよ
ためらつて 夕ぐれに
靑い水のほとりにたたずむな
白く光る雲を 風に吹かれる空を
ちひさく飛んでゆく鳥の道を ながめて
自分のなげかひを 語りかけようと
ねがふな!
ほとばしれ
千人の胸へ
しつかりと摑む胸へ
愛と 正しいものとの
よつて來るところのものと
きづくものとを 確かに知れ
[やぶちゃん注:「なげかひ」は「嘆(歎)かふ」で、「万葉集」等に使用された上代語で「嘆(歎)(なげ)く」の未然形に反復・継続の助動詞「ふ」(活用「は/ひ/ふ/ふ/へ/へ」・四段活用未然形接続・平安時代以後、特定の語中にしか現われなくなって語尾化した)が附いたもので、意味は「嘆き続ける・嘆きに嘆く」の意味であり、ここでは、さらに、その助動詞が連用形名詞化したもので、則ち、「歎き続けること・嘆きに嘆くこと」の謂いとなったものである。私は、削除した方の注で、フレーズ全体の現代語に引かれてこの表現自体は『近代以降の用法であろう』といったトンデモない誤りをしていたことを告白しておく。なお、以上は、ボロボロになった大学入学直後に買った久松潜一・佐藤健三編「新版 角川古語辞典」の各所を参考にした。]

