河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(六)寒天の說(その5)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。]
寒天の製法は、瓊脂(ところてん)を、長さ尺許(ばかり)の柝木(ひやうしぎ)樣(やう)に切りたるを、簑(す)の上に並べ、寒夜(かんや)に凍らせ、翌日、大陽(たいやう)[やぶちゃん注:漢字はママ。]に曝し乾すものなり。最(もつとも)南向(みなみむき)の地に棚を造るを、よろし、とす。是(これ)、其所(そのところ)にて、直(すぐ)に乾かす故に、速(すみやか)に乾きて潔白ならしむるが、爲な(ため)り。
[やぶちゃん注:「柝木(ひやうしぎ)」ネイティヴでない方のために、注する。小学館「日本大百科全書」の「拍子木 ひょうしぎ」に、『方柱形の短い二つの木を打ち合わせ、合図・拍子を知らせる用具。柝(き)ともいう。拍子木の起源は明らかではないが、合図をし、拍子をとり、また人々の注意を促すために、木や竹を打ち合わせる方法は、原始時代からあらゆる民族で行われていた。おそらくわが国では、拍子木は、古くは、物を打ち合わせ、音を発することによって悪霊を退散させることができるという宗教的な用途からできた呪具(じゅぐ)の一種であったと考えられる。そのことは、柏手(かしわで)や錫杖(しゃくじょう)、夜回りの拍子木などの機能からも推察することができよう。なお、拍子木のほか、読経(どきょう)の音木(おんぎ)、声明(しょうみょう)の割笏(かいしゃく)、雅楽の笏(しゃく)拍子、さらには、民俗舞踊などで拍子をとる、竹でつくった小切子(こきりこ)、綾竹(あやだけ)、チャッキラコなども、拍子木の一種として注意される。一方、同様のものは、タイ、ミャンマー(ビルマ)など東南アジア各地でも行われている。』とある。]
寒天ハ、石花菜(せつくわせい)を以て、製するものなれども、山城・攝津等にては、惠期草(えこぐさ)を混合せり。此ものは、馬尾藻屬(ほたあわらぞく)に寄生する藻にて、出羽・越後・陸奧にて『えこ』、岩城(いはき)にて『いご』、能登にて『磯草(ゑごくさ)』、出雲にて『江籬(えご)』、石見にて『牛毛石花菜(うまうと)』、豐前にて『中獨活(おきうど)』と稱す。此品を晒乾(せいかん)して、蘇方(すはう[やぶちゃん注:ママ。])にて染(そめ)たるを『猩々海苔(しやうじやうのり[やぶちゃん注:「しやうじやう」の後半は踊り字「〱」であるが、「〲」の誤植と断じて、かく、した。])』と稱し、魚軒(さしみ)の相手、或は、精進料理に用ゆ。又、酢を加(くはへ)て、煑溶(にとか)し、凝(こヾら)せたるを『えごてん』、又、『えここんにやく[やぶちゃん注:「えこ」はママ。先に「えこ」があり、東洋文庫版でもここでも清音である。]』と稱し、食用せり。城(やましろ)・攝(せつヽ)にて寒天に混用するものは、能登・加賀・越前・丹後等(とう)の產を多しとす。
[やぶちゃん注:「惠期草(えこぐさ)」既に示した、真生紅藻綱マサゴシバリ亜綱イギス科エゴノリ(恵胡苔)属エゴノリ Campylaephora hypnaeoides である。同種については、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをお読みになられたい。さすれば、私が屋上屋の、いらぬ(私にとってである)注をする必要が無くなるはずである。
「馬尾藻屬(ほたあわらぞく)」褐藻綱ヒバマタ目ホンダワラ科ホンダワラ属 Sargassum のこと。なお、ここで言っておくが(他の電子化で何度も言っているのだが)、殆んどの人は、種名ホンダワラというものが、日本近海に普通に生育に分布しているという大間違いをしている。多分、読んでいる「あなた」も、そうなのだ! ここでは説明しない代わりに、私の「大和本草卷之八 草之四 海藻(ナノリソ/ホタハラ) (ホンダワラ)」の私の冒頭注を是非、参照されたい。]
前條に說きたる寒天製法は、從前の法にて、近年は、較(やヽ)、業(ぎやう)を進(すヽめ)たり。其法たる、九、十月の間(あひだ)に、碓(うす)を流水の上に設(まう)け、石花菜一碓(《ひと》うす)の量、一貫五百目[やぶちゃん注:五・六二五キログラム。]に、水を加へて舂(つ)くこと、三回にして笊籮(ざる[やぶちゃん注:二字へのルビ。「籮」は、底が方形で、口が円形の竹製の笊をさす漢字。])に入れ、沙(すな)・石(いし)・穢物(ごみ[やぶちゃん注:二字へのルビ。])を淘(ゆ)り[やぶちゃん注:「淘」は通常は「よなぐ」「よなげる」と読み、「水中で揺すりながら選り分ける・選り分けて悪いものを捨てる」の意で、「ゆる」とも当て訓する。]去り、之を、簑(す)の上に曝すこと七日許(ばかり)、斯くすること、二度、或は、三度に及び、其色、潔白となるに至り。簾(す)に包み、貯ふ。又、惠期草(えこぐさ)も此時に曝し置(おく)べし。偖(さ)て、嚴寒に至り、愈(いよいよ)、寒天を製する時は、未明に徑(わた)り、四尺許なる釜の上に、底なき桶を重ね、水、拾三石[やぶちゃん注:二千三百四十四・六八リットル。]を入れ、松の薪(たきヾ)の乾きたるもの八分《ぶ》[やぶちゃん注:七十三・六グラム。]と、半乾きのもの二分[やぶちゃん注:十八・四グラム。]を混じて焚き、焚き沸(わ)き起(た)つをうかヾひ、晒したる石花菜九十七貫目[やぶちゃん注:三百六十三・七五キログラム]と惠期三貫目[やぶちゃん注:十一。二五キログラム。]を入れ、熾火(もえたつひ)を引去(ひきさ)り、餘火(よくわ)を留めて、ときどき、木片を以て、攪(ま)ぜ、にえこぼれぬよふ[やぶちゃん注:ママ。] にして、黃昏(ゆふぐれ)に至る頃、火勢、十分の九を減じ、釜に蓋をなし、暫く蒸し、翌日の曉(あけがた)に及んで、更に水一石五斗[やぶちゃん注:二百七十五・五五五リットル。]許を加へて、溫め、煮菜(にぐさ)を布囊(ぬのぶくろ)に入れ、萬力(まんりき)と唱ふるものにて、木匡(わく)の中に入れ、汁を大桶(おほおけ)に濾し取り、然(しか)る後(のち)、三十六の小桶に分(わか)ち、凝結(こヾち[やぶちゃん注:二字へのルビ。])を見て、三股(みつまた)、及び、馬把(まぐわ)と稱するものを以て、截(きり)て、片となす。是、卽ち、瓊脂なり。斯(かく)て『角寒天(かくかんてん)』は、長(ながさ[やぶちゃん注:底本は「なが」。誤植と断じて添えた。])、壹尺三寸、方《はう》一寸五分許に切り、『細寒天(ふさかんてん)』は、細條(さでう[やぶちゃん注:ママ。])となし、簀(す)の上に、薦(こも)を敷き、其上に並べて晒すこと、『角寒天』は二夜(ふたよ)、『細寒天』は一夜(ひとよ)にして、凍(こほ)りたるを、晒し乾すものにて、乾上(ほしあが)りの長さ、九寸五分、方壹寸を適度とし、一釜に、『角寒天』なれば、二千五百本を得るものとす。『赤寒天』は『角寒天』を、蘇方(すはう)にて染(そめ)て乾すものとす。但し、是は、淸國には輸出せず。
[やぶちゃん注:「角寒天」「細寒天」「有限会社山サ寒天産業」(岐阜県恵那市山岡町上手向)の公式サイトの「寒天の種類」の画像を見られたい。現在は「糸寒天」もある。
「赤寒天」「乾物屋jp.」のこちらを見られたい。但し、そこを見ると、現行のものは赤色102を使っているらしい。
「蘇方(すはう)」マメ目マメ科ジャケツイバラ(蛇結茨)亜科ジャケツイバラ連ジャケツイバラ属スオウ Biancaea sappan 。漢字は他に「蘇芳・蘇枋」がある。詳しくは、当該ウィキを見られたいが、最後に「是は、淸國には輸出せず」というのは、赤好きの中国に輸出しないのは、同種が、そこに『インド、マレー諸島原産でビルマから台湾南部にも分布し、染料植物として利用される』とあり、無論、本邦には自生しないことからであろうと思われる。]
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